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聖剣と魔剣の完成に乾杯じゃ!


 おっす、わしロマ爺。


 月が満ち、魔力も満ちた夜……というか、もう既に朝方なのじゃがの。


 薬品と甘い匂いの漂うラボにて――――


「くっくっく……フッ、フハハハハハハハハハハっ!!」


 現在テンション爆上がり中じゃ!


「その笑い声は……とうとうやったのかっ!?」

「そうじゃ、グレゴリーよ! とうとう、完成したのじゃっ!? イフリートに、ゆっくりと熱を冷ましてもらえば完成じゃっ!!」


 長きに渡る研究と研鑽の成果。


 そう、ここまで来るのに随分と時間が掛かってしもうた。つい最近は、後始末死の行軍(デスマーチ)で研究が何週間も中断されたしの。


 じゃが(ようや)く、優秀な薬師であり、錬金術師でもあるグレゴリー。そして、満月と上位精霊達の力を借り、これまでに膨大な魔力を注ぎ込み、魔力回復薬をがぶ飲みし、果てなく繰り返した試行錯誤の数々を経て・・・やっと完成したのじゃっ!!


「見よ、この黄金(こがね)に輝く透き通るような美しい刀身を。まさしく、聖剣と称するに相応しい見事な神々しさじゃ!」


 気泡一つ無く、光を反射させる滑らかで美しい黄金の刀身。


「ふっ、シス殿よ。こちらも見るんじゃ。光吸い込みし、凪いだ漆黒の水鏡(みかがみ)の如く艶やかな刀身」


 波紋すら無く、漆黒の闇のようで、()れど鏡のように周囲をはっきりと映し出す艶やかな刀身。


「なんとっ!! 魔剣の方も完成したのかっ!?」

「おうよ。長年に渡る、我らが研究が実を結んだんじゃ」

「グレゴリー!」

「シス殿!」


 と、わしらは互いを讃え合い、固く握手を交わしたのじゃ。


 黄金の刀身を持つ神々しい聖剣。そして、漆黒の水鏡の如く麗しい魔剣。


 上位精霊が聖剣と魔剣の欠片を対価として、満足げな笑みを浮かべて消えて行った。わしとグレゴリーは、甘い匂いの漂うラボで乾杯の魔力回復薬を酌み交わした。


「聖剣と魔剣の完成に乾杯じゃ!」

「我らの研究の成果に!」

「うむ! ところで、銘はなんとするかの?」

「ふむ……わし、そういうの苦手じゃし。シス殿が付ければよかろ」

「よいのかの?」

「わし、ネーミングセンス無いからのー」

「で、では……僭越ながら……聖剣『レイズ・クリスタル』と魔剣『ビター・スクリーム』というのはどうじゃろうか?」


 聖剣曙光の結晶(レイズ・クリスタル)。魔剣苦悶の悲鳴(ビター・スクリーム)。我ながら、なかなかの命名だと思うんじゃが……


「まさしく、名は体を表すというやつじゃな」


 うんうんと頷いてくれるグレゴリー。どうやら気に入ってくれたようじゃな。


 早朝のラボでの出来事じゃった。


「それでの、グレゴリーよ」

「なんじゃー? シス殿」

「聖剣と魔剣が完成したのはいいのじゃが。問題は・・・鞘をどうするか、じゃ」

「確かに・・・鞘にまで気が回らんかったのー」

「うむ。この美しき刀身を(まった)き損なわぬ上、尚且つ相応しい鞘じゃ」

「至極難題じゃのー」

「うむ。下手な鞘に入れようもんなら、この美しき輝きが失われてしまうであろう」

「・・・鞘、要るか? なんだったら、ガラスケースに保管しといた方がいいんじゃね?」

「しかしのぅ……聖剣と魔剣じゃぞ? 鞘から引き抜く瞬間とか、めっちゃカッコイイとは思わぬか?」

「つーても、鞘に入れて刀身が損なわれんなら、意味なくね?」

「う~む……難しい問題じゃのぅ」

「そもそも、耐久性の問題もあるじゃろ。(ガワ)が聖剣と魔剣に見えるとして、どれ程の硬度を持っているかは不明じゃしのー。下手したら、振り回した瞬間に崩れる可能性もあるぞ」

