つまり、腐った卵はほぼアンデッドである、ということですか……一理ありますね。
おっす、わしロマ爺。
数週間振りの睡眠は……途中でちっと邪魔されてしまったが、至福じゃった。
あれから、一日半程寝ておったようじゃ。寝過ぎたのか、あちこち節々が痛むのぅ。
とは言え、発狂しそうな程の睡眠欲は解消されたのじゃ。とりあえず、自分でリジェネでも掛けておくかの。
それから、何度か中立派の小煩い若造が勝手にわしの寝姿を見に来ておったようじゃがの。「猊下が冷たくなられていないかの確認をさせて頂きました。猊下は存外寝汚い方なのですね」とか言うとったの。
失礼じゃし、なによりわしのプライバシーっ!? そして、そんなん言えるんは、あの後始末死の行軍で回復魔術バンバン使った後でも通常睡眠で平気な顔しとるもんだけじゃぞっ!! 全く……
ちなみにじゃが、わし以外の……あの死の行軍で回復魔術、蘇生魔術をバンバン使っておったじじばばは、半数がまだ寝込んどるらしいしの。
回復魔術、治癒魔術は本来繊細な魔術じゃ。特に蘇生などは、通常はあんなアホみたいにバンバン行使できるもんでないというに。魔力を消費するのは無論じゃが、生物の身体を治癒する魔術じゃからの。ある種、医者と通ずるものがある。回復魔術、治癒魔術は行使すると、相応に精神力も削られて行くのじゃ。
そして、人間が精神や気力を回復させるのに一番の方法は睡眠じゃ。嫌なことがあっても、寝てしまえばある程度気分が回復するのと同じ理論じゃの。
というのに、後始末死の行軍中はマジで寝る間も惜しんで……数週間でトータル十時間も寝てないという、過酷な状況じゃった。「心臓止めてる暇あるなら手を動かせっ!?」と、強制蘇生を施されたものじゃ。今考えるだに、恐ろしいわい。
よって、消費した魔力や消耗し捲った精神を回復するためにも、睡眠は必須というワケじゃ。
まぁ……死の行軍が過酷過ぎて、終わった後で「燃え尽きたぜ……真っ白に……」となっておる者や、無理が祟って身体を壊し気味なじじばばもおるようじゃからの。
ちっと見舞いがてら、顔でも見に行くかの。
というワケで――――わしは、意を決してキッチンへ向かうことにした。
数週間振りに訪れるキッチン・・・と言えば、それがどれ程恐ろしく、覚悟が要ることかは料理を嗜む者なれば、理解できるであろう。
わしは、これから……魔王討伐に赴く勇者のような心持ちで、キッチンへ向かうのじゃ。
考えるだに、恐ろしい。数週間もの間放置された食物の数々。
腐敗し、腐臭を放つ……直視に耐えられぬ物体というか、液体へ変貌を遂げておるやもしれぬ。虫とか湧いておったら、更に最悪じゃ。もうこれ、ほぼ魔物と言うても過言じゃないじゃろ。
卵とか、爆発しておらねばよいのじゃが……
数週間、常温で放置された卵は……パンっ!? と、発砲音にも似た音を立てて爆発するんじゃ。腐敗と硫黄臭を撒き散らし、黄身が黄色から緑色や黒、茶色的に変色し、どろどろした個体とも液体とも言えぬヤバい物体を周囲に撒き散らすという、ある種の兵器に変わりおるんじゃ……
わしゃ昔、魔獣討伐中の区域で見たんじゃ。放棄された家の中を探索しておった者が、「ラッキー、卵があるじゃねぇか」と持ち上げた瞬間、腐臭を放ちながら爆発した卵を……アレを至近距離で浴びた者が居ったのじゃ。
幸い……と言ってよいのか、わしは少し遠くから目撃し、悪臭が漂って来ただけじゃったが。
其奴は……滅茶苦茶臭くなりおったのじゃっ!! 魔獣討伐中、貴重な水を使用して風呂に入り、緑や黒っぽい色のどろどろした物体を洗い流すも、数日間は酷い悪臭が身体から落ちず、仲間から避けられ、精神に深い傷を負ってしまい……其奴はとうとう、卵が食えなくなりおったのじゃ。
それを考えると……そういう風に、ヤバい物体と成り果てた元食材を片付けなくてはいかんかと思うと、身体がガクガク震えて来おるわい。
掃除道具や洗剤を用意せねばの……いや、むしろ強力な浄化魔術をキッチンに入る前に放てば、なんかこう、瘴気を漂わせてそうなヤバい物体に成り果てた元食材がキラキラ~と浄化されたりはせんかの?
一応、腐臭……有毒ガスを浄化的な感じでの?
