兄弟と盟約交わさない? あの近辺の周辺諸国、万単位での人命救助だと思ってさ?
『折角、あ~んなことにならないように! って、俺が最悪の未来視せてあげて、栄養失調治してあげたのに。聖女ちゃんさっさと国出てくんだもんなー』
と、なんぞまた新しい……チャラい男のような声がした!
『お、天秤さまじゃん』
『よ、風の。ちょっと、じいさん騎士から聖女ちゃんの声遮断してくれない?』
ふわりと、空から舞い降りたのはなぜかキリっとした顔の小さいドラゴン。両手で抱えられそうとか、なんかちょっと可愛いサイズだ。
『おう、いいぜ』
くるんと、風の兄貴が人差し指を回すと薄~く兄貴の魔力がわたしの周囲を取り囲む。
『きゃー! てんびんさまー! ほんものーっ!?』
くるくると、ミニドラゴンの周りを光る丸い玉が回る。
『はーい、この俺は鱗の切れっ端で本物の端末でーす。天秤でも調整係でも、調律師でも好きに呼んじゃって。もー、聖女ちゃん酷くない? 俺、向こうの国出た辺りからず~っと話し掛けてんのに無視するとかさー? しょうがないから、端末直に飛ばしたしー?』
つーんと無視する。だって、わたしはもう聖女じゃないしー?
『ちょっとちょっと~、微精霊達の声が聴こえて俺の声聴こえないワケないよねー? もしもーし、聖女ちゃ~ん? 聖女のアルムちゃ~ん? 国戻ってくれたりしないー?』
「は? 嫌だし」
『え~? マジで? 最悪を視たら、それを回避するよう上手く動けばいいじゃん。微力ながら、俺も手ぇ貸すからさー? ね? 聖女ちゃん』
にっこりと微笑む顔が、やたら胡散臭い。
「絶対、厭。あと、聖女って呼ぶな」
『んじゃ、アルムちゃん? それとも、アルメリア?』
「ん? アルメリア?」
『あれ? 知らない? 君、本名はアルメリア。神竜が微睡む国が侵略されちゃって、もう家は無いけど。君、実は貴族だよ。もしかして……名前を隠してたワケじゃなくて、ちゃんと憶えてなかったのか……』
「は?」
『あそこ、俺のポンコツ兄弟が不貞寝中でさー。んで、その絶賛不貞寝真っ最中に、どこぞから追い立てられた人間達が集まって集落ができてー。やがて国になったワケよ。で、最初の国王が兄弟と盟約交わしてー。魔獣のスタンピードが起こったら、助けるってやつ』
ポンコツ兄弟など、ちょっと気になる単語はあるけど……その昔。行く当ての無い人間達が、方々から魔獣の多い土地に追い立てられた。しかし、そこは度々魔物が氾濫し、暴走するような過酷な土地だった。それでも、他に行く場所の無い人間達は被害に遭い、嘆きながらも暮らし続けた。
すると、天から竜の声がした。『我と盟約を交わせば、魔物の氾濫を払ってやろう。小さきもの達よ。代わりに、我が眠りを妨げるな』と。それで、竜と盟約を交わした者が初代国王となってその地を治めることになった。魔物が氾濫して暴走すると、竜は約束通りに魔物を払った。その地はやがて、神竜の微睡む地と称されるようになった。
……というのが、わたしのいた地方に伝わる神話だ。
まあ、チャラミニドラゴンが言う通り、二十年程前に侵略を受けて、以前に治めていた王族は滅びて国の名前も変わったみたい。わたしが生まれる少し前みたいだから、あんまり詳しくはわからないけど。
でも竜は、魔物からは助けてくれたが、人間の侵略からは守ってくれなかったらしい。まあ、払うのは魔獣のスタンピードという盟約だったなら仕方ないのかな?
