そりゃ、アルメリアに冤罪引っ被せて処刑してもおかしくないかー。
視点変更。
皆様、こんにちは。わたくし、ロマンシス教皇猊下のお付きをしております、クレメンスと申します。
この度、聖騎士であらせられるトマス様が……以前の、ロマンシス様の教皇就任の際の死の行軍の折り、魔獣や野盗を排した地域を巡回中。とある少女と軍馬を教会総本山へ連れ帰って来ました。
それも、少女がロマンシス様へと面会を求めているという理由で。
ロマンシス様は、教皇猊下であらせられます。故に、年端も行かぬ少女であろうとも不審な人物を近付けるワケには行かないと、トマス様をお止めしようとしたのですが……
まさか、ロマンシス様の方から少女へお顔を見せるとは。これは、後でロマンシス様へと確りとご注進しておくべき案件ですね。
それは兎も角、です。
トマス様が連れ帰った少女は、小柄で痩せ気味。服装も、大分軽装……というか、町娘が着るようなワンピース姿です。
このような少女が軍馬と共に行動をしていたなど、怪し過ぎるにも程があります。だというのに、猊下もトマス様も少女へ警戒を見せることなく、なんでしたら先に食事をさせろと仰ったのです。
少女を警戒しつつ、食堂へ案内して――――
少女は、食堂で出されたパンや普通の食事に一々感動し、きょろきょろと辺りを見回し、誰かが動く度にサッとお皿を守るような素振りを見せます。
これは……明らかに、餓えている子の行動です。
少女の言っていた、食事を目の前でぶち撒けられる、わざと踏み躙ったパンを食べさせられる、などの虐待を受けていたことに真実味を与えます。
とは言え、少女は餓えている子のような態度は見せますが、実際に食事をする所作は悪くありません。上位貴族子女のように完璧な……とまでは行きませんが、下位貴族や裕福な家の子供のようなマナーは身に付いているのです。
どこかちぐはぐな印象の少女。
更に、少女は少々不審な挙動を見せます。受け答えの合間に不自然な間が空いたり、なにもない空中へ視線をやり、偶になにかを聞いているかのように頷いたりもします。誰も、話し掛けていないというのに、です。
トマス様曰く、少女は精霊の姿が見えて、その声が聴こえるとのことですが……そして、精霊の声が聴こえる者は偶に奇行を起こすそうです。
まあ、若干……心当たりがないでもありませんが。猊下が、まさに精霊の姿が見えて、その声を聴くことができるお方ですし。猊下も偶に、あらぬ虚空を見詰めていたり、誰にも話し掛けられていないのに頷いたり、なにもないところで笑ったりすることがありますので。
その辺りの、事情を知らぬ者からすれば挙動不審な言動は、似ていますが……
などと考えていると、おそらくは本当に孤児なのであろうこと。そして、かなり過酷な環境で育ったのであろうことが次々と発覚して行きます。
少女は高位の治癒術師で……傷病を自分で癒すことができる上、なんと部位欠損も治せるとのこと。
更には、それ程の高度な治癒魔術を行使できる稀少な少女を、あろうことか……以前に住んでいた場所とやらの人間達は、魔獣退治をさせていたとのこと。
これが、幼くとも稀少な高位の治癒術師としてなら、魔獣退治に同行することも理解はできます。けれど、少女の言によると、そんなレベルではありません。
現地で支給した武具を持たせた幼い少女を魔獣相手の囮にし、前衛として使い、魔術支援もさせ、治癒係としても酷使する。絶対に、あり得ませんっ!!
どのような、非合法で外道な集団なのでしょうかっ!?
少女が……あの軍馬を奪って逃げ出したのも道理です。そのような危険極まりないことを幼子に強いる集団の中にいては、いつか殺されてしまうことでしょう。
弱い犬系魔獣の群れならば、素手で殲滅できるという恐ろしいことをサラッと言っていましたが……さすがに、それは盛っているのでしょう。
聖騎士であるトマス様が、ずっと少女から離れないのも……少女を警戒しているからなのでしょうが。って、警戒されていることがバレていましたか!
しかも、本人は気が済むまで見張ってくださいとのこと。なんでしょうか? 随分と腹が据わっていると言いますか……
そして、いきなりお代わりをしようか迷っていた食事を切り上げると、どこかへ行くそうです。トマス様も見張りとして付いて行くそうです。わたしも、参りましょう。
席を立った少女は籠に残っていたパンをハンカチに包むと、パッと浄化を掛けて、更にハンカチごとパンに結界を張って肩へ掛けていたカバンへ丁寧に仕舞いました。
結界まで使えるのですか!
