表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
28/82

第028話 グロムハルトの冒険者ギルド

 「エミル様、見えましたよ」


 アヤメが指さした先に、ひときわ巨大な建造物があった。


 岩山をそのままくり抜いたような、要塞じみた佇まい。入口には重厚な鉄扉がそびえ、その上には見慣れた剣と盾の紋章——冒険者ギルドの証だ。


 分厚い扉を押し開けると、酒場以上の熱気と汗のにおいが押し寄せてきた。壁一面に依頼書がびっしりと張り出され、屈強な冒険者たちが武器を手にしたまま情報交換に興じている。


 掲示板に目をやったエミルは、思わず足を止めた。


「……見ろよ、これ」

「えっ……クエスト報酬、百万ルミナ!?」


 アヤメが息を呑む。


 掲示板に貼られた依頼書は、どれも破格の報酬額だ。さすが、命を天秤にかけるだけはある。


「推奨ランク、B級以上……」

「というか、張ってある依頼がほとんどB級以上ですよ。C級すら、片手で数えるほどしか……」


 アヤメの声が、急速にしぼんでいく。


「……御者の言ってた通りか」


 グロムハルトまで来る道中、馬車の御者が話していた内容を思い出す。


 ここのダンジョンでは、希少な鉱石や魔石が採れる。それらは、街の灯火から航行船に至るまで、さまざまな用途に使われているらしい。いわば、この世界の電力や石油に匹敵するインフラなのである。


 それだけに、報酬も桁違いに跳ね上がっているというわけだ。その分難易度も高く、ダンジョンには強い魔物が多く潜んでおり、クエストは命懸けの博打だという。


 途方に暮れていると、背後から嘲るような声が降ってきた。


「なんだお前ら、迷子のガキか?」


 振り返ると、全身筋肉の塊のような大男がニヤニヤと見下ろしていた。


「……E級だ。ここのクエストはどれも上級なんだな」

「ぶっははははは!! まじかよ、お前らE級のくせにこの街にやってきたのか? おい、お前ら聞いたか! E級のひよっこがドゥルガンのギルドに来てるぞ!」


 大男の声に、ギルド中の視線が突き刺さる。侮蔑と嘲笑の視線が、無数の矢となって突き刺さった。


「これだから初心者は空気が読めねえ。C級以下のクエストなんて待っても出てこねえぞ。とっととケツまくって、お上品なラグネシアで薬草でも摘んでな!」


 大男がエミルの肩をバンと叩いた。嘲笑を浮かべたまま、依頼書を一枚もぎ取り、受付へと去っていく。


 腹の底で黒い感情が渦巻くが、ぐっと飲み込む。ここで暴れても、時間を無駄にするだけだ。目的は、アヤメの父を救う手がかりを探すこと。つまらない感情に振り回されている場合じゃない。


「……おれらも受付に行くか」


 努めて平静を装い、アヤメに声をかける。


「そう、ですね。わたしたちの目的はクエストじゃないですしね」

「ああ。まともな職員がいることを祈ろう」


 だが、その淡い期待は、すぐに打ち砕かれた。


「ギルドカードを見せておくれ」


 受付にいたのは、髭を蓄えた女ドワーフだった。エミルがカードを差し出すと、彼女は『E』の刻印を一瞥し——あからさまに興味を失った顔になった。

 

