ミッドグラファーの戦い2
「殿下、今度は俺も戦います。瞬にだけ戦わせるわけにはいかない!」
明はライオネスに己の意思を伝える。親友にだけ重荷を背負わせ、自分はのうのうと高みの見物など許されるわけがない。しかし、その申請は却下される。
「却下だ。お前が倒れれば士気が下がる。それにいくら勇者といえど、戦闘訓練もろくにできていないパワーだけの戦士など戦場では足手まといにしかならん」
明もこの世界に来てまだ2週間程しか経っていない。格闘技やケンカで多少の実戦経験のある水衣や宮松ならともかく、明は完全にど素人なのだ。技量だけを見れば新兵にも劣るのである。
「前線に出れば命を落とすのが分かっていて出すわけにはいかん。シュンはお前を死なせないために戦っているのだろう? その気持ちを無駄にするような真似はよせ」
明にしてみれば「じゃあなんで召還なんかしたんだよ」と怒鳴りたくなるが、今さら意味の無い話である。
「焦らずとも良い。ゼストも筋は悪くないと言っていた。数年後には国を背負える勇者になっていることを期待する。さ、ゆくぞアキラ。この戦、必ず勝ってみせる」
ライオネスは話は終わりとばかりに天幕を出て出陣の声を待つ騎士たちの元へ向かう。敵の策は看破したが、威力のある大砲やバリスタ等の脅威もある。策はできたため、後は良い結果を残せるかは己の采配にかかっていた。
天幕を出てライオネスは騎士たちを見下ろすために用意した台に乗り演説を始める。
極端な話、演説というのは一種の催眠や洗脳に近い。
人々を敵と味方というハッキリした2つのグループに分け、向こうが悪、自分達は善であると説く。そして敵を殺すことの大義名分を与え、集団心理と同調圧力、さらにやらなけらば仲間が死ぬという現実。それらが複雑に絡み合い人に殺人を強要するのである。そしてその責を負うのが王たる者の役割であるとライオネスは思っていた。
「諸君。バルドーラは卑怯にも我らが領土のミスリル鉱山を占拠し、愛する我が臣民達を奴隷のように扱っている。そんなことが許されていいのか!? 断じて否である! そして次はハラスを狙いに定めていたことは周知の通りである。私はこの国の民を愛している。私は私が愛する臣民たちのために戦場に立とう。無知蒙昧な悪賊どもを排し、このベルムント王国の地から叩き出すのだ! 正義は我にあり! 人の皮を被った悪魔共を決して許すな! 愛する者のためにその剣を振るうことを躊躇うな! 次の一戦で雌雄を決する。厳しい戦いになるが必ず勝利するものと私は信じている。全軍進撃せよ!」
風の魔法を利用した音響魔法での演説を終えると、一斉に軍が動く。一糸乱れぬ統率で歩を進め、決戦の地へと赴いた。
瞬はエアリアと共に先行し、飛翔で空を飛んでいた。瞬がエアリアをおんぶする形で飛んでいるので多少速度は落ちる。目的は森林に隠れている部隊の殲滅。たった2人でそれをやれとは無茶もいいとこだが奇襲をかければ可能であった。
「見えた! 結構いるね。もう少し近づいてからいくね」
「…わかった」
部隊は森に隠れているので全てを確認するのは難しい。しかし大体の位置は把握しているので見つけるのは容易だった。
部隊の後ろに回り込み、空から強襲をかけることにした。
「千の光矢!」
千の光矢を3連続発動させ、部隊の見えた辺りから広範囲に渡って光矢の雨嵐を降らせる。そして森に降り立ち、伏兵部隊に襲いかかる。
「う、うわぁぁぁぁっっ!!」
敵軍は光矢によりかなり損耗しており、多数の死傷者が出ていた。そこに追い討ちをかけるように瞬が敵を殴りつけ、エアリアが次々とその命を刈りとっていく。恐らく指揮官であろう将軍と呼ばれていた男も身体に大穴を空けて倒れ伏していた。
敵軍は完全に瓦解し、その混乱は部隊全般に広まっていく。対処のために出てきた兵士もろくに剣を振る間もなく命を落とし、あるいは持ち場を離れて逃げていく兵士もいた。
「ば、化け物…!」
惨状に腰を抜かしていた兵士は這いつくばって逃走を試る。幸いなことに瞬はエアリアとバリスタを破壊に行ったためその兵士は難を逃れたようだった。
伏兵部隊の前線が崩壊する頃にはベルムントの本隊が駆けつけ、逃げてきた伏兵部隊とかち合う。逃げてきた部隊に統率などなかった。バルドーラの本隊も逃げている兵士などお構い無しに矢を放ち、バリスタの巨大な矢を飛ばす。それは逃げている兵士たちも巻き込む。
ある者は友軍の矢で負傷し倒れ、またある者は巨大な矢の餌食となっていった。
ベルムント側は前衛を防御の使える重装歩兵に大盾を持たせて配置していた。その甲斐あって防御を幾重にも重ねたことにより矢を防ぎ、巨大な矢の威力を弱めた後に大盾で防いでいく。
ベルムント側も矢と魔法で応戦し、戦場を矢と魔法が飛び交う。バルドーラ側も飛び道具対策はしており、本隊同士の戦いは膠着状態であった。しかしその膠着状態も長くは続かない。バルドーラの切り札、黒騎士部隊が姿を見せたのだった。
黒い全身鎧に身を包んだ騎士が10人。彼らが走り出して先陣を切りベルムントに突撃をかける。矢と魔法で応戦するも効いてないのか全く止まらない。火の魔法で熱さくらいは感じているはずなのに全く怯む様子もなかった。
しかしベルムント側も黒騎士達には煮え湯を飲まされていたため、何の対策もしていないわけではない。鎧がいかに頑丈であろうと激しい衝撃を与えれば中の者は動けなくなる。
そこで用意したのがウォーハンマーである。力自慢の傭兵達がウォーハンマーを振り上げ、重装歩兵の間を縫って飛び出すと黒騎士達を叩きつける。黒騎士達はどこか動きが鈍く、受け止めるとか避けることを知らないのかまともに食らっていく。
頭に受けた者は脳震盪を起こすはずが、それでも止まらず傭兵を斧で切りつける。
身体に受けて吹っ飛ばされた者は何事もなかったかのように立ち上がり、傭兵達に襲いかかって来た。
中には頭が少し変形し、ひしゃげている者もいたが変わらぬ動きで傭兵達を斬りつけていく。
「おい、こいつら絶対変だぞ! なんであれで動ける!?」
黒騎士達に手こずっている内に後続の騎馬隊が突撃をかけてウォーハンマーを持つ傭兵達が次々と斬られ、貫かれて命を落としていく。
形勢はバルドーラ側に傾いていった。




