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第2話

手頃な棒を杖代わりに俺は森の中をひたすら彷徨った。どれだけ歩いたか分からないが、まだ夜は明けていない。雨が体温を奪っていく。

震える体を必死に動かしているうちに、小さな洞窟に辿り着いた。


「雨が凌げる・・・」


俺は倒れ込むように洞窟に転がり込んだ。奥は水没していたが、洞窟の手前に雨水は侵入していなかった。

湿った地面に腰を下ろし、服を脱いで乾いた岩の上に広げる。立派だった礼服は背中に大きな切り傷と、泥のせいでみすぼらしいボロ布に成り果てていた。

少しでも体温を保つ為に何かないかと周囲を探す。しかし、乾いた枝も火種になりそうな物も見付からない。


「俺はまだ死ねない・・・死にたくない」


俺は洞窟の奥を見る。洞窟の奥は水没している。水面を覗き込むと、水底に光が反射しているのが見えた。


「この水の向こうに空間があるのか・・・?」


思い切って水面に顔を沈める。水中で視界はぼやけるが、細い水路の向こう側には空間を見付けた。

俺は少し躊躇いつつも、勢い良く水中に身を投げた。細い水路は俺一人がギリギリ通れる細さで、体のあちこちを岩肌にぶつけながら進む。

息が切れそうな瞬間、やっとの思いで水面から顔を出す。俺の手立て通り、そこには広々とした洞窟が広がっていた。


「わぁ・・・」


洞窟の中には天井に小さな穴が空いており、そこから月光が降り注いでいる。洞窟の中央にはその光を仰ぎ見る、巨大な銀色の狼が横たわっていた。

狼の手足には鎖が絡まるように繋がっており、楔は地面に打ち込まれている。


『何者だ』

「喋った!?」


狼は煩わしそうに首を振り、こちらをじっと見つめる。


『我は牙爪魔王がそうまおうフェンリル、七大魔王のうちが一匹だ』

「七大魔王・・・?」


銀色の毛並みを立たせながら、フェンリルはゆっくりと体を起こした。月光に照らされ、体毛に桃色の斑点が浮かび上がっているのが見える。


『我の寝床に侵入したのだ、その命で代償を支払ってもらおうか!』

「うわっ!」


フェンリルは爪を剥き出し、空を切り裂く。刃の様な衝撃波が俺のすぐ側を過ぎ、壁に大きな傷跡を作る。


『それが嫌なら疾く失せよ!』

「なんなんだよ! 俺は雨宿りがしたいだけだ!」

『雨だと? 雨など降っておらぬ。見よ、月が出ているではないか!』


フェンリルは頭を持ち上げ、天井を顎で指す。洞窟の天井には穴が空き、そこから月光が降り注いでいた。

だが、俺がさっきまでいた外は土砂降りの雨だった。それが一瞬で雲ひとつ無い晴夜空になっているなど考えられない。


「さっきまで雨が降っていた! 本当だ!」

『黙れ、嘘つきは気に食わん! 本気で殺すぞ!』

「あれは何かトリックがあるんだ!」

『黙れ!』


フェンリルはまた爪を剥き出し俺に向かって衝撃波を放つ。次は俺の体を真っ二つに切り裂く軌道を描いた。

俺は咄嗟に手を突き出しこう叫んだ。


「【反転】!」

『何!?』


俺の手の平に触れた衝撃波は軌道を変え、天井の月明かりに向かって飛んでいった。

衝撃波は天井の月を粉砕し、粉々になった結晶が洞窟内に降り注ぐ。


「じ、自発的に輝く鉱石だ。月明かりなんかじゃあなかった」

『あぁ、そんな。そんな馬鹿な!』


俺はズタズタになった手の平を庇いながら、狼狽えるフェンリルの様子を見る。

フェンリルは慌てふためき、地面に散らばった結晶を鼻先でつつく。


『あの月が、あの月が偽物だったなんて・・・』


フェンリルは涙を流しながら、悲しげな唸り声を上げる。

俺はその様子に思わずそっと近寄った。


「月が偽物なのがそんなに大事な事か?」

『・・・我は見ての通り封印されている、大昔に人間に負け時に施された物だ。』


フェンリルは鎖を忌々しく見つめ、もがいて引きちぎろうとする。だが鎖は怪げな光を放ち、フェンリルを地面に縫い止める様に縛り上げる。


『この封印は月光で弱まる。この封印が解ける頃、我は罪を精算しまた自由の身となれる。そうその人間が約束したのだ』

「でも月光が偽物だった。つまり封印は絶対に解けない」

『そうだ・・・もう我は一生自由の身になれぬ、この洞窟の中で死ぬ事すら許されずに』


フェンリルを縛る鎖が緩む。だがフェンリルは力なく横たわり、俺の近くに顔を持ってくる。


『なぁそこの人間。お願いが一つあるのだ』

「お願い?」

『我を殺してくれ・・・もう仮初の希望に縋るのは嫌だ・・・』


そう頼むフェンリルの瞳には、もう生きる意思なんてなかった。ただ絶望の色だけが広がっていた。

