第032話 ヘパイストスの立場
ジュウウウッ、と脂の爆ぜる音が食欲を刺激した。香ばしい煙が鼻をつき、ダンジョン探索で疲れた体が本能的に反応する。
「ほらよ! ドワーフ仕込みの特製燻製肉ステーキだ! 食え食え!」
ドンとテーブルに置かれたのは、皿からはみ出さんばかりの分厚い肉の塊だった。表面は香ばしい飴色に輝き、ナイフを入れると肉汁が溢れ出す。
グロムハルトの夜。バルディアの家——工房の奥にある居住スペースに招かれて、エミルたちは遅い夕食を囲んでいた。
「い、いただきます……!」
「おお、これは美味いな」
噛むたびに広がる燻製の香りと肉の旨味が、疲れ切った体に染み渡っていく。
「にしし! だろ? 師匠が偏食でよ、アタシが作らねえと酒しか飲まねえんだよ」
バルディアはエプロン姿で胸を張った。
「あの、バルディア様。そのお師匠様なのですが、世界一の鍛冶師なんですよね?」
「おう、そうだぜ。アタシの自慢の師匠なんだ」
「それなら、そんな方が行方不明になって、ギルドから正式な捜索隊は出ないんでしょうか?」
その問いに、バルディアの手がピタリと止まる。部屋の空気が、ふっと冷えた気がした。
「あー、気になるよな……。師匠はさ、鍛冶師ギルドからもドワーフ社会からも追放されてんだ。アタシなんかを弟子にとっちまったせいでな……」
バルディアは自分の金色の獣耳を、無意識に手で隠すように触れた。
「ドワーフの技は、普通は同じドワーフ族にしか継承させねえ。なのに師匠は、見ての通り女で、しかも獣人のアタシを拾っちまったからよ……」
「あ……ごめんなさい、立ち入ったことを……」
「いや、姉ちゃんは悪くねえよ。周りは猛反対したんだけどよ。獣人の半端者なんぞに技を教えるな、ドワーフの恥だって。でも師匠は頑固なんだ。アタシを庇った結果が今だからよ……」
——庇った結果が、追放。
その言葉の重さを、エミルは噛みしめる。この少女は、自分が師匠の足を引っ張ったと思っている。それがどれほどの重荷か、エミルにはわかる気がした。
「だからこそさ」
バルディアが顔を上げる。無理やり作ったような、けれど強い笑顔だった。
「アタシは証明しなきゃなんねえんだ。師匠の目は間違ってなかったって。アタシはそこらのドワーフには負けねえ、世界一の鍛冶師の弟子なんだってな!」
その健気な強がりに、エミルは何も言えなかった。代わりに、アヤメが真っ直ぐな瞳で言った。
「バルディア様は、きっと証明できますよ。あなたをみていると、そう思えます」
「へ、へへっ。そう、だといいな」
バルディアの頬が、わずかに緩んだ。尻尾が、小さく揺れる。
「ところで、おれたちで本当に良かったのか? ギルドにはもっと腕の立つ冒険者がいくらでもいただろ。金さえ払えばそれこそジムタイル以上の……A級だって雇えたはずだ」
「何言ってんだ。そのジムタイルが逃げようとしたケルベロスを、オマエらが追い払ったんじゃねえか」
バルディアはニカっと笑い、エミルを指差す。
「奴はダンジョンの深層に生息する魔物だ。それがあんなとこで……。アイツらの反応が普通なんだよ。でも兄ちゃんたちは違った。アタシを助けるために、あんな化け物に立ち向かった。知らねえA級に頼むより、よっぽど信頼できるぜ」
「まあ……信頼できるかどうかは、わからないけどな」
「それにこの国にくる冒険者はさ、一攫千金狙いの荒くれモノがほとんどだ。ダンジョン内も荒らし放題で、道具も平気で捨てていく……だから、あんまりいいイメージがなくてさ。その点、兄ちゃんたちからは、そういう匂いがしなかったんだ」
「そういうものか……」
「そういうものさ。それに、E級だって言われてたけど、度胸だけじゃねえよな、あの強さは」
バルディアの目が、真っ直ぐにエミルを見据えた。
どうやら、この獣人の少女の目は誤魔化せないらしい。エミルは曖昧に笑って誤魔化した。
それから、話題はお互いの旅の話や鍛冶の話へと移っていった。バルディアは武器の素材について熱く語り、アヤメは興味深そうに聞き入っている。気づけば、夜も更けていた。
「よし、そろそろ寝るか。兄ちゃんたちの布団、客間に敷いといたからよ」
バルディアに案内されて通された客間。そこにあったのは、綺麗に敷かれた布団が、一組だけ。
「……おいバルディア、布団が一組しかないぞ」
「あ? なんだ兄ちゃんたち、一緒に寝ないのか?」
「おい、何だと思ってる。布団は別々だ」
「そっか。だって二人で旅してるから、てっきり恋人同士かと……。悪かったよ、すぐもう一組持ってくるから待っててくれ」
「こ、恋人……」
アヤメが顔を真っ赤にして固まっていた。エミルは大きなため息を付き、頭を掻く。
「……まあ、とにかく。バルディア、明日からよろしく頼む」
「おう! エミル、アヤメ! こっちこそ、よろしくな!」
エミルは気持ちを切り替えて、手を差し出すと、バルディアも小さな手で力強く握り返す。
明日からの捜索に備えてそれぞれの眠りについたのだった。




