表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/101

第016話 ダンジョン・ウォーク

「よし。アヤメ、入るぞ」


 ごくりと喉が鳴る。目の前に口を開けているのは、タルマの森の奥深くに潜んでいたダンジョンだ。


「エミル様……わたしたち、クエストを受けているわけではありませんし……勝手に入っていいんでしょうか」

「今更だろ。おれはダンジョンの奥、お前は金策。引き返す選択肢はないぞ」

「むぅ……。わかりましたよ、わたしも腹を決めます」


 アヤメはぷくりと頬を膨らませつつも、エミルの後を追ってダンジョンへと足を踏み入れた。


 中は思ったほど真っ暗ではなかった。壁で淡く光る苔が、ぼんやりと道を照らしてくれている。どこまでも続く一枚岩の通路は、まるで“ダンジョンの意思”が作り上げたかのようだ。


 キシャアアアッ!


 頭上から、コウモリ型の魔物が襲いかかってくる。

 だが、遅い。


「ふっ!」


 エミルは一歩踏み出し、すれ違いざまに拳を叩き込む。

 黒い衝撃波が走り、魔物は壁に叩きつけられて霧散した。


「左からも!」


 死角から飛び出したゴブリンを、アヤメの短剣が一閃する。

 力任せではない、洗練された技が魔物の急所を的確に切り裂いていく。


「……やるな」

「エミル様から頂いた大切な剣ですから。かっこ悪い姿は見せられません!」


 魔物を沈め、アヤメがふふんと誇らしげに胸を張る。


 こんな軽口を叩き合えるくらいには、二人にも余裕が生まれていた。

 共に死線を乗り越えたことで、不思議な信頼関係みたいなものが生まれ始めている。




 —————




 しばらく進むと、少し開けた空間に出た。地下水の滴る音が静かに響いている。


「少し休むか」


 岩場に腰を下ろし、水筒の水を飲む。

 休憩がてら、これまでの戦闘でわかったことを整理する。


 一つは、この世界にはレベルとかステータスとか、そういうゲーム的な概念はないということ。

 アヤメの話だと、魔物が持つ特殊能力は「特性」とか「習性」として認識されていただけだ。それを"スキル"として奪い取り、自分の力に変換する。そう考えるのが一番しっくりくる。


 二つ目は、スキルには自分の意思で使う”アクティブスキル”と、常に効果が続く”パッシブスキル”の二種類があるということ。

 『身体強化』や『俊敏強化』といった身体能力を底上げするパッシブスキルは、一度獲得すれば効果は永続的だ。

 おかげで、運動経験ゼロだった自分の体は、今や超一流のアスリート並の身体能力を手に入れている。これだけでも十分チートだろう。


 そして最後。どうやら”攻撃系のスキルは獲得できない”ということ。

 スキルの実験中、風の刃を放つ魔物を見かけた。その力を奪おうと試みたが、結果は空振り。おそらく、あれは”スキル”ではなく”風魔法”という扱いなのだろう。


 つまり、この力で奪えるのは『身体能力の強化』や『特殊な補助能力』だけ。


 ——ってことは、おれの攻撃手段は、あの『黒焔』のパンチだけってことか……?

 せっかく異世界に来たんだ。元の世界へ戻る前に、派手な魔法をぶっ放してみたい、なんて。三十路を過ぎた男の心にも、そんな少年みたいな憧れがまだ燻っている。


「……何を難しい顔をしているんですか?」


 アヤメの声で、思考の海から引き上げられる。


「ああ、いや、このダンジョンの構造について考えてたんだ。人工物っぽいのに継ぎ目がないし、この明るさ……まるで『冒険してください』って言わんばかりの環境だなって」

「確かにそうですね。シオン国にはダンジョンがなかったので詳しくはないのですが、一般的に、ダンジョンは神獣の……」


 アヤメが言いかけた、その時だった。


 常時展開していた【魔力探知】スキルが反応した。

 巨大な魔力反応が、急速に接近している。


「……っ! アヤメ、危ない!!」


 考えるより先に、身体が動いていた。

 アヤメの細い肩を掴み、自分の胸の中に抱き込むようにして、その場から飛び退く。


 ドゴンッ!


