貴婦人再び
「ここがアクアデイルかぁ、凄いとこだね」
瞬はアクアデイルの街並みに興味津々であった。
そこは水の都ベネチアを思わせるような水の都。広い水路を船が行き交い、船から直接店舗に入れたり観光用の屋形船のような船も走っていた。
街に入るとすぐに広場があり、噴水や睡蓮のような花が見る目を楽しませてくれた。
アクアデイルはベルムントにおいても最大の観光地なのである。
実はハラスでライオネス達と話し合った後、暫くは休養を兼ねてアクアデイルへ行こうという話になったのだ。ゼナに会いに行く用事はあるものの、1ヶ月以内に用事を済ませて帰るなど強行軍もいいところであった。
ゼナに話を聞けばすぐに必要な場所に行く用事も出来てしまうだろう。それに瞬だけでなく自分にも休息は必要だと思ったのだ。
とはいえ、来た以上はギルドに顔を出す必要がある。第1等級冒険者であるエアリアには街に寄ったら必ずギルドに行って所在報告の義務があるのだ。なぜそんな義務があるのかと言うと第1等級冒険者という戦力は人間にとっては英雄クラスの貴重な存在だからで、現在地が分からないというのは大変困るのである。
そして瞬もまた第1等級魔道士としての資格をライオネスの保証の元有することとなった。実際に戦略級殲滅魔法を使用して戦果を挙げたのだから文句の付けようもなく、申請はあっさりと受理されたのである。
ギルドに顔を出し、受け付けでギルド証を提示する。
「お待ちしておりましたエアリア様。実は指名依頼が入っておりまして…」
せっかく療養に寄ったのに指名依頼と聞き、ため息をつく。しかし受け付け嬢は大変申し訳なさそうに
「すいません、実はその…フォレンティア公爵夫人からの指名依頼でしてその…」
「…どうしてそんな偉い方が私に?」
意味がわからなかった。確かにエアリアは有名だし、ここベルムント王国に滞在していることはギルドを通して知ることは可能である。難事が発生したにしても公爵家なら幾らでも人材はいるだろう。とても一冒険者の力が必要とも思えないし、それなら夫人ではなく公爵家の指名依頼でないとおかしいのだ。
「それが…少し前にベンジスから帰って来られたそうなのですが、その後ギルドへ夫人が直接来られまして。それで期限は定めないのでアクアデイルに来たら必ず依頼を伝えるようにと承っております」
「…ベンジス?」
と呟きハッとする。思い出すのはベンジスで会ったあの貴婦人だ。温泉宿のスタッフが顔色を変えたのも納得であった。公爵夫人に物申すなど命知らずにも程があるのだ。それを思うとエアリアの顔が青ざめる。幸いお目当ての物を渡したおかげで上機嫌だったため、無礼は見逃してもらえただろうが。
しかし行けば絶対聞かれる。その入手先を。そしてエアリアはあの貴婦人の追求をかわせる自信が全くなかった。頭脳も人間力も公爵夫人だけあって当然段違いであり、敵に回していい相手ではない。行けば喋る。というより喋らざるを得ない状況に追い込まれるのが目に見えていた。
「…わ、わかった。依頼は引き受ける」
「あぁ、良かったです。ではこの手紙を持って公爵様の邸宅をお訪ねください」
そう言われ、封蝋のされた封筒を受け取るのだった。
エアリアは瞬を人気の少ない路地裏に連れ込むと、事情を伝えた。ベンジスでシャンプーとボデイーソープをあげる羽目になったことを改めて話し、それがこの封筒の主だろうこと。そして間違いなく入手先を聞かれ、その追求から逃れることなど到底不可能であることを話し「ごめんね、ごめんね」と何度も謝るのだった。
一応封筒を開けて中を確認すると、用件は書いてなかった。
ただ一言これを見たらすぐに来なさい、としか書いてない。
「なんだ、そんなことか。大丈夫だよ、僕に任せて。ほら、僕は後々貴族になる訳だから、逆に公爵夫人に取り入るチャンスだと思えばいいんだよ」
「…え、でも…」
神代創魔師であることは内緒にしないといけない。しかし、
「いや、大丈夫だよ。話すのはスキルのことだけだし。それにさ、公爵夫人が自分の美貌の秘密を他人に話すなんてこと、あると思う?」