「その辺りは、地の上位精霊と水の上位精霊、火の上位精霊に頼んで耐久性を上げてもらっておるはずじゃが……」

「言うても、実験はしとらんじゃろ。長年の研究成果であるこの二振りを、壊れるつもりで耐久性の実験をするか、新しく魔剣と聖剣を作り出すか……」

「そう、じゃな」


 この美しい二振りの聖剣と魔剣を壊すつもりで実験、か。


「くっ、わしにはできぬ! 数十年もの歳月を掛け、漸く完成したのじゃ!」

「そじゃのー。んじゃ、成功第一号の二本は保管っつーことで、新しい魔剣と聖剣を作って実験するかの。幸い、シス殿の伝手で材料は入手可能なんじゃろ?」

「伝手というてものぅ……原材料はかなりの高級品じゃからの。自前で用意するとなれば、懐が痛むわい」

「ふむ……つか、このサイズを作るんじゃなくて、もっとちっこいサイズにすればよかろ?」

「しかし、聖剣と魔剣じゃぞ?」

「耐久実験するんじゃろ? ミニサイズで十分じゃろー」

「確かに。壊れる前提であれば、ちっこいサイズでもよいかのぅ……ちと残念じゃが」

「あと、鞘もミニサイズで作ればよかろ」

「成る程の。さすが、グレゴリーじゃ」

「つーても、今日のとこはもうシス殿も魔力すっからかんじゃろ?」

「そうじゃのぅ。今日はもう、上位精霊を複数召喚したからのぅ」


 魔力回復薬を飲んだが、ミニサイズとは言えもう一度聖剣と魔剣を作るだけの魔力は無いの。


「ひとまず、魔剣と聖剣には結界でも張っとったらいいんじゃね? シス殿、あれじゃろ。どっちかっつーと回復特化気味じゃが、割となんでもこなせるオールラウンダーじゃろ」

「まあのー」


 なんつーか、若い頃は後方支援部隊とは言え、魔獣討伐激戦区によく出征させられたもんじゃ。補給部隊じゃから、あんま戦闘はしないと思うじゃろ? ところがどっこい、食糧を狙う賊やら討伐洩れの魔獣やらとの戦闘が割とあってのぅ。更には、食糧残量を気にせずバカバカ食いよる脳筋共との闘争などなど・・・回復、治癒魔術は元から使えたがの。それ以外にも攻撃魔術は無論、防御結界も自ずと必須になったんじゃ。


 しかも、上官は実家とは派閥の違う貴族のボンボン。わしも侯爵家出身じゃからあんまり人には言えんが、アレは酷かったわい。


 魔獣討伐で功績を上げたら還俗が許される、という感じのやらかし令息の禊的なやつで。なんだったら命落として来い系のクズじゃったからのぅ。んで、一回最前線まで補給しに行ったらその後ブルって教会に引き籠るとかマジどうなん?


 それに巻き込まれたわし、可哀想くね? ま、その上官がいない方が、物事がスムーズに進んだんじゃけどのぅ。


 おそらくは、姉上の件での政争。邪魔者は纏めて・・・という感じだったんじゃろうがの。嫌がらせで付けられた上官や部下は役立たず。その中から、まともな者や巻き込まれた者、有能な者、使える者、腐り掛けながらも踏み留まっていた者などを貴族平民関係無く選別し、どうにかこうにか必死で生き残って来た。


 生き残ったら生き残ったで、「最前線の蛮族騎士(アホアホ脳筋トマスなど)の横暴を止められるのはシス様しか居りません!」とか言われて、後方支援部隊の副指揮官にまで任命されて大変じゃったのぅ。そして、無能な上官に手柄を掻っ攫われる……と。


 ま、わし別に手柄欲しかったワケじゃないし。無能な上官が去ってくれるなら、それでもよかったんじゃがの。


 ちなみに、幾つか年下のグレゴリーとも最前線で出逢ったんじゃったの。平民出身の腕のいい薬師として。最初は平民出身として、割と虐げられておったのぅ。


 とは言え、グレゴリーはかなりイイ性格しとって――――


 自分を虐げたり嫌がらせをしとった奴が怪我や毒を食らったときに、「ねぇ、今からアンタ達に使う薬。僕が作ったものなんだけどさぁ。アレだよねぇ? ここ戦場だし? 気が動転して、用法容量を少しくらい間違う事故が起きてもなんら不思議じゃないよねぇ? 責任は問われないよねぇ? んー? あれー? どうしたんですかぁ? 薬は要らない? ははっ、なに言ってんです? ほらぁ、薬使わないと死んじゃいますよぉ? 死にたいんですかぁ?」と、かなりイっておる笑顔で、滅茶苦茶脅しとったからの。


 グレゴリー、かなり鬱憤が溜まっておったんじゃろうなぁ。わしも止めなんだけど。


 ちなみに、毒食らったり魔獣に噛まれたりしたときには解毒や消毒が必須じゃ。


 解毒する前に治癒や回復魔術を掛けると毒の回りが早くなり、怪我は治っても毒の後遺症が残る場合がある。体内の自己解毒作用で自浄できることもあるが、その場合は苦痛の時間が長くなる。最悪、怪我自体は治っても全身に回った毒で死ぬこともある。


 とは言え、解毒、治癒、回復と連続で魔術を使用するのは魔術師に負担となる。更に言えば、治癒や回復は得意でも解毒は苦手。またはその逆という者も居る。得意であれば問題は無いが、苦手な魔術は使うと魔力や神経を余計に消耗する。


