第050話 最高の道化
「ヘパイストスさんが、鍛冶師ギルドから追放されていた……?」
バルディアの過去を聞いたエミルは、思わず声を上げた。
エミル、アヤメ、バルディアの三人は、ダンジョンの奥へと続く坑道を進んでいる。湿った空気と、自分たちの足音だけが響く空間。その道中で、バルディアは師に起きた出来事を語っていた。
「ああ。その処分を言い渡したのが鍛冶師ギルド長のラモンだ。それが二年前……アレスが化けてたんだとしたら、とんでもなく用意周到に潜伏してたことになる」
「そうなると、ドワーフ行方不明事件との関係も、ほぼ確定と見てよさそうですね……」
「ドワーフの大量誘拐、アレスの言っていた計画……」
「狙いは十中八九ドワーフの鍛冶技術だ。品質の高い武器を作れるのは、グロムハルトの職人だけだからな」
バルディアが拳を握りしめる。
「技術者を集めてやることといえば……」
「武器の大量生産。つまり、戦争しかねえよな」
バルディアの呟きに、空気が一層重くなった。
アレスの背後には、国家間の対立を煽り、混乱から利益を得ようとする巨大な組織——そんな悪意の存在を、三人は確信せざるを得なかった。
「……くそっ。なんでもっと早く気づけなかったんだ……アタシが……」
「バルディアちゃん」
アヤメが、静かだが力強い声で言った。
「アレスは『最奥で待つ』と言っていました。捕らえられたドワーフの方々も、きっとそこにいます。必ず救いましょう。わたしたちもついています」
「……にしし。そうだな」
バルディアの声に、少しだけ明るさが戻った。落ち込んでいる暇はない。そう自分に言い聞かせるように、彼女は前を向き直す。
「そのアレスだけどさ。なんでドワーフにわざわざ変身したんだ? そのラモンの立場を利用して命令すればいいだけじゃないか。誘拐なんてリスクの高い真似しなくても」
「いや、それこそ無理な話だ。冒険者ギルドは知らねえが、鍛冶師ギルドってのはギルド長とドワーフの立場が対等……いや、ドワーフの方が上かもしれねえ。ギルド長の一存で、そんな無茶な命令はできねえんだ」
「なるほど、だから誘拐という手段を……」
アヤメが納得したように頷く。
冒険者の代わりはいくらでもいる。だからギルドの立場が強くなる。だが、鍛冶師は違う。一人ひとりが替えの利かない貴重な技術者だ。ギルドはあくまで、職人気質で気難しい彼らを取りまとめるための調整機関に過ぎない。
その力関係を理解していたからこそ、アレスはギルド長に化けて命令するのではなく、「誘拐」という面倒な手口を選んだ。
「卑劣な……許せません!」
「ああ、急ごうぜ!」
「……正面突破はリスクが高いが今回は時間がない。仲間もいるかもしれないし、気を引き締めていこう」
エミルの言葉に、バルディアはぐっと唇を噛み締め、こくりと頷いた。
個人的な捜索が、いつの間にか国を戦火に巻き込もうとする、巨大な悪意との戦いへと変わっていた。
◆◇◆◇◆◇◆
一方、ダンジョンの最奥。
そこは、天然の洞窟を無理やり広げたような、歪で広大な空間だった。
岩棚の上に据えられた白い椅子に、一人の男が足を組んでいた。
アレス・フォルネウス。彼は眼下の光景を眺めながら、うっとりと息を吐いた。
「あはは。いやぁ、絶景だねえ」
視線の先には、巨大な鉄格子で作られた牢獄がある。中には十数人のドワーフが押し込められていた。全員の首に、禍々しい呪印が刻まれた首輪が嵌まっている。
彼らはもう、抵抗する気力すら失っているようだった。虚ろな目で、ただ震えている。
「見てごらんよ、キャラコちゃん。グロムハルトの誇り高きドワーフたちが、まるで家畜みたいじゃないか」
アレスは手にしたグラスを揺らしながら、隣に立つ巨漢、キャラコ・ピータースに話しかけた。
「……趣味が悪い」
キャラコが、地の底から響くような低い声を出した。