瞬の説明にエアリアはそう言われてみると、と思う。貴族というのは見栄っ張りである。美貌に大きな影響のあることを他人に話し、アドバンテージをわざわざ捨てるお人好しなど貴族夫人にいるとは思えなかった。
「…わかった。頼りにしてる」
エアリアはニコッと笑うと不安が軽くなったことに喜び、足取りも軽くなった。
公爵邸はいとも簡単に見つかった。街のど真ん中にあり水路と陸路どちらからも入れるのだが、その建物そのものが観光名所になっていたのだ。
その大きな邸宅には当然門番がいたので封筒とギルド証の両方を見せた。すると門番は驚きすぐに使いの者を走らせる。
数分後、その使いは物凄い勢いで帰って来た。
「こ、公爵夫人が、ハァハァ、お、お会いになる、そうです、す、すぐにご、ご案内致します」
よっぽど急いで来たのか、息を切らせながら2人に伝える。
そしてその使いに走った者が案内してくれた。さすがに客人を走らせる真似はしないようだ。
そして中へ入るとメイドと執事が両サイドに綺麗に並んでおり、一斉に頭を下げる。そしてベンジスで見たあの貴婦人自らのみならず公爵であろう御方までもが出迎えたことに恐縮し、2人は慌てて頭を下げた。
「うふふ。頭を上げて楽にしてもらっていいわ。まだ名乗ってなかったわねエアリアちゃん。セレーニア=グラナート=ディ=フォレティアよ。来てくれて嬉しいわ。ところでそちらの男の方は?」
問われると瞬は1度頭を上げた後再び頭を下げた。
「エアリアの婚約者でパートナーの第1等級魔道士、瞬と言います。今回の指名依頼の件で関わりがあるため、同行させていただきました」
牽制としてエアリアの婚約者、というのを強調する。この夫人がエアリアを気に入っているのは間違いなかった。となると下手すると息子の妻に、とか言い出しかねない。エアリアは平民だが英雄アリーの娘というネームバリューがあり、そして当人も第1等級冒険者でミッドグラファーの戦いで多大な貢献をした英雄なのだ。政治的な利用価値は0ではないと瞬は考えるのであった。
だからこそ関わりがあることを匂わせ、無視できない相手として見てもらう必要がある、と瞬は変な方向に考えていた。
「ん、私がフォレンティア公爵家当主ディニータだ。2人は先のミッドグラファーの戦いで多大な戦果を挙げた英雄だそうじゃないか。1度会ってみたいと思っていたところだ。立ち話もなんだし話は奥でしようじゃないか」
公爵は軽く咳払いをすると、自己紹介をした。公爵は何とも威厳のある顔立ちで髭を綺麗に生え揃えている。そして公爵夫人は一見して穏やかな笑みを浮かべ、ほわほわした感じはするものの、どこか逆らってはいけないオーラを醸し出していた。
そしてなんと、公爵自ら2人の案内をする。まさかの展開に瞬は飲まれそうになってしまった。それにしてもこの耳の早さはどうなのか、とその情報網に驚く。ハラスを発ってまだ5日しか経っていないのだ。この世界の情報伝達の仕組みなど瞬は知らないというのもあるが。
そして案内を受け、応接室に通されると促されて並んでソファに腰掛ける。
「ハッハッハッ。固くならなくてもいい。今日は妻のお願いを聞いて貰いたくてねぇ」
「ふふっ、そうよ。前はタダでもらって悪かったわね。それで早速だけど、例のシャンプーと液体石鹸とても気に入ったわ。用立てて欲しいのはもちろんだけど、どうやって手に入れたのか教えて貰えないかしら?」
顔はニコニコ笑顔なのにこの威圧感は不思議であった。ド直球な質問だなと少々面食らったが、瞬は覚悟を決めると話を切り出す。依頼なのでド直球なのは当たり前なのだが、瞬は自分が空回りしていることに気づいていなかった。
「あれを作ったのは僕です。僕のスキルで作った物なので量産することも作り方を教えるのも今のところ不可能ですけどね」
そして瞬はその手でサイを振った。
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