「あんた、ここがどこだか分かってるのかい。ラグネシアのとは訳が違うんだよ」


 けんもほろろ、という言葉が生ぬるいほどの冷たい態度。ラグネシアのブラドやベリンダの親身な対応が、まるで別世界の出来事のように思えた。


「分かった上で聞いている。……魔石を探しているんだ」

「ふん。そもそもね、E級が受けられるような依頼はここにはないんだよ。魔石探しなんてそれ以前の問題さ」


 取りつく島もない。だが、引き下がるわけにはいかなかった。


 黙って話を聞いていたアヤメが、意を決したように一歩前に出る。


「お願いします! わたしはまだ登録していませんが、どうしても魔石の情報が……」

「未登録だって? 話にならんね」


 女ドワーフは鼻で笑い、手を振って追い払う仕草をした。


「ここは腕利きの猛者が集まる場所だ。お嬢ちゃんみたいなのが物見遊山で来ていい所じゃないんだよ。……わかったら出ていくことだね。他の冒険者の邪魔だよ」


 その冷たい言葉に、アヤメの顔から血の気が引いていく。父親を救うための唯一の手がかりが、目の前で絶たれようとしていた。


「そんな……!」

「あのな」


 エミルの頭の中で、何かがブツリと切れた。


 衝動的にカウンターを叩きそうになった腕を、アヤメが必死に掴んで止めた。彼女は唇をきつく噛み締め、首を横に振っている。やめてください、と目が訴えていた。


 ——そうだ。ここで暴れても、時間を無駄にするだけだ。


 エミルは深く息を吸って気を落ち着かせると、腰の革袋からコインを数枚取り出した。


「だったら情報を買う。……これでどうだ」


 その言葉に、女ドワーフの眉がぴくりと動いた。


「……ほう。情報料は最低でも十万ルミナだよ。E級のあんたに払えるのかい?」

「これで足りるか?」


 さらにコインを追加した。合計で十五万ルミナだ。


「……E級でそれだけの大金を出すたあ、どっかのボンボンかい」

「素性を聞かないのが冒険者だろう?」

「ふん、あんたの言う通りだね。これで充分さ。……で、何が知りたいんだい?」

「病に効く魔石があると聞いて探している。どこで手に入るか教えてほしい」

「病気に効果のある魔石……ねぇ」


 彼女は顎に手を当てしばらく考え込むと、ニヤリと笑った。


「あんた、運がいいね。……ちょうど、その魔石があるダンジョンに向かうパーティがいるよ」

「本当ですか!?」


 アヤメが思わず身を乗り出す。その瞳に、初めて確かな希望の光が宿った。


「ああ。B級パーティ『アイアン・ブルズ』って連中さ」

「助かる。そいつらに同行させてもらえないか?」

「あんたが直接交渉してみな。あいつは金にがめついから、条件次第では聞いてくれるかもしれないよ」


 女ドワーフが声を張り上げた。


「おい、ジムタイル! ちょっと来な!」


 んだよ、という気だるげな返事と共に、顔に大きな傷跡を持つ男が現れた。筋骨隆々で、いかにも歴戦の冒険者といった風貌だ。


「こいつらが、あんたたちが向かうダンジョンにある魔石を欲しがってる。よかったら連れてってやんな」

「はあ? なんでオレが……って、さっきのE級のひよっことお嬢ちゃんかよ。悪いが、雑魚のお守りなんざ勘弁願いたいな」


 『アイアン・ブルズ』のリーダー、ジムタイルは二人を一瞥すると、興味を失ったように踵を返そうとした。


「待ってくれ」


 エミルがその背中に声をかける。


「頼む。あんたたちのパーティに加えてくれ」

「……はあ?」


 ジムタイルは心底呆れたという顔で振り返った。


「聞いてなかったのか? オレたちはB級パーティだ。足手まといを連れていく義理はねえ」

「雑用でいい。荷物持ちでも、斥候でも何でもやる。もちろん、山分けの報酬はいらない。このとおりだ、頼む」


 エミルはまっすぐに頭を下げた。


 アヤメの父親の命がかかっている。こんなところで、つまらない意地を張っている場合じゃない。


「わ、わたしからもお願いします……!」


 アヤメも、エミルの隣に並んで頭を下げた。


「……ああ? やめろやめろ。冒険者が簡単に頭を下げるな、みっともねえ」


 ジムタイルは忌々しそうに舌打ちをし、ガシガシと頭を掻いた。


「……ちょうど荷物持ちを日雇いで探してたところだ。タダでこき使えるなら悪くねえか」


 その言葉に、二人は顔を上げた。


「いいか? 足手まといになりそうならその場で置いていく。危険な作業も全部お前らがやれ。死んでも文句は言うなよ?」

「ああ、構わない」

「決まりだな。……お嬢ちゃんも付いてくんのか?」

「同行させてください。足手まといにはなりません」


 決して折れないという強い意志のこもった視線。その気迫に、ジムタイルは一瞬たじろいだ。だがすぐに、にやりと口の端を吊り上げる。


「へっ、威勢だけはいいこった。……じゃあな、明日の朝、日の出と共に西門に集合だ。遅れるなよ」


 ジムタイルは手をひらひらと振って去っていった。


 今はまだ、か細く頼りない一本の道。だが、その道は確実に、彼女が必死に手を伸ばし続けてきた、父親を救うという唯一の希望に繋がっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