つか、チャラミニドラゴンの、その兄弟という口振りからして……
『で、だ。そろそろ起きそうなんだよねー。魔獣のスタンピード』
「え?」
『でもさー。交わした盟約が、以前の王族の血統があの地を治める限り、だったワケよ。だから、もう兄弟はあの土地のスタンピードを払わない。と、なると……あのポンコツに任せ切りだったから、碌なスタンピード対策はしてない。というか、あの国を侵略して新しく治めている連中は盟約のことを知らないで、神竜がなんとかすると、本気で思っている』
「ぁ~……」
『ああ、やっぱり? 思い当たる節があるんだ? アルメリアは』
そりゃあ……毎度毎度、魔獣退治に駆り出されてればなぁ。一応? 提起はしてみた。聖女一人に頼り切りはどうなのか? と。つか、ぶっちゃけ労働環境が過酷過ぎて、雑魚い魔獣くらい騎士団鍛えて倒せや! って、内心めっちゃ思ってた。
でも多分、わたしの提起は握り潰されてたんじゃないかなぁ。だって、孤児のわたし一人を戦わせてた方が楽だから。わたしが小さかった頃は、守ってくれたり、一緒に戦ってくれる騎士の人はいたけど……そういう、優しくて正義感の強い人程、引退が早かった。
そして段々、前に行く騎士が減り、やがてわたしの背中ばかりを守ってくれる人だらけになって行った。
「最前線で女の子一人を盾にして、その背後を守る騎士団ってどうなん?」
聖女が切り込み隊長兼、タンク兼、アタッカー兼、治癒係ってヤバくね? あれ? 最近の騎士団の人達って、なにしてたっけ? えっと? ほぼ瀕死……放っておいても数分くらいで死ぬ魔獣にトドメを刺すとか? 現地に着くまでの道案内とか護衛? 魔獣素材を剥ぎ取ったりとか?
『うっわ、こんな欠食娘盾にするとかクソ共だなー』
「ハッ! 食糧調達係! ごはん大事! 騎士団の人達は神殿のクソ共に比べて、ちゃんとごはんくれたし!」
『ふびんなこ……おたべ』
『のいちごあげるー』
『いま、そこでひろってきたの。じょーかしておたべー?』
と、丸い光が集まってぽとぽととわたしの手の平に野苺を一個ずつ落とす。
「わぁ! ありがとう♪」
なんていい子達! サッと浄化してぱくりと口に入れる。うん、ちょっと酸っぱいけど食べれる。虫なんて言ってごめん、丸い玉達!
『うっわ、食い意地張ったチビ共が食い物を自発的に分けてやるとか……相当だな』
『ひとのこ、いっぱいたべないとおおきくなれない』
『とくに、にんげんのこはよわい』
『たべれないこ、ちいさいままおそらにかえっちゃう……』
『まあ、それには同意するぜ』
『はいはい、今ちょ~っと俺がアルメリアと大事なお話してるから。話戻すねー?』
『『『は~い!』』』
『おお、すまんすまん』
「ぇ~……」
『で、アルメリアが貴族だって言っただろ? 一応、傍系も傍系の下位貴族ではあるが、薄~く例の王族の血を引いている』
「は?」
『つまり、アルメリアはあのポンコツ兄弟と盟約の維持や継続を交わす権利を有してる』
「・・・マジかっ!?」
『マジだねー。つか、現状では、アルメリア以外にあのポンコツと契約を交わせる条件と魔力量を持っているのに当てはまる人間がいない』
『ぁ~……相手は、あの神罰竜さまだもんなぁ。下手な人間が契約しようと思ったら、一瞬で魔力枯渇起こして、干乾びて死ぬな! はっはっは!』
「は? それ、わたしも危険なやつじゃん!」
『大丈夫大丈夫、アルメリアはヒト種にしては魔力多いから。あと、魔力減ったら周囲から取り込むことできるでしょ? なんなら、足りなくなった魔力は俺が注いだげるからさー。兄弟と盟約交わさない? あの近辺の周辺諸国、万単位での人命救助だと思ってさ?』
困ったように、わたしを見詰めるチャラドラゴン。
「……だが、断る!」
『なんでっ!?』
「え? だって、契約だか盟約交わすなら一旦向こうの国戻れって言うんでしょ? わたし、自分からあの国出て来たの。戻れるワケないでしょ。第一、微睡む神竜のことを兄弟と称するあなたはなにもしないの? あなたも、神竜なんでしょ?」
『はっはっは、バレてんぞ。天秤さま』
『まあ、別に隠してるワケじゃないしー? そう、アルメリア。君が言う通り、俺も神竜だ。ちなみに、微睡む神竜と呼ばれている奴は別名、神罰竜や審判の竜と称されている』
審判の竜。それは……その昔。傲り高ぶり、神の怒りを買った国があった。不道徳を極めたその国があった地は酷く穢された。神はその地に審判のために竜を遣わして、穢れを祓うために大陸を砕いた。という神話があるなぁ……
つか、マジ?