 戦場で魔力切れや枯渇状態に陥れば死に直結する。故に、魔力節約のために薬で解毒できるならば薬で解毒をするのが先となる。


 なので、治癒や回復魔術を使えぬ薬師や錬金術師も、非常に大事な回復要員なのじゃ。そもそも、魔力回復薬を作っとるのは誰なのかっての。


 まあ、なんじゃ。そういうワケで、かなりマズい……エグいくらいに苦かったり、激辛だったりする、飲むのに非常に苦労する薬や、解毒薬だと下剤を渡されたり(体内の毒素を排出させるという意味では解毒薬なので間違いではない)して、悲惨な目に遭った輩はその後、平民出身だからと回復魔術師や薬師などを虐げることはせんようになったの。


 野営で下剤を処方って……うむ。処方されてマジで飲んだ本人は無論のこと、周囲も割と地獄じゃったし。魔術師に頭を下げて額づき、高額の報酬を払って解毒させていた者も居ったの。なんなら、泣きながら家に帰った者も居った。


 ある意味、グレゴリーは平民出身者の魔術師や薬師の地位を向上させたと言える。つか、自分の命を預けるかもしれぬ相手を虐げたり見下したりする愚か者が悪いんじゃがの。普通に馬鹿過ぎじゃろ。


 そんなことをふと思い出しながら、


「結界はあんまり得意じゃないんじゃが……範囲を絞って、最小出力でならそこそこ堅い結界イケるかのぅ……」


 意識を集中させ、魔力を練って聖剣と魔剣の刀身にピッタリと纏わせ――――


神聖結界(ディバイン・シールド)!」


 最小範囲結界を張るのに成功じゃ!


「おー、まさかの神聖魔術の結界かのー」

「ふっ、わし渾身の結界じゃ! つーても、結界特化のシスター・アガタの張る結界に比べりゃ硬度も持続時間も大したことないやつじゃけどの」

「そりゃ比べる対象が悪くね? アガタ嬢ちゃんは国内随一の結界師じゃろ」

「嬢ちゃんて、いいんかの?」

「誰も聞いとらんからのー。つか、アガタ嬢ちゃんはわしらよか年下じゃし」

「それ言うたら、わしとトマスよかみ~んな年下じゃろ」

「わしらも年食ったのー」


 ひゃひゃひゃと笑うグレゴリー。


「そうじゃのぅ」

「まさか、シス殿が教皇猊下にまで上り詰めるとはのー」

「ほっほっほ、代わってほしくばいつでも代わるぞ?」

「お断りじゃ。ほれ、わし平民じゃしー? それに教会所属とは言え、単なる一薬師兼錬金術師じゃからのー。そう言や、シス殿」

「なんじゃ?」

「もう朝じゃが、戻らんくていいんかの? あのお付きが煩い言うてんかったかの?」

「っ! そう言えば、もうすっかり朝焼けがっ!? ぁ~……もう少ししたらクレメンスが起こしに来る時間かのぅ。仕方ない。グレゴリーよ、聖剣と魔剣の保管は任せるのじゃ!」

「ほいさー。教皇猊下も大変じゃのー」

「全くじゃ。宵っ張りのお主みたく、日中は昼寝ばかりするワケにも行かぬでな」

「んじゃ、シス殿またのー」


 ひゃひゃひゃと笑いながら、ひらひらとわしに手を振るグレゴリー。


 こうして、わしは聖剣と魔剣を任せてグレゴリーのラボを後にした。


 後に、それを激しく後悔することになろうとは――――このときのわしには、知る由も無かったのじゃ。


 これより数時間後。


「シス殿っ、魔剣と聖剣が盗まれたっ!?」


 泡を食ったようにグレゴリーがわしの許へやって来て言うた。


「なんじゃとっ!? それは確かかっ!?」

「わしのラボの鍵が壊されておって、魔剣と聖剣のみが無くなっておったのじゃっ!?」


 読んでくださり、ありがとうございました。


 盗まれた聖剣と魔剣の行方は? 後編へ続きます。ꉂ(ˊᗜˋ*)


 グレゴリー……医務室の置物と称される居眠りおじいちゃん。実は凄腕の薬師兼、錬金術師。宵っ張りな薬草オタク。


 平民出身ながら、大学院の薬学科、錬金術科を主席で合格。教会の出資した奨学金返済のため、教会所属の薬師として働くも、嫌がらせ三昧を受け、魔獣討伐部隊に送られる。


 結構図太い神経をしていて、怪我や病気をした貴族出身者を脅迫して薬師や治癒、回復魔術師に逆らうことの恐ろしさを身を以て教え込んだ。


 若かりし頃のシス君に拾われてからは、嫌がらせが減ったので感謝している。


 ある種、平民出身の薬師、魔術師の地位向上に貢献したヤバいおじいちゃん。


 もしかしたら、某真っ黒な薬屋さんとどっかで親戚だったりするかもしれない。(*`艸´)

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― 新着の感想 ―
グレゴリーの話はアレですね。飛行機のパイロットが整備員を見下して苛めていたらある日機体が落ちて「あーあ」って話を思い出しました。
あれ?剣に纏わせた最小サイズの結界ってぴっちり貼り付かせてて防犯の用を為していなかった!?
甘い匂いて、鼈甲飴や黒飴みたいなオチだったりするかな? リアルに剣か?
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