男子なれば、誰しも一度は憧れたことがあろう! 聖剣と魔剣!
「わしのラボの鍵が壊されておって、魔剣と聖剣のみが無くなっておったのじゃっ!?」
「猊下? 聖剣と魔剣とは一体……?」
怪訝そうに口を挟むクレメンス。
「わしとシス殿が数十年もの長きに渡り、共同で作り出した剣じゃ!」
「くっ……まさか、漸く成功した矢先に盗難に遭うとはっ!」
「なんですってっ!?」
「やはり、わしのキッチンで厳重に保管しておくべきであったか……」
あそこならば、厳重な防犯対策がなされていたのじゃが……つか、あのキッチンはグレゴリーも入れんからの。普段の共同研究はグレゴリーのラボで行っていたのが仇となったか。
それにぶっちゃけ、ラボとは距離が離れておって、持ち運びするのがめんどかったのじゃ。くっ……わしが横着したばかりに、このような結果になろうとはっ!!
「聖剣と魔剣……そうお二人が断言するということは、普通の剣ではないということですよね? 一体、どのような能力が秘められている剣なのでしょうか?」
「どのような能力……と言うてものぅ。今朝方完成したばかりであったからの……」
「うむ。とりあえずは、剣の制作に膨大な魔力と高位精霊の力を借りた剣じゃからのー。まだ、精霊の魔力や気配が色濃く残っておるはず。それに、シス殿が神聖魔術の結界を剣に纏わせておったでの……シス殿。ご自分の魔力を追うことはできませぬか?」
「それじゃっ!?」
「お二人で、とんでもない武器を……それにしても、聖剣は兎も角、なぜに魔剣まで? もしかすると、魔剣の魅力に抗えず持ち去ってしまった人がいるのではありませんか? それで、猊下。グレゴリー様。聖剣と魔剣はどのような特徴をされているのでしょうか?」
と、真剣な表情で応じるクレメンス。どうやら、聖剣と魔剣の捜索に手を貸してくれるらしい。助かるわい。
「うむ。まず、聖剣は黄金色で透明な、曙光を集めたような美しい刀身をしておる」
「成る程。では、魔剣の方は?」
「魔剣はのー。凪いだ水鏡の如く、漆黒の刀身をしとるんじゃよ」
「黄金の聖剣と漆黒の魔剣、ですか……銘はありますか?」
「銘は無いが、名付けはしたのじゃ。聖剣『レイズ・クリスタル』と魔剣『ビター・スクリーム』というのじゃ」
「わかりました。完成したばかりで能力不明な聖剣と魔剣の盗難……では、今すぐ大々的に捜索を呼び掛けましょう。聖剣は兎も角、魔剣が悪しき者の手に渡るのを防がなければなりません」
「いや、大々的に捜索となれば、聖剣と魔剣の存在が外部の者にバレてしまう。それは避けるべきじゃ」
「うむ。なにせ、世界が変わる程の魅力を秘めた剣じゃ」
「それ程に危険だということでしょうか……」
「うむ。世の男子なれば、一度は聖剣や魔剣を手に取りたいと願うものであろう」
「それは……確かに」
冒険活劇の愛読者であるクレメンスが複雑そうに頷く。
「手にした男児が、聖剣と魔剣に魅せられ、暴走する危険性もある。幼子の手には余るでの。振り回すのは危険じゃ」
「もし、聖剣と魔剣に魅せられ、取り込んでしまえば・・・取り返しの付かぬことになる」
「っ!? それは避けねばなるまい。特に、魔剣は……子供にはまだ早いのじゃ!」
「そうじゃ……それに、あれだけの質量じゃ。健康を害する可能性もある」
「それ程危険な物をよく作りましたね……」
わしとグレゴリーの真剣なやり取りに、顔を顰めるクレメンス。
「仕方あるまい。世の男子の夢じゃ」
「うむ。それで、シス殿。魔力は追跡できそうかの?」
精霊の強い気配と、わしの魔力を感じ取る。
「・・・これは! 聖剣と魔剣は、同じ場所にある。というか、誰ぞが抱えて移動しておるようじゃ。教会の敷地内の、林の方角へ向かっておる!」
「林を抜け、教会から出るつもりでしょうか?」
「厭な予感がするのぅ・・・というワケで、グレゴリーよ。わしは急ぐ故、其方もなるべく早く来るのじゃぞ」
「まさか、シス殿、アレをするつもりかっ!?」
ハッとするグレゴリーへ、
「ふっ、背に腹は代えられぬ。わしが寝込んでも、暫くは大丈夫じゃろうて」
ニヒルで強がりな笑みを浮かべ、わしは残りの全魔力を集中させ……
「では、行って来るのじゃ!」
身体強化を施し、風になったのじゃ。
「猊下っ!?」
八十九歳の老人の、身体強化での全力疾走。後を考えると、筋肉痛やら肉体へのダメージが恐ろしいわいっ!!
