第029話 魔石の手がかり
翌朝、夜明け前の薄闇の中、エミルとアヤメはドゥルガンの西門に立っていた。
「……ちっ、本当に来やがったか」
B級パーティ『アイアン・ブルズ』のリーダー、ジムタイルが忌々しそうに舌打ちをする。彼は足元に転がっている巨大な麻袋を、靴のつま先で乱暴に蹴った。
「お前らの仕事はそれだ。中身は採掘道具と野営用の食料、水だ。黙って担いで、オレたちの後ろをついてこい。戦闘の邪魔はするなよ」
「……わかった」
エミルは短く答えると、ずしりと重い麻袋を背負い上げた。隣ではアヤメも、文句ひとつ言わずに同じ大きさの袋を担ぐ。華奢な肩には不釣り合いな重量だが、彼女の瞳には「父を救うためなら何でもする」という強い意志が宿っていた。
「特に戦闘は気をつけることだ。うっかり範囲にでも入ったら、まとめて斬っちまうからな」
大斧を担いだドワーフ族の戦士、パレニイがニヤニヤと笑う。
『アイアン・ブルズ』のパーティは他に二人。杖を握りしめ、こちらを値踏みするような目で見ている猫の獣人族のヒーラー、ロリッチともう一人——。
「おいバルディア、てめえもだ! 斥候だからって手ぶらでいられると思うなよ、見習いが!」
ジムタイルが怒鳴りながら、手近な荷物を蹴り飛ばす。それが直撃したのは、まだ年端もいかないような小柄な少女だった。
「いってぇな……ッ!」
額にゴーグルをつけた、金色の毛並みを持つ狐の獣人。背の低いドワーフのパレニイよりも、さらに小さい。
身体の半分ほどもありそうな工具鞄を背負わされ、さらに追加の荷物を押し付けられている。
——こんな獣人の子供が、危険なダンジョンの最前線に……。
「……なんだよ兄ちゃん、見せモンじゃねえぞ」
視線に気づいた少女がキッと睨み返してきた。
「さあ、行くぞ。今日の稼ぎで、また美味い酒が飲めるからな!」
ジムタイルの号令で、一行は薄暗いダンジョンへと足を踏み入れた。
—————
洞窟の中に入ると、ひんやりとした湿気が肌にまとわりつく。
タルマ村で潜ったダンジョンとは、明らかに空気が違う。壁には採掘の跡が刻まれ、所々に坑道を支える木枠が組まれている。鍛冶の都グロムハルトらしい、人の手が入ったダンジョンだ。
バルディアはすぐに先行し、姿を消した。斥候としての仕事だろう。ジムタイルとパレニイが先頭を歩き、その後ろをロリッチが、そして最後尾をエミルとアヤメが続く。
「E級の兄ちゃんはダンジョンは初めてかい? キョロキョロしてっと、置いてかれるぜい」
ドワーフのパレニイが、周囲を警戒するエミルを見て嘲笑う。
「……ああ、悪い。気を付けるよ」
「まあ頑張んな! あんたらが死んでも、ワシらの知ったことではないがの」
エミルは軽口を受け流しつつ、密かに【魔力探知】を発動させていた。今のところ大した脅威は感じないが、油断は禁物だ。
その時、先行していたバルディアが岩陰からひょっこりと顔を出し、指を三本立てる合図を送った。
「魔物が三匹か。パレニイ、やるぞ」
「あいよ、任せな」
二人は前に出ると、飛び出してきたゴブリンたちを一撃のもとに葬り去った。その連携は見事で、さすがはB級パーティといったところか。
だが——。
エミルの背筋に、ピリッとした悪寒が走る。
【魔力探知】に異常な反応が現れた。まだ距離はあるが、これまでの雑魚とは桁が違う、どす黒い魔力の塊。
——先行しているバルディアという少女、本当に大丈夫か……?
そんなエミルの心配を他所に、一行は着々と奥へと進んでいく。
「ねえリーダー。例の魔石、本当にこの奥にあるのー?」
後方で手持ち無沙汰にしていたロリッチが、甘ったるい声で話しかける。
「間違いねえ。ある貴族のボンボンが、病気の母親のために法外な値で買い取るって話だ。そうだよな、パレニイ」
「ああ、ワシもこの耳でしかと聞いたぞい。見つけさえすれば、半年は遊んで暮らせるぜ」
「おほっ。それは楽しみだねー」
その会話に、隣を歩いていたアヤメが息を呑んだ。
「おい、アヤメ。その魔石ってもしかして……」
「ええ。おそらくわたしが探しているものです……!」
二人はパーティに聞こえないよう後方で小声で話す。希望が見えてきたが、同時に嫌な予感も強まっている。
さらに階層を下ると、空気が変わった。
「……おい、おかしいぞ」
先行していたバルディアが、血相を変えて戻ってきた。
「どうした?」
「血の匂いが濃すぎる。それに、静かすぎるんだ……。魔物の気配がしねえ」
その言葉通り、本来なら魔物がうろついているはずの通路には、無残に引き裂かれた魔物の死骸が転がっていた。
内臓がはみ出し、骨が砕け、壁には返り血が飛び散っている。まるで、何か規格外の捕食者が暴れ回った後のようだ。
「ちっ、面倒なことになってやがるな……。おいバルディア、もう少し奥を探ってこい。ヤバいのがいたら、すぐに知らせろ」
「……はあ!? 冗談じゃねえぞ! こんなヤバそうな場所に一人で行けってのかよ!」
バルディアが抗議の声を上げる。
「ああん? 口答えすんのか、この半端者が」
ジムタイルが凄むと、バルディアはビクリと身をすくませた。
「あんただって一応獣人なんでしょー? あたしよりチビだから隠密行動も上手いわけだし。リーダーがタダで同行させてやってんだから、ちゃんと働いてよねえ」
ロリッチが意地の悪い笑みを浮かべる。
「……っ、わかったよ! 行きゃいいんだろ!」
バルディアは悔しげに唇を噛むと、再び音もなく闇の中へと駆け出していった。
「おい、待て!」
エミルが思わず声を上げるが、少女の姿はもう見えない。
「なんだ?」
「……あいつの言うとおりだ。一人で行かせるのは危険すぎるだろう」
「はっ、ガキの心配してる余裕があったら自分の荷物の心配でもしてな」
ジムタイルは鼻で笑い、歩みを止めない。
荷物持ちに徹し、目立たぬことを優先したことで生まれた隙が、最悪の事態を招こうとしている。リスクを承知で止めるべきだったかもしれない。
そう思い始めた、次の瞬間。
「ああああああッ!!」
ダンジョンの奥から、甲高い悲鳴が響き渡った。
直後、ズズズズ……ンッと、地響きのような轟音が足元を揺らす。天井から砂が降り注ぎ、壁に亀裂が走る。
「な、なんだ!?」
狼狽えるジムタイルたち。だがエミルは、その声を聞いた瞬間——走り出していた。
「やっぱり……!」
嫌な予感が、確信へと変わっていた。




