たおやかな光、私たちに朝が降る
目覚まし時計の音で目が覚める。隣にはまだぬくもりがあり、どうやら今朝も彼女の方が早く起きたらしい。それだけで私の心は火照るようで、すぐにでも彼女に会いたいと冬の朝でも思える。
少し開かれたカーテンからは薄暗いの住宅街の一角が覗く。時計の針は五時頃を指していた。完全に日の光を吸収していない大気はきらめくようで、まだ街は静寂から目覚められていなかった。
冷えたフローリングをスリッパを履いて歩き、扉を開くと彼女はキッチンにいた。朝食を作っている様子だ。湯を沸かす音、トースターの音、そして私たちの生活の隙間を埋めるみたく小さく低く轟く暖房の音。彼女の放つ朝の生活音が私を出迎えた。
彼女がいること、それはにわかには信じられなく、視界に薄ら膜がかった心地の良い夢の続きを見ているように思える。
私はそれを放したくなくて。
彼女の方へ歩く。彼女は私に気が付いたようで目線を向けてくる。
それすらも愛おしく。
決して逃がしたくなく、
この気持ちの行き場を探し、
必死で手繰り寄せるように彼女を抱いた。
温かい。同じシャンプー使っていたんだと再認識する。
「――っん」
彼女の声にはならない息が漏れる。それでようやく強く抱きしめすぎていたことに気が付く。
「痛いよ」
「ごめん」
力を弱める代わりに私の顎を彼女の肩に乗せる。襟元から覗くのは一瞬触れてはいけないと躊躇するほどの繊細な白い肌。鎖骨、無防備な首筋。そこにどうしても顔をうずめたくて。
「――っ」
目一杯息を吸う。暖かく閑かな春の白昼夢を見た。その夢は彼女になら起こされてもいいと思った。
「こそぐったいよ」
気づけば彼女は小刻みに震えていた。
「逃げないんだね」
「だって、逃げられないじゃん」
彼女の腹の前あたりで手を組み、空間ができないよう密着している。それもそうだ。
流れるままに彼女が身を捩り私を見る。でも私にとっては突然で。
胸が高鳴る。他のものの輪郭があやふやになるほど彼女の瞳を見つめた。いや、目が離せなかった。朝の空気のように澄んだ茶色の瞳。瞳孔が開くのが分かった。
それを恥じるように瞼が覆いかぶさった。
白や暖かい色が幾重にも重なったこの空間で彼女は小さく笑っていた。
それは世界でたった一つの花の開花を目撃したようだった。その貴さは決して失ってはならないものだと思い、そして次の瞬間私の中の熱を帯びたものが蠢いた。
抱きつく。次は強めに抱きついてみた。
「ちょ、ちょっと」
これくらいしないとこの気持ちが報われないから。
コトコトと湯が沸き始める。彼女は私の腕から抜け出し火を止めた。私は彼女が難なく抜け出せたことを遅れて意識する。
彼女は身を翻しこう言葉を放った。
「続きはまた今度」
彼女は笑っていた。
ベランダから見えるのは目を覚まそうと徐々に鼓動を早くする街。澄んだ大気は少しずつ太陽の光を吸収し、目覚めを待ち望んでいる。遠くで車が通る夢を見る。
私と彼女は並んでそれを見る。手にコーヒーカップを持ちながらそれを見届ける。
暖房で暖められた体はまだ、温かい。