個人的にロマンシス教皇猊下へご相談したいことがあるのですが、お時間宜しいでしょうか?
視点変更。
久々のロマ爺視点。
おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇。
今日は……まあ、なんだ。久々の教皇の正装をしておる。後始末死の行軍の際、直接相手方へ謝罪しに向かったとき以来の格好じゃ。
相変わらず、衣装や装飾品が重くて歩き難いし、動き難いのじゃ。
なんで正装なんぞしとるんかというと――――
「教皇ご就任、おめでとうございます。ロマンシス教皇猊下」
涼やかな笑みを浮かべ、わしに挨拶しよるのは国王陛下こと姉上の孫のジークハルト。
昨日菓子を送ったというに、わざわざ国王として正式に挨拶しに来よった。
お陰で、教皇の正装を引っ張り出してゴテゴテと着飾られる羽目になったわい。まあ、向こうも国王らしく飾り立てられておるがの。
いつもみたく、変装でもしてお忍び軽装で来りゃよいものを。全く、面倒じゃのぅ。
穏やかな笑みを浮かべるジークハルトへ就任祝いの礼を返す。白々しいやり取りの後、
「個人的にロマンシス教皇猊下へご相談したいことがあるのですが、お時間宜しいでしょうか?」
にっこりとジークハルトが言いよった。プライベートで話しましょう、大叔父様……ということなのであろう。
「ジークハルト国王陛下のお悩みに、わたし如きでお役に立てるのならば」
と、場所を変えて応じることにした。
教会の中にある、ガラス張りの温室の中。人払いがされ、残るのは近衛と数名のみ。
「酷いではありませんか、大叔父様」
開口一番のセリフがこれというのは、どうなんじゃろの?
「ああん? 一体、なにが酷いというんじゃ? 酷いというなれば、数週間も碌に休まず、馬車馬の如く働いておった老人に、就任祝いとして大量の製菓材料を送り付け、露骨に菓子を催促し、あまつさえ、休む間もなく謁見を申し込むような国王陛下ではないかの?」
「いやぁ、手厳しいですね。ところで、大叔父様の後ろでわたしへ熱い視線を送って来る彼はどなたでしょうか?」
「どうせ、既に知っておろうに? 今度、新しく教皇付きになったクレメンスじゃよ」
「ご紹介に与りました、この度ロマンシス教皇猊下のお付きとなりました。わたくし司祭位を戴いております、クレメンスと申します。既に貴族籍は抜けておりますので、姓はありません」
おおう、ジークハルトのようわからぬ牽制に、自分は貴族ではなく教会所属の司祭なので従うつもりは無い、と切り返しよった。クレメンス、なかなかやりおるわい。
「ロマンシス大叔父様の又甥の、ジークハルトです」
「……存知ております」
「あれ? 大叔父様、話したのですか?」
「話すもなにも、開口一番『大叔父様』呼びしたのは其方であろうに?」
「あれ? そうでしたっけ?」
「そういうんはいいんじゃよ。で? 今日はなんの用じゃ?」
「もう少しお喋りしましょうよ?」
「忙しい国王がなに言っとんじゃ。早よ城へ戻るがいい」
「大叔父様、もしかして不機嫌です?」
「疲れも取れぬ間に、どこぞの国王がいきなり謁見を申し込んだでな。正装と装飾品が重くて動き難いんじゃよ。肩凝るわー」
「それはそれは申し訳ございません。ですが、お報せしておきたいことがありまして」
「それを早よ言えと言うとろうに」
「では、本題に入ります。数日前に他国のゲスナー王太子……いえ、元王太子殿下のゲスナーが教会に乗り込み、偽聖女がどうこうと、大叔父様を脅迫したそうですね」
「ぁ~……そんなこともあったのぅ……」
「極度の疲労と寝不足で、それはそれは大変機嫌の宜しくなかった大叔父様が、高笑いを上げながらゲスナー元王太子を教会から追い出したとか」
「……そ、そんなことも、あった……かのぅ?」
極度の睡眠不足と疲労でテンションが乱高下して、ちっとあんまり覚えておらぬな。うむ、あまり覚えてないのじゃ!
