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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

初恋

作者: ただの田中。


「春人って私の事好きじゃないよね。」

 そう言って振られるのはこれで5回目。今回は、毎日おはようとおやすみの連絡を欠かさなかったし、頻繁に好きだと口にしていたし、ちゃんと愛情表現をしていたつもりだ。

 

 もはや俺には恋愛の才能がないのかもしれないなんて呟けば、すっかりお酒に呑まれた親友の大ちゃんからデコピンを食らわされた。


「はるちんさぁ、毎回毎回好きだって言ってる割に、全然触れようとしないし、キスもエッチもしないじゃん。今回だって初めてのキスは彼女さんからだったんでしょ?しかも、はるちんが押し倒されて。このままだと童貞より先に処女を先に卒業しちゃうんじゃない。」

 

 「なにそれ〜」と笑って誤魔化したが、そろそろ笑える状況ではない。もう21になるというのに、彼女ができたことはあっても、未だ童貞というのはなんとも恥ずかしい話だ。


 男たるもの若いうちに童貞を卒業しておきたいし、処女卒業だなんてたまったもんじゃない。

 

(俺だって彼女とイチャイチャしたいよ。)

 

 自慢ではないが、有難いことに今までの彼女はみんな自分には勿体ないほど綺麗な子ばかりで、俺のことが好きだと告白してくれた。

 そんな彼女達に精一杯応えたいと思っていたし、何度も触れたい、一緒に寝たいとも思った。

 ただ、いざ自分からしようとした時に、引かれてしまったらどうしようという恐れが出てくる。

 もし、自分が彼女の唇に触れた途端、彼女の好きだという感情が、魔法のように溶けてしまったら。

 もし、自分が彼女に覆いかぶさった時、無理だと拒絶されてしまったら。

 彼女を大切にしたいという気持ちと、この恐怖心が邪魔をして、彼女から求められなければ手を出せないという状況がずるずると続き、この歳になってもキスすら自分からできない、情けない男になってしまった。


「めっちゃイケメンってわけじゃないかもしれないけど、世間一般的には整ってる分類に入るだろうし、可愛い顔してるんだからさ、もっと自信もっていいと思うけどね。俺がはるちんだったら愛嬌振りまきまくって年上のお姉さん喰っちゃうけど。」

「大ちゃんは俺と違ってイケメンだしモテるからね。ていうか大ちゃん、また彼女変わったでしょ?前の子に復縁したいから協力してくれって泣いて頼まれたんだけど!」

「変わったって言うか普通に別れただけ。ほかの女子と会っちゃダメとか、束縛激しかったしあの子。ていうことで、俺もはるちんもフリーになったわけだし、合コンセッティングしておいたから。」

 

 うちの大学の女子2人と俺とはるちん、それから近くの専門の女子2人と男子2人の8人で、そこのカラオケに明日の19時集合だからと言いたいことだけ言い、目の前に置かれていたジョッキを一気に飲み干しダウンしてしまった。





*






 落ち着いたブラウンに染めた髪をヘアアイロンで遊ばせて、柑橘系の匂いがするオイルを少量つけてなじませる。 

 今日は初めて会う女の子がいるから、少しだけ背伸びをして普段は着ない薄いグレージュのセットアップにした。

 気付かれない程度に薄くピンクがかったリップを口に乗せたら鏡の自分を見て、「大丈夫。別にブスじゃないよ。」と心の中で何度か唱えた。これは昔からの習慣だ。


 自分の顔に自信が無い分、年々美容に力を入れるようになった。少しでも清潔感が欲しくて、爪を整えたり、スキンケアに力を入れたり、脱毛にも行った。匂いにも敏感で、香水やアロマオイルは十数個持っている。

 

 小さい頃、家の近くにあった公園にいた、自分よりも少し年上の男の子達に、不細工だ、気持ち悪いと悪口を言われ、落ち込んだ時、お母さんがメイクをする姿を横目で見て、もしかしたら自分も綺麗になれるかもしれないと、お母さんのリップを勝手につけたことがあった。