「お、お待ちください猊下~っ!?」
息を切らせるクレメンスの気配を背後に感じ、林の方へ向かって走る。
「ロマおじいちゃん、どこいくの~?」
「おい、じーちゃん! ジジイのクセにそんな走って大丈夫なのかよ!」
「わ~! おじいちゃんはや~い!」
「猊下ー、無理はされませぬようにーっ!」
などという声が聞こえて来るが、応える余裕は一切ない。
肺がゼヒューゼヒューという、若干ヤバめな呼吸音を上げるのを堪えて宥め、必死に聖剣と魔剣を追って走る。すると――――
「へっ、シスのケチ野郎と薬臭いグレゴリーがこそこそしていると思や、聖剣と魔剣だと? この俺を差し置いて、楽しそうなことしやがって……この俺が、試し斬りをしてやろうじゃないか」
悪態を吐く低い嗄れ声が、なぜだかハッキリと聞き取れた。
「貴様か~っ!? わしとグレゴリーの聖剣と魔剣を盗んだ痴れ者はっ!? この、卑しい蛮族騎士めっ!?」
「チッ、もう勘付きやがったかっ!? 仕方ねぇ、ぶっつけ本番だっ!? おりゃあっ!!」
「や、やめるのじゃーっ!?」
樵のトム爺こと、黒血の聖騎士の異名を持つアホアホ脳筋野郎のトマスが、黄金色の聖剣『レイズ・クリスタル』を大きく振りかぶり、木へと叩き衝けた。
瞬間、パキィィィンっ!!!! という甲高い澄んだ音を響かせ、わしの結界ごと聖剣『レイズ・クリスタル』が、砕け散りおったっ!?!?
「ああん? 聖剣っつーからもっと頑丈かと思ったが、脆いじゃねぇか。シス! お前とグレゴリーは聖剣とは名ばかりの鈍を作ったのかよっ!?」
「はああっ!? 馬鹿か貴様! 剣をいきなり木に叩き衝けおってからに! 剣は斧じゃないんだよ! 用途が全く違うだろこの馬鹿がっ!?」
「へっ、こんな細っこい木にも負ける聖剣じゃ、魔獣を斬れるか馬鹿が!」
と、聖剣を粉々に砕かれたわしが、砕いたトマスに逆ギレされるという酷い理不尽っ!?
