第028話 魔石の手がかり
「エミル様、見えましたよ」
アヤメが指さした先に、ひときわ巨大な建造物がそびえ立っていた。
要塞じみた石造りの外観と、入口の鉄扉には見慣れた剣と盾の紋章、冒険者ギルドの証が刻まれている。
分厚い扉を押し開けると、酒場以上の熱気と汗のにおいが押し寄せてきた。壁一面に依頼書がびっしりと張り出され、屈強な冒険者たちが武器を手にしたまま情報交換に興じている。
掲示板に目をやったエミルは、思わず足を止めた。
「……見ろよ、これ」
「えっ……クエスト報酬、百万ルミナ!?」
アヤメが息を呑む。
掲示板に貼られた依頼書は、どれも破格の報酬額だ。だがその横に記された条件が、現実を突きつけてくる。
「推奨ランク、B級以上……」
「というか、張ってある依頼がほとんどB級以上ですよ。C級すら、片手で数えるほどしか……」
アヤメの声が、急速にしぼんでいく。
「御者の言ってた通りだな」
グロムハルトまで来る道中、馬車の御者が話していた内容を思い出す。
ここのダンジョンでは、希少な鉱石や魔石が採れる。それらは、街の灯火から航行船に至るまで、さまざまな用途に使われているらしい。要するに、電力や石油に匹敵するインフラだ。
資源が集まる場所には、金も人も集まる。だから報酬も桁違いに跳ね上がる。その分、ダンジョンには強い魔物も多く、クエストは命懸けの博打だという。
途方に暮れていると、背後から声が降ってきた。
「なんだぁ? 迷子のガキが紛れ込んでんぞ」
振り返ると、全身筋肉の塊のような大男がニヤニヤと見下ろしていた。
手に持っていたギルドカードの『E』を一瞥して、そいつは盛大に吹き出す。
「ぶっははははは!! まじかよ、E級のくせにこの街にやってきたのか? おい、お前ら聞いたか! E級のひよっこがドゥルガンのギルドに来てるぞ!」
大男の声に、ギルド中の視線が突き刺さる。
侮蔑と嘲笑の視線が、無数の矢となって突き刺さった。
「これだから初心者は空気が読めねえ。C級以下のクエストなんて待っても出てこねえぞ。とっととケツまくって、お上品なラグネシアで薬草でも摘んでな!」
大男がエミルの肩をバンと叩いた。嘲笑を浮かべたまま、依頼書を一枚もぎ取り、受付へと去っていく。
腹の底で黒い感情が渦巻くが、ぐっと飲み込む。ここで暴れても時間を無駄にするだけだ。目的は、アヤメの父を救う手がかりを探すこと。つまらない感情に振り回されている場合じゃない。
「……おれらも受付に行くか」
努めて平静を装い、アヤメに声をかける。
「そう、ですね。わたしたちの目的はクエストじゃないですし」
「ああ。まともな職員がいることを祈ろう」
だが、その淡い期待は、すぐに打ち砕かれた。
「ギルドカードを見せておくれ」
受付にいたのは、髭を蓄えた女ドワーフだった。
エミルがカードを差し出すと、彼女は『E』の刻印を一瞥し、あからさまに興味を失った顔になった。
「あんた、ここがどこだか分かってるのかい。観光気分なら帰んな」
ラグネシアのブラドやベリンダの親身な対応が、まるで別世界の出来事のように思えた。
「分かった上で聞いている。……魔石を探しているんだ」
「ふん。そもそもね、E級が受けられるような依頼はここにはないんだよ。魔石探しなんてそれ以前の問題さ」
取りつく島もない。だが、引き下がるわけにはいかなかった。
黙って話を聞いていたアヤメが、意を決したように一歩前に出る。
「お願いします! わたしはまだ登録していませんが、どうしても魔石の情報が……」
「未登録だって? 話にならんね」
女ドワーフは鼻で笑い、手を振って追い払う仕草をした。
「ここは腕利きの猛者が集まる場所だ。お嬢ちゃんみたいなのが物見遊山で来ていい所じゃないんだよ。わかったら出ていくことだね。他の冒険者の邪魔だよ」
その冷たい言葉に、アヤメの顔から血の気が引いていく。
父親を救うための唯一の手がかりが、目の前で絶たれようとしていた。
「そんな……!」
「あのな」
エミルの頭の中で、何かがブツリと切れた。
