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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
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第035話 戦う鍛冶師

 グロムハルトのダンジョンに一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような重圧がのしかかってきた。昨日とは桁が違う、濃密な魔力の気配。


「どっから何が出てきてもおかしくないな……」

「ああ、警戒を怠るんじゃねえぞ……」


 バルディアが松明(たいまつ)を掲げながら、不安そうに奥を見つめる。狐の大きな耳が、警戒するようにピクリと動いていた。


「エミル様、これだけの魔力です。気分は悪くなってないですか?」

「ああ、平気だ。むしろ感覚が鋭くなってる気がする」

「魔力を感じやすいヤツは、当てられると酔っちまうからな。無理すんなよ」


 【魔力探知】スキルは任意でオンオフができる。


 そうしないと、街中で使ったら一発で酔ってしまう。生き物がいる限り、魔力はそこら中に流れてるからだ。最初は苦労したが、使い続けるうちに慣れてきた。今では、この程度の濃さなら問題ない。


 エミル、バルディア、アヤメの三人は警戒しながら奥へと進んでいく。岩壁に埋まった緑色の結晶が、蛍のようにキラキラと輝いていた。


「わあ……綺麗」


 アヤメが思わず声を漏らした。


「このダンジョンは鉱石も豊富だからな。昨日はそれどころじゃなかったけどよ」

「それなら……わたしが探してる石も、きっとすぐに見つかりますね!」


 アヤメが希望に満ちた顔でバルディアを振り返る。


 しかし対照的に、バルディアは鉱脈をじっと睨んだまま、苦々しげに顔を歪めていた。


「……アヤメ。言いづらいんだけどよ」

「なんです?」

「オマエが探してる、その『病に効く魔石』ってやつ……たぶん、ここにはねえぞ」


 その一言で、場が凍りついた。


「え……?」


 アヤメが息を呑み、大きな瞳を見開く。


「ちょっと、バルディアちゃん。こんな時に、そんな冗談は……」

「冗談なんかじゃねえよ。魔石ってのは、魔力を浴びた鉱石のことを指すんだ。それで、アヤメの探している魔石は紫色なんだよな。昨日も確認したけど、このダンジョンの魔力の質、鉱脈の走り方……どれを見ても、その魔石が育つ環境じゃねえんだ」


 バルディアは壁面の鉱石をコツコツと叩きながら、残酷な事実を突きつけた。


「すまねえ。昨日の時点でもしかしたらとは思ってたんだ。けど確証がなくてよ……」

「だ、だって、冒険者ギルドの受付の方は、このダンジョンだって……」

「おそらく、情報の仕入元がガセだったんだろうな。アイアン・ブルズの連中も踊らされてたんだ」


 アヤメの顔から血の気が引いていく。足元が崩れ落ちるような感覚に襲われたのか、ふらりとよろめいた。


「そんな……。じゃあ、お父様は……」


 瞳から涙が溢れ出す。命懸けで国を出て、ここまで来たのだ。それが全て徒労だったと告げられる絶望は、計り知れない。


「……待てよ、バルディア」


 アヤメを支えながら、エミルは低い声を出した。


「本当に確証がなかったのか? まさかお前、師匠を助ける口実に……」

「エミル様!」


 アヤメが強い口調でエミルを制した。その目には、涙と共に確かな意志が宿っている。


「それ以上はダメです。バルディアちゃんはそんなことしません。責めないでください」

「アヤメ……」

「バルディアちゃんは、わたしに下手な希望を持たせたくなかっただけです。あると思いこんでいたわたしにも非がありますから」


 アヤメの言葉に、バルディアは目を見開く。


「……お人好しかよ。結果的に傷つけたことには変わりねえのに」

「いいえ。あなたのその優しさが、わたしは嬉しいです」


 アヤメは涙を拭い、気丈に微笑んだ。


「……そうか。疑うようなことを言って悪かった。ごめん、バルディア」

「いや、いいんだ。……でもよ、ここで諦めるのはまだ早いぜ」


 バルディアはニカッと笑い、自分の平らな胸を親指で差した。


「石のことならよ、世界で一番詳しいヤツを知ってるぜ? アタシはよ」

「え……?」

「アタシの師匠だ。あの頑固ジジイを助け出して直接聞きゃあいい。なあに、心配するなよ。そう簡単にくたばるタマじゃねえぜ」

「……!」

「アタシらはそのためにここに来たんだろ? 魔石がないってわかったなら、次は師匠だ。無駄足じゃねえ、目的が一つに絞られただけだ!」


 強引で、乱暴で、けれど最高に温かい励まし。アヤメの瞳に、再び光が宿る。彼女は涙を拭うと、自らの足で力強く立ち上がった。


「……そう、ですね!」

「にしし。んじゃ、とっとと師匠を助けに……」


 バルディアが歩き出そうとした瞬間、彼女の尻尾が逆立った。


「……来るぞッ!!」


 バルディアの声が、ダンジョンの空気を切り裂いた。 同時に、エミルの【魔力探知】にも明確な反応がある。奥から、複数の殺気が迫ってきていた。


「前方に三体だ。もう目の前だ」


 闇の中から巨大な影が現れた。体長三メートルはあろうかという巨大なトカゲ型の魔物。一つの胴体から二つの首が伸び、紅い舌をチロチロと出し入れしている。


「コイツはツインリザードだ。ケルベロスほどじゃねえが、C級冒険者でも手こずる相手だ。気をつけろよ!」

「わたしが先行します!」


 アヤメが風のように駆けだす。抜刀と同時に踏み込み、先頭の個体へ肉薄する。右の首が噛みつこうとした瞬間、彼女の刃が走った。


「『翠風流剣技・天津風(あまつかぜ)』!」


 流れるような斬撃が、二つの首を同時に跳ね飛ばす。鮮血が舞う中、アヤメは次を見据えている。


「ナイスだアヤメ! エミル、左は任せた!」

「ああ」


 エミルは左の個体へ向かった。最短距離で懐に潜り込み、黒い焔を拳にまとわせ、そのまま頭部へ叩き込んだ。


「『黒焔』ッ!!」


 鈍い音と共に頭部が砕け散り、声も上げさせずに沈黙させる。


「最後はアタシに任せろ」


 右から迫る最後の個体に、バルディアが飛びかかった。黄金のガントレットから伸びた三本の爪が、紅蓮の炎を纏って唸りを上げる。


「『狂気掻(クルペオ)・アプセット』!!」


 すれ違いざま、ツインリザードの巨体が六分割されて崩れ落ちた。断面は高熱で焼かれ、血の一滴も流れていない。


「すごい、バルディアちゃん! その爪は……」

「へへっ、コイツはアタシのデビュー作さ。アタシの炎を纏う、自慢の武器なんだぜ」


 バルディアは照れくさそうに鼻の頭を掻きながらも、尻尾を誇らしげに揺らした。

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