はろはろ、ロマンシスのねぇねー?
視点変更。
ロマ爺視点とはテイストが変わります。
ごきげんよう、わたくしリカルダと申します。王太子妃をさせて頂いておりますわ。
わたくしには可愛い弟が居りまして、その弟がお菓子作りを趣味としているのです。
王太子妃などをしていますと、その後釜の座を狙ったり、単に見境無く王族を狙った暗殺などなど日常茶飯事で困ってしまいますわ。
安心して食事もままなりません。非常~にストレスが溜まりますわ。特にわたくし、食事やお菓子類に少々トラウマがありまして――――
わたくし、幼い頃より第一王子殿下の婚約者候補として過ごしておりましたの。
そして、十三歳のときに婚約が内定しました。
どこから嗅ぎ付けられたのでしょうか……当時、わたくしが仲良くしていたお友達のお茶会に誘われて、そこで毒を盛られてしまったのです。
幸い、幼少期より毒に身体を慣らしていたことが功を奏し、大事には至りませんでした。まあ、二日程生死の境を彷徨い、十日程は寝込むことになりましたけれど。
無論、犯人には秘密裡に処罰が下されたそうですわ。
身体的な後遺症は無く回復しましたけれど、それから暫くは食べ物が怖かったのです。
特に、毒の仕込まれていた甘いお菓子が食べられなくなってしまいました。口に含むと吐き気がして、どうしても飲み込めなくなってしまったのです。
生き物は、食べ物を食べなくては生きていけません。
家族は、わたくしの心配をしてくれて無事を喜んでくれましたが――――お父様には、「王太子妃になるのだから、この程度のこと慣れなさい」と。お母様には、「もっと毒に身体を慣らしておいた方がよさそうですね」と。お兄様には、「食べないと死ぬのだから、無理してでも食べろ」と。双子の弟には、「菓子なんて食わなくても生きていけるだろ」と。そういう風に言われてしまいましたわ。
唯一、当時のわたくしの婚約事情を知らなかった五つ下の末弟、シスだけがわたくしのことをとても心配してくれましたの。
食事が怖いというわたくしに、手掴みで食べられる食事を自分の分と半分こだと言って目の前で分けて、「リッカお姉さま、あ~ん」と手ずから食べさせてくれました。サンドウィッチを小さく齧るだけで、「お姉さま、えらいです」と言って笑顔で誉めてくれました。
小さな弟が、一生懸命わたくしの食事の世話をしてくれたのです。それも、嫌な顔を一切せずに。根気強く、にこにことわたくしに付き合ってくれて……それでわたくしは、食事を自分で食べられるようになったのです。
甘いものは、まだ食べることができませんでしたが。
けれど、わたくしは元々甘いものが好きだったのです。他の家族がデザートやティータイムにお菓子を摘むのを見て、どれだけ羨ましくも妬ましいと思ったことでしょうか。
そんなわたくしに、シスは目の前でホットミルクを作ってくれたのです。蜂蜜の入った、甘い匂いのホットミルク。湯気が立って、美味しそうでした。
けれど、手を伸ばすのを躊躇ってしまう。するとシスは、「わたしが味見しますね」とカップにスプーンを入れてミルクを飲みました。「ん、甘くて美味しいです。リッカお姉さまも、どうぞ。あ~んしてください」と、スプーンにミルクを掬ってわたくしに差し出しました。
シスのくれるものは安心できる。そう思うと、するっとホットミルクが飲み込めたのです。久し振りに甘いものを口に入れて……そして、嚥下できました。「わ~♪よかったですね、お姉さま!」わたくしよりも、それを見ていたシスの方が喜んでくれました。
それからです。シスが、わたくしにちょっとしたお菓子を作って持って来てくれるようになりました。パンケーキやクッキー、ブラウニー、プリン、ジャム、ゼリー、べっこう飴、キャラメル、フルーツの飴掛け。
シスの作るお菓子は、シェフの作るお菓子に比べると形が不揃いで不格好で、素朴な味で……でも、食べるととても温かい気持ちになりました。気のせいか、体調が良くなるような気もします。