というか、パンへ結界を張って守る程とは……これまで過酷であったろう少女の境遇に、憐れさを覚えずにいられません。
そんな少女は、わたしの憐れみに気付かずになぜか上機嫌で食堂を出て、人気の無い方へと歩いて行きます。建物よりも木が多い、教会総本山の外れの方へと……
「あの、どこへ向かっているのですか?」
「え? わかんない!」
「ふむ……」
キッパリとわからないと答えつつも、少女の足取りに迷いはありません。というか、この道は非常に覚えがあるのですが?
林の中、ひっそりと甘い匂いが漂って来る頑丈な建物がぽつんと一つ。
「なぜ、あなたがこの場所を知っているのですか?」
思った以上に、尖った声が出てしまいました。不憫だと同情してしまった少女へと、初見から抱いていた疑惑。子供好きとして有名なロマンシス教皇猊下への、刺客ではないか……と。
「おお、よく来たのぅ、アルメリアちゃんや」
不審感を募らせていた思いが、相好を崩した好々爺然とした声に遮られる。
『アルメリア、われらのなかまがあんないした!』
『あるめりあ、おかしこっち~』
『まだつくってるとちゅー』
『あるめりあくるって、ろまんしすにおしえた!』
『ロマンシスとわれらでつくった!』
『あ、くれめんすだ』
『クレメンス、ちっす!』
『やっほー、みえてるー?』
『よっ、とます』
『きゃー、くいしんぼうトマスがきたー!』
『おかしをかくせーっ!』
と、子供のような声を出す丸く光る玉がふよふよと猊下の頭上でキャッキャと楽しげに喋っています。
「うげっ! トマスまで来たのかのっ? 貴様にやる菓子は無いからの!」
「ふっ」
トマス様を認めた途端の嫌そうなお顔と、それを鼻で笑うトマス様。
「え? あの、猊下?」
「うん? なんじゃ? クレメンス」
「えっと、猊下はお嬢さんのお名前をご存知で?」
「うむ。先程から、精霊達がずっとお嬢さんのことをアルメリアと呼んでおったからの。というか、アルメリア嬢は、まだ名乗っておらんかったのかの?」
「あ、そう言えば……名乗ってませんね? でも、さっきからず~っとアルメリアアルメリアって呼ばれ捲ってるから、わたしの名前知ってるものだと」
猊下のお言葉に、少女……アルメリア嬢が、きょとんと首を傾げます。
「や、精霊召喚や魔術で見えるようにでもしなけりゃ、神職でも普通の人間にゃ精霊の声なんぞ全く聞こえねぇよ。ま、精霊に好かれる人間に悪人は少ないのは事実だがな?」
「へぇ……知りませんでした」
「うん? 精霊が見えて声が聴こえるのにか?」
トマス様が、怪訝そうにアルメリア嬢を見下ろします。
「ああ、えっと……わたしのいた地域が、精霊が少なくて。中位以上の精霊を……高位の魔術師達が召喚しているのは見たことがありますが、こんなに……小さい? 精霊達を見たのは、ここ数日のことです」
『えっとねー、アルメリアがいたとこ。われらすくない』
『ちゅーいいじょーのにぃにやねぇねしかいない』
『われら、あっちいってかえってきたら、ゆーしゃ!』
『ゆーしゃかっこいー!』
『あるめりあ、かぜのにぃにのおきにいりー』
『にぃににきにいられてかわいそー』
『ばっちいたべものもらってかわいそう』
『あるめりあ、ふびんなこ……』
『はらぺこー』
『アルメリア、かわいそー』
『おかしたべないとおそらかえっちゃうー』
『かわいそーなあるめりあに、おかしあげるのー』
『ろまんしすがおかしつくってるー』
『われらとつくったー』
『まだできてないけど!』
キャッキャと楽しげに、幼児のような態度で口々に話す下位精霊達。
その内容を拾うと、アルメリア嬢のいた地域には下位精霊が少ない。中位以上の精霊しかいない。そして、アルメリア嬢は風の精霊に気に入られている。ばっちい食べ物とは……靴で踏み躙られたパンなどのことでしょうか?
そして、アルメリア嬢の不憫な境遇を精霊達から聞かされた猊下が、アルメリア嬢へお菓子を食べさせてあげようと下位精霊達とお菓子を作っていた、と。アルメリア嬢が猊下の厨房へ迷わずに来れたのは、下位精霊達がアルメリア嬢をここまで案内していたから、ということなのでしょう。
『ハッ! かぜのにぃにがきた!』
『にぃにめ、なにようだ!』
「あ、ホントだ。やっほー兄貴、なんか忘れもんでもした?」
「うん? 珍しいの。さっき、去って行ったばかりであろ?」
と、下位精霊とアルメリア嬢、猊下が虚空へ視線をやってなにかへ声を掛けます。彼らの様子から、アルメリア嬢を気に入っているという風の精霊がこちらへ来ているのでしょうか?
