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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
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第027話 ドワーフの国・グロムハルト

 カン、カン、カン!


 金属を叩く音が絶え間なく響いてくる。


 馬車の(ほろ)をくぐった瞬間、むわりとした熱気が全身にまとわりついた。セルディス王国の穏やかな空気とは、何もかもが違う。


「着いたぜ、兄ちゃんたち。ここが鍛冶の都、グロムハルトの首都ドゥルガンだ」


 御者の声に顔を上げると、岩山をくり抜いて作られた巨大な城門が目に飛び込んできた。


「すごい……」


 隣でアヤメが息を呑んだ。


 街に一歩踏み入れた瞬間、地面から伝わる振動に足が竦む。ラグネシアでは感じなかった、地鳴りのような低い響き。この街全体がひとつの心臓のように、力強い鼓動を刻んでいた。


 道行く人々の多くは、小学校高学年ほどの背丈しかない。屈強なドワーフたちだ。分厚い革の作業着に身を包み、丸太のように太い腕で巨大な鉱石を軽々と運んでいる。


「ここがドワーフの国か。なんだかいかにもって感じの街並みだな」

「すごい活気です。これだけの技術がある国なら、きっと……」


 アヤメは祈るように呟いた。


 長旅の疲れと、目的地にたどり着いた安堵、そしてこれから始まる魔石探しへのプレッシャー。様々な感情が入り混じり、彼女の肩に重くのしかかっている。


 ぐぅ〜……。


 重苦しい思考を、間抜けな音が切り裂いた。


 アヤメが顔を真っ赤にしてお腹を押さえている。


「ははは、お腹すいたな」

「わ、笑わないでくださいよ……!」


 燻製の香ばしい匂いが、どこからか漂ってくる。


「まずは何か腹に入れてからだな。情報収集はそれからでいい」

「で、ですが……一刻も早く情報を集めたいんです。時間は少しでも惜しくて……」


 アヤメの声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。

 実際、グロムハルトに近づくにつれ、明らかに口数が減っていた。父親のことで頭がいっぱいなのは明らかだ。


「わかってる。だからこそ、だ。ラグネシアでもそうだっただろ? しっかり食って、頭も身体も万全の状態で臨む。それが一番の近道だ」


 アヤメははっとしたように目を見開く。それから、張り詰めていた肩の力をふっと抜いた。


「……そう、ですね。エミル様の言う通りです。ご飯にしましょうか」




 —————




 匂いの元をたどって入った酒場は、熱気と脂の匂いで満ちていた。


 三つ編み髭のドワーフ店主がドンとテーブルに置いたのは、暴力的なまでに美味そうな料理たち。肉厚のベーコンに、丸々と太った魚の燻製。そして、とろりと溶け出した黄金色のチーズ。


「くぅーっ、美味い! 酒に合うな、昼から豪華だ」


 エミルは目の前に置かれたエールを一口あおる。喉を焼くような強いアルコールと深いコクが、疲れた身体に染みわたった。


「もう、まだお昼なんだから飲みすぎないでくださいね」


 アヤメが呆れたように言いながら、パンを小さくちぎって口に運ぶ。


 だが、その手は時折止まり、視線はどこか上の空だった。


「……アヤメ」


 静かに名前を呼ぶと、彼女の肩がびくりと揺れた。


「は、はい!」

「気持ちはわかるよ。おれだって、一日でも早く元の世界に戻りたい。それにこうしている間も、犯人の手がかりが消えていくんじゃないかって焦りもある。でもな……」


 そこまで言いかけて、口が止まった。


 ——何が「気持ちはわかる」だ。


 脳裏に、これまでの出来事が蘇る。


 力が暴走して、ブラドを叩きのめしてしまったあの日。


 ——『せっかくの初報酬、パーッといきましょう!』


 タルマ村で、力を使い果たして倒れたあの日。


 ——『もう丸一日以上、眠っていたんですよ』


 アヤメはタイムリミットが迫っている中、看病してくれたり、励ましたりしてくれていた。

 なのに、おれは——。


 ——『父に許された時間は、あとふた月ほどしかありません』


 ふた月あるならまだ余裕があるとか、どこかで楽観視していなかったか。

 一番辛くて、一番焦っているのは、目の前のこの子なのに。


「エミル様……?」


 自分の思考に沈んでいたエミルは、アヤメの不安そうな声で我に返った。


「ごめんなさい。あなたの言うことはもっともです。わたしったらつい、自分のことばかりで……」

「いや、違う!」

「え……?」


 思わず強い声が出た。アヤメの肩が驚きに跳ねる。


「謝るのはおれの方だ。ごめん。おれが落ち込んでる時は、散々頼りっぱなしだったくせに……おれは自己本位に励ますだけで、お前のこと、全然考えられてなかった」


 驚いた表情だったアヤメは、しかし、ふいに笑みをこぼした。


「ふふふ、そんなこと考えてたんですか? エミル様がいなければ、わたしの旅はタルマ村で終わっていたんですよ? だから気に病むことなんて……」

「おれだって、お前がいなきゃ異世界初日で人生終わってたんだ」


 思わず言い返してしまう。


 互いに庇い合うような言葉が、テーブルの上で交差した。


 しばらくの間、二人は顔を見合わせたまま固まっていた。


 やがて、そのやり取りの馬鹿馬鹿しさに、どちらからともなく笑いがこぼれた。


「ははっ……」

「ふふっ……。なんだかわたしたち、いっつも同じ話ばかりですね」

「ああ、違いない。どこまでもお互い様、だな」


 エミルは苦笑しながら、残りのエールを飲み干した。


 さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように、二人の間には軽やかな笑い声が響いた。


「よし! しっかり食べますか」

「ああ。食べたら冒険者ギルドだ」


 燻製料理で舌鼓を打った後、二人はドゥルガンの街を散策しながらギルドを目指した。

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