侯爵家の子息としては、あまり宜しくはないのでしょうが……シスは末っ子の三男。お兄様よりも、そのスペアである次男よりも教育方針が緩かったようで、時間があったようです。
なにより、次期王太子妃であるわたくしが、シスの作るお菓子でトラウマを乗り越えられたことが大きかったのでしょう。王太子妃教育で忙しくするわたくしへ差し入れするためにせっせとキッチンに入り浸るシスに、お父様もお母様も、お兄様も弟も文句を付けられなかったようです。
それから数年。わたくしが王太子に嫁ぐに当たり、我が家の誰か……と言っても、実質的に嫡男であるお兄様を除くと、次男か三男のシスが教会に入ることになりました。
わたくしが知らないうちに、シスが出家を立候補してさっさと家を出て行ってしまいました。その後すぐに次男が隣国に婿入り予定で国を出ることが決まりました。
どうしてっ!? なんであの子がっ!? と、家族に詰め寄ると、「リッカ、むしろシスがこの国に残るんだからいいんじゃないか? どうせ俺が残っても、お前に菓子は作ってやれないし」と、双子の弟が言いました。国を出されることになってごめんなさいと謝ると、「いいよ別に。暗殺とかウザいから。じゃ、元気でな。次に会うときには王太子妃様だな」そう笑って、隣国に旅立ちました。
シスは、教会で不自由な思いをしていないかしら? 誰かに虐められていないかしら? もしかしたらシスは、わたくしのことを厭って教会に入ったのではないかしら?
そんな心配や不安を抱きながら――――嫁いでからはシスに会えない日々が続きました。
でも、そんなある日。ストレスが爆発して、どうしてもシスの作ったお菓子が食べたくなったのです。シスが笑顔で差し出してくれるお菓子が欲しいっ!? と、我慢できなくなりました。
それで、秘密裡に教会に手を回してシスにお菓子を頼むことにしました。
まあ、そのときシスに余計なことを言った誰かさんの手先がいたみたいでしたけれど・・・ええ、王太子殿下には確りと話を付けさせて頂きましたわ。わたくしの可愛い天使であるシスを害そうとする者は、王太子妃であるこのわたくしが差し違えてでも叩き潰す所存であること。どうせなら、わたくしもシスと連座にしてほしいですわ、と。
どうやら旦那様は、わたくしがブラコンであるとシスへ嫉妬していらしたみたいですけど……でも、だって、王太子殿下であらせられる旦那様は、婚約が本決まりになった頃。わたくしが毒を盛られて苦しんでいた頃。なにもしてくださいませんでしたもの。
親しく……わたくしが、仲が良いと思っていた相手に毒を盛られ、そのトラウマで食べ物を受け付けなくなっていたとき。懸命に支えてくれたのはシスですもの。もしシスがいなかったら……わたくし、下手をすると摂食障害で儚くなっていたかもしれませんもの。
今、わたくしが美味しく食事ができているのは全てシスのお陰です。
つまり、シスはわたくしの命の恩人です。それを否定なさることは、つまり旦那様はわたくしが死ねばよかったと言うも同義ですわね。わたくしに死ねばよかったのに、という言動をなさる方とは仲良くできそうにありませんわね。どうぞ、側妃を娶られてくださいませ。
わたくしは、お飾りの王妃になりますわ。そして、三年経ったら廃妃にしてくださいませね? そのときは側妃を正妃に繰り上げしてください。わたくしは教会へ参ります。あら、なんだかその方が楽しそうですわね?
と、懇々と丁寧に旦那様とその側近の方々にそうお話させて頂きました。なぜか、旦那様は泣きながらわたくしに謝ってくださって、シスと会うこと、シスのお菓子を頂く許可をくださいました。
そういうワケで、わたくしが安心して食べられる物を、信頼する可愛い弟におねだりして作ってもらうことにしましたの。
なのにっ・・・どういうことですのっ!?