「はい。ゲスナー王太子がいきなり教会に乗り込んで来て、『真の聖女であるシスター・カスリンとの婚姻を認め、シスター・カスリンを偽聖女と貶めた聖女を騙るシスター・ソフィアの処刑を望む』という世迷言を申しておりましたね。それに対して猊下は高笑いを上げ、『その娘は、我が教会一の阿婆擦れよ。その阿婆擦れを娶る覚悟があるなれば、其方らの婚姻を承諾しようではないか』とお返しになられました」
「わし、そんな酷いこと言ったかのっ!?」
「はい。仰いました」
「大叔父様、凄い剣幕だったそうじゃないですか。簡易的な神前裁判までしたのでしょう? わたしも見たかったなぁ……大叔父様の勇姿」
「はい。猊下は神聖魔術を行使した簡易の神前裁判をなさりました。それで見事、シスター・ソフィアの無実の証明に加え、王太子ゲスナーの王太子位が不適格であることを示されました」
「わし、そんなことしたのかの……?」
「覚えていらっしゃらないのですか?」
「覚えていないというよりは、大叔父様にはその自覚が無いのでは? だって大叔父様。他国の王太子が誰になろうと、全く興味無いでしょ」
「……まあ、最低限。戦を仕掛けるような愚か者でなければな」
「そうだろうと思っていました。ですが、一応ご報告を。元王太子ゲスナーは、その偽聖女との不貞で婚約破棄をしていますね。国許ではもう支持者がいません。更には、偽聖女を王妃にと望んで国王に無断で教会に殴り込み。大叔父様に、娘が偽聖女であることが証明され、偽聖女との不貞と淫行とを自分で暴露。挙げ句、偽聖女を教会に置き去りにして自国へ逃げ帰ったそうじゃないですか」
ぁ~……まあ、なんじゃ。教会に殴り込みに来る時点で愚かだとは思ったんじゃが……おそらくは大分、シスター・カスリンの房中術にやられとったんじゃのぅ。
シスター・カスリンとの不貞に励んだのはゲスナー王太子自身とは言え、房中術は……人を色情狂いにする危険性が高いからのぅ。もう、本当俗物はなにしてくれとんじゃ。頭痛いわ。
色情狂い、ギャンブル狂い、アルコール依存症などは、元がどんなに賢かろうと、それに陥った時点で、知能が大分低下するらしいからのぅ。
つか、エクソシストのエキスパートであるレンブラントに頼んだ、他国に危険を及ぼす人材回収を拒否りよった国の一つじゃったな。とりあえずは、危険を少なくすることを優先で、まだ回収できとらん危険人物も居ったわ。
ほんに、溜め息しか出て来んのぅ。
「ゲスナー元王太子は帰国後、速やかに身柄を拘束されてそのまま王族籍剥奪。その後、どこかへ幽閉されているみたいですよ。近衛などは平民落ちの後に監獄行き。まあ、普通に考えて毒杯一択でしょうね。ある意味、偽聖女へ国を明け渡そうとした王位簒奪行為、とも取れるので」
「そうかの……」
まあ、ある種、色狂いになりそうな王子の国王就任を回避できた、ということになるんかの?
「近々第二王子か第三王子が次期王太子に就任するのではないか、と」
「そうか……」
「それで、大叔父様。その後、偽聖女はどうなりましたか?」
すっと、眇めた目がわしへ向けられる。成る程、聞きたいのはそれであったか。
「教会内で隔離され、精進潔斎しておるの」
「処分はしないのですか? なんでも、偽聖女は房中術を使うそうじゃないですか」
「修道女しか居らぬ場所に軟禁状態じゃからの。男を誑かして……というのは、無理じゃろうよ」
「確証はあるのですか?」
「確証、という程でもないがの。房中術の危険性を説いてあるでの。このまま房中術を行使し続ければ、腹上死確実じゃと教えたら、若くして死ぬのは嫌じゃと。まあ、これ以上早死にしたくなくば、精進潔斎し、他人へ分け与えた己が生命力を回復するより他ないからの」
「万が一、脱走したらどうなさるおつもりでしょうか? ロマンシス教皇猊下」
教皇としてどういう処分を科すのか、という問い掛け。
「そうじゃのぅ。万が一、脱走すれば……仕方あるまい。自身の意志で教会を離れるのであればシスター・カスリンは修道女であることを辞めるということじゃ。教会所属でない女人を、無理に拘束することはできまい」
「そうですか。わかりました。であれば、犯罪者は国の管轄というワケですね。国で対処させて頂きます」
まあ、あれじゃの。教会を自らの意志で出て行くなれば、関知しない。ジークハルトは、国王として危険人物を処理する、と言うておるのじゃな。
「罪を犯した者が、その罪を償うのは当然のことじゃ」
「わかりました。ありがとうございます」
とは言え、房中術、房閨術には色情狂いになる、性病に罹る危険性が高い。という以外にも、更なる禁忌があったりするんじゃよなぁ……
