第047話 ギルドからの追放
街を歩くたび、背中に視線が突き刺さる。
あの爆発事故から、ひと月が経った。バルディアの中に宿った火属性の魔力が暴走し、ヘパイストスの左目を奪った——その事実は、ドワーフ社会を駆け巡り、今や彼女の存在そのものを罪に変えていた。
「おい、あれが例の……」
「シッ。聞こえるぞ」
「あの半端者のせいで、ヘパイストス様は……」
獣人特有の鋭い聴覚は、拾いたくもない言葉を拾ってしまう。
ヒソヒソと交わされる陰口。道を譲るドワーフたちの、疫病神を避けるような足取り。どんな怒声よりも、その沈黙が胸を抉った。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。呼吸が浅くなる。
けれど、バルディアは顔を上げた。前を向いた。うつむいたら、負けた気がした。
工房に戻ると、熱気がバルディアを包んだ。
真っ赤に熱した鉄を、槌で叩く。左目を失った師匠のために、片手でも扱いやすい新しい工具を作っていた。
「もっと腰を入れい。その程度の打ち込みじゃ、鉄が泣くぞ!」
ヘパイストスの怒鳴り声が飛ぶ。事故の前と、何も変わらない厳しさ。
「は、はいっ!」
バルディアの槌が、より力強く鉄を打つ。火花が散り、形が少しずつ整っていく。
この音だけは、変わらない。
師匠と二人、炉を囲んで鉄を打つこの時間だけは、誰にも奪えない。
「よし、今日はここまでじゃ」
ヘパイストスが炉の火を落とした。バルディアは額の汗を拭いながら、完成間近の工具を見つめる。
「師匠、この角度はどうかな? 左側から持ちやすいように……」
「ほう、よく考えとるな。じゃが、まだ甘い。ここの重心がな——」
その時。
扉を叩く音が、説明を遮った。
—————
「鍛冶師ギルドを追放する……じゃと?」
ヘパイストスの声が、怒りで低く震えた。
入口に立つのは、一年ぶりに姿を見せた鍛冶師ギルド長のラモン。彼は手にした羊皮紙を突きつけながら、事務的な声で告げた。
「決定事項です。いつまで経っても我々の勧告を無視し、ドワーフの弟子を取らない貴方への最終通告ですよ」
「な、何を勝手なことを……! こんなふざけた決定、他の連中が納得するわけがなかろう!」
「全員の総意です」
ラモンは冷ややかに言い放つ。
「勝手なのはどっちですか。獣人の、それも半端者に技術を継承するなんて……これが一体どういうことか、わからない貴方ではないでしょう」
ラモンの冷たい視線が、工房の隅で息を殺すバルディアを射抜いた。
「まったく、正気の沙汰ではない。その狂った選択が招いた結果が、その左目でしょう。貴方一人だけの問題ではない。これは鍛冶業界全体の損失なのですよ」
「な……」
師匠が、言葉を失った。
あの頑固で、誰にも屈しない師匠が——何も言い返せずにいる。
——アタシのせいだ。全部、アタシが師匠から奪ったんだ。
ギルドの名誉。同族からの信頼。そして、あの力強い左目の光。
後悔と罪悪感が、黒く冷たい鉄の塊となって胸の奥にのしかかる。
「貴方に残された道は一つ。その獣人の弟子を今すぐ破門し、我々が用意した優秀なドワーフの若手を弟子に取ること。そうすれば、今回の追放処分も……」
「断る」
ヘパイストスの声に、迷いは一切なかった。
たった一言。だが、その一言に込められた意志は、生涯で鍛え上げたどんな鋼よりも硬かった。
「な……本気ですか? ギルドを敵に回して、この街で生きていけると思っているのですか?」
「知ったことか。ワシの弟子は、こやつ一人じゃ」
ヘパイストスは、ラモンをギロリと睨みつけた。
残された右目に、かつてないほど激しい光が宿っている。
「……はあ。本当に残念です。気が変わればいつでもギルドへお越し下さい。我々は、再び貴方を歓迎する用意があります。……それでは」
ラモンは事務的に告げると、一礼もそこそこに去っていった。
世界一の鍛冶師、ヘパイストス・バルール。
鍛冶師ギルドより、追放。
その報せは、熱い鉄が水に浸かる音よりも速く、職人たちの都を駆け巡った。




