プロローグ3〜追放された瞬〜
「なにごと?」
瞬たち4人は気がつくと神官服を着込んだ怪しげな連中と鎧を着込んだ騎士たちに囲まれていた。
瞬たちの座り込んでいる石床には魔法陣が描かれ、その周りにはロウソクが灯されていた。
「勇者召喚に成功したようだな。ようこそ勇者たちよ。先ずは無断で君たちをここに呼んだ非礼を詫びよう」
豪奢な衣服に身を包んだ男が口先のみで詫びを入れた。「私の名はライオネス=ヴェル=ヴァルト=ベルムント。この国の第1王子です。突然のことにさぞ驚かれたことでしょう。先ずは私の話を聞いていただきたい」
4人はまだ状況について行けてなかったのだが、とりあえず話を聞くことにした。
「この世界はそうだね、君たち異世界人の言葉を借りるなら剣と魔法の世界、といったところかな。私達の世界では10年に1度勇者たちを召喚し、その力を借りて魔族や魔神族と戦っているんだ」
ライオネスの話を聞いているうちに瞬は何となく事態を把握したのだが、まさか現実にそんな漫画のようなことが起こるとは思っていたなかった。
早い話がリアクションに困っていたのだ。
そんなことはお構い無しにライオネスは話を続ける。
「だからどうか君たちの力を貸して欲しい。勿論これが我々の勝手な願いであることは重々承知している。だからこそできる限り手厚く歓待しよう」
「あの、ライオネス王子殿下。質問よろしいでしょうか」
明がおずおずと手をあげて発言の許可を求める。
「発言を許そう。君はなかなか礼儀を弁えているようだ」
「ありがとうございます。質問なのですが、私達は元の世界に帰れるのでしょうか」
明の質問はハッキリ言ってダメ元だった。もし現実に帰れるならば何かのニュースで「行方不明者発見される。異世界へ行っていた?」等報道があってもおかしくないし、そんな面白そうな記事があるなら都市伝説くらいにはなっているはずである。
「申し訳ないが帰ることはできない。この世界で一生を過ごすことになる。その代わりその生活の全てを保証すると約束しよう。勿論我々の役に立ってもらうことが条件ではあるが」
「なんだそりゃ!? そんな勝手な話があるか!」
「やめろ宮松! 今更俺たちに選択肢なんてないんだ。変に暴れても処刑されるだけだ」
沸点の低い宮松を明が腕を掴んで止める。こんな名も知れぬ土地で処刑されるなどまっぴらごめんなのだ。
「不敬罪ってやつだね。郷に入りては郷に従えだよ。諦めるんだね」
瞬がのほほんとして忠告する。宮松は瞬を睨んで舌打ちすると、石床にどかっと座り直した。
「あんたら順応性高すぎない…?」
水衣が呆れたように明を見る。水衣としてはこの状況はとても歓迎できるものではないのだ。
「アニメとゲームは男の浪漫だぜ?」
明が笑って親指を立てると水衣は深くため息をつくのであった。
「話を続けよう。異世界から来た君たちには偉大なるヴァサーとその眷属たちから恩恵が与えられる。その力をどうか役立てて欲しい」
「いや、恩恵って何か変わったのか?」
宮松が自分の身体を見回す。特段変化などはない。
「それを今から調べる。ボンズ、鑑定を」
「は!」
ライオネスがボンズと呼んだ神官は他の神官よりも一層立派な装いをしていた。ボンズはライオネスに一礼すると呪文を紡ぎ始めた。
知恵の神イテリーズよ
この存在を我に伝えたまえ
知は宝なり
ゆえに我は求め訴えるなり
「鑑定」
ボンズが瞬たちに向かって鑑定魔法を使うと、その様子を瞬はごくりと唾を飲んで見守っていた。
「陽神明。系譜ヴァサー。勇者」
明の鑑定結果に周囲が湧く。しかしすぐにライオネスが静まるよう両手で合図を送る。
「天寺水衣。系譜ヴァサー。拳の聖女」
またもその鑑定結果に周囲が沸いた。
「宮松凱。系譜カリーン。気闘士」
その結果に周囲から感嘆の声が漏れた。
「須王瞬。こ、これは…! ぷっ、くくく…」
ボンズが必死に笑いを堪えていた。その様子にライオネスが訝しげに片眉を釣り上げる。
「どうしたボンズ? 続きを」
「も、申し訳ありません陛下、ぷっくくく…」
ボンズはなんとか笑いを堪えようと1度深呼吸する。
「須王瞬。系譜狂犬。暴れん坊チワワ…、ぶはははは!」
ボンズがなんとか言い切ると、もう無理と言わんばかりに涙を流して爆笑していた。
どうやらこの世界にもチワワはいるらしい。
「暴れん坊…ぷっ、」
「チワワ…、ぶふぉっ!」
「ぶはははは!」
その鑑定結果に周囲は爆笑の渦に巻き込まれ、ライオネスでさえも背中を見せて笑いを噛み殺していた。
宮松に至っては瞬を指差し、バカ笑いである。
当の瞬は青筋立てて拳を握りしめ、やり場のない怒りをどこにぶつけてくれようかと思案していた。
「いや、失礼。須王瞬君だったね。残念ながら君には恩恵は与えられなかったらしい。君にも何か出来ないか考えておくよ」
全員がひとしきり笑った後、ライオネスは涙を拭いて瞬に優しく声をかけた。
「待てよ。俺たちは戦うんだろ? だったら足でまといとか要らねぇ。須王、俺と勝負しろ。俺が勝ったらお前は出てけ。な?」
自分に才能があり、瞬にはない。そう思うと宮松は気分が高揚しているのを感じていた。
━━今なら須王に勝てる!
