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第108話 シオン国最高戦力

「まーたギース様、シスコンこじらせてるにゃー?」


 能天気な声と共に、開け放たれた襖からひょっこりと顔を出したのは、猫耳を生やした長身の少女だった。


 四天翠の一角、ヒーラーのニーニャ・トレーシー。

 彼女は軽い足取りで入室すると、遠慮もなくギースの背中に飛びついた。


「うおっ!? ニーニャ、貴様……! 気配を消して背後を取るなと何度言わせる!」

「いいじゃないですかぁ。それより、ネリス様の具合はどうですかにゃ?」


 ニーニャはギースの肩に顎を乗せ、ふさふさの尻尾をパタパタと揺らす。その距離感は、主従というより飼い猫に近い。


 ギースは慣れた様子で彼女を引き剥がそうともせず、短く息をついた。


「……変わらない。バエル殿の言う魔石が届けば、あるいは……」

「うーん……にゃーの回復魔法でもサッパリだもんにゃあ。魔力そのものが変質しちゃってるっていうか……」

「おい、ニーニャ。ギース様に対して失礼だぞ。離れろ」


 ガルドがたしなめるが、ニーニャは「べー」と舌を出し、さらにギースの首に腕を絡ませる。


「……すまない、父上。場所を変えよう」


 ギースは父の布団を丁寧に掛け直すと、二人を促して隣接する別室へ移動した。




 —————




 別室では、重厚な円卓を囲むように、四天翠の残りのメンバーもすでに待機していた。


 部屋の隅の影に溶け込むように佇む白髪の老剣士、グラフ・グスマン。腕を組み、瞑想するように目を閉じている。


 そして、椅子に座りながらガタガタと震えている兎耳の少女がいた。


「あ、あの……会議、始めるんですよね……? わ、私なんかが、いていいんでしょうか……」


 四天翠副隊長、マリア・シュワーズ。その肩書きには似つかわしくないほど、怯えた様子だ。


「マリア、お前は副隊長だろう。堂々としていろ」

「ひぃっ! す、すみません! 私みたいなミジンコが副隊長だなんて、やっぱり間違いなんですぅ……!」


 ガルドの言葉に悲鳴を上げ、マリアはさらに小さくなった。


 個性派揃いという言葉では生ぬるい。ギースは頭痛をこらえながら席に着いた。


「……揃ったようじゃな」


 グラフの低くしわがれた声が響くと、場の空気が引き締まった。ニーニャも座卓の上に足を乗せるのをやめ、マリアも涙目のまま姿勢を正した。


「皆、集まってくれて感謝する」


 ギースは全員を見渡し、淡々と現状を述べた。


「単刀直入に言おう。我が国の現状は、もはや一刻の猶予もない。街では蒼海石による魔物化が頻発し、民の不安は限界だ。オーガのシュテン一派は、これを好機と見て動きを活発化させている。……さらに」


 ギースは視線を鋭くし、ガルドを見た。


「ガルド。例の人物については?」

「は。……S級冒険者ノアベック・ドイル。現在、シュテンの元に滞在しているとの情報です」


 その名が出た瞬間、室内の空気がさらに張り詰めた。


「S級……世界に九人しかいない化け物かにゃ」


 ニーニャの尻尾が逆立つ。


「あ、あの……! S級って、一人で国を滅ぼせるって言われてる人たちですよね……? そ、そんな人が敵に回ったら……わ、私なんて一瞬で消し炭に……!」


 マリアが顔面蒼白でガタガタと震え出す。


 だが次の瞬間。


 ダンッ!


