ま、あれじゃ。冒険活劇譚のようなことなんぞ、日常生活でそうそう起こるワケないじゃろ。
おっす、わしロマ爺。
今日は、ジークハルト国王陛下ことわしの又甥に催促された菓子を作る準備をするのじゃ。まずは・・・浄化特化のばばあ聖女、シスター・マリッサに綺麗さっぱり浄化されたアンデッド化? しておった食材の代わりを手配じゃな。
と、思うておったら、ジークハルトからからわし宛に教皇就任祝いとして食材が届いておるらしい。小煩い若造こと、この度わしのお付きになったというクレメンスが驚いておったわい。
上質な小麦粉や砂糖、バター、新鮮な卵や牛乳などなど……うむ。この目録を見るにジークハルトめ、菓子の催促が露骨じゃのぅ。つか、これアヤツやその子らの口に入るんじゃから、わしの就任祝いにはなっとらんくね?
ま、よいがの。材料は既に倉庫に搬送済みとのこと。自分で手配する手間が省けたのじゃ。
「・・・猊下」
「なんじゃ? クレメンスよ」
「昨日は色々と衝撃的過ぎて、お聞きするのを忘れていたのですが……」
「ふむ、なんじゃ?」
「なぜ、このような場所に猊下の厨房が建てられているのですか?」
と、わしのキッチンこと厨房兼食糧庫を訝しげに眺めるクレメンス。
教会総本山の外れ。人があまり立ち入らない区域に、わしのキッチンはひっそりと佇んでおる。頑丈な石造りで、立派な煙突が聳えておるのじゃ。
「うん? 言うたじゃろ? わしの姉上が、先々代国王に嫁いでおるからの。で、姉上は王族になったからの。当然、その子らも王族じゃ。というワケで、王族の口に入る物を作るっちゅーことで六十……何年前じゃったかの? 姉上が、当時の王妃権限でこの厨房兼食糧庫を建ててくれよったんじゃよ。ま、極秘じゃったがの」
このキッチンの鍵は、今でも複製できんくらいに複雑じゃし。失くしたら、鍵か窓ぶっ壊して入るより他ないの。とは言え、扉も壁も物凄~く頑丈で、大砲の数発くらいは軽く防ぎ、窓ガラスも短銃の弾数発くらいは防げる性能と聞いとるけどの。ぶっ壊すにしても、重労働じゃな。
いざというときには、食糧が尽きるまでは籠城できそうじゃのぅ。
「そうでしたか……」
「うむ。地下には氷室も入っとるぞ」
魔術で氷を出し、定期的に取り換えれば割と長期保存ができるの。
「氷室? そのようなものがあるのでしたら、昨日の卵が腐っているという大騒ぎはされる必要がなかったのではありませんか?」
おおぅ、クレメンスがものすご~く顔を顰めよる。
「じゃから、言うたじゃろ? 教皇選定の儀の後、普通に菓子を作るつもりで、卵を数十個程厨房の方に出して置いたんじゃって。それから、ここに来る暇なんぞ昨日まで皆無じゃろ」
封印されし常温のキッチンの中。数週間もの間放置された数十個もの生卵。
「卵を、数十個……ですか」
「うむ。誰がどう考えたところで、恐ろしい悲劇の予感しかしないじゃろっ!? 戦慄もんじゃろっ!?」
「悲劇……? ある種、喜劇のような気もしますけれど」
「シスター・マリッサも言うとったじゃろうが。卵の量によっては死人が出る、と。密閉空間に漂う腐敗臭と硫黄ガス。厨房に入った者は、下手すると一呼吸で死に至る可能性もあったんじゃぞ」
死因が大量の腐った卵からの腐敗ガスとか、不憫過ぎるじゃろ。更には、それでご臨終とかなったら、遺体を回収しようとした者まで二次、三次被害が起きて――――腐った卵塗れの可哀想過ぎる人が増えたら目も当てられんわ。
それに、死後も尚、「アイツ、腐った卵塗れで死んでめっちゃ臭かったぜ」なんて言われてみい? 死んでも死に切れんわい。
「それは……確かに、悲劇かもしれませんね。失礼致しました」
「それで、お主はどうするんじゃ?」
「どう、とは?」
「うん? わし、今から菓子作りするんじゃが、クレメンス。お主はその間どうするんじゃ?」
「……猊下のお世話がわたしの役目ですので、お供するつもりです」
「言うておくが、菓子の催促をしておるのは、わしの又甥とは言え、この国の国王ジークハルトじゃ。なんらかの不審物が紛れておった場合、またはジークハルトに届くまでに異物や毒物が混入した場合。普通に処刑されるからの。その覚悟はあるのかの?」
王族となった姉上に最初に手作りの菓子を差し入れをする際、わしも問われたもんじゃ。
王族となった姉上が害される要因となった場合。毒物が途中で混入されようと、制作者も必ず責任を問われる。
そして、わしはその当時にはもう出家しておったからの。実家の侯爵家から籍も抜いてあった故、教会所属の一平民として処刑されるものと思え……と。
王宮からの使者にそう厳しく言われたものじゃ。
ま、王族は常に暗殺に気を配らねばならんからのぅ。つか、わしかなり教会暮らしに馴染んでおったというに。外側から見ると、姉上が王太子妃になったせいで出家させられた元家族、という風に見られておったらしいからの。
