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第109話 天狼会

 カコン、とししおどしが鳴った。


 シオン国の城下町、その一角にある旅館の最上階。貸し切りの大広間に、S級冒険者ノアベック・ドイル率いるパーティ『天狼会』の面々が集っていた。


「まずは、礼を言わせてほしい」


 上座に置かれた座布団の上、ノアベックは胡坐で座り、穏やかな声で切り出した。


「急な招集だったにもかかわらず、こうして集まってくれてありがとう。やはり、君たちがいてくれると心強いよ」

「はぁ……」


 返ってきたのは、盛大なため息と、煎餅をかじる咀嚼音だ。


 畳の上にゴロリと寝転がっている美女、コルン・ハドリが、行儀悪く足を放り出している。


「今さらノアに反対したって無駄でしょ? どうせあたしたちが来なくても、あんた一人で突っ込んでいくんだから」


 彼女は文句を言いながらも、盆に盛られた茶菓子へ次々と手を伸ばしていた。


 A級冒険者にして、天狼会のヒーラー兼サポート役。黙っていれば抜群のプロポーションを持つ美人だが、口を開けばワガママ放題、食い意地は底なしだ。


「それにあの脳筋どもと密会しただなんて呆れたわ。誰がその後のケアをすると思ってるの」

「あはは、耳が早いな。いつも頼りにしているよ」

「ふんっ。ま、この宿のグレードだけは褒めてあげるわ。あたしにふさわしい場所ね」


 コルンはツンと顔を背けつつ、素早い手つきで最後の饅頭を懐へ確保した。


「……しかし、ノアベック」


 低く、重みのある声が割り込んだ。


 障子を開け放った縁側で月を眺めていた長身の男、A級冒険者ネブラスカ・ライトル。この国特有の装束が誰よりも似合う彼は、古びた長刀を傍らに置き、静かに佇んでいる。


「拙者は主命とあらば地獄の底まで付き合う所存。……だが、一つだけ確認しておきたい。あのオーガの頭領……シュテンという男。本当に信頼に足る人物でござるか?」


 ピリッ、と空気が張り詰めた。


 だが、ノアベックの笑みは崩れない。彼は手元の茶を一口すすり、静かに答えた。


「鋭いね、ネブラスカ。確かに彼は粗暴で、力こそ全てという考えの持ち主だ。……だけど、だからこそ嘘がない。彼の主張は一貫している。『弱き人間が国を腐らせている。強き者が導かねば、この国は滅びる』とね。手段は強引かもしれないが、そこには彼なりの信念がある。僕はそこに共感したんだ」


 ノアベックは静かに立ち上がり、眼下の城下町を見下ろした。


「それに見てごらん。この国の民は、表向きは平和に見えても、その実"蒼海石"という毒に蝕まれている。弱いカルフール家はその事実を隠蔽し、民を犠牲にして国の繁栄を維持してきた。……弱さは罪だ。守る力なき統治は、結局誰も救えない」

「ふうん……。ノアがそう言うなら、僕は別にいいけどさ」


 軽い調子で口を挟んだのは、床の間の掛け軸を珍しそうに眺めていた狼獣人の少女、アリス・ティロット。B級ながらこのパーティの星読師(ステラノート)を務める、天狼会の最年少メンバーだ。