 直後、二人がいた場所に巨大な戦斧が突き刺さり、石畳を粉砕した。

 衝撃で飛び散った破片が、アヤメの髪を数本切り裂いていく。


 腕の中で、小さな身体が震えているのが伝わる。

 思ったよりずっと華奢で、花のようないい香りが鼻をくすぐる。


「……え……あ……」


 腕の中でアヤメが顔を上げる。至近距離で見つめ合う形になり、翡翠色の瞳が見開かれていた。


 ——近い。


 心臓の音が、やけに大きく聞こえた。


 ブオオォォォ!


 暗がりの奥から響く獣の咆哮が、二人を現実に引き戻す。


 ゆっくりと姿を現したのは、四メートルはあろうかという巨体。牛の頭に二本の角、隆起した筋肉の塊。ゲームやファンタジーで定番の魔物、ミノタウロスにそっくりだ。


「魔物です!」


 アヤメは慌てて腕から抜け出すと、短剣を構えた。


「……ああ。向こうも臨戦態勢だ、迎え撃とう」


 動揺を振り払うように、自身の拳に『黒焔』を纏わせた。


 ミノタウロスは喉を震わせ大きく鼻息を吐くと、今度は金属棒のようなものを掴み突進してきた。振り下ろされる一撃は、まるで岩を砕くような勢いだ。


「ぐっ……!」


 『黒焔』で受け止めようとするが、衝撃を殺しきれず後ろへ吹き飛ばされる。アヤメも剣で受け流そうとするが、その重さに腕が痺れたようだった。


「なんて馬鹿力……!」


 デュバルほどの洗練された技はない。だが、この圧倒的なパワーはそれ以上の脅威だ。


「だけどこのミノタウロス……」

「ああ、動きは単調だ。勝機はある」


 二人は顔を見合わせる。


「アヤメ、おれが正面から引きつける。その隙に……」

「わたしは足を狙います!」


 エミルは雄叫びを上げ、正面からミノタウロスに突っ込んだ。ミノタウロスが咆哮し、巨大な戦斧を頭上へ振りかぶる。


 ——狙い通り!


 斧が振り下ろされる、その刹那。


「——『空間転移』!」


 フッ、とエミルの姿がかき消える。

 斧は虚しく地面を叩き割り、土煙を上げた。


 ブモッ!?


 獲物を見失い、ミノタウロスが戸惑ったように顔を上げる。

 その視線の先、頭上の空中に、エミルは転移していた。

 

「今だ!」

「わかってます!」


 アヤメの身体が疾風のように足元を駆け抜けた。


「『翠風流剣技・木枯らし』!」


 鮮やかな剣閃。

 巨体を支える強靭なアキレス腱が、一瞬で切り裂かれた。

 

 ブオオオォォ!!!


 絶叫と共に、巨体がバランスを崩して膝をつく。


 重力に従って落下しながら、エミルは右手に魔力を収束させる。

 黒い炎がドリルのように渦を巻き、禍々しい殺気を放つ。


「とどめだ、『黒焔・禍羅葬(カラス)』!!!」


 ズドォォォォンッ!


 漆黒の槍と化した拳が、ミノタウロスの脳天を深々と貫いた。

 硬い頭蓋骨が砕ける感触。巨体がビクンと跳ね、そしてゆっくりと崩れ落ちた。


「……ふぅ」


 荒い息をつきながら、アヤメの方を振り返る。

 彼女も肩で息をしていたが、こちらを見て満面の笑みを浮かべた。


「やりましたね、エミル様!」

「ああ、アヤメのおかげだ」


 促されるまま、軽く拳をコツンと合わせた。

 なんだか照れくさいが、不思議と悪い気はしなかった。


「エミル様、照れてます?」

「照れてない。息が上がってるだけだ」


 アヤメがくすくすと笑う。


 ネトゲでレイドボスを倒しても、画面の向こうから「おつかれ」というテキストが流れるだけだった。


 でも、今は違う。


 実際に命をかけて、協力して勝利を掴んだ。

 この達成感は、引きこもり時代には味わえなかった本物の充実感だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