新しい英雄
「うえぇぇぇっ…」
瞬は1人森の中でうずくまり、嘔吐していた。涙が止まらず、頭も上手く働かずぐちゃぐちゃだ。
何とか落ち着きを取り戻そうと木のコップを取り出し水を入れる。作った水は聖水となり喉を潤す。少しだけ楽になったような気がして少し歩くと、木を背もたれにして座り込んだ。
ぼーっと空を見上げる。まるで魂が抜けたかのような虚ろな目には空の青さは眩しすぎた。
「…シュン、見つけた」
エアリアは瞬を見つけるとゆっくりと近づき、隣に腰掛ける。そして胸鎧を指輪に収納させると瞬の肩に手を伸ばしそのまま抱き寄せた。
「…シュン、辛いときは泣いていい。ちゃんと泣かないと悲しさは流れないから。シュンの弱いところも全部私が受け止めるから安心していい」
「うん、ありがとう…」
それから瞬は泣いた。こんなに泣いたのはいつ以来だろうと思えるほどに。
そんな瞬の頭を優しく撫で、胸に抱き留めていた。
そんな様子をようやく追いついた明と水衣が少し離れて見守っていた。
「瞬は強いと思ってけど、そうじゃなかったのかな…」
水衣がぽつりと呟く。水衣の知る瞬は宮松にいじめのターゲットにされたときも涙1つ零さず反抗し、ボクシングを覚えてやり返していた。それで強くなったら敵が増え、時には複数人にリンチをされたときもあったが、それで泣き言を言ったこともない。
だからこそ強い人間なのだとばかり思っていた。しかしよくよく考えてみれば助けを求められず、頼る友人もいなかったはずだ。明は親友だが、荒事の苦手な明を頼るなど瞬は絶対しないだろう。
「どうだろうな。あいつ人前じゃ絶対弱音吐かない奴だったから。ああ、そうか。だからあいつ年上ばっかり好きになってたのか」
「どうゆうこと?」
「弱さを受け止めてくれる人が欲しかったってことさ。そういえばエアリアさんていくつだ?」
「17らしいよ。大人びてるよね。邪魔しちゃ悪いしまた後ででも…。っておいっ!」
空気も読まず明が2人の前に姿を現す。早歩きで2人の前に立つと深々と頭を下げた。
「瞬、すまなかった。この通りだ!」
「明…」
瞬はゆっくりとエアリアの胸から顔を離す。そして明の目をしっかりと見た。
「この空気で入ってくる普通? 空気読みなよもう」
やれやれとポーズをつけて頭を大袈裟に振る。その態度に明の額に青筋が立つ。
「あ! てめぇ、せっかく謝りに来た親友にそんなこと言うかおい!」
「親友なら空気読もうよ。せっかく大きい胸に顔を埋める大義名分が得られたのに」
目いっぱいおどけて見せ、瞬が笑う。そこに水衣も割って入って来た。
「ごめんねぇ、このバカ空気読めなくて。しっかり教育しとくから」
容赦なく頭を拳骨で叩くと明がうずくまる。
「うおお、いってぇぇ…!」
「明、骨は拾ってやるからな? 多分変形してるだろうけどさ」
「何か言ったかしら?」
水衣が聖光気を纏って木を殴りつけると、殴ったところから亀裂が入り木が倒れる。当然木は水衣に向かって倒れるのだが、さらに裏拳をかまして倒れる向きを変えると、木は水衣の後ろに音を立てて倒れていった。
「何でもないです…」
「よろしい」
瞬の返事に水衣が腕を組んで満足気に頷く。
それを見てエアリアがクスクス笑う。
「…ふふっ、3人を見ていると飽きない」
「ふふっ、そう? さ、行きましょ。凱旋するのにMVPがいないんじゃあね」
水衣に促され、瞬とエアリアが立ち上がる。
「それはいいけど、エアリアも僕も血でベタベタなんだよな。洗い落としてしまうよ」
面倒なので魔法で綺麗にできないかと洗浄魔法を作成し、使用する。血や泥汚れの分解といった効果となると思った以上にポイントが必要であったが、幸か不幸か戦争でポイントがアホみたいに増えていたようであった。
もう完全な魔力による力技魔法で泥も血もすーっ、と溶けるように消えていく。その効果に明も水衣も驚きを隠せないようであった。
「服も鎧も新品みたいになってるじゃない、なにその便利な魔法は」
「作った!」
「作ったっておま…」
瞬が事も無に答えると明がなんじゃそらと頭を抱える。この世界に全自動洗濯機などない。手洗いであり、ゴム手袋もないので手荒れに悩むメイドもいる程なのだ。そして血はなかなか落ちない。それが一瞬で洗えてしまうのだから不条理でしかあるまい。
「うん、つっこむのはやめとくわ。とにかく行きましょ」
水衣がつっこむのを諦め歩き出すと瞬が止める。
「僕のせいで遅れたから少し楽をしようか」
「どうするの?」
「まずは一列になって手を繋ぐ」
瞬の指示に従い、エアリア、瞬、明、水衣と並んで手を繋ぐ。
「空間移動連続発動するからしっかり捕まっててね」
言うが早いか瞬は高速で空間移動を繰り返し、いとも簡単に軍に追いつく。
「お、英雄様のお戻りだ!」
誰かが声をかけるとモーゼよろしく真ん中の列が開き、道ができる。ご丁寧にみんな足を止めてくれていた。
その道を4人が通ると、暖かい拍手で迎えられ瞬は少し気恥ずかしそうにしている。
道の先ではライオネスが笑顔で待っていてた。
「あまり心配をかけさせるな。さぁ、行くぞ。凱旋だ」
「はい!」
4人が先頭の列に加わると、ライオネスが先触れとして使いを走らせる。
そして部隊を2つに分けた。片方はミスリル鉱山の制圧。これは本隊が降伏し、鉱山にも使いを走らせているため治安維持の側面が大きい。下手に暴動が起これば領民にも死者が出るかもしれないし、中には軍規に背いて悪逆非道な行いをする者も出てくることがあるのだ。
そしてもう片方は捕虜の収容である。ハラスからはそこまで離れておらず、日が暮れる前には帰投が可能であった。ライオネスとしては本来ミスリル鉱山に赴くべきなのだろうが、それはゼストに任せた。
街へ戻ると多くの人々が出迎えており、ベルムント兵の健闘を讃える。
「ライオネス陛下バンザーイ!」
「新たな英雄、シュンとエアリアバンザーイ!!」
「ええっ!?」
自分の名前を呼ばれ、思わずライオネスを見上げると彼がふっ、と笑った。
「誇るといい。みんなをお前達が守ったのだ。お前は正しいことをした。それはこのベルムント第1王子、ライオネスの名において保証しよう。胸を張れ。そして民衆に応えてやれ」
そう伝えライオネスが手を振ると瞬とエアリアも手を振る。
すると歓声と拍手が巻き起こり、新しい英雄と王子を讃える声がより一層強くなった。
その様子を見て明は少し安堵する。元気になって良かった、と思うのであった。
しかしエアリアだけは不安そうに瞬を見ていたのだった。
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