第049話 失踪
あの誓いの日から二年。
バルディアは十二歳になっていた。
カンッ、カンッ、カンッ!
工房に槌の音が響く。
朝から晩まで鉄を打ち、炎と向き合う日々。彼女の中に眠る火の魔力も、今や手足のように馴染んでいる。
「……師匠。できたぜ」
煤まみれの顔を拭い、バルディアは作業台の上にそれを置いた。
火の魔力の発現により構想を一から練り直した、炎を操るためのガントレット。炎の魔力を宿す魔石を幾重にも重ね、彼女自身の血と汗で鍛え上げられた、魂の結晶。
ヘパイストスは無言でそれを手に取ると、工房の隅にあった試作品の盾を隻眼で指し示した。
「……やってみろ」
バルディアはこくりと頷くと、ガントレットを両腕に装着し、盾と向き合う。深く息を吸い、体内の魔力をガントレットへと流し込む。
「おらあああああッ!!!」
ガントレットから伸びた三本の爪が、螺旋状の炎を纏う。
かつて師の目を奪った制御不能の炎は、今や完全に彼女の意志の下にあった。振り下ろされた炎の爪は、分厚い鉄の盾を、まるで熱したナイフがバターを切るように、容易く両断した。
切断面から煙が立ち上る。バルディアは荒い息をつきながら、師匠の反応を待った。
ヘパイストスは、切断面から立ち上る煙をじっと見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「……見事だ」
短く、だが確かな言葉。
その一言だけで、これまでの全てが報われた気がした。
——この武器があれば、師匠の隣で戦える。
鉱石を採掘し、魔物を狩り、師匠の役に立てる……!
そう、思っていたのに。
さらに一年が過ぎた、ある朝のことだった。
「バルディア、しばらく家を空ける」
ある朝、ヘパイストスは荷造りをしながら唐突に告げた。
旅支度を整えたその背中には、いつもとは違う、張り詰めた空気が漂っていた。
「え、急にどうしたんだ?」
「ダンジョンの深層で、希少な魔石が見つかったという噂を聞いての。こんな好機は滅多にない」
「深層……?」
——嫌な予感がする。
バルディアの胸に、不安が広がった。
「ちょっと待ってくれよ。アタシも行くよ!」
「ならん」
ヘパイストスは即座に却下した。
「今回は留守番じゃ。お前さんにはまだ早い」
半人前は居残りしとおけ——そう言われた気がして、バルディアは食い下がった。
「なんでだよ! 一緒に採掘に行ってたからわかるだろ? 昔のアタシじゃねえんだ。魔物とも戦える! もう足手まといなんかじゃ……」
「わかっておる。お前さんを信頼していないわけじゃない。……だが、今回はダメじゃ」
ヘパイストスはバルディアの肩に手を置き、珍しく真剣な眼差しで覗き込んだ。
「深層は危険が多すぎる。お前さんに何かあったらわしはどうすればいい? またダンジョンには連れて行ってやる。だから今は、土産話を楽しみに待っておれ」
「……師匠」
その有無を言わせぬ迫力に、バルディアはそれ以上止めることはできなかった。
「……わかったよ。絶対だぞ。変な土産はいらねえから、無事に帰ってきてくれよな」
ヘパイストスはニカっと笑い、大きな手でバルディアの頭をわしゃわしゃと撫でた。
そして、大きなリュックを背負い、工房を出て行く。
その背中が見えなくなるのをずっと見送っていた。
なぜか、「呼び止めなきゃいけない」という焦燥感がいつまでも消えなかった。
その予感は、最悪の形で的中することになる。
それから一週間。二週間。
そして三週間が経っても——。
ヘパイストスが工房に戻ってくることは、なかった。