そう思えてならなかったのだ。
「なに? 借り物の力で僕と本気でやり合う気? いいよ、本気でやってあげるよ」
宮松の挑発に瞬が過剰に反応する。散々笑いものにされた鬱憤を晴らす気であった。魔法があるし死にはしないだろうと軽く考えての行動である。
「よせ、瞬。挑発に乗るな」
明が止めるが、瞬と宮松は立ち上がって睨み合う。
「面白い。だが宮松君だったか。君はまだ能力の使い方を知らないだろう。少し教える時間をもらおうか」
とそこへ様子を見ていた騎士が待ったをかけた。その歴戦の騎士を思わせる風体は貫禄があり、白銀の輝きに包まれた鎧の重厚さと相まって強者の風格を見せていた。
「いいよ」
瞬はあっさりと応じると宮松と騎士は少し離れて話し合う。その間も水衣や明がやめてくれとライオネスに抗議したが、「彼は自信があるようだし」と取り合ってくれなかった。
そして待つことしばし。松宮の身体から陽炎のように薄っすらと立ち上る湯気のようなものが出てきた。
「待たせたな。始めようぜ」
宮松が瞬を睨み、指をパキパキと鳴らした。
瞬は真剣な表情でファイティングポーズをとる。宮松相手にこのポーズをとるのは何年ぶりだろうか。
神官や騎士たち、明や水衣にライオネスの見守る中、先に動いたのは宮松だった。
「いくぞオラァッ!」
相変わらず振りの大きいパンチを瞬は軽くかわす。
続けて宮松が矢継ぎ早に蹴りやパンチを放つも全くカスリもしない。
それもそのはずでパンチなど見てから躱すものではなくモーションで予測してかわすものである。少しばかり早くなったとはいえ、技術の差は歴然であった。
瞬が宮松のパンチをかいくぐり、懐に飛び込んで肝臓撃ちを放つ。素人相手には決して使ってはいけないと決めていたものであったが、立ち込める異様な空気に押されてつい撃ってしまったのである。下手をすれば血反吐を吐きかねない。
しかし。
「効かねぇなぁ!」
全力で放ったはずの一撃が宮松には全く効いていなかった。
身体ではなく虚空で受け止められたようなおかしな感覚に戸惑い、瞬は足を止めてしまう。
その隙をついて宮松の膝が瞬の腹に食い込む。その一撃は鍛え抜かれた腹筋の防御を突破して衝撃を与えた。
さらに宮松の全力のパンチが瞬を襲う。回避が間に合わず右の手のひらでパンチを受け止めるも抑え切れず、自分の手のひら越しに来る衝撃が瞬の意識を容易く奪い去った。
「勝った…! 瞬に、瞬に勝ったぞおおお! 俺の勝ちだ!」
ピクリとも動かなくなった瞬に宮松は勝利の雄叫びをあげて喜んだ。晴れやかな笑顔を浮かべ、その勝利の味を噛み締めるように両手を振り上げた。
「瞬!」
急いで明が旬の元に駆け寄る。完全に気を失っていた。
「約束だ。そいつを摘み出してくれよ王子様」
ニヤリと笑って瞬を指さす。
「惜しいな。あれだけの技量、鍛えればいい戦士になれそうだが決闘に同意した以上やむ無しか。せめて金貨を数枚持たせておこう。ゼスト」
「はっ!」
ライオネスに呼ばれたのは先程宮松に能力の使い方を教えた騎士である。
「彼を摘み出せ。そしてこれを持たせてやれ」
ゼストに向かって金貨の入った袋を投げ渡す。
「待ってください! 瞬は、あいつは必ず役に立てます! どうか考え直してください!」
「すまないな。決闘は神聖なものだ。王族だからと言ってその約束を違えることなどあってはならないんだ」
明が抗議するがライオネスも王族である。模範となるべき者が立ち会ったにも関わらず、その約束を反故にするなどあってはならないことであった。
「悪く思うな。もし何かあれば手助けすると約束しよう」
ゼストは瞬を担ぐと一言だけ伝え、召喚の儀式が行われた部屋を出ていった。
「宮松、お前、このことは忘れないからな…!」
「そういうなよ。仲良くやろうぜ勇者様」
明は怨嗟のこもった眼差しを向けるが宮松はヘラヘラと軽口を叩き、すっかり有頂天であった。
「この辺でいいか」
ゼストは瞬を人目のつかない路地裏に座らせると、金貨の入った袋を瞬の服の中に放り込んだ。
「強く生きろよ」
ゼストは少し名残り惜しそうに路地裏を立ち去ろうとした。
━━鍛えれば面白かっただろうがな。
振り返って瞬に視線を投げ、またすぐにまえを向く。
すると、月が照らす薄明かりが1人の少女を照らしていた。
月明かりに照らされた少女はあまりに美しく、銀の髪に反射した月明かりが静かな光を帯びているようであった。
少女はゼストを無視して瞬に近寄ると手にしたエウルードを確認した。
エウルードが静かに明滅し、反応を示す。
「…見つけた」
少女は瞬を抱き抱え、ゼストの方を見る。
「その少年は強くなる。大事に育ててやれ」
何かを察したのか、ゼストはそう言い残すと真っ直ぐ城を目指した。
「…そのつもり」
少女は少年を見る。そのあどけない顔立ちはあの夢に出てきた少年にそっくりだった。
エアリアは大事そうに瞬を抱えると自分の宿を目指し歩き始める。
今宵の月明かりはどこまでも淡く、そして優しかった。
なんとかプロローグ書き終えたー(っ'ヮ'c)ウゥッヒョオアアァアアアァ