表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/94

第011話 エミル VS デュバル

 デュバルの巨体が、真正面から突っ込んでくる。


 ズゥンッ!!


 鼻先数センチ。爆ぜた地面が(つぶて)となってエミルの頬を切り裂いた。

 致命的な一撃を紙一重で躱したが、衝撃波だけで内臓が跳ねる。


「避けんじゃねえ! 決めたぜ。テメェの面白ぇ冗談と無謀を買ってやる。その四肢を割いて動けないようにしたら、目の前でその娘を犯してるとこを見せてやるよ……テメェを殺すのはその後だ」


 デュバルがニタリと笑い、間髪入れずに次の攻撃を繰り出した。巨体に似合わぬ流れるような連撃が、縦横無尽にエミルを追い詰めていく。


「俺様をさっきの雑魚と一緒だと思ったら大間違いだ。魔法属性にこそ恵まれなかったが、この腕っぷしでC級まで成り上がった。そこらの魔法だけにかまけている奴とは、鍛え方が違うのよ」


 戦斧が横薙ぎに迫る。


 エミルは地面を転がって衝撃を殺そうとするが、デュバルはそれすら読んでいた。斧の腹が、逃げようとするエミルの脇腹を的確に捉える。


 ドゴォッ!


「……かはっ……、あ、ぐ……」


 肺から空気が絞り出され、視界が白く明滅した。吹き飛ばされたエミルは地面を転がり、木に叩きつけられてようやく止まる。


「ひひ……もう終わりか? 口ほどにもねえ。所詮は雑魚(E級)だな」


 デュバルが歪んだ笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。死刑宣告のように、戦斧がゆっくりと持ち上げられた。


 その時だ。


「やめてっ!」


 悲痛な叫び声が、戦場を切り裂く。


 振り返ると、拘束されていたアヤメが、手下を振り払い駆けてきた。


「この人に、手を出さないで!」


 アヤメはエミルとデュバルの間に滑り込み、細い両手を精一杯広げ、エミルを庇うように立ちはだかった。


「……おい、馬鹿、何を……」


 掠れた声は届かない。


 デュバルはアヤメの姿を見て動きを止め、心底愉快そうに喉を鳴らした。


「くくっ、健気なこった。泣けるねえ」


 ねっとりとした視線が、アヤメの身体を舐め回す。


「だがな、小娘。俺様はそういう生意気な女から壊してやりたくなるタチでなァ」


 デュバルが戦斧を放り捨て、素手で十分だと言わんばかりに、丸太のような腕を伸ばした。


「そいつはもう動けねえみてえだし……少し早いが、お楽しみの時間といくかぁ……ッ!」

「……っ!」


 汚い指先が、アヤメの肩に伸びる。


 その光景が、スローモーションのようにエミルの網膜に焼き付いた。


 ——ああ、知っている。

 この絶望を、おれは知っている。


 理不尽な暴力。踏みにじられる尊厳。そして、何もできずにただ失うだけの、無力な自分。


 脳裏にフラッシュバックするのは、血の海に沈む母の姿だった。


 あの時もそうだった。

 おれは間に合わなかった。

 守れなかった。


 ——ふざけるな。

 またかよ。また、おれは奪われるのか。

 目の前で、また誰かが傷つけられるのを、指をくわえて見ているのか?


 嫌だ。

 そんなの、もうごめんだ。


 ブチンッ。


 頭の中で、何かが焼き切れる音がした。


 無意識に左手が胸元へと伸び、首に下げた母のお守りを強く握りしめる。その温もりが、冷え切った心に火を灯した。


 ドクン。


 体の奥底から、未知の力が湧き上がってくる。もっと根源的で、熱い、魂の叫びのような奔流。全身の血が沸騰し、胸の奥で何かが爆発した。


 デュバルの指が、アヤメに触れる寸前。


「その汚い手で、その子に触るなッ!!」


 咆哮と共に、エミルの身体が空間から掻き消えた。


「……あ?」


 デュバルの手が空を切る。

 何が起きたのか理解できない。その顔が驚愕に見開かれるより早く、視界のド真ん中にエミルが現れていた。


 右の拳が漆黒のモヤに包まれていく。

 もう、奪わせない。


「『黒焔』ッ!!」


 ズガンッ!!


 腹を貫くような鈍い轟音と共に、デュバルの巨体が大きくのけぞり、後方へ吹き飛んだ。


「が、はっ……!?」


 だが、攻撃は終わらない。

 空中で体勢を立て直そうとするデュバルの背後に、再び、黒い影が揺らぐ。


 シュッ。


 音もなく、空間を跳躍したエミルがそこにいた。


「な、んだ……て、めえ……っ!」


 ゴッ!


 背骨を砕くような一撃に、デュバルが地面に叩きつけられる。


 『空間転移』と『黒焔』を組み合わせた、圧倒的な連続攻撃。

 デュバルの思考が追いつく前に、死角から、隙間から、漆黒の拳が叩き込まれる。


 エミルは無表情のまま、這いつくばるデュバルの真上へと転移した。

 右の拳に、ありったけの魔力を集中させる。黒いモヤはもはやモヤではない。質量を持った、漆黒の業火となって唸りを上げる。


「『黒焔・(カルマ)』!!」


 ドゴォォォォンッ!!


 拳が振り下ろされた瞬間、広場全体が揺れた。


 地面に巨大なクレーターが生まれ、土煙が高く舞い上がる。

 その中心で、デュバルは白目を剥き、ピクリとも動かなくなっていた。


 しん、と静寂が広がる。


「……う、そだろ……お(かしら)が……?」


 山賊の一人が、震える声で呟く。

 その言葉が、引き金だった。


「ひっ、化け物だ!」

「あんなの勝てるわけねえ!」

「逃げろ! 殺されるぞぉぉっ!」


 蜘蛛の子を散らすように、山賊たちが逃げ出していく。


 あっという間に、広場にはエミルとアヤメ、縛られた村人たち、そして気絶したデュバルだけが残された。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐きながら、エミルは自分の右手を見つめた。


 漆黒のモヤは、いつの間にか消えていた。代わりに襲ってきたのは、立っていることさえ許さない強烈な脱力感と、魂を削り取られたような枯渇感だ。


 視界がぐにゃりと歪む。

 膝から力が抜け、身体がゆっくりと地面へ傾いでいく。


「エミル様!」


 倒れ込んだ先には、冷たい土ではなく、柔らかな温もりがあった。

 アヤメが駆け寄り、その身体を必死に支えてくれている。


「しっかりしてください! エミル様!」


 耳元で響く声が、泣きそうに震えていた。


 薄れゆく意識の中で、エミルはアヤメの顔を見上げた。大きな瞳に涙を溜め、必死にこちらの安否を気遣っている。


 ——ああ。

 今度は、間に合った。

 今度は、守れたんだな。


 アヤメの温かさに包まれながら、エミルの意識は深い闇へと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