やり方は任すから、スタンピードまでに準備整えてくれ。それじゃあ、よろしくな。
視点変更。
おっす、わしロマ爺。朝の身支度をしながら、今日はなにをするんじゃったかのぅ? と考えておったら・・・
『ロマンシス~、ふびんなこがいるの!』
『ふびんなこ、かわいそー!』
『おかしあんまりたべたことないって~!』
『ぅう、かわいそすぎっ!』
『ふびんふびんー』
『とますがひろったー』
『うまたべよーとしてたー』
『ごはん、あんまりもらえなかったってー』
『かぜのにぃにに、ばっちいたべものもらってよろこんでたー』
『あわれすぎる~!』
『にぃに、メッ! したー』
『おぉ~!』
『ちゅーいのにぃに、メッ! したゆーしゃ!』
『にぃにが、じょーかおしえたってー』
『にぃにのおともだちー?』
『のいちごあげたー』
『よろこんでたー』
『おはなあげたー。みつおいしいってー』
『あるめりあってー』
『てんびんさまがよんでたー』
『カビたぱん、ごはんってー』
『にぃに、メッ! する~』
『カビカビたべたら、ひとのこぽんぽんいたいいたいするー』
『かわいそう……』
『ロマンシス、おかしあげてー』
『ふびんなこにたべさせてあげてー』
『はらぺこなの~』
『はらぺこかわいそー』
『はらぺこのこ~』
『タッチした!』
『のいちごじゃたりなそーなのー』
『ヒトのこ、おかしたべれないとおそらにかえっちゃう……』
『おかしあげて~』
『おかしちょーだい♪』
『おかしー』
『おかしたべる~♪』
光る丸い玉……菓子作りをするときお馴染みの、多くの下位精霊達が一気にわしの部屋へ飛び込んで来て口々に訴える。
各々が好きに喋っているため、少々内容がわかり難いが……
どうやら、トマスが幼子を拾ったようじゃの。
下位精霊が可哀想、憐れと言って心配する程の扱いを受けておった子ということじゃろうな。精霊達曰く、あまり食事を与えられずにカビたパンを食べるような食生活だったということかの?
確かに、憐れな……よし、とりあえずは腹を空かせた幼子へ栄養満点な食事を用意させるとするかの。孤児院を管理するシスターのばばあにも連絡をしておくかの。
そうやってあれこれしていると、
「聖騎士のトマス様が、巡回から戻られたのですが。一人で巡回へ出掛けられたというのに、軍馬が一頭と人一人が増えているそうです。馬は厩舎へ預けられたとのことですが、色々と不穏といいますか……」
クレメンスが浮かない顔をしてやって来た。その後ろをノシノシと歩くのはトマス。
相変わらず、無愛想な顔じゃのぅ……と思うておったら、
「シスに会いたいってぇ娘っ子がいる。会わせてやってくれ」
と、あちこちを物珍しそうにきょろきょろ見回すお嬢ちゃんを連れておる。デカいトマスの後ろにおったせいか、小柄な嬢ちゃんが見えておらんかったわい。
「トマス様、未成年者の誘拐は犯罪ですよ?」
「誰が誘拐犯かよ。この娘っ子は、孤児だ。で、腹ぁ空かして軍馬食おうと追っ掛けてたから保護したんだよ。保護だ保護」
ケッ、とでも言いたそうに目を眇めてクレメンスを見下ろすトマス。
「……軍馬を食べようと追い掛けていた孤児、ですか? しかも、未成年の少女のようですね。厄介事の予感しかしませんが……ちなみに、軍馬はどこの所属でしょうか?」
「あ、軍馬君はわたしのものです。ここ数日、この辺りで狩猟しようとしても動物が見当たらなくて。いざとなったら、軍馬君潰して食べるしかないかなぁ? って、じっと見てたら逃げられちゃって。『肉待て!』って追い掛けてたら、トムさんに拾われました」
と、キリっとした表情で存外確りした受け答えをする嬢ちゃん。精霊達の言から、もっと幼い子を想像しておったんじゃが。実はそんなに幼くはないやもしれぬな。
「失礼ですが、お嬢さん。その軍馬を、どこで手に入れましたか?」
『神竜の微睡む地で聖女を解任させられたから、その慰謝料代わりってやつー?』
と、下位精霊達とは違う軽やかな男のような声が言う。
なんと! 他国の聖女であったか!
