神の器2〜作られた命のなれの果て〜
2人はドーム状の建物に近づく。入り口らしきものは見当たらない。それに入り口があるならその前はもっと開けているはずである。
「ここは裏手なのかも。回ってみよ」
「そうね」
2人は建物沿いにぐるっと回り込む。
「…未知の魔物。見つけた」
広めの空き地に魔物が1匹。
ライオンの頭、龍の頭、ヤギの頭。尻尾はヘビで翼も生えていた。その身体は大きく、象並みである。
「キマイラみたいだ」
ゲームに出てくる合成獣そっくりであった。
「…あのタイプのものは初めて見た」
こちらにはまだ気づいていないようである。空き地はそれなりにスペースがあるが、さすがに水爆を使えば爆発音で中の者達に気づかれてしまう。
「さすがに爆発魔法はヤバいかな?」
「…問題ない。戦うなら広い方がいい。出てきてくれるなら好都合」
エアリアの意見に従い、作戦を決める。瞬が水爆で先制。そこをエアリアが突っ込み、瞬が援護となった。
「じゃあいきます! 水爆!」
一拍おいてキマイラの真正面に爆発が起こる。そしてオレンジ色の炎が上下に別れて弾けた。
爆発で飛ばされ、キマイラが悲鳴をあげて転がる。そこを一気にエアリアが間合いを詰めた。
闇を纏ったエウルードの斧がキマイラに向かって振り下ろされる。
闇の柱が天を昇り、後にはクレーターができてキマイラを中心に4、50センチほど沈んでいた。
キマイラは動かない。そのたった一撃で息の根を止められたのである。
「…うん、隙をつけると楽」
エアリアの異名、極滅の名に相応しくまさに絶死の一撃であった。対人なら完全に初見殺しである。何せ少し避けただけなら闇の柱に巻き込まれるのだから。
「すご…」
言葉もない瞬であった。
「…シュン、こっちに来て」
瞬を呼ぶと切り裂かれたキマイラの肉体に探り始める。
「…見つけた」
エアリアの血にまみれた手には黒い石が握られていた。
「何それ?」
「…これは賢者の石。その魔物を見て」
エアリアに言われるままキマイラを見る。
「え…?」
瞬は目を見開いた。
キマイラの身体が日に晒され、灰になっていった。
不浄なる魂をヴァサーは許さない。
それはアンデッドに限った話ではなかった。
「…作られた命をヴァサーは許さない。この賢者の石はそのヴァサーから命を守る魔道具」
そう話すとエアリアは賢者の石を投げ、エウルードで一閃。
粉々に砕く。
「…中へ入りましょう」
エアリアは感情を隠すように振り返ることなく建物の中へ入っていった。
瞬もすぐに後を追う。
中は静かで一本道が真っ直ぐ奥へと続いていた。所々にドアはあるものの、その中は倉庫だったりロッカーだったりと人の気配がない。
結局大した物もないまま最奥へとたどり着く。
奥のドアはエレベーターであろうか。下に向いた三角のボタンが付いており、そのドアも取っ手がない。
この近くには下に続く階段。
エレベーターを使えば袋のネズミである。エアリアは迷わず階段を降り始めた。
その階段は螺旋状になっており、ある程度降りると下層の様子が丸見えであった。
何かの研究所。
それが瞬の抱いた感想である。
白衣を着込んだ研究員らしき人たちがカプセルや計器を前にメモを取り、話し合っていた。
「…全員捕縛する。シュンは聖光気で防御して巻き込まれないようにして」
「え…?」
瞬にはエアリアが何をする気か全くわからなかったが、その疑問に答えることなく螺旋階段から飛び降りていった。
エアリアが下層に着地すると、一斉に研究員たちの視線が集まる。
そしてエアリアの身体から闇が生まれた。闇はエアリアを中心に広がり、湯気が立ち昇るように揺らめいている。
極滅気。
そう呼ばれるオーラは研究員たちの精神を蝕み、次々と意識を奪っていく。
闇が1人残らず意識を奪うのにものの1分も要しなかった。