「これじゃあ、魔剣の方もたかが知れるぜ。とんだ期待外れじゃねぇかよ!」
「うっさいわ、この脳筋がっ!? 貴様が今、木に叩き衝けて粉々に砕いたこれは、聖剣『レイズ・クリスタル』キャンディーじゃっ!?」
「は?」
「わしとグレゴリーが、数十年のときを費やし、聖剣を模して作り上げた美しいキャンディーじゃったのにっ!?」
「・・・え?」
「男子なれば、誰しも一度は憧れたことがあろう! 聖剣と魔剣! 実際の聖剣と魔剣なんぞ入手できぬし、できたとしてもちょー危険じゃろう! じゃから、わしとグレゴリーで安全に子供らと遊べる聖剣と魔剣を、キャンディーとチョコレートで作ったのじゃっ!?」
「あ? え? じゃあこれ、チョコかよっ!?」
「そうじゃ。わしとグレゴリーが、この刀身の黄金色の透明度と漆黒さを出すにどれ程苦心したと思うておるのじゃっ!? 数十年じゃぞっ!? ようやっと成功したと思うたら、貴様に聖剣を砕かれるとはなっ!? 酷い裏切りじゃトマスっ!?」
「いや、お前ら数十年もなにやってんだよ? 馬鹿か? 馬鹿なんだな?」
呆れ顔がわしを見やる。
「……ええ、本当に。聖剣と魔剣の盗難に遭ったかと大騒ぎしたと思えば、それがキャンディーとチョコレート? 本当に、呆れてものも言えませんね」
と、背後からも冷ややかな声がトマスに同意しよる。
「馬鹿とはなんじゃっ!? 失敬にも程があるぞっ!? 複数属性の高位精霊を召喚し、0,1度単位での徹底した温度管理と湿度管理に加え、結晶構造の構成を補助し、気泡が入らぬよう、形が崩れぬよう、最高の透明度を保ち、めちゃくちゃ気合を入れて作った渾身のできだったのじゃぞっ!?」
「そんな役に立たないことに血道上げてんじゃねぇぞ。アホ共が」
「はあっ!? 誰~がアホじゃ! 大体の、貴様らが一番この研究の世話んなっとるからの! チョコレートの結晶構造を水晶の結晶構造に見立て、魔術を組み込むことを考えたのはグレゴリーじゃからの! 貴様、昔からわしのリジェネや解毒を籠めた飴やチョコをバカバカ食うとったじゃろがっ!? しかも、チョコレートの温度管理で結晶構造を複数作り出すことで、複数の魔術を籠めることができる画期的な研究なんじゃぞ!」
まあ、デリケートなチョコは三十度未満……体温で直ぐに溶けてしまうから、あまり携帯には向かぬ。故に、複数の魔術を籠めたチョコの実用化は難しい。その辺りは、要改善と言うたとこじゃがの。
「くっ……世話になったのは事実だが、たかがチョコや飴だろ!」
「なんてこと言うんじゃっ!? 言うておくがの、その聖剣と魔剣は最高級品の砂糖と、カカオ九十九%のチョコレートという、とんでもない値段の材料費がキロ単位で掛かっておるのじゃぞっ!? 普通に、そこらの二流の剣など束で買えるわ!」
「はあっ!?」
驚愕の表情で砕け散った『レイズ・クリスタル』キャンディーを見下ろすトマス。
なんせ、ジークハルトがブラウニーを催促がてらに寄越した、国内……いや、世界でも随一の製菓材料をちょいと流用して作った逸品じゃ。
「貴様に損害賠償を請求するでな! 普通に金貨が何枚も吹っ飛ぶでの、楽しみに待っておれ!」
「そんなに高いのかよっ!?」
「当然じゃ。王族が外国から輸入させた最高級品の製菓材料じゃぞ! あと、『ビター・スクリーム』チョコレートは返してもらうからの!」
ふん、と鼻を鳴らし、トマスから無事じゃった魔剣『ビター・スクリーム』チョコレートを奪い返す。と、
「なんじゃー、犯人はやはりトマス殿であったかのー」
やれやれと言うような声がした。
「グレゴリーよ、すまぬ。魔剣は無事じゃったが、聖剣は・・・」
「あ~あ、仕方ないのー。つか、聖騎士のトマス殿を以てしても飴だとは見抜けぬ程、聖剣であった『レイズ・クリスタル』凄くね?」
「……ふむ。確かに。つか、むしろ聖騎士が飴と剣を間違う方が恥ずかしくないかのー?」
「飴なら普通、握ったときにべたべたするもんだろ! あと、甘い匂いとか全然してなかったぞ!」
「うん? おー、そーじゃそーじゃ。シス殿が、聖剣と魔剣の保護のために神聖結界を張っておったからのー。それでじゃね?」
「ああ、鞘代わりに剣に纏わせておったでのう。それで、アホアホトマスが握っても直ぐには溶けなかったんのかの?」
「……なんて無駄にハイレベルな技術で心血を、お菓子へ注ぎ込んでいるのでしょうか……」
と、心底疲れたような、呆れ混じりのクレメンスの呟きが落ちた。
こうして、美しい聖剣レイズ・クリスタル(べっこう飴)と麗しい魔剣ビター・スクリーム(ビターチョコレート)の盗難事件は、聖騎士が犯人。しかも、聖剣(飴)を砕くという、騎士にあるまじき脳筋トマスの蛮行で幕を閉じたのじゃった。
それからわしは、数日間筋肉痛で苦しんだ。
全身が痛く、熱を持ってマジ大変じゃった。
この年で身体強化を掛けた全力疾走なんぞ、するもんじゃないと心底実感したわ。
あと、なぜかクレメンスの視線がめっちゃ冷たかったのじゃ。酷い・・・
聖剣『レイズ・クリスタル』キャンディーは林で砕けたあと、精霊達に欠片すらも残さず、全て美味しく頂かれてしまったのじゃ。めっちゃ喜んで、食われてしもうたわい。
はぁ……本当に散々な目に遭ったのじゃ! あの卑しい脳筋トマスのせいでの!
