第3話
体が充分温まった所で俺達は洞窟の外に出た。雨はすっかり上がっていて、気持ちのいい晴空が広がっていた。
「これからどこに行くんだ、お前様?」
「そうだな、一番近い街に戻るのはリスクがある。一度この近くに別の街があるはずだからそこに向かおう」
「よし、捕まっていろよお前様」
サクラは俺を背中に乗せ、一瞬で狼の姿になった。サクラはそのまま走り出し、森の中を素早く駆け抜ける。
サクラは本来なら馬車で一日掛かる程の距離を、半日と経たずに走破してみせた。
「街の中では狼の姿になるなよ、それと騒ぎは起こすな」
「はいはい、お前様は慎重だなぁ」
「それと、そのマントを取るなよ。全裸で女を連れ回す変態って思われたくないからな」
「は〜い」
サクラを連れて街に入る。街の中は活気づいていて、人通りも多い。
「まずは服屋だ、ここら辺に服屋は・・・」
「む、何やらいい匂いがする!」
振り返った時、サクラは既に酒屋の中に入ろうとしていた。俺はサクラの腕を引き、その行為を咎める。
「コラ! 勝手に動くな!」
「でもなでもなお前様! あんなに美味しそうな食べ物があるんだ。我はもう何百年も食べていないのだ、お腹がペコペコなのだ!」
「ダメだ! この街にも長く滞在しない、旅の準備が出来たらすぐ出るんだ!」
「お、お前様〜!」
サクラはその場で座り込み、潤んだ目で俺の両手を握った。周囲の視線が集まり、人だかりができ始める。
俺は溜息をつき、サクラを立ち上がらせる。
「食べたら服屋、それから必要な物を買ってすぐ出発だ。絶対だからな!」
「お前様〜! 大好き、番になっておくれ〜!」
「さっさと店に入れ!」
サクラを連れて酒屋に入る。あまり目立たない端の席に座ると、駆け足でウェイトレスがやって来た。
「いらっしゃいませ! ご注文はいかが致しましょうか!」
「肉! 肉が食べたい!」
「はいはい、肉料理2人前。あと水と日持ちする保存食を持ち帰りで」
「かしこまりました〜!」
「なんだ、お前様もお腹が空いてたんだなぁ?」
ウェイトレスが走り去るのを尻目に、サクラが意地悪そうな目でこちらに視線を送る。
「違う、旅に出るには最低限食料が必要だ。それを食事のついでに頼んだだけだ」
とは言いつつも、俺も昨日の夜から何も食べていない。お腹が空いているのは当然だ。
「おいおい、魔族がこんな所に何の用だ?」
「ここは人間様の領土だぜぇ」
「なんだ、貴様ら」
突然ガラの悪い二人の男達が、酒を片手にテーブルにやってくる。どうやら酷く酔っているようで、顔色が真っ赤だ。
「やっちまうか、お前様」
「よせ。トラブルは避けたい、無視しろ」
「おうおう! 無視とはいい度胸だなぁ、魔族のあんちゃんよぉ!」
「・・・俺?」
二人の男は俺に向かって魔族だと言い放つ。俺は今その姿が人間離れしているから、きっと魔族だと誤解しているのだ。
父上は自分の名誉に泥を塗った俺を、絶対に許さないだろう。そんな荒れ狂う獅子から逃げ惑う俺には、正体を隠す必要があった。
「そんなに魔族に見えるか?」
「あぁ見えるね! お陰で酒が不味くなっちまうくらいにはなぁ!」
「とっとと失せろってんだよ!」
二人組の男のうち、大柄な方が俺の肩に掴みかかる。俺は素早くその胸ぐらを掴み返し、思い切り自分の方に引き寄せた。
「【反転】!」
「ぐわぁ!」
引き寄せられた男は反転し、頭から地面に叩き付けられる。派手な物音に店内が静まり返り、注目を浴びてしまう。
「て、テメェ!」
「ほっ」
残った方の男がナイフを取り出す。その瞬間サクラが男のすぐ側でしゃがみ込み、地面に手をついて馬の様な後ろ蹴りを男の顎に見舞わせた。
マントが翻り、サクラの裸が衆目に晒される。酒場にいた男達は口々に驚きと興奮を口にする。
「あぁクソ」
「我は悪くない! い、今のはお前様に危害を加えようとしたこいつをだなぁ!」
「とにかくここを離れるぞ!」
「お客様!?」
「貰っていくぞ!」
ウェイトレスが持っていた肉料理と保存食の乗った盆を奪い、代金を投げ渡す。
そしてそのままの勢いでサクラの手を引き、俺達は酒場を飛び出した。
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「美味〜い!」
俺達は人気のない路地裏に逃げ込み、何とか衆目の的を脱した。
