第005話 十七歳だ
冒険者登録で下された、無属性・E級という現実。
「ぷっ、聞いたかおい。無属性だとよ」
「魔法が使えない冒険者? ただの荷物持ちじゃねえか」
「あんなヒョロガリ、ゴブリンに食われて終わりだろ。賭けてもいいぜ」
嘲笑が背中に突き刺さる。
ギルド中から注がれる視線が、針のように肌を刺していた。
エミルは唇を噛み締め、カウンターの天板を睨みつけた。
——わかってる。
言われなくても、わかってるよ。
日本でも散々味わってきた空気だ。
見下され、笑われ、無能の烙印を押される。これまで嫌というほど味わってきた感情が、じわりと蘇る。
だが、目の前の受付嬢ベリンダは、そんな野次など最初から聞こえていないかのように、営業スマイルを崩さず登録用紙に視線を落とす。
「では、こちらの内容で登録を……あ」
ペンの動きがピタリと止まった。
「……あの、エミルさん。大変失礼ですが、ご記入いただいた年齢の欄……書き間違い、ですよね?」
ベリンダは困惑したように眉を寄せ、エミルの顔と手元の書類を交互に見比べている。
「間違い? いや、合ってるが」
「えっ……」
ベリンダが絶句する。
彼女の指先が示しているのは、紙に書かれた「三十五歳」という文字だ。
「ですが……どう見ても、十代後半にしか……」
「……え?」
——十代? おれが?
何の冗談かと思い、カウンターに置かれた水晶玉に顔を近づける。
磨かれた球体に、自分の顔が映り込んだ。
「……っ!?」
息が止まった。
そこにいたのは、くたびれた三十五歳の男ではない。
シミひとつない張りのある肌。無精髭なんてない、引き締まった顎のライン。
間違いなく、高校生だった頃の自分だ。
「なっ……なんだこれ……若返って……るのか?」
震える手で頬を触る。
弾力があるし、たるみもない。
気づけば、引きこもり生活ですっかり出てきた腹も凹んでいる。
——なぜ? いつ?
心当たりがまったくない。異世界転移の影響か?
理由はわからないが、どうやらおれの肉体は全盛期の十七歳に戻っている。
呆然とするエミルを他所に、周囲の野次馬たちがさらにヒートアップする。
「おいおい、まさかの逆サバ読みかよ!」
「ガキが無理して背伸びしてやがる!」
「おっさんのフリして娼館にでも潜り込む気だったか? えろいガキだなァ!」
ドッと湧くギルド内。
カァッと顔が熱くなる。
三十五歳のおっさんが「十七歳です」と訂正する恥ずかしさたるや、筆舌に尽くしがたい。
「あ、いや、ちがっ……これは、その……!」
たまらず身を乗り出し、ベリンダの手から用紙をひったくった。
震える手で「三十五」という文字をぐしゃぐしゃに塗りつぶし、隣に「十七」と書き殴る。
「……すまん、こっちだ。十七歳だ」
「……はい、承知いたしました」
ベリンダは頷き、余計なことは聞かずに用紙を受け取った。「ギルドは深く詮索いたしませんので」という無言の配慮が、逆に惨めさを増幅させる。
事務的な処理音の後、一枚のプレートが差し出された。
鈍く光る銅のプレート。
そこには『エミル・ハナビシ』の名前と、無慈悲な一文字が刻まれている。
——『E』
「こちらがギルドカードになります。依頼はあちらの掲示板から、ご自身の等級に合ったものをお選びくださいね」
ベリンダが指し示したのは、ギルド中央に据えられた巨大な掲示板だった。無数の依頼書が、所狭しと貼り出されている。
エミルは逃げるようにカウンターを離れ、掲示板の前へと歩み寄った。背中に刺さる視線を振り払うように、依頼書に目を走らせる。
B級、C級、D級——。
華やかな討伐依頼や護衛任務が並ぶメインスペースを通り過ぎ、視線を下へ、下へと移していく。
そしてたどり着いたのは、誰にも見向きもされない掲示板の隅っこ。画鋲で雑に止められた、黄ばんだ紙切れが数枚だけ揺れている。
ここが、E級冒険者のエリア。
「……なんだよ、これ」
思わず、乾いた声が漏れた。
【依頼:薬草採集。指定の薬草を十本。報酬:千ルミナ】
【依頼:迷子の子猫探し。特徴:右耳が少し欠けている。報酬:五百ルミナとパン屋の割引券】
【依頼:ギルド倉庫の掃除。体力自慢求む。報酬:二千ルミナ】
「小学生のお手伝いかよ……」
吐き捨てずにはいられなかった。
ルミナという通貨の価値はまだピンとこない。だが、C級エリアに目をやれば、『魔物討伐:報酬二十万ルミナ』の文字が嫌でも目に入る。
E級クエストの報酬がいかに小遣い程度か、一目瞭然だった。
——こんなことをしている場合なのか。
こんなペースで、いつになったら情報を集められる?
いつになったら、元の世界に帰れる?
焦りが、じりじりと胸を焼く。
しかし、金も信用もなければ、情報すら手に入らない。この「無属性・E級」という現実を受け入れなければ、一歩も先に進めない。
元の世界へ帰って、母の復讐を果たす。
そのためなら、どんな屈辱にも耐えるしかない。
エミルは銅のプレートを握りしめた。冷たい金属の感触が、手のひらに食い込む。
その時。
「おい、アンタ」
突然、背後から野太い声が聞こえてきた。
恐る恐る振り返ると、そこには見上げるような巨漢が、野獣のような笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。