「神話の、滅びた大陸の? 同一竜? 微睡む神竜が? 審判の竜?」
『そ。ぶっちゃけ、母なる神がブチ切れて怒りをぶつけようとした瞬間に、「あ、ヤバい世界壊れちゃう!」って大慌てで自身の渦巻く怒りを切り離したモノが、神罰という威を持った竜の形として生まれた存在。というワケでポンコツ兄弟は、めっちゃ力加減がド下手くそ。ちょ~っと一国滅ぼすつもりが、間違って大陸ごと砕くくらいにはなー』
うっわ、なんか神話の真相がなんとも言えないなっ!? つか、神様ブチ切れさせるって、その国なにやらかしたんだろ?
『更に言うと、兄弟が大陸砕いたの見て、「ヤバい世界壊れちゃう! どうにかしなきゃ!」という焦りと焦燥感と「世界を調えなきゃ!」という混沌とした感情から生まれたのが俺ねー? 故に、調律師とか調整係なワケよ』
「兄弟ってそういうことっ!?」
『そゆこと。生まれた瞬間に大陸砕けてマグマ吹き出してー。大地震や嵐、大津波に火山の大噴火、落雷などなど。ありとあらゆる天変地異が起こってる阿鼻叫喚地獄の光景真っ最中に、これなんとかして! って、言われて神様に丸投げされた苦労人でーす』
「まあ、うん……」
確かに。大陸砕けてマグマ吹き出して、ありとあらゆる天変地異とか……想像も付かない地獄絵図だろう。
『そういう特性で生まれた俺は、被害予測や調整、回復、鎮静化させるのは得意だけど。割とオールラウンダー気味なアルメリアとは違って、直接攻撃とかはあんまりなワケよ。OK?』
「まあ、なんとなく? つか、よくそんな地獄絵図をなんとかできたね?」
『あはは、ヤだなー? なんとかできてないから、大陸が砕けたんだよ? まあ? 大陸砕いてドヤ顔してるポンコツ兄弟に顔青くして? パニックになった勢いで俺を創った神がポンコツ兄弟にマジ切れして? 生後数分で色々丸投げされて、怒られてギャン泣きした兄弟と、マジ切れした神を宥めて……とかしてたら、いつの間にか大陸沈んでたわっ☆』
てへっ☆と笑うチャラドラゴン。全く笑い事じゃないけど。でも、生後数分の修羅場がこれ以上なく過酷な修羅場過ぎっ!!