ふむ……これは、わし一人の手には余る重要案件じゃ。こうなったら、キッチンへ向かう前に応援を頼むしかあるまい。
「猊下、どちらへ行かれるのでしょうか?」
寝室から出ると、最近わしに小言ばかり言いよる中立派の若造が付いて来おった。
「うん? なんでお主がここに居るんじゃ?」
「……猊下がお休みになられている間に、正式に決まりました。昨日より、猊下のお付きとなりましたクレメンスと申します」
「わし、な~んも聞いとらんけど?」
「猊下はお休みでしたので。本日より、猊下のお世話をさせて頂きます」
と、なんぞ不本意という表情で頭を下げよるクレメンス。
「本来でしたら、教皇猊下のお付きとなる者はもっと多い筈なのですが……」
口を濁すが……はは~ん、わかったぞ。これは、あれじゃな? わし、穏健派であることと健康であることだけが取り柄じゃからの。きっと、すぐに別の者が新しい教皇に代わると思われておるんじゃな!
うむうむ、そうじゃろそうじゃろ。こ~んな、なんの取り柄も無い老いぼれに付いて時間割くより、新しく権力を持つ次の教皇に仕えたいんじゃろうな。
「そうかの。ま、別にいいわい。お主も、わしに付くのが不満なれば、別のところへ行ってもよいぞ」
その方が気楽じゃし。つか、わし今まで殆ど従者とか付けとらんかったし。一人のが慣れておるからの。
「そういうワケには参りません! それで、猊下はどこへ行かれるのでしょうか?」
「ぁ~……そうじゃのぅ。ちと、わし一人の手には有り余る事態が起きようとしておるのじゃ」
「猊下お一人には手に余る? それはどういうことでしょうか?」
「ま、付いて来ればわかるわい」
と、歩き出したわしの後ろから付いて来よるクレメンス。
「というワケで、わしに力を貸してほしいのじゃ」
わしは、浄化魔術に特化したばばあ……シスター・マリッサを頼ることにした。
「なにがというワケ、なのか全くわかりませんね。ロマンシス様」
浄化に特化した聖女、シスター・マリッサが老いて尚、涼やかな目許をわしに向ける。
「実はの、マリッサよ……人の手により、生命を狂わされた存在。それが、供養もされずに数週間も放置されておるのじゃ」
「成る程。アンデッド案件ですか、お話を聞かせてください」
力強く頷いてくれるシスター・マリッサ。
「助かるのじゃ」
「アンデッドですってっ!? どこに発生しているのですかっ!?」
驚きの声を上げるクレメンスを窘める。
「大きな声を出すでない。騒ぎになるじゃろうが」
「失礼しました。猊下はアンデッド発生を感知し、秘密裡に処理なさろうとしていたのですね」
「それで、アンデッドはどの辺りに発生しているのでしょうか? ロマンシス様」
「うむ……実はの、わしのキッチンじゃ」
「は? 猊下の、キッチン……? って、まさか猊下っ!? キッチンでアンデッド召喚やいかがわしい儀式でもしたんですかっ!?」
ギッと、強く非難するような視線。
「そのようなこと誰がするかの。全く、人聞きが悪いわい。そうではない。キッチンにあったのはの、卵じゃ卵」
「卵? なんの卵ですかっ!? 邪神の卵ですかっ!?」
「なんでそうなるんじゃ? 意味がわからんぞ。キッチンにあると言えば、普通に食用の鶏の卵に決まっておろうが」
「・・・猊下の方こそ、なにを仰っているのですか?」
なんじゃ、そのアホを見るような視線は。
「こないだ、国王陛下からの手紙が来とったじゃろ。それで、菓子作りをせねばと思うたんじゃが……それで、わしは大変恐ろしいことに気付いたんじゃ」
「は? 恐ろしいこと? というか、話の流れが全く理解できないのですが? わたしにもわかるように説明を願います」
「じゃから、説明しとるじゃろ? のう、シスター・マリッサよ。わしらは、ここ数週間、家に帰る暇も無く、仮眠室や医務室で雑魚寝しとったじゃろ」
「……ええ、そうですね。一応、男女別で部屋は分かれていたとは言え、死ぬ程の忙しさでそれどころではありませんでしたね」
「教皇選出から任命、そして怒涛の後始末……それらにかまけて、わしは重大なことを忘れておったのじゃ」
「ですから、なんだというのですか?」
「・・・わしの、教皇選出の儀の後も普通に過ごす予定でおったからの。菓子を作るつもりで・・・キッチンに卵を出しておいたのじゃっ!? それを先程思い出したのじゃっ!? どうじゃ、恐ろしいじゃろっ!?!? 戦慄もんじゃろっ!? ちょーヤバいじゃろっ!?!?」
「なんですってっ!?」
事態の深刻さに、マリッサが盛大に顔を顰める。
「・・・は? 卵? 猊下、ふざけておいでで?」