「でもさあ、何も僕たちに頼まなくても、他の冒険者でもよかったんじゃないの? S級パーティが総出で介入するなんて、ちょっとオーバースペックっていうかさ!」

「アリスの言うことももっともね。……けどあんたのことだから、あたしたちを呼び寄せた本当の理由があるんでしょ?」


 寝転がったままのコルンが、ジトリと上目遣いで睨む。


 ノアベックは「参ったな」と苦笑し、肩をすくめた。


「さすが鋭いね。……そう、ここからは敵味方入り乱れる戦争になるかもしれない。このシオン国には精鋭が多い。特に、国主直属の『四天翠』。彼らの実力は侮れないよ」

「四天翠、ね……。ネブラスカ、あんたも他人事じゃないんじゃない?」

「…………」


 ネブラスカは月を見上げたまま、長い沈黙のあとで短く吐き捨てた。


「……捨てた過去でござる」

「うわぁ、相変わらず堅物ねえ……。つまんないオトコ」


 コルンがべっと舌を出す。

 ネブラスカは無言のまま、再び月へと視線を戻した。


「あ、そうだノア! 少し前にさ、変な魔力の揺らぎを感じたんだけど……あれより優先度は高いってことでいいんだよね?」

「そうだね。君のおかげで、セルディス王国のギルドに貸しを作ることもできたよ。……だけど、情報によればそのダンジョンの暴走は未然に防がれたらしい」

「えっ、防がれたの? 僕が感知した魔力だと、結構な規模だったのに……。あれを止められる冒険者なんて、そうそういないはずだけどなあ。討伐隊を組むにしても早いしねえ」


 アリスが首を傾げる。

 ネブラスカも腕を組み、興味深そうに唸った。


「左様。あの規模の魔力を単独、あるいは少数で抑え込んだとなれば……相当な手練れでござるな」

「どうだろうね。あの時ラグネシア周辺には、確かブラマンテとグリアもいたと思うけど……果たして彼らが動くかな」

「ブラマンテにグリア……。うげぇ……あんな暑苦しい筋肉ダルマと人形オタクのコンビ、一緒にいるところ想像するだけで吐き気がしそう」


 コルンが露骨に顔をしかめ、お菓子の粉を払った。


 ノアベックは苦笑しつつ、懐中時計を取り出して時間を確認した。


「……さて、夜も遅くなってしまう。僕はちょっと用があるから、抜けるよ」

「はあ? 用って何よ。どうせ、その辺の女引っ掛けにいくだけでしょ?」


 コルンが不満げに声を上げるが、ノアベックはひらひらと手を振って襖の方へと向かう。


「人聞きが悪いなあ。偵察だよ、偵察」


 爽やかな笑顔を残し、ノアベックは颯爽と部屋を出て行ってしまった。


「ったく、少しはS級としての自覚を持ちなさいよね! それに、あたしのようなカワイイ女がいるってのに、なんであたし以下を引っ掛けに行くのか理解ができないわ!」

「……ふむ。ノアベックが出かけるなら、拙者も時間を無駄にはできん」


 ネブラスカが静かに立ち上がり、長刀を手に取った。


「今宵はまだ五十キロしか走っておらぬ。素振りの数も足りん。この辺りを走ってくる」

「はあ!? あんたまで何言ってんの? ここ敵地よ? 迷子になったらどうすんの!」

「問題ない。拙者の刀が道を切り開く」

「いや物理的に切り開かれても困るんだけど!?」


 制止も聞かず、ネブラスカは縁側から庭へと飛び出し、風のように走り去っていった。


 残されたのはコルンとアリスの二人だけ。


「……はぁ、もう疲れちゃった。ねえアリス、あたしたちはご飯でも行きましょ? この旅館、魚料理が美味しいらしいし、滅多に食べられるものじゃないわ」

「え、まだ食うんだ。……っと、ごめんよコルン。僕もパス」


 アリスがぴょんと立ち上がった。獣人の尻尾がぶんぶんと振れている。


「この国ってさ、外と交流がない分、独自の魔導書とか古い文献がありそうじゃない? 僕、ちょっと探検してくる! 良い本がないか探しに行きたいんだ!」

「え、ちょっと待ちなさいよ! あんたまで……!」

「じゃあねー! お土産期待してて!」


 アリスは獣人の身体能力を活かし、軽やかに屋根を伝って飛び出してしまった。


 シーン……。


 広い和室に、コルン一人だけが取り残された。


 庭のししおどしが、カコン、と虚しい音を立てる。


 コルンは食べかけの饅頭を握りつぶし、わなわなと肩を震わせた。


「どいつもこいつも、なんなのおおおおおおッ!!」


 絶叫と共に、コルンは座布団を床に叩きつけた。


「……もう知らない! あたしだって温泉入ってやるんだから! 一番高い酒頼んで、全部バカノアにつけてやる!」


 コルンはプリプリと怒りながら、一人寂しく温泉へと向かった。


 その夜、旅館の帳簿には『特上酒三本、最高級茶菓子盛り合わせ五皿、薬湯風呂貸切、全身按摩、真珠粉入り美顔磨き』という請求が記録され、翌朝ノアベックが青ざめることになるのだが、それはまた別の話。

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