衝動的にカウンターを叩きそうになった腕を、アヤメが必死に掴んで止めた。唇をきつく噛み締め、首を横に振っている。やめてください、と目が訴えていた。
——そうだ、落ち着け。
この世界で大事なのは、信用と——。
エミルは深く息を吸って気を落ち着かせると、腰の革袋からコインを数枚取り出した。
「だったら情報を買う。……これでどうだ」
その言葉に、女ドワーフの眉がぴくりと動いた。
「……ほう。情報料は最低でも十万ルミナだよ。E級のあんたに払えるのかい?」
「これで足りるか?」
さらにコインを追加した。合計十五万ルミナだ。
「……E級でそれだけの大金を出すたあ、どっかのボンボンかい」
「素性を聞かないのが冒険者だろう?」
「ふん、あんたの言う通りだね。これで充分さ。金が払えるなら客だ」
女ドワーフは手早く金貨を懐にしまい込むと、ニヤリと笑った。
「で、何が知りたいんだい?」
「病に効く魔石があると聞いて探している。どこで手に入るか教えてほしい」
「病気に効果のある魔石……ねぇ」
彼女は顎に手を当てしばらく考え込み、やがて受付の奥へ視線をやった。
「あんた、運がいいね。……ちょうど、その魔石があるダンジョンに向かうパーティがいるよ」
「本当ですか!?」
アヤメが思わず身を乗り出す。その瞳に、初めて確かな希望の光が宿った。
「ああ。B級パーティ『アイアン・ブルズ』って連中さ」
「助かる。そいつらに同行させてもらえないか?」
「あんたが直接交渉してみな。あいつは金にがめついから、条件次第では聞いてくれるかもしれないよ」
女ドワーフが声を張り上げた。
「おい、ジムタイル! ちょっと来な!」
「んだよ、うるせえな……」
気だるげな返事と共に、顔に大きな傷跡を持つ男が現れた。筋骨隆々で、いかにも歴戦の冒険者といった風貌だ。
「こいつらが、あんたたちが向かうダンジョンにある魔石を欲しがってる。よかったら連れてってやんな」
「はあ? なんでオレが……って、さっきのE級のひよっことお嬢ちゃんかよ」
『アイアン・ブルズ』のリーダー、ジムタイルは二人を一瞥すると、興味なさげに鼻を鳴らした。
「悪いが、雑魚のお守りなんざ勘弁願いたいな」
「待ってくれ」
踵を返そうとする背中に、エミルは声を張り上げた。
「頼む。あんたたちのパーティに加えてくれ」
「……はあ?」
ジムタイルは心底呆れたという顔で振り返った。
「聞いてなかったのか? オレたちはB級パーティだ。足手まといを連れていく義理はねえ」
「雑用でいい。荷物持ちでも、斥候でも何でもやる。もちろん、山分けの報酬はいらない。このとおりだ、頼む」
エミルはプライドをかなぐり捨て、まっすぐに頭を下げた。
アヤメの父親の命がかかっている。こんなところで、つまらない意地を張っている場合じゃない。
「わ、わたしからもお願いします……!」
アヤメも、エミルの隣に並んで頭を下げた。震える拳を握りしめ、地面を見つめている。
「……ああ? ちっ、やめろやめろ。冒険者が簡単に頭を下げるな、みっともねえ」
ジムタイルは忌々しそうに舌打ちをし、ガシガシと頭を掻いた。
「……まあ、ちょうど荷物持ちを日雇いで探してたところだ。タダでこき使えるなら悪くねえか」
その言葉に、二人は弾かれたように顔を上げた。
「いいか? 足手まといになりそうならその場で置いていく。危険な作業も全部お前らがやれ。死んでも文句は言うなよ?」
「ああ、構わない」
「決まりだな。……おい、そっちのお嬢ちゃんも付いてくんのか?」
「同行させてください。足手まといにはなりません」
決して折れないという強い意志のこもった視線。
その気迫に、ジムタイルは一瞬たじろいだ。だがすぐに、にやりと口の端を吊り上げる。
「へっ、威勢だけはいいこった。……じゃあな、明日の朝、日の出と共に西門に集合だ。遅れるなよ」
ジムタイルは手をひらひらと振って去っていった。
今はまだ、か細く頼りない一本の道。だが、その道は確実に、彼女が必死に手を伸ばし続けてきた、父親を救う唯一の希望に繋がっている。