秘された禁忌。
房中術、房閨術は、回復魔術の一種である。その昔は、房中術、房閨術を行使する女人は『英雄の聖女』と称されたものじゃ。
現在よりも回復魔術、治癒魔術が未発達で使い手が稀少だった時代に、魔獣被害が多い地域や紛争地帯などで自然と発生したのだという。
ちなみに、房中術系統の回復魔術は閨事に抵抗が無く、回復や治癒魔術の素養がある者であれば、ある程度は行使ができてしまうという一面がある。
なんせ、身体を重ねることで己が魔力と相手の魔力を直接練り合わせる術じゃ。ある種、本能に根差した回復魔術と言えよう。それを意識的に使える者、訓練して使えるようになった者が、房中術の使い手となる。
更には、特定条件下に於いて房中術系統の魔術は回復、治癒、身体強化の効果が高いからのぅ。一人に付き、一人のパートナーの男女。ま、実はなにげに男同士でも房中術は使用できるらしいが……その、施術された側の相手が、『英雄』になる。
代わりに、房中術の施術者は早逝する。パートナーへ戦功を上げさせ、傷を癒し……されど、自身は命を削る。悲劇的な結末。それ故に、『英雄の聖女』と称されたのじゃ。
その、一対一のパートナーという不文律が崩れたとき、房中術は牙を剥く。まあ、当然と言えば当然よの。なんせ、元は命を削って相手に力を捧げる魔術じゃ。その代償も、命懸けになるのは然りと言ったところじゃろうて。
その昔、『英雄』とその『聖女』である恋仲の男女が居った。
恋人である英雄のためなればと、『聖女』は自身の命を削り、懸命に英雄へ尽くした。傷を癒し、身体能力を高めて魔獣を倒させ、戦功を上げさせた。
そうやって、献身的に英雄を支えておった『聖女』じゃが……段々と容色が衰え出した。相手へ生命力を注ぎ、自身の寿命を削っておるのじゃから当然じゃな。
このとき、男がさっさと『英雄』を引退するか、寿命僅かとなった『聖女』の最期を看取るまで支えればよかったのじゃが――――
その男は、自身が『英雄』でい続けるため。または容色が衰え、寿命が少なくなり、碌に房中術の使えなくなった己のパートナーであった『聖女』を捨て、別の『聖女』……恋人へ乗り換えた。
それが、悲劇の始まりじゃ。
己が寿命を削り、容色を衰えさせ、必死で『英雄』を支えて来た『聖女』は、男に対して怒り狂った。ま、『聖女』の怒りも嘆きも至極当然なのじゃが……
この『聖女』は、己がパートナーであった『英雄』へ復讐を考えた。「最期に一度だけ、あなたと夜を過ごさせて」と。『聖女』はその夜、『英雄』へ房中術を使って……『英雄』の生命力を奪いよった。
生命力を分け与えることができるなれば、逆に奪うこともできる……と、気付いてしまったのじゃ。房中術、房閨術で他者へ分け与えた生命力が戻って来ることはない。然れど、失った生命力や寿命を他者から奪うことはできるのじゃ。
そうして、命果てる寸前の『聖女』だった女は元の容色を取り戻し、いや。以前よりもより美しくなり、『英雄』である男達へ……『英雄の聖女』を使い潰し、使えなくなったらポイ捨てし、新しい『聖女』……恋人を求めるような男共へ復讐を始めた。
クズな『英雄』に近付き、『聖女』を装い、『英雄』の生命力を奪い殺す。
こうして、『英雄の聖女』だった女は人外に成り果て……やがては、吸精鬼や悪魔の一種であるサキュバス、サクブスと称されるようになった。男なれば、インキュバス、インクブスじゃの。
幾人も『英雄』を殺した……元は憐れな女は、最終的には魔物として討伐された。
それが、房中術、房閨術の真の禁忌。
元人間のサキュバスやインキュバスは真の悪魔であるサキュバス、インキュバスには数段劣るが、それでも人外に成ったと言うても過言ではなくなる。
なんせ、他者の寿命を吸い尽くし、人間以上の時間を生きるようになるのじゃからの。場合によっては、身体能力も人間以上になる者も居るのじゃ。
故に、己が欲や復讐のため人に仇成す吸精鬼サキュバス、インキュバスと成った房中術の使い手は、悪魔や魔物として祓われる。そうなれば、エクソシストであるレンブラントや聖騎士であるトム爺の出番となる。
シスター・カスリンは修道女達の監視下に置かれておるが……他者の生命力や寿命を奪えることに気付き、それを実行した、もしくは実行しようとした段階で、教会内で処分される。
房中術の禁忌を秘するために。
まあ、このままシスター・カスリンが脱走やよくないことを企てず、大人しく自身の生命力回復に努めてくれればいいんじゃがのぅ。唯一の救いと言えるのかは不明じゃが、シスター・カスリンは然程頭が良くなさそうなので、気付かずに済む……かもしれぬことかの。