「え? なに? 天秤がこれくれるって? え~、別に要らないんだけど」
すっと宙へ差し出した手へ、青み掛かった真珠色の美しい鱗が現れました。アルメリア嬢は虚空から現れたその鱗を、若干迷惑そうに見て言いました。
『えー? そんなこと言わずに、俺だと思って大事にしてよー』
瞬間、どこか軽薄そうな男がしました。
「うっわ! なんか喋ったしっ!?」
『イエース、俺と直で話せる貴重な鱗♡剥がしたてほやほやよ?』
「え? マジ要らん。捨てていい?」
「待つのじゃ。アルメリアちゃん、捨てるのはいかんぞ」
「え~?」
慌てて止める猊下に、不満そうなアルメリア嬢。
『あ、てんびんさまちっす!』
『きゃー! てんびんさまー!』
『はろはろ、こちらわれら、こちらわれら。アルメリアにおはなしどーぞ!』
『ははっ、さっすが俺の見込んだ聖女。下位精霊達に好かれてんなー』
「あ゛? 聖女言うなっつってんでしょっ!?」
「え?」
「ふむ……どうやら、娘っ子は野良聖女だったようだな」
うんうんと、この少々カオスな状況を頷いて見ているトマス様。
え? アルメリア嬢が、聖女ですってっ!? 思わず声に出してしまいそうになったのを、抑えました。アルメリア嬢は、聖女と称されることを厭っているようなので。
ああ、でも……言われてみれば。幼少期より高位の治癒魔術を発露し、浄化と結界も行使できたので、魔獣退治をさせられていた、ということでしょうか? 確かに、聖人、聖女の人材不足が深刻な地域はやりがちなことですね。
とは言え、幾らアルメリア嬢が孤児だとしても、話に聞く限り、聖女に対する待遇では絶対にありませんでしたが。稀少で尊い聖女を、そのように使い潰すなど、一体なにを考えていたのでしょうか? ハッキリ言って、愚かとしか言いようがありませんね!
しかし、教会の管轄でアルメリア嬢程に年若い聖女の話など、聞いたことが無いのですが? 聖女が現れたという届けを出さず、秘密裡にアルメリア嬢を酷使していたということでしょうか?
『えー、そんな怒らんでもー』
「うっさい! 捨てるぞ!」
『だからー、捨てないでってばー。もー仕方ないなぁ』
やれやれとでも言いたげな声がすると、アルメリア嬢の手の平に乗せられた鱗がポンっと音を立てて小さなドラゴンへと変身した。
「ふっ、これで捨てられてもアルメリアの許に戻って来れるぜ!」
ふふんと胸を張って、アルメリア嬢を見上げる小さなドラゴン。
「ま、稼働時間が短くなるがしょうがない。捨てられるよかマシだ。あ、この俺を捨ててもまた風のに新しい鱗届けさせるからな? 諦めろ、アルメリア」
手の平から動いてアルメリア嬢の腕を登り、よじよじとその頭へ上がってぽんぽんと叩く小さなドラゴン。
「チッ……風の兄貴め、わたしを裏切りやがったな!」
舌打ちをしながら凶悪な目付きで虚空を睨むアルメリア嬢。おそらく、その視線の先に風の精霊がいるのでしょう。元戦災孤児とのことなので、多少仕方ない部分があるにしても……アルメリア嬢は、聖女にしては口が悪いように感じますね。
「アルメリア。さっき、そこの聖者のじいさんと話が付いた。アルメリアが、国に戻りたくないのはわかった。で、聖者のじいさん達……っつーか、教会へ頼むことにした」
小さなドラゴンは、アルメリア嬢の頭上でロマンシス猊下へ視線を向ける。
「え? えっと、その……おじいちゃん、いいの?」
先程とは打って変わって、どこか不安そうな表情で猊下を見上げるアルメリア嬢。
「うむ。まあ、教会と神殿は現状反目し合っていると言うても過言ではないがの。スタンピードが起こると判っておって、無辜の民が犠牲になるのを見てはおれぬでの。大丈夫じゃよ。これまで、よう耐えてがんばって来たのぅ。アルメリアちゃんは偉いぞ」
にこにこと、安心させるような声音でロマンシス様はアルメリア嬢の肩へ手を置かれました。
そう、だったのですね……アルメリア嬢は、教会に認定された聖女ではなく、神殿に認定された聖女でしたか。
「っ!?」
『あるめりあ、いいこー♪』
『ふっ、あるめりあをなでなでしてやろう!』
『アルメリア、タッチー』
『よしよしー、なでなでー』
下位精霊達がアルメリア嬢の周囲へ集まって、擦り寄ったり、ちょんちょんとつついているような動きを見せます。
