プロローグ お爺ちゃん
ダンジョン。
いつからそれが存在するのかは分からない。
わかっていることは、その場所が怪物と呼ばれる魔石を核にした生物が無尽蔵に生みだす巨大な地下世界であるということだけ。
そしてそんなダンジョンに、『富』と『名声』を求めて挑むもの達がいて、人々は彼らをこう呼ぶ。
――『冒険者』と。
そして僕は、そんな冒険者に憧れた。
「冒険者はいいぞ。金も地位も女も手に入る」
お爺ちゃんが言ったその言葉に幼い僕は思う。
――別にそんなの要らない、と。
「妖精にも会えるかもしれん。人間の女子以上の美人なんじゃぞ?」
鼻の下をフガフガとしてお酒を飲むお爺ちゃんに僕はため息をついて答える。
――興味が無いと。
つれないのぉ、とお爺ちゃんはしょんぼりとした顔をするが僕は騙されない。
ああいう「孫に構って貰えないわし、カワイソス」みたいな顔をしているお爺ちゃんはだいたい落ち込んでないし悲しんですらいない。大方、自分が取る態度にまだ九歳の僕があたふたする反応を見てお酒のつまみにしたいという腹積もりなのだろう。
手法はその時その時で変わるけど、大抵は泣き落とししてくる。それに気づいたのは七歳の頃。
以来、僕はお爺ちゃんが泣く時はくだらない時だと思うことにしている。
夕食が終わると、僕は片付けに移る。
やれと言われている訳では無いが、放置してもお爺ちゃんはやらないからある程度まとまった数がある時に皿を洗うようにしている。
酒瓶は臭いのですぐ洗うようにしている。
「のお、イスカ?」
「……何、お爺ちゃん?」
片付けに勤しんでいると、お爺ちゃんが僕の名前を呼んだ。振り返るとお爺ちゃんは机に置かれた1冊の本を大事そうに撫でていた。
「お前は本当に冒険者にならないのか?」
「ならないよ」
「なぜじゃ?」
「興味が無いから、だよ」
「興味が無い……かあ」
「…………」
互いの間に、静寂が流れた。
お爺ちゃんは時より、同じことを聞いてくる。
冒険者にならないかと。
今でなくてもいい。将来なる気は無いのかと。
それに僕は何度もならないと答え、その度にお爺ちゃんは黙る。こんなことをもう2年も繰り返していて、ここで初めて僕は聞いてしまった。
――なんで僕を冒険者にしたいのかと。
お爺ちゃんはそれに笑って答えた。
「冒険者になったお前を見てみたいからじゃ」
その答えに、僕はなんて身勝手な願望なんだろうと思った。
冒険者は危険な職業であるとわかった上でそんなことを言ってくるこの人は人でなしだと思った。
でも、それと同時にこうも思った。
ーーこの人は本気で言っている。叶えたいと。
「……気が向いたら、考えるよ」
そんな芽生え始めた想いは口にできず、歯切れ悪くぶっきらぼうに答えるとああ、それがいいじゃろとお爺ちゃんはいつもと同じように言ってくれた。
――そして僕が十二歳になった、その半年後。
お爺ちゃんは怪物に殺された。
木こりの帰り道に襲われ、食われたと。
お爺ちゃんと交友のあった人にそう聞かされた。
「…………」
僕は1人になった。
そして、お爺ちゃんがなれと言い続けた冒険者に僕はなることを決めた。
お爺ちゃんの面影を手繰り寄せるように、あの人の目を輝かせたそれに憧れて。
お爺ちゃんが大切にしていた1冊の本を大事にして。
十三の誕生日を迎えた日。
僕は村を旅立った。