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第014話 扉の手がかり

 カン、カン、カンッ!


 朝から木材を叩く音が、宿屋の薄い壁を突き抜けてくる。瓦礫を運ぶ男たちの掛け声に、指示を飛ばす大工の怒号。タルマ村はもう、復興に向けて動き出していた。


「エミル様、準備はできましたか?」


 扉が開き、アヤメがひょこっと顔を覗かせる。


「ああ、いつでもいける」

「朝ごはんの支度ができたそうです。村の皆さんが、どうしてもお礼をしたいと」

「……断れないか?」

「断れませんね」


 アヤメは少し困ったように笑う。

 その笑顔に、仕方なく小さなため息をついた。


 ——正直、逃げ出したい。

 デュバルたちとの戦いよりも、これから待ち受ける時間の方が、元引きこもりの神経には数倍キツい。


 階段を降りて食堂に入った瞬間、空気が変わった。


 汗と薬草のにおいが鼻をつく。包帯を巻いた男たち、疲れ切った顔の女たち。

 その全員の視線が、一斉にエミルへ向けられる。


「おお……英雄様、お目覚めでしたか」


 村長らしき老人が、おぼつかない足取りで駆け寄ってきた。

 そのまま目の前で、深々と頭を下げる。


「村を……我らを救ってくださり、誠に、誠にありがとうございました」


 その声を合図に、食堂にいた全員が立ち上がり、静かに頭を垂れた。


「あ……いや……」


 エミルは言葉に詰まった。


 ——違う。そんなんじゃない。

 もしアヤメが捕まっていなかったら、この村から早々に立ち去っていたかもしれない。

 彼女を助けたのだって、結局は自分のためだ。まだ誰かを救う力があるんだと、無力な自分を慰めたかっただけ。

 なのに、英雄?


 居心地が悪いなんてもんじゃない。息が詰まりそうだ。

 後ずさりそうになった時、女性の陰からひょっこりと小さな少年が顔を出した。


「お兄ちゃん、すっごくかっこよかった!」


 泥だらけの顔で、キラキラした瞳をエミルに向けてくる。

 真っ直ぐすぎる眼差しに、エミルは何も返せなかった。


 ——やめてくれ。

 この子が向けるような、綺麗なものじゃ断じてないんだ。


 無言で立ち尽くすエミルを見て、村人たちの間に戸惑いの空気が広がり始めた。


「エミル様は、ちょっと照れ屋さんなだけなんですよ」


 その重い沈黙を破ったのは、アヤメの穏やかな声だった。

 彼女は少年の前にそっとしゃがみ込むと、優しい手つきでその頭を撫でる。


「皆さんの気持ち、ちゃんと届いてます。……ね、エミル様?」

「あ、ああ……」


 小首を傾げる彼女に促され、なんとかそれだけを絞り出す。

 アヤメがくすりと笑った。苦しみも、罪悪感も、全部見透かされているような気がした。


 その後の朝食は、まさに針の(むしろ)だった。


 飛び交う感謝の言葉、涙、笑顔、全部が重い。

 それでもアヤメが隣にいてくれたおかげで、どうにか最後まで座っていられた。


 ようやく解放され、逃げるように村を発つ準備をしていると、村長が声を潜めて近寄ってきた。


「……ダンジョンをお探しとか。お嬢さんから伺いました」

「ああ。この辺りにあるって噂を聞いたんだが」

「森の奥に、古い洞窟があるのは知っています。ただ、何分冒険者も少ない村で、正確な場所までは……」


 村長は言い淀み、記憶を手繰り寄せるように目を細めた。


「そういえば、何年か前にも、そこを探していた方がおりましたな」


 エミルの胸がざわついた。


 ——何年か前。ダンジョンを探した人物。

 間違いない、あの酔っ払いの話にあった、おれと似た服を着ていた男のことだ。

 あの話は嘘ではない……!


