幕間 アリスとマウテア
「この役たたずが!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
アルハザードは苛立ちを鞭に込めアリスにぶつける。空気を切り裂く音と鞭を打つ破裂音が独房内に響き渡り、アリスの絶叫と鳴き声がコダマする。
独房内は暗くジメジメしている。採光のための穴こそあるものの、雨が降れば入り込む雑な作りであった。そのためその空気感も冷たく、苔の生えた石壁がより一層の暗さを醸し出している。
アリスの美しかった絹のような肌は赤いミミズ腫れと裂傷により血が滲んでいた。皮膚への直接的な痛みで傷口からは痺れがじんじんと広がっていく。長く残る痛みはアリスの体力を容赦なく奪い、絶対的な主からの叱責は抗えぬ本能へと植え付けられた恐怖であった。
「も、もうお許しくださいアルハザード様…!」
「ふん、せっかくヴァルバロイの仮面を手に入れアリスに着けたのに何も起きんではないか。どうなっているのだ!」
ようやく魔神王ヴァルバロイの復活が叶うと思ったのに上手くいかない。理由がわからずアルハザードはさらにアリスに八つ当たりをする。鞭が飛ぶ度にアリスは悶え、苦痛に顔を歪める。どれだけ許しを請おとも鞭は止まらない。
「ううっ、わ、わかりません…、あうっ!」
アリスの顎を力任せに蹴ると、口の中が切れ血がこぼれた。隷属魔法のせいでアリスは抵抗を許されていない。ゆえに枷も必要なく、オーラで防がれることもない。
「何をなさっているのですかアルハザード様!」
そこに現れたのは魔王ヴェールとマウテアだった。独房の扉が開いていたため鞭の音は外まで聞こえていたのだ。
「確かお前はアーシが連れて来た奴だったな。名は?」
「マウテアです。家名は捨てました。いたいけな女性を鞭で打つなど紳士のすることではありません」
マウテアはアリスに近寄って声をかける。
「大丈夫ですか?」
「ううっ、ご、ごめんなさい…」
その顔を見てマウテアの胸が高鳴る。
「エアリアさん…? いや、髪の色が違う。しかしなんと美しい女性なのか…」
マウテアはアリスの容姿に目を奪われる。エアリアと違うのはその髪の色と瞳の奥の力強さ。エアリアのような芯の強さが感じられなかった。それもそのはずで自分の意思で生きることを許されず、ただ誰かに命令されなければ何も出来ない。言ってしまえば自分を持たない弱さ。
その弱さがマウテアの庇護欲を掻き立て、彼女に憐憫の情を向けさせた。
「偉大なるラフティよ、その慈悲をもって彼の者の傷を癒したまえ…。ハイヒール!」
とマウテアが上位の回復魔法を唱える。ある程度の怪我ならこの魔法でほぼ治る程の治癒魔法。
しかしそれがいけなかった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
回復魔法にアリスが激しく苦しみ、のたうち回る。涙を流しながらアリスは「許して、許して」と地べたに這いつくばって頭を擦り付けて懇願する。
「ハハハハハ! 酷いなお前は。ホムンクルスにラフティの回復魔法など苦痛でしかないぞ!」
「ホ、ホムンクルスですと…!」
「そう、ホムンクルスだ! ゆえにヴァサーの眷属の回復魔法は苦痛でしかない!」
「ま、まさかエアリアさんも…!?」
マウテアがエアリアのことを知っていることがわかり、アルハザードは更に大きな笑い声をあげ、下卑た笑顔を浮かべる。
「そうか、お前はエアリアの知り合いか? 試しにエアリアにその魔法を使ってみろ! 苦痛にのたうち回るぞきっと! ハーッハッハッハッハ!」
ホムンクルスに太陽の光が即死レベルの猛毒のように、ヴァサーの眷属の回復魔法はホムンクルスにとって苦痛のみを与える攻撃魔法となる。それでも魔法の効果で傷だけは治るのだが、精神的なダメージがあるのだ。
ちなみに神の器は悪魔崇拝の集団であるため通常ヴァサーの眷属の加護を得ることは無い。
「アルハザード。ちょっと耳を貸せ」
ヴェールがアルハザードに何かを囁く。アルハザードは驚いたように目を見開いたかと思うと、白い歯を剥き出しにするほどの満面の笑みを浮かべてマウテアを見やった。
「マウテアだったな。その子の名はアリスだ。もし可哀想に思うならお前が優しくしてやれ。アリス、悪かったな。お詫びにしばらく休み、傷を癒すといい。専用の薬を後でマウテアに届けさせよう」
「あ、ありがとうございますアルハザード様!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
アリスは顔をあげ、涙を溢れさせながら礼を言う。支配される悔しさを感じないほどアリスの心はアルハザードの支配下にあった。それが隷属魔法の恐ろしさでもあるが。
マウテアが安堵して礼を述べると、アルハザードはマウテアに耳打ちする。
「アリスの部屋は2階だ。当分お前もその部屋で暮らせ。気に入ったなら好きにしていいぞ?」
「ご、ご冗談を…」
そう言いながらもマウテアはニヤケて顔がゆるむ。もちろん弱っている今の状態で襲うほど落ちぶれてはいない。だが神の器のトップが関係を許した意味は大きかった。
マウテアはアリスを背負うと部屋へと連れて行った。
「そうそう、アルハザード。お前に言っておかなければならない事があったな」
「ん? なんだ?」
「こないだ私が戦った少年だが、間違いない。彼は神代創魔師だ」
魔王の一言にアルハザードは笑いが止まらなかった。それは歓喜の笑い。天を仰ぎ、降り注ぐ幸運を受け止めるように両手を広げ、瞬きを忘れるほどに目を見開いたせいで少し目が血走っていた。
「しばらくは監視だな。奴は必ずエアリアのためにダルクアンクのオリジナルを手に入れようと遺跡へ向かう。その時まで泳がせ、オリジナルを奪うぞ」
「そうかそうか! それならきっと完全なるヴァルバロイ様の復活も可能かもしれん! こいつは楽しみだ…」
「それまでの仕込みに時間がかかる。焦るなよ?」
「わかっている」
仮面の中の悪意は静かにその時を待つ。
主を失った悪意は新たなる主が来ることを期待し、その闇を深めるのだった。
ここでマウテア再登場。当て馬だからマウテアにしたのにいつの間にかストーリー上の重要キャラに昇格w
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