最終話
暗い。
何もない。
黒い、黒い。
何も見えない。
『お前』
声が響く。どこかから聞こえるのではなく、直接頭の中に響く。反響し、増幅され、頭を割れんばかりに揺さぶる声。
『お前には魔王になれる素質がある』
「・・・これが試練を与える声ってやつか」
『お前に試練を与える』
俺の目の前に小さな白い球が現れる。その中には、俺の記憶の中の父上の姿があった。
『お前の父を殺せ』
「俺に与える試練はそれか?」
『そうだ、試練を超えればお前は魔王になれる』
俺は白い球をじっと見つめる。すると、意識が朦朧とし始める。
『お前には魔王になれる素質がある』
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目を覚ます。
首だけで周囲を見回す。サクラ、ナナ、リーリャンが倒れている。
みんな意識がないようで、痙攣だけしている。
「クソ、クソッ! 汚点が、汚点がぁ!」
父上は取り乱しながら、自分の体に巻き付いた炎を取り払う。
「消すか? いや、時間がない・・・俺は、俺はどうすれば」
父上は剣を握ったり力を抜いたりを繰り返し、焦った様に剣を投げ捨てた。
「俺が負ける・・・? いや、負けは無い。必ず勝利する、それが俺の覇道だ・・・!」
「覇道・・・?」
俺はゆっくりと立ち上がる。
「父上、終わりだ」
「この、この汚点がぁ・・・!」
父上は手放した剣を拾い上げ、俺に向かって突き付ける。
「父上はこれからどうするつもりですか」
「俺の覇道は終わらん! 俺は覇剣魔王レオーネ・バレンタイン! 世界で一番強く、世界で一番偉大だ! 俺は負けない、俺の人生には勝ちしか存在しない! 存在してはならない!」
「父上、勝負です。俺が死んで逃げ切れれば父上の勝ちです」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!! 拭い切れなかった汚点の、始末し忘れた取るに足らないカスが! 俺の人生を汚すな! 邪魔するな! 消えてなくなれぇぇぇ!」
父上は剣を思い切り振り抜いた。
俺はその剣を身に受けながら、父上の体に触れた。
「【反転】」
俺の手から光が溢れ出す。胴体を上下真っ二つにされながら、俺は父上のギフトを反転させた。
「・・・」
俺は地面に倒れる。
上半身だけになった俺の切断面からは、血が濁流の様に溢れ出す。
「し、死んでない・・・?」
「父上・・・貴方のギフトを反転させました」
「なに・・・?」
「もう貴方はこの後の人生で、勝利することはありません。負け続けて、殺してきた人達への償いとします」
「なんだって・・・?」
「勝負です。死んで逃げ切れれば父上の勝ちです」
「・・・はっ」
父上の顔が青ざめる。剣を握り、自分の首に思い切り突き刺す。だが剣はへし折れ、父上の首には傷が付かなかった。
「もう死ねません。魔王だから老いて死ぬこともありません」
「そんな、そんな事・・・」
「父上、俺は父上を殺しません。でも、父上の最初の負けです」
父上は剣を手放し、フラフラと立ち上がる。覚束無い足取りで、ゆっくりと俺の元から去っていく。
その背中をぼぅっと見つめながら、息を吐き出す。
「お、お前様・・・?」
サクラの目が覚めたのか、声を掛けてくる。
「サクラ、やったよ」
「お前様・・・体が!」
「確実に触れたかったから、仕方ないよ」
「だ、ダメだ。ダメだダメだダメだ! 死ぬな死ぬな死ぬな!」
サクラは俺に駆け寄り、俺の傷を手で塞ぐ。
「サクラ・・・」
「ダメだ! お前様が死ねば我も死ぬぞ! いいのか!」
「俺と父上は勝負をした、俺が死ねば父上の勝ちなんだ・・・だから俺は死なない、父上はこれから負け続けるからだ」
「で、でも・・・この傷!」
「下半身が無いのは不便だけど、まぁ大丈夫だ・・・」
それでも、血を流しすぎて意識が遠のく。
「意識をハッキリ保つであります!」
「僕の血を飲め! 意識を手放すな!」
ナナの声、リーリャンの声。
俺の傷に何かが触れる、俺の口の中に何かが流し込まれる。
「生きろ! お前様!」
「はは、これじゃあゆっくり休めないな・・・」
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事件は幕を閉じた。
ボーディガンの側近であったエルが代表し、敗北を宣言。残った数少ないギフター達は残らず投降した。
問題の覇剣魔王レオーネ・バレンタインは戦場から逃亡、その後の消息は掴めていない。
俺、サクラ、ナナ、リーリャン、ホバはガリュオーン王国に保護され、集中的な治療を受けた。
兄上、ベレッタ・バレンタインはエルの応急処置のおかげで一命を取り留めた。
そして、一ヶ月の月日が経った。
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「傷はもういいのか、兄上」
「あぁ」
兄上は相変わらず、短く答えて俺から顔を背けた。
「みんな元気になったよ、俺が一番最後だ」
「そうか・・・」
兄上は窓の外を見ながら、小さく拳を握った。
「すまない、俺が父上の暴走を止めていられれば・・・母上も」
「いや、兄上は悪くないよ」
これ以上掛ける言葉は思い浮かばなかった。
だが兄上は少しだけ頬を緩め、俺の方を向いた。
「これから、どうするんだ?」
「・・・特に考えていないな」
「もし良かったら、俺と来ないか? この一件でバレンタイン家は大きく傾く、それを一緒に立て直して欲しいんだ」
「俺が? 俺でいいのか?」
「お前は、俺の弟だ。バレンタイン家の一員だろう、当然だ」
兄上が俺に手を差し出す。
俺は、その手を。