シスにおねだりしたお菓子が、全っ然届きませんわっ!?
最初は、手違いや誰かの妨害を疑いました。けれど、箱は届くのです!
それも、空っぽの箱がよっ!?
中身を入れ忘れたのかしら? シスもそそっかしいところがあるのね……なんて、微笑ましく思えていたのは二回目までっ!!
だって、明らかにおかしいもの! 空っぽの箱には、無論お菓子は入っておりません。けれど、油の染みや匂いは残っているのです!
これは、一度箱にお菓子を詰めてから取り出し、わざわざ中身を抜いて空箱だけわたくしに送っているということではなくてっ!?
一度、二度までは一度詰めてからなんらかの理由で箱を入れ替えて、それを間違えて空箱を送ったのかしら? って、思ったのよっ? でもでも、何度も何度も空箱だけが届くって、どう考えてもおかしいじゃないっ!?
それで、わたくし思ったの。もしかして、お菓子を詰めた後に誰かが抜き出している? と。けれど、お菓子を運ぶ過程で見張りを付け、誰も触れないようにして……それでも、空箱が届いたのよっ!?
これはもう、シスがわたくしへ嫌がらせをしているということじゃなくってっ? わ、わたくし、シスに嫌われてしまったのかしらっ!? やっぱり、わたくしが王太子妃になったから?
旦那様やその周囲の方々がシスに嫌なことや余計なこと、脅すようなことを言ったから、それでもうわたくしのことも嫌いになってしまったのっ!?!?
と、内心ではちょっとパニックになり、泣きたい気持ちでシスのところへ突撃することにしました。
嫌いなら、嫌いになったと言ってほしかったから。シスに嫌われてしまったら、ちょっと人生悲観するくらいに悲しくて泣きたくて堪らなくなりますが・・・嫌いだとハッキリ言ってくれたなら、わたくしはもうシスの人生の邪魔をしませんから。
そう、祈るような気持ちで教会へ向かい――――王太子妃権限で人払いをした懺悔室にシスを呼んでもらい、二人っ切りでお話をさせて頂くことにしました。
いきなり連れて来られたシスは……以前に会ったときよりも背が伸び、少し逞しくなっていました。その成長を見られなかったことに寂しさと切なさを感じます。
「え? 姉、上? どうしてここに……? ハッ、いえ。申し訳ございません。リカルダ王太子妃殿下にご挨拶申し上げます」
きょとんとして、次いで嬉しそうな顔で、ハッとして堅い挨拶をするシスの声は以前よりも低く、滑らかな男性の声になっています。
「シス……もう、リッカ姉様とは呼んでくれないの?」
嬉しそうな顔から、多分わたくしのことを嫌いになっていないのでは? という期待を籠めて、わたくしより高くなったシスを見上げて聞きました。
「……宜しいのですか?」
「勿論よ! だってあなたはわたくしの可愛い弟ですもの!」
「わかりました……えっと、その……リッカ姉上は、どうしてここへ?」
「あのね、シス」
「はい、姉上」
「わ、わたくしのこと嫌いになったのっ!?」
「へ? え? わたしが、姉上を嫌う……? えっと、なぜですか?」
「だ、だって~……お菓子、が……」
「え? お菓子、ですか? もしかして、姉上へ送ったお菓子が傷んでいたりしましたかっ!? 日持ちのする焼き菓子を包んだつもりでしたが……もしかして姉上、傷んだお菓子を食べてしまわれたのですかっ!? 身体はなんともありませんか? 大丈夫ですか? すみません、ちょっと触りますよ」
慌ててわたくしの手を握り、治癒魔術を施すシス。
「ち、違うの……お菓子が、届かないのよ!」
「え? 届か、ない?」
