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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
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第048話 師弟の絆

 ヘパイストス・バルールが、鍛冶師ギルドからの追放処分を言い渡された日の夜。


 無遠慮に扉を叩く音が、工房に響いた。


 扉を開けた先に立っていたのは、三人のドワーフ。

 アンビル・フェリックス、アニー・ストーン、クリンカー・ウォルトン——かつてヘパイストスに師事し、今ではそれぞれが一人前の職人として工房を構える、彼の元弟子たちだ。


「今更なんの用じゃ。お前たちもわしを笑いに来たか」


 ヘパイストスが苦々しく吐き捨てる。


 バルディアは黙って茶を淹れ、静かに彼らの会話に耳を澄ませた。工房の空気は、冷え切った鉄のように重い。


「ヘパイストスさん、こんなことになって本当にすまない……俺達の力不足だ」


 代表して口を開いたアンビルは、心底悔しそうな顔で深く頭を下げた。


「ふん、どの口が言うか。お前たちも同意したと、あの若造は言っておったぞ」

「それは事実だよ。あたしたちだって、これまで何度も言ってきたじゃないか、早くまともな弟子を取りなって。あたしたちの弟子は、もう一人前の職人として独り立ちする頃なんだよ」


 そう言ってヘパイストスを諭すのは、鍛冶師には珍しい女ドワーフのアニーだ。その声には、怒りよりも悲しみが滲んでいる。


「他所は他所、うちはうちじゃ。わしには、あそこにいる世界一の弟子が一人おればそれでいい」

「でも、バルディアは混血だろう!?」


 ドワーフの中でも若手のクリンカーが、声を荒らげた。


「獣人でも純血と比べて力は弱く、寿命だって長くない。あんたの技術を未来に残すなら、何人もドワーフの若手を育てた方がいいに決まってる! 僕たちはそうやって、何百年も技術を繋いできたんじゃないか」


 彼らは三人とも、ヘパイストスが引退すれば次代の世界一と目される実力者たち。ヘパイストスへの尊敬と、その彼が選んだ道への失望が、彼らの言葉を鋭く尖らせていた。


「いい加減、意地を張るのはやめてくれよ! 元師匠であるあんたが、たかが獣人の小娘一人のために全てを失う姿なんて、俺達は見たくないんだ……!」


 アンビルが、拳で机を叩きながら声を荒らげる。


「“元師匠”じゃと? わしの教えについてこれず、早々に逃げ出したお前たちが、今更どの面下げて弟子を名乗るか! わしをバカにするのも大概にせい!」


 ヘパイストスも負けじと声を張り上げた。過去の確執が、現在の対立に火を注いでいた。


「あたし達だって、ヘパイストスさんのことを本気で心配してるから言ってるんだ! それに、その左目だって……!」

「やかましいッ!!」


 ヘパイストスの拳がテーブルを叩き割った。


 茶器が床に砕け散り、獣のような怒号が工房の空気を凍りつかせる。こうなってはもう手が付けられないことを、元弟子たちはよく知っていた。


「この目はすべてわしの責任じゃ! あの子は関係ない!」

「でもっ……!」

「……もう帰れ。二度とこんでよろしい」

「……また来るよ。僕たちは、あんたが目を覚ますまで、何度でも」

「来るなと言っておろうがッ!」


 扉が閉まり、工房に再び重い静寂が戻る。


 床に散らばった破片を拾い集めるバルディアの隣に、ヘパイストスが腰を下ろし、片付けを手伝い始めた。そのごつい指先が、微かに震えている。


「……すまんなバルディア。情けないところを見せた」

「何言ってんだよ。師匠はいつだって師匠だ。短気で頑固で、口の悪いクソジジイなとこも、もうとっくに慣れてる」

「……ほほほ、こやつめ」


 ヘパイストスは笑いながら、軽くバルディアの頭を小突く。だがその笑顔は長くは続かず、やがて彼は黙り込み、隻眼で床の一点をじっと見つめ始めた。


「師匠?」


 ごつい肩が、小刻みに震えている。


「……わしは言葉で伝えるのが、どうにも苦手での。あんな言い方をされたら……お前さんだって、自分のせいだと……全部背負い込んでしまうじゃろうに……」

「師匠……」

「何もかも背負わせるつもりは毛頭ない。わしのことなんぞ気にせず、お前さんは好きなことを、好きなようにやってほしかった。……これは、紛れもないわしの本心じゃ」

「師匠、アタシは……」

「わしがもっと器用に生きられたら、もっとお前さんに色んな世界を見せてやれたのにのぅ……。巻き込んでしもうて……すまん。本当に、すまんなぁ……」


 俯いた肩が、小刻みに震えている。

 岩のような男の身体が、今はあまりにも小さく脆く見えた。


「……違うッ!!」


 気づいたら、叫んでいた。


「アタシは——アタシは感謝してんだよ! 拾ってくれて、鍛冶を教えてくれて、家族にしてくれて……! アンタがくれたモンは山ほどあるのに、アタシはまだ何一つ返せてねえんだ!」

「バルディア……」

「その目のことだって、アタシが一生背負っていくもんだ! 師匠が庇うことじゃねえ! それに、アタシは巻き込まれたなんて、これっぽっちも思ってねえぞ!」


 バルディアが声を張り上げると、ヘパイストスはようやく顔を上げた。


 その隻眼は、これまで見たことがないほどに赤く潤んでいる。


「アタシはアタシだ。アタシの人生だ! ここで生きるって決めたのは、アタシ自身の意志なんだよ! それを勝手に謝るなよ、アタシが選んだ道が、間違ってたみたいに聞こえるじゃねえか!!」


 叫んで、叫んで、叫び尽くして——そして、宣言した。


「決めたよ。アタシは、バルディア・バルールは、アンタを超えて『世界一の鍛冶師』になってやる!!!! ドワーフがなんだ、獣人がなんだ、半端者がなんだってんだ! 全部まとめて乗り越えて、アンタの技術を未来に繋いでみせる! だから……だから安心してくれよ、師匠! もう弱音なんて吐くな! らしくねえんだよ、そういうの」


 ヘパイストスの隻眼から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「だからよ、アイツら全員まとめて見返してやろうぜ……!」


 彼は顔を覆い、何度も何度も「ありがとう」と繰り返した。バルディアも泣いた。強がりも意地も全部かなぐり捨てて、子供みたいに泣きじゃくった。


 その夜、師弟の絆は、どんな伝説の金属よりも硬く、そして熱く結ばれた。

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