 そんな姿を見た1人の女の子が「はるちゃん、とっても可愛いよ。」と言ってくれたのをよく覚えている。

 それ以来、おまじないのようにリップをつけては毎日毎日、「自分は不細工じゃない」と言い聞かせている。



 待ち合わせの10分前にカラオケ屋の前に着くと、既に俺以外の男子メンバーが揃っていた。

 

「あ!はるちん来た来た!こいつがさっき言ってた佐藤春人。中学が一緒だったんだけど、めっちゃ良い奴だから。それで、はるちん、こっちが隣の専門学校の吉川と高田。部活の二個下の後輩。」


 紹介された方に目を向けると、見るからにサッカーをしていそうな爽やかイケメンと、こちらを凝視している芸能人レベルの顔を持つイケメンがいた。

 

「俺、高田翼です!佐藤さんのこと、大虎くんからよく聞いてます!呼び方なんですけど、はるちん先輩でいいですか?」


 絶対こいつはコミュニケーション能力高いんだろうな、なんて考えながら「なんでもいいよ〜」と適当に笑っておく。

 そのまま、さっきから痛いほど視線を感じる方へ目を向けると、吉川と紹介されていた男と目が合ってニコリと笑いかけてきた。


「俺、吉川陽太っていうんで、陽太って呼んでください。てか、佐藤くんめっちゃいい匂いっすね。香水どこのですか?」

「えっと、香水じゃなくてヘアオイルの匂いかも。美容室でもらったやつ。あと、苗字だと堅いでしょ?大ちゃんみたいにはるちんとか、春人でいいよ。」


 そういうと、陽太は「うーん……」と悩んで、「いや、佐藤くんでいいっす。」と言って笑った。

 

 (あれ、距離置かれた……?)

 

 少し距離感が近めな感じだったし、じっと見てきたから仲良くなれるかと思ったのに、なんだか壁を作られた感じがして、自分がなにかしてしまったのか不安になったが、普通に話しかけてくるからそうでも無いみたいだ。





 女の子も全員揃って、自己紹介をしてからカラオケボックスに入った。

 初めて会う女の子はどちらも可愛らしかったし、明るくて話も弾んだ。大ちゃんは、そのイケメンな面とたらしな性格からあっという間に1人の女の子からロックオンされて、ずっと2人でデュエットしていたし、俺達と同じ大学の女の子2人も陽太と翼くんの容姿にメロメロになり、精一杯アピールしていた。

 

 そうして1人余っていた女の子と、世間話をし、大ちゃんや翼くん達は女の子とこの後2人で過ごすようだったから、「俺らはどうする?」と問うと、どうやら彼氏持ちだったようで、「ごめんね、人数合わせなの」なんて言いながら困ったように笑っていたから、「じゃあ、早く帰らないとね」と、その場で解散することにした。


 大ちゃんに「人数合わせなんて知らなかった。誘ったのは俺なのにごめんな。」と言われたから、「楽しんできて」と言うと、「お言葉に甘えて〜!」と女の子と2人で次の店に向かっていった。

 

 まだ飲み足りないし、どこか寄ろうかとスマホで近くの居酒屋を探していると、さっきまで女の子といたはずの陽太に声をかけられた。


「佐藤くん、この後暇っすか?俺、佐藤くんと飲みたいんすけど。」

「え……あ、全然いいけど、陽太はいいの?他の子じゃなくて。」

「いいっていうか、俺、佐藤くんとゆっくり話してみたいんですよね。」


 佐藤くん、美容系詳しそうだし、俺一応美容専門生だからと念を押され、まあ、1人で飲みに行くのも、誰かいるのも変わらないよなと、2人で飲みに行くことにした。


 いい所知ってるからと連れてこられたのは、普段行かないような小洒落た店で、なのにバー程の緊張感もなく、飲みやすかった。

 話していくうちに、同じゲームが好きだったり、洋画や洋楽が好きだったりと、共通点が沢山見つかり、また一緒に話したいと連絡先を交換することになった。


 

 それ以来、陽太は毎日のように遊びに誘ってくるし、「今何してる?」とか「電話しません?」と些細なことで連絡をしてきてくれるので、そんなに時間もかからないうちに、最初から知り合いだったかのように仲を深めていった。