『やあ、じいさんがこっちの聖者か』
お嬢ちゃんの背後からひょっこり現れたのは、大分小さなサイズのドラゴンじゃった。通常であれば、卵から孵化したばかりの赤子ドラゴンと言うたところじゃのぅ。しかし、赤子のドラゴンがこのようにハッキリと人語を話すのは見たことがない。
それになにより、クレメンスには見えておらぬ。つまり、この小さなドラゴン殿は通常の……実体のあるドラゴンではないということじゃな。
『おっす、ロマンシス! 天秤さまがお前らに話があるってよ。まずは、欠食娘にメシ食わしてやってくれ。チビ達が道中、そこらの野苺やら花の蜜やらやってたが、人間には足りんだろ』
カラリと笑うのは、風の中位精霊。
「ま、そうじゃの。とりあえず、お嬢さんや。温かい食事でも食べて落ち着かれるがよかろう」
「わぁ! ごはんくれるんですかっ!? ありがとうございます!」
と、輝かんばかりの笑顔を見せるお嬢ちゃん。
「猊下!」
「お嬢さんや、ここへ来る前に普通の食事をしたのはいつじゃったかの?」
安心させるように、にこやかに問い掛ける。
「え~っと? 普通のごはん……は、半月くらい? 食べてない。お金持ってないからずっと野宿だったし。適当に狩りしたり、食べれる草とか採ってたべてました」
「そうかそうか、苦労したんじゃな……温かい食事を用意してあるから、ゆっくり食べて来るといい」
「え? 温かいごはんくれるのっ!? わぁ! 温かい普通のごはんとか、何年振りだろ?」
まさかの年単位で普通の食事を食べられていなかったとはっ!? 下位精霊達の言うておった通り、ほんに不憫な子じゃのぅ……
「はい! 質問です!」
「うん? なんじゃ?」
「美味しそうなごはんを目の前に置いて、わたしの分だけわざと床に零したりとかしませんかっ?」
「っ!? そ、そんなことするはず無いでしょう!」
お嬢ちゃんの質問に、ぎょっとした顔で答えるクレメンス。
「わざと落としたパンを踏み躙って、靴跡の付いたパンを食べろと強要したりとかは?」
「そんなことしませんからっ!? というか……はぁ、大体の事情は察しました。あなたは、もしかしなくても虐待されていたのですね。ああ、返事は結構です。とりあえず、猊下の仰る通り。まずは温かい食事を食べましょうか。案内します」
続いての質問にも驚きと溜め息を零し、同情を宿した目でお嬢ちゃんを見て案内役を買って出るクレメンス。
「食堂はこちらです。付いて来てください」
「はーい」
「よし、俺もメシにするか」
と、お嬢ちゃんとトマスがクレメンスに付いて行くと……
『うっわ……そりゃ、アルメリアが国に戻りたくないって言うワケか……』
小さいドラゴン殿が、それはそれは気の毒そうな声を出す。
『はっはっは、俺が教えてやった浄化が役立ち捲りだな!』
『やー、幾ら浄化したとしても、靴で踏み躙られたパンは食いたくなくね?』
『っつってもなー。アイツ、侵略された国の孤児だし。聖女にしては、めっちゃ待遇悪かったぞ? ほぼほぼ奴隷レベルっつっても過言じゃねぇくらいの扱いだぜ?』
どうやら、あのお嬢ちゃんはこの風の精霊が大分気に掛けておる子のようじゃな。
「ふむ……あのお嬢さんの保護をわしへ頼まれるということでしょうか?」
『ああ、違う違う』
と、小さいドラゴン殿は小さい手をパタパタと振る。
