わし、まともに寝たの数週間振りじゃぞっ!? か弱い年寄りに、あれだけの過重労働を課して尚、まだ働けというのかっ!?
短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』のロマ爺の話をこっそり連載。
短編を読んでなくても多分大丈夫かと思いますが、読んでたらもっと楽しめるかもです。(*>∀<*)
教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。
前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。
元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。
しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。
教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。
また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。
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おっす、わしロマ爺。
今、柔らかく温かい……わしの全てを優しく包んでくれる、愛しい毛布の中じゃ。
数週間振りの、念願だったまともな睡眠中じゃ。というのに、寝室のドアがドンドンドンっ!? と、非常に迷惑な騒音を立てておる。
「倪下っ!? 起きてください倪下~っ!?」
嫌じゃ~! わしは、もっと寝ておりたいんじゃ~っ!?
話は、数週間前に遡る。
前教皇猊下がご逝去なさって早三年。後釜有力候補だった俗物と狂信者の二人が、選挙演説中にやべぇ発言をして殴り合いに発展し、不健康そうな二人が同時にぽっくり逝きおって――――
どこぞの誰かが「二人には天罰が下ったのだっ!?」とか言いおって、そのせいで次期教皇になりたい者が誰も居らず――――壮絶な次期教皇の擦り付け合いの果て、現役最高齢の司祭じゃったわしに白羽に矢が立てられた。
泣き言、泣き落とし、老人の全力駄々捏ねなどを駆使し、必死に抵抗したのも虚しく・・・わしは、教皇の座に祭り上げられたのじゃ。
その、せめてもの意趣返しとして、我が同士たる茶飲み友達であった閑職だったり、引退間際じゃったじじばば共をわしの道連れとして、要職に就けてやったわ。
わしを教皇として売っておきながら、自分らだけ隠居して悠々自適に過ごそうなど、させて堪るかっ!? と、若干……長年の友情と信頼関係が壊れたような気がせんでもないが、しゃーないのじゃ。
なんせ、教皇候補であった俗物と狂信者が色々とやらかしておって――――なんつーか、宗教戦争勃発&周辺諸国の情勢悪化が懸かっておったからの。
就任から数週間。俗物と狂信者のしておった裏工作や、他宗教関係者への喧嘩売ったことなどの後始末。後始末後始末後始末後始末・・・と、後始末死の行軍。
まさしく、死の行軍と呼ぶに相応しい修羅場じゃった。普通に眠ることも、死ぬことすらも許されず、体力が尽きれば回復魔術。血反吐を吐こうが、心臓が止まろうが無理矢理蘇生させられ、馬車馬よりも過酷な状況で、戦争回避のために働いたのじゃ。
それがようやっと一段落し、数週間振りにベッドへ飛び込んだのじゃ。
というのに――――
「猊下っ!? 国王陛下からのご招待ですよっ!?」
ドンドンドンっ!? と、寝室のドアが騒音を立てておる。そして、わしの安眠を妨害する悪魔のような声が聞こえてくるのじゃ。
嫌じゃ~! わし、柔らかく優しく、わしの全てを受け止め包んでくれる毛布と枕と離れたくないっ!? もっと、夢の国で微睡んでいたいのじゃ~っ!?
と、耳を塞いで枕の下に頭を突っ込んで現実逃避をしておったら、
「猊下っ!?」
ガバっと、わしの愛する毛布が剥ぎ取られた。
「な、なにをするんじゃっ!? 鍵はどうしたのじゃっ!?」
「先程から、何度お呼びしたと思っているのですかっ!?」
わしを怒鳴り付けるのは、中立派の司祭。
「なにを言うておるっ!? わし、まともに寝たの数週間振りじゃぞっ!? か弱い年寄りに、あれだけの過重労働を課して尚、まだ働けというのかっ!? 老人虐待反対じゃーっ!?」
「猊下は大聖者であらせられるので、か弱い老人の範疇には入りません。そして、ご年齢のこともあり、中で冷たくなられている可能性を考慮して、合い鍵を作らせて頂きました」
「お主はそれでも人間かのっ!?」
わしのプライベートは何処へっ!?