「その人のこと、詳しく覚えているか?」

「い、いえ、私は直接お会いしてはおりませんので……。ただ、村の者が道を聞かれたとかで。結局、その方がどうなったかは、誰も知りません」

「……そうか」


 手がかりは曖昧だ。

 だが確信は得た。この森のどこかに、間違いなくダンジョンはある。

 そしてそこには、元の世界へ繋がる「扉」があるかもしれない。


「ありがとう。探してみる」

「どうかお気をつけて。あなた方のご武運を、お祈りしております」


 村人たちの名残惜しそうな視線を背中に受けながら、二人は森へと足を踏み入れた。




 —————




 鬱蒼とした木々の間を歩きながら、エミルはふと口を開いた。


「なあ、あんなに急いで発つこともなかったんじゃないか? 確かにあの時間はキツかったが、朝飯くらいゆっくり……」

「あまり長居すると、オラクルズの方々と鉢合わせになりそうでしたので」


 アヤメが早口で遮った。


 オラクルズ。アストレア教団直属の騎士団で、この世界の警察みたいな組織。昨夜聞いたばかりの単語だが、アヤメの口ぶりはどうにも歯切れが悪い。


「別に話したくないなら構わないが、どうして避けるんだ? 悪いやつを捕まえる騎士団なら、むしろ協力したほうが……」


 先を行くアヤメの足が止まった。

 彼女は振り返り、何かを決心したように、まっすぐにこちらを見つめてきた。


「……わたしのフルネームは、アヤメ・カルフール。カルフール家は、シオン国を代々統べる国主の一族です」

「……コクシュ? ……って、王族みたいなものか?」

「はい。兄がおりますので、次期国主は兄ですけどね」


 ——マジかよ。

 どこか品があるとは思っていたが、まさか本物のお姫様だったとは。


 驚きを隠せないエミルをよそに、アヤメは淡々と続けた。


「そしてシオン国は、この世界で広く信仰されている『アストレア教』を受け入れていません。そのため、他国からは“異端”として扱われているのです」


 ——アストレア教。この世界で一番大きな宗教組織。


 彼女の話によれば、カリストラのほとんどの国はアストレア教を国教とし、その教えに則って成り立っているらしい。どの国にも教会があり、休日には礼拝に行くのが当たり前。他の宗教はほとんど存在しない。


 シオン国のように教えを受け入れない国は、それだけで「世界の秩序を乱す存在」と見なされかねない。道理で、オラクルズとの接触を避けたがるわけだ。国主の娘ともなれば、当然向こうも存在を把握しているだろう。


「……オラクルズに見つかったら、捕まるのか?」

「いえ、すぐにどうこう、というわけではありません。……それでも、なるべく会いたくないのです。わたしが何か目立つことをすれば、国に迷惑がかかりますから」


 どうやら、思ったより過激な連中ではなさそうだ。

 だが、外交問題に発展しかねない火種であることには変わりない。


「あれ? ということは、病気の父親って……」

「はい、現シオン国国主、『ネリス・カルフール』です。今は兄と、信頼できる仲間が看てくれています」

「……そうなのか」


 ——国王である父を救うために、姫自らが国を出て危険な旅をしている。

 とんでもなくスケールのでかい話だ。


 それに比べて、自分のこの復讐心なんて……。


 そう思いかけて、やめた。

 比較しても意味がない。大切な誰かを救いたい、守りたい。その根っこにある想いは、きっと同じだ。

 自分が果たせなかったことを、この少女は成し遂げようとしている。


「エミル様? どうされました?」


 考え込んでいると、アヤメが心配そうに覗き込んできた。

 

「いや、なんでもない。……行こう」


 再び歩き出そうとした、その時だった。


 ドクン。


 心臓が、強く跳ねた。


 ——なんだ……?


 身体の奥底で、あのポーションを飲んで以来ずっと燻っていた得体の知れない力が、何かに共鳴するように疼きだす。まるで強力な磁石に引かれるように、抗えない引力が森の奥から自分を呼んでいる。


「エミル様、大丈夫ですか? やっぱりまだ本調子では……」

「……いや。何か、妙な感じがする」


 感覚を研ぎ澄ませる。

 森のざわめき、土の匂い、風の流れ。

 その向こう側から、禍々しいほどの魔力が脈打っているのを感じる。


 自分の中にある力と同質で、だけど比較にならないほど強大な何か。


「……行ってみる」

「え? ちょ、ちょっと……」


 気づけば、アヤメの制止も聞かず駆け出していた。


 鬱蒼とした木々をかき分け、獣道すらない森の奥へと進んでいく。

 近づくにつれ、動悸が激しくなっていく。

 

 ——呼んでいる。何かが、おれを呼んでいる。


 やがて、目の前にぽっかりと口を開けた、不気味な洞窟が現れた。


 入り口からは、淀んだ生温かい風が吹き出し、周囲の木々を不自然に揺らしている。

 間違いない。あの禍々しい魔力は、この洞窟の奥からだ。


「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっとエミル様……勝手にどんどん進まないでください……」


 息を切らしたアヤメが追いついてきた。

 だが、彼女も洞窟を見た瞬間、表情を凍りつかせた。


「これは……!」

「ダンジョン、だよな」

「……ええ。まさか、こんな場所に……」

「ようやく見つけた……!」


 震える手で拳を握りしめる。

 全身の血が沸騰するように熱い。


 あの酔っ払いが言っていた「扉」。それがこの奥にある。

 ここを抜ければ、地球に帰れるかもしれない。

 そうしたら母さんの仇を追える。あの男を見つけ出せる。


 ——やっと、やっとだ。


 足が自然と前に出た。一歩、また一歩。

 暗い洞窟の入り口に吸い込まれるように。


「エミル様、待ってください!」


 アヤメの鋭い声で、はっと我に返った。

 振り返ると、剣の柄に手をかけ、険しい顔で洞窟を睨んでいる。


「この魔力……普通ではありません。ダンジョンの入り口から、こんな力が漏れ出すなんて聞いたことがない」

「……そうなのか」

「はい。わたしもダンジョンは初めて見ますが、聞いていた話とまるで違う……」

「だったら、このダンジョンに何かあるってことじゃないか。尚更入らないわけにはいかない」


 エミルは暗い洞窟の入り口を睨みつけた。


 この先に答えがあるなら、悪魔の巣窟だろうが突き進むだけだ。


 その瞬間——。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 心臓が、まるで別の生き物みたいに暴れ始めた。


 自分の中の“何か”が、あの洞窟の奥にある“何か”と呼応している。


「……行くぞ」


 二人は、暗い洞窟へと足を踏み入れた。

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