*






「最近はるちん、全然俺に構ってくれないじゃん!付き合い悪いぞ!彼女でもできたのか!」

 

 ビールをドンッと机に置き、すでに赤くなった顔をこちらに向けていかにも怒っていますと、頬を膨らませながら睨んでくる。

 

「いや、大ちゃんとも遊びたいよ?けど、最近陽太がめっちゃ誘ってくるからさ。毎回大ちゃんより陽太の方が先に誘ってくれるから先にした約束の方を優先したいでしょ?」

「え、吉川が?珍しい。あいつ、高校の時、彼女に誘われても、友達に誘われても、全然遊びに行かなかったのに。」

「サークルとか入ってないみたいだし、大学入って変わったんじゃない?」


 「そうなんかなあ〜」と言いながらさっき置いたジョッキをまた口元まで運んだが、「もう無かった」とヘラヘラ笑いながら「すみませ〜ん!生あと2つ!」とさらにビールを頼んだ。


「もうやめときなよ大ちゃん。めっちゃ酔ってるじゃん。」

「まだ飲むの!……ん〜、けど吉川は、ちょっと気をつけた方がいいかもよ。」

「え?」


 届いたビールにまた口をつけてから、う〜んと唸りながらまた話し始めた。


「いやさ、吉川って女癖めっちゃ荒かったんだよね。デートとか遊び誘われたら行かないけど、一夜限りの関係を持ってる子が多くてさ。」


 (なにそれ、俺関係ないじゃん。男だし。)

 

 俺の気持ちを察したのか、目を細めながらこちらに目を合わせてきた。


「でもね、はるちん。俺気付いちゃったんだけど、吉川の相手っていつも同じ特徴があったんだよ。」


 お酒が回って眠気が襲ってきたのか、体もこくりこくりと揺らしながら、言葉ゆっくりとこぼれていく。

 興奮して話し始め、話の途中で寝てしまうのは、大ちゃんの悪い癖だ。

 

 通知音がなってスマホに目線を落とすと、丁度話の話題になっている陽太からだった。明日陽太の家で飲まないかという内容で、大虎の話を聞いている限り、自分が距離をとる必要もないと考え、直ぐに「そうしよう。」と返信をした。


「その特徴っていうのが、笑顔が可愛くて、頬にホクロがあって、赤い口紅が良く似合う、あと、あだ名がいつも同じだった気がする……」

「あだ名?」


 返答がなくなって大ちゃんを見ると、いよいよアルコールに負けてテーブルに頭をつけていた。「またかよ」と呟いてみたが、答える人がいる訳もなく結局また起こして帰るのに苦労した。





*






「あ、佐藤くんすみません。ちょっと大学に忘れ物したんで、取りに行ってきていいっすか?」

 

 陽太の家に着いてテレビゲームをした後、そう言ってからもうすぐ2時間が経とうとしているが、いまだに帰ってくる気配はない。

 

 (なにかトラブルでもあったのかな……)


 何かにつけてすぐ連絡をよこす陽太のことだ。家に置いたまま出掛け、こんなに音沙汰が無いとなれば、事故やなにか問題があったに違いない。

 とりあえず、「忘れ物あった?」とメールすれば、直ぐに「すみません、話長いせんせーに捕まって。けど、もうすぐ帰れるんで。」と返ってきた。


 言葉通り、十数分で帰ってきた陽太は、俺を見るやいなや、「俺、佐藤くんにメイクしてみたいんすよ!」と言い出した。


「メイク?」

「うん。メイク。ほら、俺一応美容学生だから。佐藤くんにずっとメイクしてみたいって思ってたんだよね。」

「俺は別にいいけど、女の子の方がいいんじゃない?」

「俺は、佐藤くんいいの!」


 許可を出すとまるで犬が尻尾を振っているかのように喜び、メイク専用だという椅子を持ってきたあと、そこに俺を座らせると、少し申し訳なさそうにしながら、

 

「嫌かもしれないんすけど、俺まだ初心者だから、動かれるとやりにくくて、ちょっと固定してもいいすか?」

 