王太子妃になった姉上に恨みを持ち、害そうと狙っている……という風に怪しまれておったらしい。全くの見当違いじゃったがの。
後でそれを知った姉上は、当時の王太子である旦那にめちゃくちゃキレ散らかしたらしいがの。「王太子殿下には確り話を付けたので、ロマンシス。あなたはなにも気にしなくていいのよ。今まで通り、わたくしにお菓子を持って来てちょうだい」という伝言が来ておったの。
伝えてくれた勅使の方とか、王太子妃殿下が恐ろしかったと言うておったの。ま、姉上は幾ら淑女の皮を被っておっても、気の強いお方じゃったからのぅ。怒ると、まさしく烈火の如く激しく怒りおったのじゃ。
それで、いつの間にか……姉上のお子の先代国王達もちっこい頃からわしの菓子を食べて育っておったらしく、『おじさま、おかしおいしいのでもっとください』という習いたてのミミズののたくったような文字で菓子を催促されたときは微笑ましいと思ったものじゃ。
「教皇猊下のお世話をさせて頂くのが、わたしの役目。仮令教皇猊下が、国王陛下の暗殺を企て、毒物を混入し、捕縛されようと、猊下の身代わりとして、実行犯の汚名を着て処刑される所存です」
苦しそうな表情で、クレメンスが言いよった。
「わし、そんなこと絶対せんからのっ!?」
「そうですか。それはようございます」
「お主、ちょいちょい……というか、わしにかなり失礼なことばかり言うとらんかの?」
「いえ、現国王陛下が世の安寧に不要だと判断なされば、この間のゲスナー殿下同様に猊下が秘密裡に処理する可能性も……」
「そんなことせんと言うとろうがっ!?」
「そうですか」
なんで、ちっとばかり残念そうな顔しとるんじゃ? コヤツ、実はヤバい奴なのかの?
「お主、わしのことなんだと思っとるんじゃ。全く……」
「大聖者であらせられる、教皇猊下だと思っております。聖者や聖女は、世が乱れたときに救いの光となるべく、神が遣わせし聖なる方々。つまり、大聖者であらせられる猊下は、世を乱す悪を打倒するということですね!」
く、曇りなき眼が、きらきらと尊敬するようにわしを見ておるっ!? しかし・・・
「やー、聖者や聖女はそ~んな御大層なもんじゃないわい。清い生活送とったら、ある日偶々神聖魔術が使えるようになっとったというだけの話じゃし。ほれ、わしの他の聖者や聖女のじじばば共も、そ~んな目立つようなことな~んもしとらんかったじゃろ」
むしろ、めんどくさがりと言うても過言じゃないわい。つか、今はそんな乱世でもないしの。なのに、これだけじじばば聖人がごろごろと……わしが要職に就ける前までは悠々自適にのんびり過ごしとったし。
悪を成敗とかどうのこうの、聖人にはあんま関係無いんじゃないかの?
「周辺諸国の情勢悪化や、宗教紛争が起こることを未然に防いだではありませんか。皆様、それはそれは鬼気迫る勢いで……血を吐こうが、心臓が止まろうが、通常は奇跡に近しい蘇生魔術まであれ程に乱用し、命を削り、世の安寧のために働いていましたでしょう。大変尊敬致します」
や~、アレはあれじゃろ。周辺諸国の情勢悪化、そして所属する教会が他宗教と戦争なんぞやってみぃ? もう、老後の人生お先真っ暗じゃろ。
戦争は悲惨じゃし、食うもんも着るもんにも困るじゃろ。そんな世の中、わしみたいなか弱いよぼよぼの年寄りは生きて行けんわ。
というワケで、そういう悲惨な未来が未然に防げると判っておるなら、そりゃ必死扱いて止めるに決まっておろう。
というか・・・この口振り。
「はは~ん……さてはお主、冒険活劇の愛読者じゃな!」
「っ!? な、なっ……ど、どうしてそれをっ!?」
いつものすんとした顔を真っ赤になって慌てよるクレメンス。
「おうおう、図星かの。お主も存外可愛らしいとこがあるんじゃな。少年の心を忘れてないんじゃのぅ」
昨日いきなりアンデッドやら邪神の召喚をしたという嫌疑を掛けられたときには、『なに言うとんじゃ、コヤツ』と思うておったが。少年の心を忘れておらぬ感じじゃったか。そうかそうか。
「っ!?」
「ま、あれじゃ。冒険活劇譚のようなことなんぞ、日常生活でそうそう起こるワケないじゃろ。クレメンスよ、お主にそれ程の覚悟があるなれば、厨房への立ち入りを許可しようではないか。とりあえず、エプロンと三角巾、手洗いを忘れんようにの」
「……はい」
なんぞ、いきなり萎びたように元気無い返事じゃの。
「なにげに菓子作りは肉体労働じゃからの。覚悟が決まっておるなら、手伝ってくれてもよいぞ。見ておるだけでもよいがの」
「肉体労働、ですか」
「そうじゃよ。なんせ、わしの作る量、業者並みじゃからの」
お菓子配りおじいちゃんという評判は、伊達じゃないのじゃよ!
