第035話 戦う鍛冶師
グロムハルトのダンジョンに一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような重圧がのしかかってきた。昨日とは桁が違う、濃密な魔力の気配。
「どっから何が出てきてもおかしくないな……」
「ああ、警戒を怠るんじゃねえぞ……」
バルディアが松明を掲げながら、不安そうに奥を見つめる。狐の大きな耳が、警戒するようにピクリと動いていた。
「エミル様、これだけの魔力です。気分は悪くなってないですか?」
「ああ、平気だ。むしろ感覚が鋭くなってる気がする」
「魔力を感じやすいヤツは、当てられると酔っちまうからな。無理すんなよ」
【魔力探知】スキルは任意でオンオフができる。
そうしないと、街中で使ったら一発で酔ってしまう。生き物がいる限り、魔力はそこら中に流れてるからだ。最初は苦労したが、使い続けるうちに慣れてきた。今では、この程度の濃さなら問題ない。
エミル、バルディア、アヤメの三人は警戒しながら奥へと進んでいく。岩壁に埋まった緑色の結晶が、蛍のようにキラキラと輝いていた。
「わあ……綺麗」
アヤメが思わず声を漏らした。
「このダンジョンは鉱石も豊富だからな。昨日はそれどころじゃなかったけどよ」
「それなら……わたしが探してる石も、きっとすぐに見つかりますね!」
アヤメが希望に満ちた顔でバルディアを振り返る。
しかし対照的に、バルディアは鉱脈をじっと睨んだまま、苦々しげに顔を歪めていた。
「……アヤメ。言いづらいんだけどよ」
「なんです?」
「オマエが探してる、その『病に効く魔石』ってやつ……たぶん、ここにはねえぞ」
その一言で、場が凍りついた。
「え……?」
アヤメが息を呑み、大きな瞳を見開く。
「ちょっと、バルディアちゃん。こんな時に、そんな冗談は……」
「冗談なんかじゃねえよ。魔石ってのは、魔力を浴びた鉱石のことを指すんだ。それで、アヤメの探している魔石は紫色なんだよな。昨日も確認したけど、このダンジョンの魔力の質、鉱脈の走り方……どれを見ても、その魔石が育つ環境じゃねえんだ」
バルディアは壁面の鉱石をコツコツと叩きながら、残酷な事実を突きつけた。
「すまねえ。昨日の時点でもしかしたらとは思ってたんだ。けど確証がなくてよ……」
「だ、だって、冒険者ギルドの受付の方は、このダンジョンだって……」
「おそらく、情報の仕入元がガセだったんだろうな。アイアン・ブルズの連中も踊らされてたんだ」
アヤメの顔から血の気が引いていく。足元が崩れ落ちるような感覚に襲われたのか、ふらりとよろめいた。
「そんな……。じゃあ、お父様は……」
瞳から涙が溢れ出す。命懸けで国を出て、ここまで来たのだ。それが全て徒労だったと告げられる絶望は、計り知れない。
「……待てよ、バルディア」
アヤメを支えながら、エミルは低い声を出した。
「本当に確証がなかったのか? まさかお前、師匠を助ける口実に……」
「エミル様!」
アヤメが強い口調でエミルを制した。その目には、涙と共に確かな意志が宿っている。
「それ以上はダメです。バルディアちゃんはそんなことしません。責めないでください」
「アヤメ……」
「バルディアちゃんは、わたしに下手な希望を持たせたくなかっただけです。あると思いこんでいたわたしにも非がありますから」
アヤメの言葉に、バルディアは目を見開く。
「……お人好しかよ。結果的に傷つけたことには変わりねえのに」
「いいえ。あなたのその優しさが、わたしは嬉しいです」
アヤメは涙を拭い、気丈に微笑んだ。
「……そうか。疑うようなことを言って悪かった。ごめん、バルディア」
「いや、いいんだ。……でもよ、ここで諦めるのはまだ早いぜ」
バルディアはニカッと笑い、自分の平らな胸を親指で差した。
「石のことならよ、世界で一番詳しいヤツを知ってるぜ? アタシはよ」
「え……?」
「アタシの師匠だ。あの頑固ジジイを助け出して直接聞きゃあいい。なあに、心配するなよ。そう簡単にくたばるタマじゃねえぜ」
「……!」
「アタシらはそのためにここに来たんだろ? 魔石がないってわかったなら、次は師匠だ。無駄足じゃねえ、目的が一つに絞られただけだ!」
強引で、乱暴で、けれど最高に温かい励まし。アヤメの瞳に、再び光が宿る。彼女は涙を拭うと、自らの足で力強く立ち上がった。
「……そう、ですね!」
「にしし。んじゃ、とっとと師匠を助けに……」
バルディアが歩き出そうとした瞬間、彼女の尻尾が逆立った。
「……来るぞッ!!」
バルディアの声が、ダンジョンの空気を切り裂いた。 同時に、エミルの【魔力探知】にも明確な反応がある。奥から、複数の殺気が迫ってきていた。
「前方に三体だ。もう目の前だ」
闇の中から巨大な影が現れた。体長三メートルはあろうかという巨大なトカゲ型の魔物。一つの胴体から二つの首が伸び、紅い舌をチロチロと出し入れしている。
「コイツはツインリザードだ。ケルベロスほどじゃねえが、C級冒険者でも手こずる相手だ。気をつけろよ!」
「わたしが先行します!」
アヤメが風のように駆けだす。抜刀と同時に踏み込み、先頭の個体へ肉薄する。右の首が噛みつこうとした瞬間、彼女の刃が走った。
「『翠風流剣技・天津風』!」
流れるような斬撃が、二つの首を同時に跳ね飛ばす。鮮血が舞う中、アヤメは次を見据えている。
「ナイスだアヤメ! エミル、左は任せた!」
「ああ」
エミルは左の個体へ向かった。最短距離で懐に潜り込み、黒い焔を拳にまとわせ、そのまま頭部へ叩き込んだ。
「『黒焔』ッ!!」
鈍い音と共に頭部が砕け散り、声も上げさせずに沈黙させる。
「最後はアタシに任せろ」
右から迫る最後の個体に、バルディアが飛びかかった。黄金のガントレットから伸びた三本の爪が、紅蓮の炎を纏って唸りを上げる。
「『狂気掻・アプセット』!!」
すれ違いざま、ツインリザードの巨体が六分割されて崩れ落ちた。断面は高熱で焼かれ、血の一滴も流れていない。
「すごい、バルディアちゃん! その爪は……」
「へへっ、コイツはアタシのデビュー作さ。アタシの炎を纏う、自慢の武器なんだぜ」
バルディアは照れくさそうに鼻の頭を掻きながらも、尻尾を誇らしげに揺らした。




