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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
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第033話 格の違い

 翌朝。

 グロムハルトの冒険者ギルドの扉を押し開けた瞬間、エミルは足を止めた。


 昨日とは明らかに違う、張り詰めた空気。あれだけ騒がしかった冒険者たちが、今は誰もが険しい顔をしている。


「……なんだか、様子がおかしいですね」


 隣を歩くアヤメが、居心地悪そうに肩をすくめる。


「ああ。ギルド全体がピリついてる」

「ケルベロスの件が広まったんだろうな。あんなバケモノがダンジョン上層にいるなんて、普通じゃねえからよ」


 バルディアが腕を組んで周囲を見回す。


 ピリついた空気の中、カウンターへ向かおうとしたその時だ。


 ぬっと、巨大な影が進路を塞いだ。


「よう、昨日のE級冒険者じゃねえか。また何の用だ? ダンジョンが怖くて逃げ帰ってきたんじゃなかったのかよ?」


 見下ろしてきたのは、昨日も絡んできた巨漢の男だ。


 男の口元が、嘲るように歪む。その声は必要以上に大きく、まるで周囲の注目を集めるためのようだった。


 背後から、「昨日のE級がまた絡まれてるぞ」といわんばかりの視線が突き刺さる。


「……あんたに関係ないだろ」


 内心で舌打ちしながらも、あくまで冷静に対応する。ジムタイルは一体何を話したんだと言いたくなったが、今は無駄な揉め事を起こしている場合じゃない。


 だが、その素っ気なさが神経を逆撫でした。


「ああ? なんだその口の利き方は。まあいいぜ、教えてやるよ。俺様はな、これからお前らが尻尾巻いて逃げ出したケルベロスの討伐に向かうんだ。格の違いってやつを見せてやるよ」

「そいつはすごい。頑張ってくれ」


 軽い返事に、男の顔が怒りで引きつった。


「てめえ……! 逃げ帰っただけの雑魚が、俺様に楯突くってのか!?」


 一触即発の空気が漂う。

 その時、バルディアがエミルの前にずいっと出た。


「おい、この兄ちゃんたちはアタシが雇った護衛だ。言いたいことがあるならアタシに言え」

「誰かと思えばバルディアじゃねえか。アイアン・ブルズに捨てられたからって、今度はE級と組むたぁ、見境ねえなぁ! 半端者にE級、実にお似合いのコンビじゃねえか。ははは!」


 半端者。

 その言葉に、バルディアの大きな耳がピクリと震える。拳が握り込まれ、尻尾の毛が逆立った。


「バルディア、もう放っておけ」

「ちっ。コイツはな、この辺を拠点にしているB級冒険者のエルビラだ。最悪なヤツに絡まれちまった」


 エルビラと呼ばれた大男は二人の会話には構わず、ニヤついた視線をアヤメに向けた。


「へえ……昨日は気づかなかったが、上玉連れてんじゃねえか。おい、こんな雑魚どもは放っておいて、俺様と遊ばねえか?」


 エルビラはエミルを肘で押しのけ、アヤメの肩に腕を回そうとした。

 その指先が触れる寸前、アヤメはスッと半歩下がり、流れるような動作でそれを躱す。


「お断りします。あなたのような無礼な方と話すことはありません」

「へぇ……その強気な態度もいいねえ」


 エルビラが下卑た笑みを浮かべる。


「そういう女がよぉ、俺様の前で泣きながら媚びる姿が一番そそるんだよ。どうだ、うちのパーティに入れよ。夜の手ほどきもたっぷりと——」


 その手が再び伸びる。

 今度はアヤメの頬に触れようとした、その瞬間。


「おい」


 エミルの声と同時に、エルビラの視界が暗転した。

 気づけば、彼の顔面はエミルの右手に鷲掴みにされていた。


「……がっ……て、めえ……いつの間に……」


 スキルで強化された握力が、ギリギリと締め上げる。


「いた、いたたたた……! おい、離せ。離せって」


 腕を掴んで振りほどこうとするが、びくともしない。

 エミルが指先へさらに力を込めると、エルビラは情けない悲鳴をあげ、膝から崩れ落ちた。


「……っ!! 痛い、顔が潰れる! 悪い、悪かったって! 離してくれ!」

「格の違いを見せてくれるんじゃないのか?」

「許してくれ! 顔が歪んじまう! 許してくださいいい!!」

「エミル様、わたしは平気ですから。もう離してあげてください」


 アヤメの声に我に返り、指の力を抜く。

 ドサリと床に転がったエルビラは、赤く腫れ上がった顔を押さえながら、這うようにして後ずさる。


「ハァ……ハァ……なんだてめえ、くそ!! 覚えてやがれっ!」


 エルビラはよろめきながら立ち上がると、捨て台詞を吐いて出口へと走り去った。


「覚えてやがれって……そんなセリフを吐くやつ、本当にいるんだな」

「……ぷっ」


 バルディアが吹き出したのを皮切りに、ギルド内がどっと沸いた。


「うおぉぉおお!! よくやったぞ、兄ちゃん!」

「あのエルビラを追い払ったぞ!!」


 割れんばかりの歓声が上がる。


「なんだ。あいつ、嫌われてるんだな」

「まあな。アタシも好かれちゃいないが、アイツは輪をかけてひどい。当然の報いだ」


 バルディアがニシシと笑い、エミルの背中をバシンと叩いた。


 その時だった。


 騒ぎを聞きつけたのか、ギルドの奥から一人の男がまっすぐこちらに向かってきた。

 細身だが、服の上からでもわかる、鍛え抜かれた身体。眼鏡の奥から鋭い視線を放っている。


「あれ? ウォルコットじゃねえか」


 バルディアが目を丸くした。


「なんで鍛冶師ギルドのギルド長代理が、冒険者ギルドなんかにいるんだ?」

「何の騒ぎかと思ったらバルディアか。ちょうどいいところにいた」


 ウォルコットと呼ばれた男は、バルディアの前で足を止めた。眼鏡の奥の視線が、エミルとアヤメを値踏みするように捉える。


「ちょっと厄介なことが起きていてな。冒険者ギルドと話があったんだ」

「なんだよ、とうとう動く気になったのか?」

「その件だが、立ち話もなんだ。そこの二人も連れて来い。話したいことがある」


 ウォルコットは声を潜めると、有無を言わせぬ口調で応接室の方角を指し示した。


 その表情には、ただならぬ切迫感が滲んでいた。

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