「そうなの! お菓子の入っていたであろう空箱は届くのっ!? 油の染みとお菓子の匂いの残る、でもお菓子が入っていない空箱だけが、何度も届くのっ!?」
「ぁ~……」
わたくしの叫びに、シスはあちゃ~という顔をし、虚空を見上げました。
「その、ですね……姉上」
「なに?」
「えっと、実はわたし……ちょっと精霊に好かれているみたいでして」
「? 精霊に? えっと、凄いわね?」
唐突な告白に、ちょっとぽかんとしてしまいます。
「人間好きな妖精や精霊がお菓子好きなことは有名だと思うのですが」
「・・・ええ。お伽噺なんかではよく聞くわね」
「多分、そんな感じです」
ついっと、虚空を見詰めるシスの視線がなにかを追うように動く。
「あの、姉上も……多分、精霊に好かれている? のかと……」
「へ? わたくしが? どうして?」
「えっと、姉上の近くに精霊が飛び回っていますから。その、精霊達に……姉上のお菓子を食べた理由を聞いてみますか?」
「え? そんなことできるのっ!?」
「ええ、簡易的な精霊召喚で、姉上の近くを飛び回っている精霊達を、姉上にも見えるようにしますね」
そう言うと、シスは呪文を唱えて精霊を召喚してしまった。
『よんだ~?』
『やっほ~、ろまんしす~』
『あ、ロマンシスのねぇねがこっちみたー』
ぽわっとした光の玉が、子供のような声で喋っています。
精霊召喚は、結構難しい魔術ではなかったかしら? それを、こんなあっさりと……しかも、複数の精霊召喚に成功しています。シスったら、いつの間にこんな立派になったの! そう感動していると、
『はろはろ、ロマンシスのねぇねー?』
『イェーイ、みえてる~?』
チカチカと柔らかく明滅しながら、わたくしの頭上にふよふよと浮く光の玉。
『どしたの? ろまんしす』
「ああ、その……姉上に届ける予定だったお菓子を食べた?」
『ふっ、けっこうなおあじでしたぜ!』
『おいしかったの~♡』
『ろまんしすのおかしすき~♪』
きゃっきゃと、シスの質問に頷く精霊達。
「わたくしのお菓子を勝手に食べていたのはあなた達でしたのっ!?」
『ごち~』
『ろまんしすのきょかとった~』
『いぶつこんにゅーしたおかし、たべていいっていったのー♪』
「え?」
『すいぎん、きょーちくとー♪』
『ヒソヒソ~、ほーさん~♪』
『すずらんのしる~、どくきのこ~♪』
歌うような楽しげな声とは裏腹に、わたくしの血の気が引いて行く。精霊の言っている水銀、夾竹桃、ヒ素、ホウ酸、鈴蘭、毒キノコは、全て毒。
「どうやら、今まで姉上へ届く予定だったお菓子には全て途中で毒が盛られていたみたいですね。よかった……姉上に届かなくて……」
読んでくださり、ありがとうございました。
数十年前の、まだ十代だった頃のシス君がお姉さんに振り回される話。ロマ爺の話の続きを期待していた方にはすみません。が、リッカねぇねとぽやぽや精霊達の話が書きたくなりました。(*ノω・*)テヘ
ロマ爺の姉上……リカルダ。愛称はリッカ。侯爵家長女。親しいと思っていたお友達に毒を盛られ、摂食障害と人間不信を患い掛けた。それを末弟のロマンシスに献身的な食事の介護を受け、回復。故に、重度のブラコンとなった。
一時的に摂食障害になっているので、貴族令嬢にしては食い意地が張っている。逆を言えば、食べ物が食べられることのありがたみを深く知っている。
リッカが末弟を溺愛しているので、旦那の王太子が密かにロマンシスに嫉妬していたりする。無論、ロマンシスに対する嫌がらせを許すリッカではないため、ガチギレされて泣きながら謝った。リッカは完璧王太子を尻に敷いている模様。
後編へ続きます。(*>∀<*)