第034話 ドワーフ行方不明事件
通された応接室の扉が重い音を立てて閉まる。革張りのソファに深く沈み込んだ副ギルド長・ウォルコットは、疲労の滲む顔を上げ、単刀直入に切り出した。
「……ここだけの話だ。行方がわからないのは、ヘパイストスさんだけじゃないんだ」
「ああ? 師匠だけじゃないってのか?」
バルディアが眉をひそめる。ウォルコットは重々しく頷いた。
「ああ。ここ数週間で、腕利きのドワーフが複数人、同じダンジョンで消息を絶っている。それもベテランばかりだ。……それに、うちのギルド長であるラモンもな」
その言葉に、エミルとアヤメは顔を見合わせた。鍛冶師ギルド長までも行方不明。もはやただの遭難事故の域を超えている。
「へえ、ラモンまでいねえのか。万年副長だったアンタにしちゃ、思わぬ出世のチャンスじゃねえか」
「……茶化すなよ。いくらラモンがヘパイストスさんを追放した張本人だからといえな。そういえば昨日、ダンジョンでグラナイト・ケルベロスに遭遇したんだってな?」
「ああ、ジムタイルに聞いたか? あのヤロウ、アタシを見捨てて逃げようとしやがった。この兄ちゃんたちが助けてくれなきゃ、アタシは今頃魔物のエサだったぜ」
「ほお。そのジムタイルだが、荷物持ちで雇ったE級が魔物にビビって逃げたと騒いでたぞ」
ウォルコットは品定めをするような目で、エミルとアヤメをじっと見つめる。
エルビラの言動で気にはなっていたが、やはりジムタイルはろくな事を話していないようだ。
「デマカセほざきやがって、あのヤロウ。さっきのエルビラとの一件も見てただろ。コイツらの実力はアタシが保証するよ」
「なるほどな、良くわかった。だがな、バルディア。いずれにせよダンジョンに入るのは許可できん。あのクラスの魔物が上層に現れた以上、ダンジョン内は想定外の事態に陥っている。これから冒険者ギルドと合同で正式な大規模捜索隊を組む予定だ。お前もそこに入れ」
「はあ!? ふざけんな!」
バルディアがテーブルを叩いて身を乗り出す。
「ギルドは師匠を追放しやがったくせに! そんな連中がのろのろ準備する捜索隊なんか待てるわけねえだろ! ラモンと違って話がわかるヤツだと思ってたのによ、見損なったぜ。もう一日だって待てねえんだ。オマエが止めてもアタシは行くぞ」
「お前の気持ちはわかる。だが、それならきちんとA級の冒険者を雇え」
「ああ? だから、コイツらの実力はアタシが保証するつってんだろうが!」
「お前の保証じゃ弱いんだよ。むざむざと死にに行かせるわけにはな……」
バルディアはウォルコットを睨みつける。だが、その視線に怯むことなく、ウォルコットは頑として首を縦に振らない。
どれだけバルディアが認めてくれても、「E級冒険者」という事実が壁となって立ちはだかる。
——くそ、おれがあのとき暴走なんてしなければ。
ブラドとの模擬戦が脳裏をよぎる。あそこで力を制御できていれば、今頃は昇級できていたかもしれない。結局、足を引っ張っているのは自分だ。
平行線かと思われたその時、アヤメが口を開いた。
「あの……セルディス王国のラグネシア。そこの冒険者ギルド長であるブラド様はご存知ですか?」
「ああ。ブラドさんには昔、世話になったこともあるが……」
「彼に照会いただければ、エミル様の実力は証明できるはずです。わたしたちは、決して無謀な賭けに出るわけではありません」
「ほお。あのブラドさんが……」
アヤメの一言が決定打となった。ウォルコットはついに観念したように、深々とため息をついた。
「……はあ、わかった。ギルドとしては推奨できんが、自己責任という形なら黙認しよう」
ウォルコットの眼光が、鋭く光る。
「だが、これだけは言っておく。目的はあくまで、行方不明者の捜索と救出だ。ケルベロスとの戦闘は極力避けろ。そして期限は十日。それ以上戻らなければ、こちらの判断で捜索隊を向かわせる。……いいな?」
「へへっ、わかってんじゃねえか」
「くれぐれも自己責任ってことを忘れるな。決して無茶するんじゃないぞ」
「おうよ。恩に着るぜ、ウォルコット!」
バルディアが不敵に笑い、大きな耳がピコピコと動く。
手続きを済ませ、部屋を出ようとしたエミルの背中に、ウォルコットが声をかけた。
「おい、エミルと言ったか」
振り返ると、ウォルコットには到底似つかわしくない、ニッと子供のような笑みを浮かべて親指を立てていた。
「あのエルビラの馬鹿だがな、うちのギルドでも手を焼いてたんだ。さっきは正直、スカッとしたよ」
その意外な一面に、エミルも思わず口元が緩んだ。
「……どういたしまして」
ギルドを出て、ダンジョンへと続く道を進む。石畳を踏むアヤメの足取りは、どこか軽やかだった。
「いい方でしたね。バルディア様のことを本気で心配していたのが伝わってきました」
「まあな。ウォルコットはラモンとは違って信頼も厚いんだ。ギルド全体となると、また別だけどな」
バルディアの言葉には、師匠が置かれていた複雑な立場が滲んでいた。どう声をかけたものか迷っていると、バルディアの方からぽつりと語り始めた。