俺はそれを見て、何故かさっきの光景を思い出した。誰も俺を助けない、父上に殺されかけ兄上に追放されたあの時を。


「その封印ってどういうものだ?」

『どういうものって・・・無理に外そうとすれば更に封印はキツくなるものだと聞いているが』

「俺なら何とか出来るかもしれない」


俺はフェンリルの体に登り、鎖を辿る。フェンリルの体の中央には楔が一つ突き刺さっており、そこから全ての鎖が伸びていた。

俺は楔に手を伸ばし、包み込む様に持つ。試しに引っこ抜いてみようとするが、引っ張るとどんどんとフェンリルの体の奥に入っていく。


『痛い! 止めろ!』

「何とかしてやる! 【反転】!」


俺は再び楔を握り、【反転】を使う。自分の手の平から流れ出る血のせいで掴みづらいが、これ以上フェンリルの体に入り込まないように爪を立てる。

楔はゆっくりと反転し、フェンリルの体から出てくる。


『ぐぁぁぁぁぁぁ!』

「あと少しだ!」


俺の体から何かが抜け落ちる様な感覚に陥る。全身から力が抜けるが、歯を食いしばってフェンリルの体の上に踏み止まる。


『お、お前! 髪が!』

「あと少しなんだ! 黙ってろ!」


俺はフェンリルの体に刺さった楔を勢い良く引き抜いた。血が吹き出て周囲を赤く染め上げる。


『あ、あぁ! 我を苦しめていた封印が! 鎖が!』

「よし! 引っこ抜けた!」


俺は楔を投げ捨てる、するとフェンリルの体を縛り付けていた鎖が消滅する。

フェンリルは自由を確かめるように立ち上がり、俺はその衝撃で体の上から転げ落ちる。


『本当に、本当に自由だ! 封印が解けた!』

「よ、よかった」

『どうして、どうしてこんな事を?』

「どうしてって・・・」


フェンリルは俺の手から流れ落ちる血を心配そうに舐める。

フェンリルの目に写った俺の姿は、見知った自分の姿とは違っていた。


「髪が白い・・・それに目が反転している・・・」

『きっと封印の楔を無理に引き抜いたせいだろう、すまない・・・責任を取らせてくれ!』


フェンリルは一瞬で白い煙で包まれ、その存在が人型に変容していく。

みるみるうちに煙は晴れ、フェンリルは銀髪で獣の耳と尻尾の生えた美少女になってしまった。


「世界で一番可愛い我が貴様の番になってやろう!」


フェンリルは俺の傍に寄ってきて、無理やり腕を組んでくる。


「いや、いらない。獣の番は特に欲しくない」

「そんな事言わずにぃ!」


俺が腕を引き剥がすと、フェンリルは尻尾と耳を倒して悲しんだ。


「ではでは、お前様は何を望むんだ? なんでも叶えてやるぞ!」

「俺は・・・俺を捨てた家族を見返したい」

「ならば我が皆殺しにしてやろう!」

「違う! そうじゃない・・・見返すって、殺すとかそういう事じゃないだろう」


フェンリルは少し悩み、何か思い付いたようにピンと耳を立てた。


「では名誉だ! この世で最強の称号を手に入れて見返してやろう!」

「どういう事だ?」

「七大魔王全てを倒し世界最強の名誉を手に入れるのだ! そうすればお前様の家族とやらも、お前様を見直す! その手伝いを我がしてやろう!」


世界最強。父上から最強の剣士になるようずっと言われていた。その世界最強を手に入れると言うのなら、最高の意趣返しになるだろう。


「分かった、手伝いを頼んでもいいか?」

「かしこまったぞお前様! ついでに我との番の話も」

「それは遠慮しておく」


俺はフェンリルに向かって手を差し伸べる。

フェンリルは手を掴み、ぶんぶんと大きく振った。


「よろしく頼む。えぇと」

「む? あぁ、名前か。我は・・・名を失っている。せっかくだからお前様が付けておくれよ」

「そうだな・・・」


フェンリルの体をまじまじと観察する。フェンリルは恥ずかしそうに体をくねらせ、俺に向かって熱い視線を送ってくる。

そういえばと、さっき巨大な狼だった時の桃色の斑点を思い出す。


「月光を見るキミの姿、綺麗だった。まるで夜桜みたいに」

「きゃっ///」

「だったらキミの名前はサクラでどうかな」

「気に入ったぞお前様! このサクラ、誠心誠意お前様の力として協力してみせよう!」


サクラは尻尾を振り、俺の手を思い切り引く。そして体制を崩した俺の唇に、不意に口付けをした。


「契約完了だな♪ お前様の名前を聞いておこう」

「・・・ジハード・アーサー」

「ささ、そんな濡れては風邪を引いてしまうぞ! 我が温めてやろう!」


サクラは狼の姿になり、俺を包み込んだ。暖かな体温と、今日の疲れがどっしりとのしかかってくる。

俺は微睡みの中で、静かに意識を手放した。

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