『じいさんは知ってるだろうが、二十年程前に神竜が微睡む国が侵略されただろ?』
「ええ、当時は他の国まで侵略されるのではないかと、国際情勢がピリピリしておりましたからな」
『あそこ、力加減間違えて大陸砕いた審判の竜が、神様に怒られた後に不貞寝してる土地でさ? 実は、ストレス発散で度々発生するスタンピードを蹴散らしてたんだよね』
「はい?」
『で、更に後から来た人間が集落作って住み付き始めてさ? スタンピード蹴散らすついでに人間まで壊滅させたら、神様にまた怒られるからって、そこにいた魔力量の一番多かった人間と契約を交わした。スタンピードを蹴散らしたら、それ以上暴れず、人間の集落を傷付けずに不貞寝を続けるという感じの盟約だったかな? まあ、俺は奴本人じゃないから細かい契約は知らんけど』
「はぁ……」
なにやら、話が大分大きくなって来おったわい。
『だけど、以前の王族の血筋は、前の侵略で途絶えた』
「成る程。審判竜様からすると、盟約は人間側から一方的に破棄されたと捉えられた、ということでしょうか?」
『いや? アイツ自身は、そんなこと気にするような細かい奴じゃない。というか、めっちゃ大雑把だから余計に問題というか……』
やれやれとでも言いたげに、盛大に落ちる溜め息。
「どういう意味でしょうか? ドラゴン殿」
『ぶっちゃけ、あの野郎は力加減馬鹿のポンコツだから……盟約が破棄された状態だと、軽くスタンピード払うつもりで、あの周辺を焦土に変え兼ねない。寝惚けてるなら、余計にだ』
「っ!?」
『一応、アルメリアは盟約を交わした王族の血を、大分うっすらと引いている。あのポンコツと、契約の継続を交わす権利と、それだけの魔力量を持つ人間は現状アルメリアしかいない。他の人間も、資格自体を有する者はいるにはいるが……おそらく、契約を交わした時点で魔力枯渇を起こして死ぬ』
「アルメリア嬢と審判竜様の契約に尽力せよ、ということでしょうか?」
『はっはっは、欠食娘は向こうの国に戻りたくないそうだぜ!』
笑いながら口を挟む風の精霊。
『まあ、聖女なのに待遇悪過ぎだし。それになにより、あのまま向こうにいても、使い潰された挙げ句に冤罪被せられて処刑される未来を視たら、そりゃ国捨てるわなー。死にそうになったら手ぇ出すんじゃなくて、もう少し……風のくらいにアルメリアのことを気に掛けとくんだったわー』
『ま、俺らと短命種じゃあ時間の間隔が違うからな。仕方ねぇぜ! というワケで、ロマンシス。欠食娘が憐れだから、魔獣退治をお前らに頼むんだとよ』
「はい?」
『ぶっちゃけ俺は、審判竜……あの馬鹿兄弟が起きるのを阻止できれば人間の国がどうなろうと知ったことではないんだよ。あのポンコツが下手に動くと、世界があちこち壊されるからな。まだ、砕けた大陸近辺の修復が終わってないってのに、他の仕事増やされて堪るか!』
『はっはっは、なにげに浄化が面倒なんだよなー。瘴気混じりの火山灰と火山ガスを、世界へ循環させずに限られた空間内で停滞させての浄化がなー』
『いや、お前ちょくちょく抜けて遊びに出てるじゃねぇかよ』
『ふっ、手伝いは任意のはずだ!』
ドラゴン殿と風の精霊の内輪の話が壮大過ぎて、ちと口を挟み難いのぅ。
というか、この口振りだとこのドラゴン殿は審判竜のご兄弟で、どうやら世界の修復を担うお方のようじゃの。これまた、ド偉い方のお出ましじゃ!