「ところで、大叔父様」
「なんじゃ、ジークハルトよ」
「なんで、わたしの分のお菓子が少ないのですか! 娘や息子達の分の方が多かったですよ!」
「当然じゃろ。菓子は、可愛い子にこそ多くあげるものじゃ。こ~んなでっかい成りしたいいおっさんがなに言うとんじゃ。」
「くっ、わたしも可愛い又甥っ子ではないのですかっ?」
「ああん? 人の都合も考えず、菓子の催促しよる大人げない大の男が可愛いワケあるまいて。ほれ、用が済んだなればさっさと帰って執務に励むのじゃ」
まあ、安全に食べられる食糧が切れるというのは、心許ないのかもしれぬがの。
食料が手に入らずに餓えて、毒でも構わぬと手を出すか。毒が入っておるやもしれぬと、目の前の食べ物に手を出せずに自ら餓えるか……どちらがつらい、などとは軽々しくは言えぬことじゃからのぅ。
「大叔父様がつれない……昔は、『ジークハルトは可愛いのぅ』と言ってとても可愛がってくれたのに」
「二十年以上前のこと言われてもの? ほれほれ、国王陛下のお帰りじゃ。準備せい」
パンパンと手を叩くと、
「では、お送り致します。ジークハルト国王陛下」
クレメンスがにっこりと笑顔で言う。
「……大叔父様、ではせめてわたしにリジェネを掛けてください!」
「お主、若いんじゃから必要無いじゃろ」
「王族は激務なんですよ!」
「ぁ~、はいはい。リジェネの。ほれ掛けたぞ。これでいいじゃろ」
さっとリジェネを掛けてやる。
「もっと気合を入れたリジェネがいいです」
「我儘じゃのぅ。面倒だからイヤじゃ」
「大叔父様にしか我儘は言いません。というワケで、次のお菓子はブランデーをたっぷり効かせたブラウニーが食べたいです」
「それだと、子供らが食えぬであろうに」
「妻と二人で楽しみます。材料は手配しますので、お願いします」
「仕方ないのぅ」
「ありがとうございます、大叔父様。大好きです。それと、妖精さん達にも『いつもお手紙ありがとう』とお伝えください」
伝えるもなにも、精霊はそこらをよく飛び回っておるからの。直接聞いておるであろう。
「では、至極名残惜しく、本当はもっとサボっ……ではなく、もっとゆっくり大叔父様と過ごしたかったのですが、本日はこれで失礼致します」
「うむ。本音が出掛かっておるぞ。では、次はもっと身軽に来るがよい」
「はい! あ、そうです。大叔父様」
「なんじゃ?」
「『教皇猊下』を辞めたくなったら、いつでも仰ってくださいね。わたしがどうにか致します」
にこりとジークハルトが告げるが・・・
「それを国王陛下が言っちゃいかんじゃろ。政教は分離が望ましい。故に、要らぬ手を出すでないぞ」
本音を言うと、今すぐ辞めたいわっ!! じゃが、これは譲れぬ。政と宗教が蜜月になっては立ち行かなくなってしまうのじゃ。
「ふっ、大叔父様ならそう仰ると思ってました。ですが、お年もお年です。呉々も無理はなさらないでくださいね? クレメンスさん、大叔父様に無理は強いませんよう、お気を付けください」
「承知しております」
わしへと向けたにこやかな笑顔から一転。スッと、冷ややかな瞳で圧を掛けたジークハルトに、クレメンスがすんと応じる。なにやらこの二人、仲が悪そうじゃのぅ。
「では、お菓子楽しみにしてますね~!」
と、ジークハルトは慌ただしく帰って行きおった。
まあ、今回は房中術の使い手の処遇を探るため。そして、元王太子ゲスナーの動向を伝えるため。あとは・・・純粋に菓子の催促じゃな。
いきなり、思い立ったら行動……というか、直ぐに会いに来るところは姉上を思い出すわい。
翌日。かなり上質なブランデーやチョコレート、胡桃など。ブラウニーの材料が大量に届けられた。
こういうところも似ておるのぅ・・・
仕方ない。ブランデーたっぷりのブラウニーを作ってやるかの。ついでに、ブランデー無しのも作って持たせるのじゃ。
読んでくださり、ありがとうございました。
大叔父様大好きっ子? の三十路半ばの又甥っ子国王ジークハルト襲来。多分、クレメンスに嫉妬してんじゃないかなぁ……と。
あとなんか、誰も気にしてなさそうな、短編に出て来たゲスナー王太子&シスター・カスリンの顛末。ついでに、房中術の秘された禁忌。
微妙にシリアス回な感じでした。
ジークハルト(どこの馬の骨ともわからぬ輩が大叔父様のお側に侍るなどと……)( ・`д・´)
クレメンス(幾ら親族で、尚且つ国王陛下であらせられようとも、猊下をお好きにできるとは思わないでください!)(; ・`д・´)
ジークハルト(他の連中よりマシなので、大叔父様に危害を加えないのであれば、しばらく見逃しておいてやる)( ◜◡◝ )
という感じの睨み合い。(*`艸´)