うっかり力加減を間違えて大陸を砕くようなやべぇ大怪獣と、それの製作者の喧嘩? を止めて、多分世界の崩壊を救ったであろう功労者とも言える。
うん……砕けた大陸は、世界滅亡を防ぐための尊い犠牲だったんだ。多分……
『で、俺の本体は砕けた大陸周辺の修復作業を数千年単位でやってるワケだけど』
「まだ続けてんのっ!?」
『まあねー? なんつーの? ちょっと端折るけど、禁忌を犯した連中に色々と穢されてる土地だからさ。瘴気とかも浄化しなきゃだしー? 有毒な火山灰や火山ガスと混じると大抵の生物死滅するくらいヤバいからさ。ってことで、俺は動けないからポンコツ兄弟と契約してくれない?』
『欠食娘は戻りたくないっつってんだろ? 神罰竜に頼むんじゃ駄目なのか?』
と、風の兄貴が口を開く。
『風の……お前なぁ、俺の話聞いてたか? アレだ。ポンコツ兄弟は不貞寝中。つまり、寝た子を起こすな! 俺の仕事が増えるだろうが!』
クワっ! と、見開いたドラゴンの瞳が兄貴を捉える。目ぇ血走ってんなぁ……
まあ、数千年単位で後始末させられ続けてたら、そりゃうんざりもするか。以前のわたしよりも、ブラックそうだなぁ。
「えっと……でも、兄弟さん? を、起こして契約を結ばせる予定とかじゃないの?」
『え? その辺りは、寝惚けてるとこをスルッと? で、ある程度契約で力縛れば、出力調整できるかなー? って思って。一番いいのは、あのポンコツが寝たままでスタンピードをさっさと片付けて、起きない状態が続くのが最高! 俺が平和!』
『しんりゅーさま、ねんねしたままがいいなら、ろまんしすやとますに、まじゅーたいじたのむのどう?』
せっせとわたしに野苺を運んでくれてた丸い玉が言う。
『ふびんなこ、ごはんたべれないとこもどりたくないんでしょ?』
『おかしたべれないの、かわいそー』
『もっとおたべー』
と、またぽてんと野苺が手の平に落とされる。
「わぁ、ありがとう♪」
『ぁ~……まあ、なくはないか……教会と神殿、仲悪いんだけどなー。ま、人間の派閥なんてクソどうでもいいことよか、あのポンコツがやらかさないことの方が大事だな! よし、んじゃこっちの聖者に会いに行くか』
『おー、決まりだな! よかったな、欠食娘!』
と、なんだか精霊とチャラドラゴンの間で話がまとまったらしい。
とりあえず、野苺うま~♪
「そう言えば……わたし、あっちで……おチビちゃん達? みたいなぽわぽわしたの見たことないんだけど、なんで?」
『ああ、そりゃ神罰竜が不貞寝してっからだろ』
「?」
『ぷんぷんしてるけはい、こわいの~』
『ぴりぴりしてるからやだー』
『ちかよりたくない』
ぷるぷると震える丸い玉。成る程。不機嫌オーラ放ち捲ってる輩に近寄りたくないというやつか。それは仕方ない。めっちゃわかる! 理不尽な八つ当たりとか、クソ迷惑極まりないもんね!
「あ、でも、風の兄貴は偶にわたしのとこ来てたよね?」
『ふっ、チビ共みたいな弱くて雑魚い下位精霊なら兎も角、俺程の精霊になれば神罰竜の不貞寝の気配くらい、どうってこたぁないぜ!』
『おのれ、にぃにめ……じぶんがちゅーいせいれいだからって……』
『にぃにひどい! われら、ザコちがうもん! すっごくすごいちからをてにいれたばかりだもん!』
『そーだそーだ! にぃにのばーかばーか!』
と、丸い玉が酷く悔しげに明滅している。
『はっはっは!』
賑やかだなー。
『んじゃ、悪いけど。アルメリア、食事よりも教会へ向かうようじいさん騎士に言ってくれない?』
「え? は? わたしのごはんはっ!?」
『うん、悪いけど。君の食事よりもこっち優先してくれる?』
「はあぁぁっ!?!?」
『アレだぞ、欠食娘。天秤さまが会おうとしてるロマンシスは、さっきお前が食べ損ねた菓子を作った人間だぞ』
「よし、ロマンシス様へ会いに行きましょう!」
『……食べ物で釣るとチョロいのか……ま、いいけどさ……』
と、トムさんに奢ってもらう予定のごはんを断腸の気持ちで見送って、お菓子職人? のロマンシス様へ会いに行くことが決定した。
ふっふ~ん♪さっき食べ損ねたお菓子、すっごく美味しそうだったから楽しみ♪
どんな人かな? ロマンシス様。
読んでくださり、ありがとうございました。
実はアルムちゃんの名前は、『新しい聖女が~』の頃からアルメリアって決まってたけど、ようやく本名? が出せた。ꉂ(ˊᗜˋ*)
天秤『ん? 俺がアルメリアのこと色々知ってるワケ? そりゃ、アレだ。ポンコツ兄弟と契約できそうな人間は、念のため生まれたときからチェックしてるからな。俺の平和のために!』( ・`д・´)