「ま、そういうワケだから。無理にアルメリアを向こうに連れては行かないから安心しろ。とは言え、アルメリアの気が変わって、向こうへ行ってもいいと思ったら、いつでも歓迎するけどな?」
「や、それはないから」
泣きそうなのを我慢するように潤んでいたアルメリア嬢の瞳が……一瞬で、それはそれは昏い色を宿して小さなドラゴンの言葉を拒絶しました。そのような表情になる程に、嫌ということですか。
まあ、アルメリア嬢のこれまでの……酷い虐待を受けていたと思しき境遇を考えれば、国許へ帰りたくないというのは当然でしょう。
「ちなみに、スタンピードが起こるのは今から二、三年後の予測だ。無論、その間にアルメリアの気が変わる可能性も十分あるだろ?」
「や、それはない」
「手強いなー。ま、いいけど。というワケで、そこのじいさん騎士もスタンピードまで身体が動く現役だったら参加してくれ」
「ふっ、腕が鳴るぜ……」
初めてトマス様の満面の笑みを見ましたが……ニタリと、得物を前にした肉食獣のような笑顔は子供が見たら泣かれること間違いなしの、少々恐ろしげなお顔でした。
「あの、失礼ですが……神殿の管轄地域に起こる予定のスタンピードを、我が教会に治めさるということなのでしょうか? それって、大丈夫なのですか?」
「まあ、神殿と教会が仲悪いのは知ってるけど、その辺りのいざこざは俺的にどうでもいいし。スタンピードをどうにか防げればそれでいい。あとは人間に任すわ」
小さなドラゴンは、アルメリア嬢の頭上で小さな手をパタパタと振って無責任なことを言います。
「あの、それは……その、後程大問題に発展したりとかは?」
「言われてもなー? ほら? 見ての通り、俺ドラゴンだから。人間の宗教とか知らんしー」
それは、その通りではありますが……
「つか、向こうの神殿の連中。アルメリアを使い潰す気満々だからなー。ま、アルメリアは侵略された国の孤児の聖女で、新しい聖女候補が征服した側の国の貴族の娘だし。そりゃ、アルメリアに冤罪引っ被せて処刑してもおかしくないかー」
「おお、成る程。道理で神殿のクソ共はわたしに当たりが強かったワケか。そりゃ、敗戦国側の孤児が聖女なんてやってりゃ、侵略した側は政治的に面白くないもんねー。幼少期からの理不尽なあれこれや冤罪被せられる謎が、ようやく解けたわ。っつっても、絶対赦さねぇけど」
戦災孤児、敗戦国の聖女、神殿の聖女……
「って、あなたもしかして、神竜の微睡む国の聖女ですかっ!?」
「わたし聖女じゃありませんからっ!! もう辞めて来ましたのでっ!!」
「うん? まだ話してなかったのか?」
『くれめんす、いまきづいたの~?』
『クレメンスにぶ~い』
『にぶにぶ~』
『われら、しってた!』
『アルメリアのまわり、しゅくふくのけはいする!』
『ろまんしすやまりっさたちとにたけはい~』
『まりょくおいし~♪』
『ね?』
『ねー?』
驚愕するわたしに、強く否定するアルメリア嬢。首を傾げる小さなドラゴン。えっへんと言いたげにピカピカと主張する下位精霊達。
アルメリア嬢が、高位の治癒に攻撃力、浄化、結界も行使できる才能溢れる聖女なのだと気付いてなかったのは、わたしだけみたいですね……
それにしても、アルメリア嬢は政治的にかなり危険な立場だったのですね。本当に、こちらへ逃げて来て正解だったようです。
読んでくださり、ありがとうございました。
ロマ爺やアルムちゃんが、普通の人間には視認できない精霊達と話してるのを、クレメンス視点からはこう見えてるという感じの話。ぶっちゃけ、不審人物。(((*≧艸≦)ププッ
あと、アルムちゃん冤罪引っ被せから処刑までの裏事情。一応、アルムちゃんの短編書いたときから神竜の不貞寝してる場所とか、国が侵略されててーみたいな、ぼや~っとした裏設定はあったけど、あの頃には書ける技量が無かった感じですねー。ꉂ(ˊᗜˋ*)
ようやく出せたあれこれです。(*ノω・*)テヘ
下位精霊『あ、てんびんさまちっす!』( `・ω・)ノ
『きゃー! てんびんさまー!』(≧▽≦)
『はろはろ、こちらわれら、こちらわれら。アルメリアにおはなしどーぞ!』(*`・ω・)ゞ
天秤『ははっ、さっすが俺の見込んだ聖女。下位精霊達に好かれてんなー』ꉂ(ˊᗜˋ*)
アルム「あ゛? 聖女言うなっつってんでしょっ!?」( º言º)