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第022話 俺と戦え

「抜くぞ」

「お、お手柔らかに頼む……」


 場所はセルディス王国、ラグネシア冒険者ギルドの裏手にある石造りの演習場。


 目の前に立ちはだかるのは、身長二メートル近い巨漢、ギルド長ブラド・ジェスタッド。元A級冒険者の彼は、訓練用ではない本物の真剣を抜き放ち、その切っ先をエミルへと向けていた。


「お前、本当に武器は使わないのか?」

「ああ、この拳だけでいい」

「はあ、お前の実力がなんなのか、わからねえもんだ」


 ブラドは呆れたようにため息をついたが、その全身から放たれる圧は本物だった。そこらの魔物とは比較にならない、研ぎ澄まされた殺気が、演習場の空気をビリビリと震わせている。


 ——どうしてこんなことになった。


 エミルは内心で頭を抱えた。


 予定では、ダンジョンで回収した素材を換金して、さっさと次の目的地へ向かうはずだった。


 すべては一時間前。あの報告をした瞬間から狂い始めた。




 —————




 ガゴッ、と鈍く重い音がギルドのカウンターに響いた。


「……えっと、ダンジョンの魔物を倒した……と?」


 受付嬢のベリンダが、笑顔をひきつらせて固まっている。


 無理もない。エミルがカウンターに置いたのは、大の男すら抱えきれないほどの巨大な角だったからだ。ギラついた光沢を放ち、未だ禍々しい魔力を漂わせている。


「見ての通りだ」


 隣ではアヤメが、周囲からの視線を気にするように身を縮めていた。ギルドにいる冒険者たちが、こちらをチラチラと窺っている。


 ——まずいな。思った以上に悪目立ちしてる。


 嫌な予感がした。こういう時は、さっさと終わらせて退散するに限る。


「クエストの薬草もあるし、報酬は換金と合算で頼む。報告書が必要なら後で出すけど」

「え、ええ……少々お待ちくださいね。ブラドさーん!」


 ベリンダの声が、ギルド中に響き渡った。


 ——おい待て。なんでギルド長を呼ぶんだ。


 エミルの顔が引きつるも、時すでに遅し。


 奥の執務室から、不機嫌そうな顔をしたブラドが姿を現した。


「ああん? でけぇ声出すなよ……って、誰かと思えばこないだのE級冒険者じゃねぇか」


 ブラドの視線が、カウンターの上の巨大な角で止まる。


 その瞬間、空気が変わった。


「……おい。どこでこいつを拾った?」

「拾ったんじゃない。倒したんだ。あと、人をランクで呼ぶのはやめてくれ」

「嘘をつくな。こいつは地底の暴君(アースデバウラー)の角だぞ!?」


 ブラドが角を触り、本物かどうか確かめている。


 ——こうなるから呼ばないでほしかったんだ……。


「本来ならA級が数人がかりで、命がけで挑む相手だ。それをE級のお前と……そこの嬢ちゃん二人でだと? ふざけるのも大概にしろ」


 ギルド内が、水を打ったように静まり返る。


 周囲の冒険者たちの視線が、好奇から驚愕へ、そして明確な疑惑へと変わっていく。

 ひそひそと囁き合う声が耳に届いた。


「あいつ、こないだのE級だよな?」

「どうせ嘘だろ。盗んできたんじゃねえのか」

「見栄っ張りもあそこまでとはな……」


 周囲の野次にうんざりした。

 違うと叫びたかったが、他の冒険者と今争っても仕方ない。


「嘘は言っていない。証拠ならここにあるだろ」


 エミルは努めて冷静に、ブラドの眼光を受け止めていた。

 隣でアヤメも、何度も小さく頷いている。


 ブラドは長い沈黙の後、深く息を吐いた。


「……ついてこい。ここでは目立ちすぎる」




 —————




 通された応接室で、ブラドは腕を組んでエミルを睨みつけていた。


「お前の受注クエストは薬草採集だったはずだ。いつから勝手にダンジョンに潜るご身分になった?」

「薬草は必要量を納品してる。ダンジョンは……その、成り行きで」

「成り行きで『地底の暴君(アースデバウラー)』を倒した、と?」

「……そうなる」

「……はぁ」


 ブラドは深くため息をついた。


「いいか、『地底の暴君(アースデバウラー)』はな、滅多に表に出てくる魔物じゃねぇ。それが今回、タルマ村近くの小規模ダンジョンで発見された。それ自体が異常なんだ」

「異常?」

「あれほどの魔物は小さなダンジョンに出ることはない。お前たちが潜ったダンジョンはC〜D級ランクで、三層にミノタウロスという魔物がボスとして出る程度なんだよ」

「ちょっと待て、三層だと? おれたちはそのミノタウロスに一層で出会ったぞ」

「なんだって?」


 ブラドの眉が跳ね上がった。


「……チッ、そういうことか。『地底の暴君(アースデバウラー)』に縄張りを追われて、上層に押し出されたってわけか」


 ——三層程度、か。

 実際にはもっと深くまで潜った。少なくとも五層以上。だが、それを話せば土属性や神獣のことまで説明する羽目になる。力の全貌がわかっていない以上、むやみにひけらかすのは面倒事を招くだけだ。


「そもそも、ダンジョンの異常事態は稀にある。早期発見できればいいが、放置したら魔物が外に溢れてスタンピード(魔物の大暴走)になっちまうからな」


 ブラドはトントンと机を指で叩きながら話を続けた。


「ま、辻褄は合うか。実はな、タルマ村ダンジョンの異常については他からも報告が上がっていてな。緊急討伐クエストを用意していたところだ。……その手間が、たった今省けたわけだがな」

「そ、そうか。それは良かった。丸く収まったな」

「収まるか、馬鹿野郎」


 ブラドは腕を組むと、呆れた顔でエミルを見据えた。


「問題はお前だ。登録上は魔法も使えないE級。そんな野郎が奴を倒しただなんて、未だに信じられねえ。それに、こんな前代未聞の報告、どうすりゃいい」

「じゃ、じゃあおれたちじゃなく、他の冒険者が倒したってことにすれば……」

「そんな提案呑めるか。うーん、そうだな……」


 もう、なんでもいいから早く処理してくれ。

 そう思い始めたその時、ブラドはとんでもないことを言い出した。


「……よし。お前、俺と戦え」

「は?」


 エミルの思考が停止する。


「模擬戦だ。お前の実力が本物か、俺が直々に確かめてやる」

「待ってくれ。なんでそんなこと……」

「断るなら、今回の件は『虚偽報告』として処理する。ギルド追放は免れねえぞ」

「なっ……!?」


 ——横暴だこんなの。

 こんなことなら、ダンジョンに潜ったときにはもう倒れてたと言えばよかったか?

 いや、それだと素材の報酬として認められない可能性だってある。


 最初から選択肢なんてないのだ。


「……わかったよ。やりゃいいんだろ」

「話が早くて助かるぜ。手加減はしねぇから覚悟しな」


 そして現在に至る。

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