「え? ……まさか、猊下お一人で?」
「お主の他に、誰ぞ居るように見えるんかの? そもそもここ、ある意味立ち入り制限区域じゃからの」
「いえ……」
「ほれ、異物、毒物が混入すれば、厳しい取り調べの後、処刑決定な感じじゃし。他の人を巻き込むワケには行かぬからの」
それに、昔……「王太子妃殿下の口に入る物なのですから、ロマンシス殿お一人で管理してください。できないのであれば、王太子妃殿下にお断りしては如何ですか?」と。
それはそれはイヤミったらしく言われて、「おう、だったら一人でやってやらぁ!」と、売り言葉に買い言葉的に、意地で菓子を作ることにしたんだったのぅ。懐かしいわい。
あの頃のわし、熱かったのぅ・・・
「そうでしたか」
「うむ。では、行くぞ」
と、わしはクレメンスを伴い、厨房の鍵を開けて中へ入った。
「エプロンを付けたら、三角巾で確りと髪を覆うのじゃ。装着したら、手洗いじゃ」
手早くエプロンと三角巾を付け、クレメンスに指示を出しながら手を石鹸で確り洗う。
それから、菓子作りに必要な道具、材料をクレメンスに指示を出しながら取り出し――――
「……本当に、意外と重労働なのですね」
ハァハァと肩で息をしながらクレメンス。
「なに言うとんじゃ。まだ、道具と材料出しただけじゃぞ?」
まあ、金属や硝子製のデカいボウル、器の数々や鉄板、小麦粉や砂糖、バターなどなどを合計数十キロ単位とかじゃけど。普通に重労働じゃの。とは言え、菓子作りはここからが本番。
「この重たい袋から材料を取り出し、切り分け、計量するのじゃ」
もう、これだけでも一苦労よの。毎日、何十人、何百人分と作っておる菓子職人は本当に凄いのじゃ。筋肉ムッキムキになるのもわかるわい。
ボウルに粉を掬い、計りに乗せた大きいボウルの中にドバっと、されど粉が舞わぬようにそっと目安の分量を量る。砂糖を量る。バターの塊を切り分け、油紙に乗せて分量を量る。
「ふっ、これで準備完了じゃ!」
「こ、これで漸く準備……」
「そうじゃ。わし、今まで一人で菓子作りをしとったからのぅ。見られるとちと緊張するのぅ」
と、そわそわしておる気配を感じ――――魔力と意識を集中させる。
「我は呼ぶ、我が願いに応えよ精霊」
「って、いきなり精霊召喚とかなにを考えているのですか猊下っ!?」
周囲を飛び回っておる精霊の気配が一気に膨れ上がる。その渦の中心へ人差し指を掲げ、
「菓子作り手伝ってくれるもんはこの指止~まれ! 先着十名限定、菓子作り終了までの仮契約じゃ!」
声を上げると、パッと透き通った空気の中、十体の精霊の姿が凝るように現れた。
『いちばんのり~』
『わー、ロマンシスひさしぶりー』
『おかし~』
『くっ、先着十名にあぶれたっ!?』
『てつだう~』
『あ、しらないやつはっけんー』
きゃっきゃと楽しげな声や、悔しげな声が響き渡る。
『ろまんしす、こいつだれ?』
「あ~、コヤツはの、今回菓子作りを手伝ってくれるわしの友人じゃ」
『ロマンシスのおともだち?』
「そうじゃそうじゃ。いじめるでないぞ? では、早速菓子を作るかの」
『『『おー!』』』
「げ、猊下っ、これは一体っ!?」
読んでくださり、ありがとうございました。
ロマ爺の〇分クッキングっ☆は、次回へ続く。長くなったので分割です。ꉂ(ˊᗜˋ*)
ロマ爺「ま、あれじゃ。冒険活劇譚のようなことなんぞ、日常生活でそうそう起こるワケないじゃろ」(ヾノ・∀・`)
「我は呼ぶ、我が願いに応えよ精霊」( ・`д・´)
「菓子作り手伝ってくれるもんはこの指止~まれ! 先着十名限定、菓子作り終了までの仮契約じゃ!」ヾ(´∀`*)ノ
クレメンス(どの口がなにを言っているのですかっ!?)( º言º)