「質問なのですが」
『ん? なんだ?』
「その、神竜の微睡む地にスタンピードが起きる。そして、教会の我らへと彼の地の魔獣対策を頼む、ということで合っているでしょうか?」
『そうそう。あのポンコツが目ぇ覚ます前に、魔獣を払ってやってほしい。飲み込みが早くて助かるわー。アルメリアなんか、国を出てからず~っと俺の声無視するしさ? さっき、やっと話聞いてくれるようになったんだよ』
『ま、国戻れって言われて即行断ってたもんなー。欠食娘だから仕方ねーけど』
「それで、肝心のスタンピードは、いつ頃起こるのでしょうか?」
『ああ、多分……今から二、三年後くらい?』
「二、三年後、ですか……」
『おー、割とすぐだなー』
『そうそう。ほら? 人間って、戦するのに準備が必要だろ? 教会と神殿って仲悪いしさ? やり方は任すから、スタンピードまでに準備整えてくれ。それじゃあ、よろしくな』
『気が向いたら俺も加勢するわ』
「は、はあ……」
『やー、肩の荷下りたわー』
と、言うだけ言ってドラゴン殿はすっと空気に溶けるように消えてしもうた。
「ハッ! アルメリア嬢はどうすれば宜しいのですかっ!? ドラゴン殿!」
『ぁ~……欠食娘の好きにさせたらどうだ? 確か、欠食娘はああ見えても人間で言うところの成人? くらいは生きてるはずだぜ』
「それは本当かのっ!? アルメリア嬢は、多めに見積もっても十代前半にしか見えないんじゃがのっ!?」
あの小柄で、痩せ気味のアルメリア嬢ちゃんが成人間近となっ!?
『そりゃ、欠食娘だからだな! あと、アレだろ? 魔力多い人間は、成長遅かったりすんだろ? そうじゃなかったら、エルフとかの血でも引いてんじゃねぇか?』
「成る程。そうであれば……いや、しかし、やはりアルメリア嬢ちゃんが小さいのは虐待が原因ということになるのかのぅ……」
下位精霊達が、あれ程に心配して菓子を食べさせようとするワケじゃ。神殿は、聖女であると認めた子に一体どのような扱いをしておったんじゃっ!? 全く……
『じゃ、またなロマンシス』
と、風の精霊もあっさりと去って行きおった。
それにしても、二、三年後に神竜の微睡む地でスタンピードとは……あそこは、教会は少なく神殿が多い地。そして、教会と神殿は対立とは行かぬでも、割と反目し合っておるからのぅ。
スタンピードをどうにかするとの返事をしたばかりというに、途端に面倒な気がして来おった。
わし、さっさと教皇を引退して老後を悠々自適に暮らす予定じゃったというに……って、ハッ!! も、もしかしてわし、神竜の微睡む地のスタンピードをどうにかするまで教皇の引退できないのかのっ!?
な、なんてことじゃっ!? わしの老後が、また遠のいてしまいよったのじゃ・・・
はぁ……とりあえず、このブルーな気持ちをどうにかするため、アルメリア嬢ちゃんに菓子でも作るとするかのぅ。
読んでくださり、ありがとうございました。
下位精霊達は、統率個体(いつものちょっと賢い子)がいないとあんな感じ。各々が言いたいことやりたいことやって全然まとまりがない。ꉂ(ˊᗜˋ*)
ロマ爺「ハッ!! も、もしかしてわし、神竜の微睡む地のスタンピードをどうにかするまで教皇の引退できないのかのっ!?」( º言º; )"
「な、なんてことじゃっ!? わしの老後が、また遠のいてしまいよったのじゃ・・・」…( っ゜、。)っ
とりあえず、スタンピード解決するまでロマ爺の教皇任期が数年延びた。(*`艸´)