第102話 三体の魚人
「実力で、か」
路地裏に響いた鮫男の声に、エミルは静かに息を吐いた。
三体の魚人が行く手を塞いでいる。先頭の鮫の魚人ニーベルは、銛を肩に担いで不敵に笑っていた。
「そうだ。俺らはお前らを先には行かせねえ。蒼海石の情報は持っている。お前らの道理を通したきゃ……わかるな?」
蒼海石。アヤメの故郷を蝕む元凶。
——アヤメは今頃、城に着いた頃だろうか。
焦りが苛立ちに変わる。こんな連中に足止めされている場合じゃない。
「……わかったよ」
「へへっ、話がわかるやつで助かるぜ」
ニーベルは返答するのとほぼ同時に、ドッ、と地面を蹴った。
魚人特有のしなやかな筋肉が生み出す爆発的な初速。水属性の魔力を纏った銛の先が、青白い軌跡を描いてエミルの喉元を狙う。
——速い。
だが、エミルにはその軌道がはっきりと見えていた。
ヒュンッ!
首を傾け、銛の切っ先を躱す。
「ほお……避けるか。やるじゃねえか、兄ちゃん」
嵐のような追撃が続く。
速いし、鋭い。実力者だというのはわかる。
——しかし、なんだこの攻撃……?
殺気をまるで感じない。
躱しながら、違和感が膨らんでいく。
どこか急所を避けているような、狙いの甘さを感じる。
——舐めてるのか?
それとも、別の意図があるのか。
思考を巡らせる背後で、残りの二人も動き出していた。
「へへっ、俺の相手は姉ちゃんか?」
小太りの魚人——ゲニル・ルイーズが、二本の短剣を弄びながらサラに迫る。
「……急いでいるというのに。すぐに終わらせるわ」
サラの手の中で、冷気が凝縮する。一瞬で氷の弓が形成され、弦が引き絞られた。
「へえ。俺ら魚人は寒さに強いの、知らねえのかい? そんな氷の矢じゃあ——」
ヒュッ!
放たれた矢は、ゲニルの足元に突き刺さった。
「ああん? 外してんじゃ——」
パキパキパキパキ……!
爆発的に広がった冷気が、ゲニルの両足を膝まで凍結させる。
「な……っ!? あ、足が動かねェ……!」
「『氷気矢』……言ったでしょう。すぐに終わらせると」
サラは二の矢を番えながら、動けなくなったゲニルを冷ややかに見下ろした。
一方、もう一つの戦場。
「チビッ子、潰す」
巨漢の魚人——メレン・バークベックが、自分の体ほどもある大槌を振り上げてバルディアに襲いかかる。
「誰がチビだコラァ!」
バルディアは攻撃を避けると、ガントレットの排気口から爆炎を噴射し、小柄な身体を弾丸のように加速させた。
「アタシをチビ呼ばわりしたこと、後悔させてやるよ! 『狂気掻・アプセット』ォ!!」
ザシュッ!
炎を纏った爪が、回転しながらメレンの巨体を切り裂く。
「ぐおっ……!」
ドサッ。
白目を剥いたメレンが、前のめりに崩れ落ちた。
「ハッ、デケェのは図体だけかよ」
そして、エミルとニーベルの戦い。
「おらおら、どうした冒険者! 逃げてばかりか!」
ニーベルの銛が加速する。
だが、エミルはもう見切っていた。
「……お前らが仕掛けてきたんだからな」
左手で銛の柄を受け流し、がら空きになった腹目掛け踏み込む。
「『黒焔・業』!」
ドォンッ!
衝撃波が背中へと突き抜ける。ニーベルの体がくの字に折れ、数メートル吹き飛んで転がった。
「が、はっ……!?」
三対三の決着は、ほぼ同時についた。
静寂が戻った路地裏に、魚人たちの呻き声だけが響く。
エミルは倒れ伏すニーベルの元へ歩み寄り、その胸ぐらを掴んで引き起こした。
「これで文句ないだろ。知ってることを全部話してもらうぞ」
苦痛に顔を歪めながらも、エミルのその目を見返すと、満足げにニヤリと笑った。
「……へっ、やるじゃねえか。まさかここまでとはな」
「何がおかしい」
「すまねえな。あんたたちの実力を試したかったんだ」
ニーベルは両手を上げて、降参のポーズを取った。
「試した……?」
「ああ。口先だけの冒険者じゃ、この先には進めねえからな。だが……あんたたちなら信用できる」
「どういうことだ」
「蒼海石の情報は本当だ。だが、ここで大っぴらに話せることじゃねえ。……俺たちの『リーダー』に会ってくれねえか」
ニーベルの瞳からは、先ほどまでの敵意が消えていた。
「お前らのリーダー……?」
「ああ。蒼海石のこと、アヤメ様のこと、そしてこの国の裏で何が起きているのか。リーダーなら全部知ってる」
——アヤメ様。
その呼び方に、エミルの警戒心がわずかに揺らいだ。
王族として敬っている口ぶり。少なくとも、この連中はアヤメを害する気はない。
「俺たちも、よそ者を巻き込みたくはなかった。これは俺らの問題だからな。だが状況が変わったんだ。アヤメ様が帰国された今、事態は動く。俺たちにも、あんたたちのような戦力が必要なんだよ」
切実な訴えだ。嘘をついているようには見えない。
——正直、今すぐにでも城へ向かいたい。
だが、それでも……。
「……わかった。案内してくれ。そのリーダーってやつに会おうじゃないか」
エミルはニーベルから手を離した。
「エミル、いいのかよ?」
バルディアが声を掛ける。
「こいつらは嘘をついてない。その証拠に、手を抜いていたんじゃないか? 本気でおれたちを殺すつもりなら、最初から汚い手を使ってたはずだ」
「確かにな、どうにも殺気が薄いと思っていたけどよ……」
「エミル君の判断は正しいと思うわ。闇雲に城へ突っ込むより、情報を得てから動く方が確実よ。もしアヤメちゃんが『何か』を知っていたら、あたしたちに話していたはずだしね」
「ああ。アヤメは嘘がつける性格じゃない。あいつ自身も知らない真実が、この国にはある。それを知らずに乗り込んでも、相手の掌の上で踊らされるだけだ」
「なるほど、アヤメが知らない情報を先に知る方が有利ってわけか」
バルディアが腕を組んで納得すると、ニーベルに鋭い視線を向けた。
「ただし、妙な真似しやがったらタダじゃすまねえからな!」
「へっ、おっかねえ嬢ちゃんだ」
ニーベルは痛む腹をさすりながら立ち上がると、仲間たちに目配せをした。
「ついてきな。場所はすぐ近くだ」
魚人たちが歩き出す。
エミルは一度だけ、カルフール城の方角を見上げた。
——待ってろ。必ず、助けに行く。
エミルは拳を握りなおすと、魚人たちの背中を追った。