しかしサクラの食い意地には驚いた。盆から零れ落ちた肉料理を地面スレスレで平らげてしまうとは。そして残った肉料理も一瞬で平らげてしまった。サクラの食費だけで金が尽きそうだ。
「お前様も、ほら!」
サクラが満面の笑みで肉料理を差し出す。手掴みなのが少し気になるが、俺はそれを口で受け取る。
「確かに美味いな」
「だろう! 番とは幸せを共有しなきゃなぁ!」
「番じゃないって」
さて腹も満たしたし、お次は服屋だ。今の俺の服装では汚れが目立ちすぎるし、サクラはマントの下は裸だ。早急になんとかしなければ。
「なぁなぁお前様!」
「なんだサクラ、今は忙しいんだが」
「追手だぞ!」
サクラに腕を引かれ、体制を崩す。その瞬間目の前の壁にナイフが突き刺さる。
「さっきは良くもやってくれやがったな!」
「次はこうもいかねぇぞ!」
さっきの二人組が仲間を連れて追ってきていたようだ。五人の男達は逃げ道を塞ぐ様に俺達を囲った。
「お前様。腹ごなしも済ませたし、少し暴れてもいいか?」
「・・・丁度いい、服は無事に手に入れてくれよ」
「了解」
サクラが一歩前に出る。その瞬間男達は剣を抜き、サクラに切り掛る。
「狼王爪!」
サクラの爪が伸び、一瞬で刃物の様に鋭さを帯びる。
サクラは片手の爪で全員の剣を受け止め、もう片方の爪で一人の男を串刺しにした。
「殺すな!」
「え!? でもコイツらお前様を殺す気だぞ!」
サクラは躊躇いながら、串刺しにした男を蹴って遠ざける。
鍔迫り合いから一人が抜け、すぐに串刺しになっていた男の治療に掛かる。
「それでもだ! 人殺しはダメだ!」
「めんどくさいなぁお前様は!」
サクラは男達を弾き飛ばし、綺麗な回し蹴りで一人の顎を粉砕する。
残った二人は再びサクラに飛び掛るが、一人を両腕で。もう一人を尻尾で縛り上げてしまう。
「ふん!」
ごきりと嫌な音が鳴り、二人の男は力なくその場に倒れる。
「殺したのか」
「気絶させただけだ、お前様の注文通りな」
「そうか・・・ありがとう」
「番の願いなら聞き入れてやるのもやぶさかではない、ゾ!」
サクラはウインクをしながらこちらに振り返る。その瞬間、サクラの背後に光が集まった。
「【ファイアボール】!」
さっき離れた男が、魔術で火の玉を錬成しサクラに放つ。俺はとっさにサクラを庇う様に前に出て、手を突き出した。
「【反転】!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
火の玉は俺の手に触れると反転し、魔術を放った男に直撃する。男は一瞬で火だるまになり、大通りの方に走っていく。
俺は焼けた手の平を庇いながら、サクラの方を見る。
「怪我はないか」
「あ、あぁ。お前様、手は大丈夫か?」
「このくらい何ともない。早く服を剥いで着替えるぞ」
俺達は倒れている男達から素早く服を奪い、着替えてその場を離れた。大通りでは騒ぎになっているのか、衛兵達の足音が聞こえる。
「チッ、耳が早いな」
「お前様、ここに入れそうな建物があるぞ!」
「しょうがねぇ、そこに入れ!」
俺達は衛兵の目を逃れるべく建物の中に入る。そこは冒険者ギルドの裏口になっていた。
「冒険者か・・・丁度いい」
「どうするんだ?」
「冒険者になれば流れ者でも不自然じゃない。身分を隠すにはもってこいだ」
「おぉ! 冒険者になるんだな!」
早速受付に向かい、冒険者登録をしようとする。すると、カウンターの向こうに貼られた手配書に目がとまる。
(俺の手配書は・・・無いみたいだな。でも父上が諦めるとは考えられない、警戒はしておかなければな)
「お前様! 我は文字が書けん、代わりに書いてくれ!」
「はいはい」
俺はサクラの冒険者登録に必要な書類を書く。種族は獣人と偽り、年齢も俺と同じくらいにしておいた。
俺もさっさと名前を書こうとし、一瞬手が止まる。
「お前様?」
「いいや、大丈夫だ」
俺は書類に【ジハード・アーサー】と書き、書類を提出した。
特に書類審査で引っかかるわけもなく、俺達は冒険者プレートを受け取った。
サクラは冒険者プレートに目を輝かせ、早速首のチョーカーに取り付ける。
「これからどうするんだ、お前様! 我は楽しくってしょうがないぞ!」
「洞窟に閉じ込められていた頃よりかは楽しいだろうな。とりあえず旅に出る。冒険者で日銭を稼いで、その七大魔王とやらを全員倒す!」
「それじゃあ早速出発だ〜!」
はしゃぐサクラを尻目に、俺は過酷な旅を覚悟した。身を隠し、復讐の為に奔走する俺の人生が幕を開けた。