「なに言うとるんじゃっ!? なんもふざけとらんわっ!? 卵じゃぞっ!? それも、数週間常温に出しっ放しの、絶対腐っておるであろうやべぇ卵じゃぞっ!?!? わし一人の手には余りある大事件じゃっ!?」
「そうですね・・・卵の個数によっては、死人が出るかもしれません」
「マリッサ様までなにを仰っているのですかっ!?」
「知らないのですか? 卵は、腐ると硫黄ガスを発生させるのですよ? 硫黄ガスは人体に有害です。一定量以上吸い込むと、意識障害を起こしたり、下手をすると後遺症が残ったり、最悪だと死に至ります」
「い、硫黄ガスっ!?」
「じゃから、な~んもふざけとらんと言っておろうが」
「で、ですが、先程アンデッドが発生していると仰いましたよね?」
「お主、な~んも知らんのな。よいかの、腐った卵は……外からの刺激や微細な振動にも弱く、卵殻が外圧や内圧に耐え切れなくなったとき、腐敗ガスと硫黄ガスによって爆発するんじゃ」
「え? は? 爆発?」
「そうじゃ。卵殻と中身の、卵白や卵黄だったスライム状の腐敗物と硫黄ガスを辺りに撒き散らし、破裂するのじゃ」
「くっ、なんて惨い……」
マリッサが、悔しげに顔を歪める。
「……いや、卵ですよね?」
「そうじゃ。しかし、その腐った卵の破裂を至近距離で浴びると、精神に多大なるダメージを食らうんじゃ!」
人によっては、その後卵が食えんくなったりするしの。
「え~っと……はい、それはその通りでしょうが……」
「お主、まだ腐った卵の恐ろしさがわかっておらぬな。よいか、腐った卵は爆発するときに、殻も飛ぶのじゃ。殻は、鮮度が落ちるにつれ脆くなって行くがの。それでも、鋭い破片が爆発の威力で飛んで来るんじゃ。それも、腐敗した、不衛生で目茶苦茶ばっちいものじゃぞ? 下手すると、傷口に雑菌が入って、破傷風とかになるじゃろうが」
「はぁ……成る程」
「よいか、これはの……人のエゴにより、誕生することができなかった命が。それでも食糧としてさえの尊厳すらをも奪われ、長らく放置され、腐敗し、生きとし生けるものに対しての危険物に成り果ててしまったという悲劇なのじゃっ!?」
「つまり、腐った卵はほぼアンデッドである、ということですか……一理ありますね」
深刻な表情で重々しく頷くマリッサ。
「マリッサ様までなにを言っているのですかっ!?」
「わかりました。このマリッサ、生まれることなく、食糧としてすらも食べてもらえず、アンデッドと成り果てた卵を、必ずや浄化致しましょう」
「うむ。頼んだぞ。では、キッチンへ向かうぞ」
「はい」
「ところで、シスター・マリッサよ。浄化するものを、人体に有害な腐敗物と指定することは可能かの?」
「やったことはありませんが……試してみましょう」
と、浄化特化のばばあ聖女シスター・マリッサの協力を取り付けたわしは、見事腐った卵を浄化することに成功したのじゃ。
ついでに、腐った食材が綺麗サッパリ消えておった。腐敗ガスもなく、なんならキッチンのくすみとか水垢とかも消えておった。虫も湧いておらんかったっ!!
さすが、浄化特化聖女の神聖魔術、凄いのっ!! リスペクトじゃ。
そして、数週間家に帰れてなかった者達……食材がヤバいことになっていると戦々恐々しとった者の家も浄化して回った。
シスター・マリッサには、あとで菓子を進呈することで話が付いた。
さてさて、明日は菓子作りじゃのぅ。
読んでくださり、ありがとうございました。
ロマ爺とマリッサは真剣です。(((*≧艸≦)ププッ
中立派の小煩い若造……クレメンス。ロマ爺のお付きになった。某TS腐ったお姉ちゃんの側近になった人みたく、苦労人になる予感しかない。
シスター・マリッサ……浄化特化の聖女。他国出身。幼少期に治癒魔術が発現し、平民から高位貴族の養子になった。
平民だからと見下され、かと言って高度な治癒魔術を持つ美少女なマリッサを手に入れたい貴族子息達に日常的に貞操を狙われ捲り、ある日ブチ切れて「色欲の悪魔を滅せよと神が仰せです!」と言って光の槍でしつこく言い寄って来る、王位継承権の低い王子の股間を成敗。
王子のブツを光で消し炭にしたやべぇ女として裁判に掛けられたが、偶々視察中だった当時の教皇がマリッサを一目見て、「あ、聖女発見」と言ったことで、「色欲の悪魔を滅せよ」という発言が神のお告げだったということになり、教会総本山の修道院へ入れらた。
色欲の悪魔として成敗された王子(死んでないよ)や、高位貴族の毒牙に掛かって泣き寝入りした人達の家族にめっちゃ感謝されている。マリッサの出身国では現在でも、「色欲の悪魔に取り憑かれた奴は、聖女様にブツを切り落とされるよ」と不貞などが戒められている。