「ああん? 上等じゃねえかよオラァ!」


 マリアがドスの効いた声を発し、テーブルに片足を乗せた。怯えは消え失せ、瞳には猛獣のような光が宿っている。


「S級だか何だか知らねえが、テメェらビビってんじゃねえぞ! 来るなら来やがれってんだ! おい筋肉ダルマ! そのS級ってのが来たら、オレが眉間に風穴空けてやるよぉ!」

「……マリア、落ち着け。今は会議中だ」

「ちっ、シケた面しやがってよ……」


 ガルドにたしなめられると、マリアは「はっ!」と我に返った。オドオドした少女に戻り、椅子にちょこんと座り直す。


「はっ、す、すみません……! 私、また……うぅぅ、いっそ殺してください……」


 ギースは小さく苦笑しつつ、話を戻した。


「シュテンは本気だ。S級というカードを切ってでも、この国を乗っ取るつもりだ。……こちらも、腹を括らねばならん」

「ギース様」


 沈黙を守っていた老剣士グラフが、静かに口を開いた。


「そろそろ、ご決断を。ネリス様が倒れられた今、この国を束ねられるのは貴方様しかおりませぬ」


 その言葉は、誰もが思っていながら口に出せなかった核心だった。


「国民の間でも、ギース様に正式に指揮を執ってほしいという声が高まっています。……これ以上、判断を先送りにすれば、民の心は離れていくばかりです」

「だが……父上はまだ生きている。私が国主の座を代行すれば、それは父上の“死”を認めることになりはしないか? それに……アヤメが、今魔石を持ち帰ってくれている途中だ」


 それは希望というより、縋るような響きだった。


「バエル殿を信じていないわけではございませぬ。ですが、国の命運を、不確定な魔石一つに委ねるわけにはいかんのです。仮にネリス様が回復されたとしても、今の衰弱したお姿で国民の前に出るわけにもいきますまい。オーガへの牽制、国民の鎮撫、そして外敵への備え。これらを同時にこなせるのは、ギース様、貴方様しかおらぬのです」

「……わかっている。わかっているのだ、グラフ。だが……私は怖いのだ」


 ギースは拳を握りしめた。爪が食い込み、血が滲む。


「私が指揮を執り、もし判断を誤れば……この国は終わる。オーガとの全面戦争になれば、多くの血が流れるだろう。鎖国を解けば、外からの干渉で国が食い荒らされるかもしれない。父上が守り抜いてきたこの均衡を、私が壊してしまうのではないかと……」


 次期国主が吐露した弱音に、四天翠たちは息を呑んだ。


 その時、ニーニャがポンとギースの背中を叩いた。


「考えすぎだにゃー」

「ニーニャ……」

「ギース様は一人じゃないっしょ? にゃーたち四天翠がいるし、それに……もうすぐアヤメ様も帰ってくるにゃ」


 ニーニャはニカっと笑った。だが、その瞳は真剣な光を宿している。


「アヤメ様は強いよ。剣の腕ならギース様にも負けにゃいし、にゃによりあの真っ直ぐさは、みんなを元気にするにゃ。兄妹二人で力を合わせれば、にゃんとかにゃるって。……にゃーは、そう思うにゃ」

「……そうだな」


 ギースの表情が、ふっと和らいだ。


「アヤメが戻れば……百人力だ。あの子には、人を惹きつける不思議な力がある」


 ギースは顔を上げた。その瞳に、迷いの色は薄らいでいた。


「……よし。アヤメの帰還を待って、正式に今後の方針を決定する。それまでは、現体制を維持しつつ、最大級の警戒態勢を敷け」

「「「はっ!」」」


 四天翠たちが一斉に頭を下げる。


「ガルド、城門の警備を強化しろ。アヤメの到着と同時に、すぐに私のもとへ通すように」

「承知いたしました」

「マリア、城内の見回りを。不審な動きがあれば即座に報告だ」

「は、はいっ! あ、あの、頑張ります……!」

「ニーニャは父上の看病を頼む。グラフ、S級冒険者が動いた時は……頼めるか?」

「……老骨に鞭打って、時間を稼ぐくらいはできましょう」


 グラフは不敵に笑い、腰の刀に手を添えた。


 ギースは頷き、窓の外へと視線を向けた。


 夕闇が迫る空の下、不気味な静けさが城下町を包み込んでいる。


 ——急げ、アヤメ。

 お前がいれば、この国を守れる。


 嵐の前の静けさが、カルフール城を包み込んでいた。

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