身長は二メートルを超え、その肉体は鎧のように分厚い筋肉で覆われている。背に負った巨大な戦斧は、並の人間なら持ち上げることすら叶わないだろう。
「ラモンに化けてギルドの内情を探り、行方不明のドワーフを演じて仲間を誘き出す……我ながら完璧な脚本だったよ。君が流してくれた、偽の魔石の情報に釣れた連中もどれだけいたことか」
「仕方なく協力したことを忘れるな。さっさと次の段階に進めばいいものを……貴様のやり方には反吐が出る」
「うーん、無粋だなぁ。結果だけを求めるなんて三流のすることだよ。絶望に染まっていく過程こそが、極上のエンターテイメントなんじゃないか」
「……ふん、俺の正義には反する。それに、奴らが引き返して、地上に応援を呼びに行ったらどうするつもりだ?」
「彼らは来るよ、絶対にね」
アレスは、エミルたちの顔を思い浮かべた。
「まあ僕に任せておいてよ。彼の力、楽しみだなあ」
「……俺にとっては誰が来ようと構わん。正面から叩き潰すのみだ」
キャラコが巨斧を振りかぶる。その動作だけで、洞窟全体に威圧感が広がった。
「ふふふ。君は正義感ゆえ頑固だけど、実力は本物なんだ。頼りにしてるよ」
アレスはくすくすと笑い、視線を牢獄の最前列へと移す。
そこには一人だけ、絶望に目を曇らせていない男がいた。鉄格子を握りしめ、こちらを睨みつけている。
ヘパイストス・バルールだ。
「そんな睨まないでよ。怖い人ばかりだなあ」
アレスがへらへらと笑うも、ヘパイストスは表情を変えない。
「君には期待してるんだよ? その頑固な頭が、ベル様特製の首輪で『パァン!』って弾け飛ぶ瞬間をさあ!」
狂気じみた笑い声が、洞窟に響き渡った。
「……そろそろか」
キャラコが低く呟いた。視線を、洞窟の入り口へと向ける。
ゴォンッ!
鍛冶場の巨大な鉄扉が、外から鈍い衝撃音を立てて大きく軋んだ。
「おや?」
アレスが目を細める。
ゴォンッ!
ゴォンッ!
衝撃は止まらない。何者かが、凄まじい力で扉をこじ開けようとしている。
「あはは、乱暴だなぁ! 鍵くらい開けて入ってくればいいのに!」
アレスが歓喜の声を上げた、次の瞬間。
ドゴォォォォンッ!!
巨大な扉が蝶番を弾き飛ばし、内側へと吹き飛んだ。
舞い上がる土煙の中から、三つの影が姿を現す。
中央に、黒い焔を両手に纏わせた男。
右に、静かに殺気を放つ剣士の少女。
そして左に、炎の爪を剥き出しにした小さな獣人。
「あらら、派手な登場だこと。扉を壊しちゃったらさ、僕たち今日から安心して眠れないじゃん。どうしてくれるわけ?」
「……師匠ォォッ!!」
バルディアが、腹の底から叫んだ。
「バルディア……!」
牢獄の中で、ヘパイストスが目を見開いた。
その声に、虚ろだったドワーフたちの瞳にも、一斉に光が宿る。
「テメエら、よくも師匠を……!」
バルディアの両手のガントレットから、炎が噴き上がっていた。怒りに燃える瞳が、アレスを射抜く。
「アレス・フォルネウス。あなたの好きにはさせません」
アヤメが流れるような動作で短剣を抜き放つ。切っ先は一点のブレもなく、玉座のアレスを捉えていた。
そして。
エミルが一歩、静かに前に出る。
その両拳には、これまでにないほど濃密で禍々しい黒い焔が渦巻いていた。
「扉を壊したのは悪かったな。だが安心しろ、今晩からお前たちの寝床は、ここじゃなくなるんだからな」
「ははは! 素晴らしい! 実に素晴らしい登場だ! ヒーローの遅れての到着! 囚われの師! そして立ちはだかる悪役! 完璧だ、ゾクゾクするよ!」
アレスは玉座から立ち上がると、芝居がかった仕草で両腕を広げた。
「さあ、始めようか、最高の悲劇を! この物語の主役は僕らだ。君たちには、その舞台を血で彩る、最高の道化を演じてもらうよ……!」
その声は、これから始まる死闘の幕開けを告げる、狂ったファンファーレだった。