ちなみに、魔剣『ビター・スクリーム』は無事じゃ。
まあ、チョコレートは賞味期限が長いからのぅ。それに、強度を維持するためにカカオ成分九十九%というとんでもなく苦いチョコレートじゃからの。
グレゴリーに言わせると、そこまでカカオが高濃度なチョコレートはもうほぼ薬なのだそうじゃ。口に入れると思わず、「苦っ!?」と言うてしまうことから苦悶の悲鳴と名付けたのじゃ。
とりあえずは、もっと研究して安価にすることが目標じゃの。
そして、魔剣は苦みの緩和じゃのう。砂糖を沢山入れても、強度が出るが……それはそれで健康にはあまり良くないのじゃ。難しい兼ね合いじゃのぅ。
しかーしっ、わしはこんなことくらいじゃ聖剣と魔剣を諦めないのじゃ!
いつしか、わしとグレゴリーの作った聖剣(飴)と魔剣(チョコレート)で子供達に勇者と魔王ごっこをさせてあげるのじゃ!
アホアホトマスから損害賠償として、金貨を数十枚ふんだくってやったからの。第二段の材料費はこれで確保できたのじゃ!
早速材料のお取り寄せじゃ♪
読んでくださり、ありがとうございました。
前編の、『ラボに漂う甘い匂い』と『黄金色の透明な剣』で、聖剣と魔剣の正体にピンと来ていた鋭い方がいましたが……こんな感じで、無駄にちょーハイレベルな技術と魔術とでべっこう飴とチョコレートで剣を作っていました。(*ノω・*)テヘ
チョコレートは温度管理がめっちゃシビアなので、錬金術や薬作りの得意なグレゴリーが魔剣を制作担当。
表面を鏡のようにしたのは、ザッハトルテ(濃厚なチョコケーキ)にするみたいな艶々チョコのコーティング。本場ドイツやオーストリアでは、高級なザッサトルテは真っ黒い鏡のような表面をしているそうです。
ロマ爺は精霊召喚で温度、湿度管理の補助をしつつ、べっこう飴を制作担当。
デカいべっこう飴とチョコなのに気泡やすが全く入らないよう、水と地、火の上位精霊を扱き使いました。(((*≧艸≦)ププッ
実物大の剣を模しているので、数キロの重量のべっこう飴とカカオ99%な艶々コーティングされたビターチョコ。普通に全部食おうと思ったら身体壊します。(*`艸´)
グレゴリーとロマ爺は、チョコや飴の結晶構造に魔術を仕込んだりなどの発見をしているので、実はなにげに大発明だったりします。
水晶や天然石、ガラスなどに魔術を籠めたり刻んだりすることは割とよくされていましたが、回復や治癒、解毒、解呪などの魔力を籠め、一旦取り出して使用する……よりは、食べちゃえばすぐ体内に作用するお菓子の方が魔力のロスが少なくて効率が良いという感じでしょうか。あと、食べれば効くのでめっちゃシンプルで判り易い。薬感覚で使えます。ꉂ(ˊᗜˋ*)
精霊『ああっ!? にぃにとねぇねたちのちからとロマンシスのまりょくのこもったあめ、こわしたっ!?』Σ(*゜Д゜*)
『はやいものがちー!』ε=(ノ≧▽≦)ツ
『きゃーっ!?』♪o((〃∇〃o))((o〃∇〃))o♪
『うまうま~♡』゜+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜
『ちょこれーともおいしそう……』(*´﹃`*)ジュルリ…