エアリアが手招きで瞬を呼ぶと、聖光気を纏ったまま下層へと降り立つ。
「…全員縛りあげる。ロープ欲しい」
ロープを取り出し、一人ひとり縛り上げて一切の身動きも出来ないよう拘束し始める。
瞬の目にカプセルの中身が映る。
「うぷっ…!」
その中身はとても正視できるものではなかった。
ヒトであったナニカ。
命への冒涜。
そう表現するしかない異形の物体であった。
「…これが神の器という組織の研究。魔を降ろす肉体の創造こそが目的」
「胸糞悪い…」
その研究の副産物が目の前のナニカ。そう思うとむかっ腹が立って仕方がなかった。
「…奥を見てくる」
「あ、うん」
全員を縄で縛りあげた後、エアリアはその研究室の奥へと向かう。
瞬としてはここに居るのも嫌であったが、もう少しこの研究室を見て回る。すると人の姿のままの幼い少女がカプセル内に閉じ込められていた。
少女を見る。
少女の目が見開き、視線があった。
「生きてる!」
助けなきゃ。その一心でカプセルを割ると中から何かの液体が流れ出した。
カプセルから少女を助け出すと、裸だったのでタオルケットを取り出し、身体を覆った。
「…ありがとう」
少女がか細い声で礼を述べる。
「大丈夫? 怪我は無い?」
と聞くとコクリと頷いた。
「…ここは怖いから居たくない」
少女は震えていた。確かにこんな実験室、嫌な思いしかしていないのだ。居たくないに決まっている。そう考え、彼女を外に連れ出そうと思い立つ。
「なら外へ行こう」
そう提案し、背中を向けてしゃがむと少女が背中にもたれかかってきた。
瞬は螺旋階段を駆け上がる。
上にたどり着き、廊下を走り、外の光を求めた。
開けたままの出入り口を駆け抜ける。
「いやああああぁぁぁっっっ!!!」
少女の悲鳴が背中から響く。
瞬は後ろを振り返る。
少女の頭が崩れ、灰になっていくのが見えた。
何が起きたのか理解できず、一瞬動きが止まる。
すぐに我に返り、彼女を下ろす。、
「復活!」
回復魔法をかけるが全く効果が見られない。
こうしている間にも少女の身体が灰になっていく。
瞬の顔に絶望の色が滲んだ。
少女を護るように抱きしめる。
しかしその手は空を切り、その手にタオルケットだけが残された。
「なんで…?」
━━何が起こった?
━━僕の、僕のせいなのか?
わけがわからなかった。
「なんで、なんでなんだよおおおぉぉっっ!!」
瞬の絶叫が森の中に響き渡る。
やるせなさ、後悔、そして自責。
耐えきれず涙が溢れる。
どれだけそうしていただろう。
気がつけばエアリアが戻り、瞬の傍に来ていた。
「…どうしたの?」
心配そうな顔で瞬の顔を覗く。
「女の子がいたんだ。ここには居たくない、って言ったから外へ連れて行ったんだ。そしたら…」
俯いたまま、ありのままを話す。
それで察したのだろう。
「…その子はホムンクルスだったんだよ。賢者の石がないのに陽の光を浴びると消えてしまうの」
瞬の疑問に答えを出す。その言葉にハッとした。
あのキマイラを思い出す。
賢者の石を取り出すと灰になったではないか、と。
「…瞬は悪くない。そんなふうに作られたら助けようがない」
「…でも!」
エアリアの言葉も理解できた。何の知識もない自分に助ける術がないことも理解できている。
だからといって納得できるかは別問題であった。
「…中にまだ人がいた。牢屋にいる。助けを呼ばないと」
「…冷たいんだね」
瞬は自分で言って後悔した。
完全な八つ当たりである。そう気づいて歯噛みした。
━━謝らないと。
顔を上げる。
「…何も思わないわけじゃない」
しかしエアリアの次の言葉に瞬は衝撃を受けることになる。
「…だって、私もホムンクルスだから」
次回で
なーんちゃって
とかやったら怒られそうw