「国王陛下からのご招待です。教会としても、無視はできません。せめて、猊下がどうなさりたいのか、ご指示をください」
すんとした顔で告げる若造。
「……全く、しゃーないのぅ。つか、それ招待というのとはちっと違うじゃろ? どちらかというと、国王がわしに招待しろという内容じゃないのかの?」
「? どういう……いえ、失礼しました。確かに、そのような内容ですね。国王陛下からの勅使であったので、わたしも少々慌てていたようです。それで、猊下。どのようになさるおつもりでしょうか?」
「ぁ~……そうじゃの。わし、眠い。無理。返事は三日後」
「って、そのようなことできるワケないでしょうっ!? ふざけてるんですかっ!?」
「大きな声を出すでない。頭に響くんじゃ……」
久々の、それも中途半端な睡眠で頭が痛む。睡眠が足りぬ。圧倒的不足じゃ。補うためには、もっと眠るより他ないのじゃ。
「失礼致しました。それで、国王陛下へのお返事はどうなさいますか?」
「じゃから、三日後でいいんじゃって。どうせ、あれじゃろ。ジークハルトの奴、わしの菓子が切れたとかじゃろ? わし、今は菓子作りできる程体力無いし。むしろ、体力回復のための睡眠が必須じゃ!」
「猊下、幾ら教皇猊下であらせられるとは言え、国王陛下を呼び捨てにするのは宜しくないかと」
「ああん? ぁ~、そうか。まあ、別に公言する程でもなかったからの。知らんのかの。現国王のジークハルトは、わしの又甥じゃよ」
「え? また、おい? ちょっと待ってください、どういうことです?」
「わし、元々は侯爵家の三男での。年の離れた姉上が……七十数年前に当時の王太子に嫁いでおっての。現国王は、姉上の孫。ということで、わしは国王の大叔父というワケじゃ」
当時、姉上が嫁いで……というか、元々わしの実家の侯爵家にも、数十位とかなり低いが王位継承権があったからの。その上で姉上が王族入り。権力の集中を防ぐためにと、兄弟のうち誰かを出家させるという話が出て、わしが自ら立候補したんじゃ。
政略だなんだと、周りは煩わしかったし。低いとは言え、王位継承権持ちを間引こうと暗殺を仕掛けて来る者もおったからの。
ま、一番の理由としては……わし、結婚して女性と添い遂げるというビジョンが全く浮かばなかったからなんじゃがの。
これは出家して数年後に気付いたんじゃが、わし。どうやら性欲が無いみたいなんじゃよね。これ、家を連綿と繋いで行く義務のある貴族としてはかなり致命的じゃろ。
わしの性欲が無いという特性は、割と教会の暮らしと合っておるし。節制や禁欲が全く苦にならんかったの。というワケで、出家してよかったと思っておるわ。
「実家の侯爵家からは、籍を抜いて……七十年以上経っておるが、交流が全く無いワケでもないからの。それにわし、神聖魔術が使えるからの。偶~に、極秘で王族や実家筋から解呪や回復の依頼来ておったし」
姉上は、王太子妃、そして王妃から国母になっただけあって気の強い女性じゃった。姉上の妊娠中や出産前に、突然王宮に拉致されて祝福や解呪をさせられたこともあったのぅ。わし、別に姉上が苦手だったワケじゃないがの。可愛がられた覚えもあるからの。じゃが、いきなりの拉致はさすがにビビったぞ。まあ、妊娠中に毒を盛られたり、呪術を掛けられたりして流産の危機というのっぴきならない事情があったみたいじゃがの。
ヤだ、宮廷めっちゃ怖い・・・と、戦慄したもんじゃ。
「え?」
「それに、教会の孤児達と遊んどる子の中に偶~に王族や貴族の子が交じっておることがあるじゃろ? あれ、わしの親類縁者の子や孫じゃよ」
姉上はもう十五年前に亡くなっておるが、親戚付き合いはまだ続いとる。というか、わし便利に使われとる気がするんじゃが……ま、良識のあるまともな王族が息災であることは、世の安寧に繋がるからの。
擦れた孤児達とは違って徘徊老人だとか、ボケジジイ、クソジジイなんて口の悪いこと言わず、大じじ様と呼んで慕ってくれるしの。まあ、口が悪い子らも可愛いが……さすがに、罵倒や悪口ばかり言われては心がささくれるのじゃ。地味に傷付くし……
「わし、菓子作りが趣味での。身内且つ、神聖魔術の使い手じゃし。昔から姉上は……安全な菓子が食いたくなったら、わしに催促しよっての。先代国王も甥っ子じゃし。ちっこい頃から可愛がとったもんでの。それが今の国王も続いとる感じかのぅ」
なんか、わしの作った菓子は毒物が混入するとすぐ判るらしいの。わし、毒物なんぞ入れたことないから知らんけどの。
あとは……なんじゃったかの? わしの作った菓子食うと、元気になるとか体力が回復するとか言うんじゃが。それは大袈裟じゃろ。
姉上は……ご自分が王妃になったから、わしが出家したと、わしに謝っておったからの。別にな~んも罪悪感なんぞ感じなくてよかったんじゃが……王妃であるご自分とわしに繋がりがあることを示し、わしの立場を良くしようとしとったのかもしれんのぅ。わし、全~く姉上や甥っ子達のこと利用せなんだけど。
それに、毒殺を警戒して菓子を好きなように食べられんというのは、ちと可哀想じゃったからの。できるときには、催促に応えておったんじゃが・・・まあ、アレじゃの。
「教皇就任からのここ数週間、地獄のような後始末死の行軍しとったからの。その間は他のことに構っとる暇無かったしの。おそらく、菓子が切れとるんじゃろ。というワケで、大して緊急性が無さそうじゃから、三日後じゃ」
「ですが……」
「材料の問題とわしの体力のこともあるからの。無理なもんは無理じゃ。というワケで、わしはもう一眠りする。ほれ、行った行った」
と、煩い若造を追い出し、わしは愛しい毛布に包まった。
眠りとは、至福じゃのぅ……
読んでくださり、ありがとうございました。
なんか、ロマ爺人気みたいなのでこっそり連載しちゃいました。(*ノω・*)テヘ
ロマ爺……本名ロマンシス。元侯爵家の三男。十三歳で出家。
多分性欲、恋愛感情も無いアセクシャルな人。でも人類愛はある。
故に、邪心が少なくてめっちゃ清い。いつの間にかダイセイジャー! に至り、最高齢司祭としてスローライフを営んでいたが、余計なことして教皇に祭り上げられた。(((*≧艸≦)ププッ
その辺りの事情は『 わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』にて。ꉂ(ˊᗜˋ*)