 と言いだし、大ちゃんの話を聞いたあとだし、断ろうかと思ったが、捨てられた子犬のような目をされるとどうにも断れず頷いてしまった。


(たしかに、俺が女の子だったら危険だよな)


 そんなことを考えても男である以上自分には関係ない話ではあるが。

 陽太は座っている俺の腕とお腹にベルトをはめ、ブラシやらコスメを持ってきて向かいに座った。


「黙ったままやるのもなんだしさ、俺の話し聞いてもらってもいいすか?」


 陽太は初めて幼少期の話をしてくれた。よく行った商業施設とか、地元であったお祭りの話とか。

 話を聞いているうちに、陽太はよく、俺の家の近くにある親戚のうちに寝泊まりしていたことがわかった。


「え、すごい。もしかしたら会ってたかもね。」


 そういうと急にニコニコ話していた陽太の顔がスンとし、黙り込んでしまった。

 

「え、ごめん。俺なんか変なこと言った?」

「いや、ごめんごめん。なんでもないよ。」


 そう言って笑うと、机の上から赤いティントをとり、キャップを外した。


「それで、俺、親戚のとこに行った時、よく行く公園があったんだけどね。そこで、好きな子ができて。」


 良く泣く子だったらしい。いつも男の子にからかわれて、その度に泣いていたらしい。

 ある日、その子は真っ赤な口紅をつけてきて、それが異様に似合っていて。思わず「可愛いよ」と言えば、その子が満面の笑みで「大好き!」と言ったらしい。

 なんだか、自分が小さい時の話に似ている気がした。


 (そういえば、俺が好きだったあの子の名前はひなちゃんだったっけ。)

 

 目を瞑って、初恋の相手のひなちゃんのことを思い出す。

 はるちゃんはるちゃん!と子犬のように周りを着いて来くる年下の綺麗な女の子。

 初めてお母さんのリップをつけたあの日以来、可愛い、可愛いと会う度に褒めてくれた。

 確か、悪口を言ってきた男の子達が公園に来なくなったのは、その時期だっけ。

 あれ、ひなちゃんの本名でなんだっけ。



 唇に、ティントが着く感触がして、一気に現実に戻される。

 

 

「うん、やっぱり。はるちゃんには赤いリップが良く似合うよ。」

 

 俺の頬に手を当て、まるで頬にあるホクロを確認するかのように親指で撫でられる。

 陽太の声がいつもよりも冷たいのように思えて、視線をあげると、欲を含んだようなギラギラとした目で捕えられた。


「俺、ちょっと予定思い出した。」


 ここにいてはいけないと、頭の中でサイレンがなっているような気がして、立ち上がろうとするも、

 お腹と腕を固定されていたことを思い出し、一気に背筋が凍った。


「リップ塗り終わったなら、もうメイク終わったでしょ。これ、外してくれない?」

「まだ終わってない。」


 そう言ってさっきつけたティントの容器を逆さにし、俺の服にベタベタとしたそれを落としてくる。


「え……ちょっとなにしてんの陽太。」


こんな格好では帰れない。何をしてくれたんだと睨もうとすると

 

「だって、はるちゃんが俺から逃げようとするから。」

 

 と言ってうっとりとした顔で呟いた。


「逃げるわけじゃないけど、ただ、家に帰らなきゃ。ほら、もうすぐ暗くなるし。」

「はるちゃんのアパート、俺がさっき解約しといてあげたよ。」

「は……?」


 いつもの、普通の声でなんともないようにサラッという。


「え、どういうこと。」

「だって、はるちゃんはこれから俺と一緒に住むんだし、おうちなんていらないよね?大丈夫。あっちにあった荷物は、明日のうちに全部家に届くようにしておいたから安心して?」


 半ばパニックになり、腕を外そうと暴れてみるも、ガタガタと音を立てるだけで、ビクともしない。


「……おねがい、お願い!逃げないから!」

「……ダメだよ、はるちゃん。」


 

 ずっと、ずっと探してたんだから。

 そう言って、涙を貯めた目を細めながら俺を見る陽太が近づいてくるのを


 (そうだ、ひなちゃんの本名は陽太(ひなた)だった。)


 と考えながらぼんやり見ることしか出来なかった。

 

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