「……アタシはさ、両親の記憶があまりねえんだ。物心ついたころには師匠が親代わりだった。師匠の話じゃ、アタシは捨てられてたみたいでな」
「そうだったのか……」
「ドワーフの鍛冶技術ってのは門外不出だ。普通は同じドワーフにしか継承させねえ。師匠も昔は何人も弟子を取ったらしいけど、みんなついていけず逃げ出しちまった。そんな師匠が、獣人で、しかも女のアタシを拾って……たった一人の弟子にしてくれたんだ」
その言葉の裏には、どれほどの葛藤があったのだろうか。エミルはただ、黙って耳を傾けた。
「鍛冶師ギルドの連中は何度も押しかけてきやがったよ。『伝統を汚すな』『後世に技術を残せ』ってな。……それでも師匠は、一度だって首を縦には振らなかった。結果、ギルドを追い出され、ドワーフ社会からは村八分……。今じゃ完全に孤立状態だ」
「……」
「師匠は不器用で、口も悪いし、人付き合いも下手くそだ。でもな……アタシはそんな師匠が大好きだ。いつだってアタシを一番に考えてくれた。こんな“半端者”のアタシをさ」
バルディアは自嘲気味に笑う。その笑顔が、エミルの胸を締め付けた。
「その……半端者、というのはどういう意味なんだ?」
思わず尋ねてしまった言葉に、アヤメが肘で軽く小突いてくる。「デリカシーがないですよ」という無言の抗議だ。
「ああ、いいんだ。よく言われるし事実だからな」
バルディアは気にした風もなく肩をすくめ、ぴんと立った大きな耳の先を指で掻いた。
「アタシは獣人族だけど、純血じゃねえ。親の片方だけが獣人の混血、つまりハーフなんだ。それに、獣人のくせにドワーフの真似事して鍛冶やってるだろ? どこの世界にも属せない、半端モンってわけさ」
そう言って笑う彼女の瞳は、どこか潤んでいるように見えた。
居場所がどこにもなかった少女。そんな彼女に「居場所」と「生きる道」をくれたのが、師であるヘパイストスだったのだ。
「でも、関係ねえよな。血筋とか種族とか、そんなんじゃねえ。自分がどうあるかが一番大事だぜ」
「強いですね、バルディア様。素敵です」
「なあ、アヤメ。アタシのこと“様”なんてつけなくていいよ。まだ十三歳だし、アンタの方が歳は上だろ」
「「じゅ、十三歳!?」」
エミルとアヤメの声が、見事にハモった。
「おい嘘だろ……十三歳って、小学校卒業したばかりか……?」
エミルの顔から血の気が引いていく。
確かに背は小さい。アヤメの腰くらいしかない。だが、あの大人びた口調、達観した態度、そして何より——。
——おれ、さっきまでこの子相手に「対等な関係」みたいな態度で話してたのか……。
相手は義務教育も終わっていないような年齢だ。対する自分は、見た目こそ十七歳に若返っているとはいえ、中身は三十五歳の正真正銘のおっさん。無意識のうちに子供相手に偉そうな態度を取っていた自分を振り返ると、羞恥心で死にたくなってきた。
「な、なんだよその反応! 獣人は発育が早いんだ。十歳を超えれば人族でいえば成人みたいなモンだし!」
必死に背伸びをするバルディアだが、ふさふさの尻尾がしゅんと垂れ下がっているのが、動揺を物語っている。
「それに背丈はその……今はこんなだが……もっと、ボンッキュッボーンってなるはずだからな!」
アヤメは「そ、そうだったんですね……ごめんなさい」と慌ててフォローを入れる。
「……あれ、エミル様? 顔色が悪いですが」
「いや……なんでもない。ただ、な……」
「……?」
遠い目をするエミルを他所に、バルディアは気を取り直したように胸を張った。
「と、とにかく! 鍛冶の腕は年齢じゃねえ! 無事戻ったら、オマエらの装備だってアタシがバッチリ整えてやっから楽しみにしとけ!」
「ふふ、楽しみにしてますね。お師匠様のこと大好きなんですね、バルディアちゃん」
「へへっ、ちゃん付けってのもなんか恥ずかしいけど、悪い気しねえな!」
照れくさそうに鼻の下をこするバルディアの笑顔は、年相応の無邪気な少女のものだった。アヤメとバルディアは、まるで昔からの姉妹のように打ち解けていく。
その光景を、エミルは少し離れた場所から、どこか微笑ましい気持ちで眺めていた。
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日が傾き、三人は再び街外れまで来ていた。地面がぱっくり裂けたような深い亀裂の奥に、黒い洞窟が口を開けている。
「……なんか、昨日と空気が違わねえか?」
バルディアが眉をひそめた。大きな耳がぴくりと動き、鼻をひくつかせる。
「魔物の気配が濃くなってるな」
エミルも感じていた。【魔力探知】スキルが拾う気配が、昨日よりも明らかに増えている。しかも、その一つ一つが禍々しい。
「ケルベロスがまだ浅い階層にいるなら、深層にいるはずの魔物も押し出されてきてる可能性があるな」
エミルの言葉に、アヤメが刀の柄に手を添えた。
「油断は禁物ですね」
「当たり前だ。師匠を助け出すんだ」
「ああ。行くぞ」
それぞれの誓いを胸に、三人は暗い洞窟の奥へと、再びその一歩を踏み出した。




