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マリサ・時代遅れの海賊やってます  作者: 海崎じゅごん
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8順送!嵐の海②

実際には拿捕船の水夫を非常時に動かしたかどうかはわかりません。今回はラテンセール(大三角帆)をもつ旧型の船の運航にフレッドも他の乗り込み組も不慣れだったためにその方法を取りました。

 縮帆を手伝っていたマリサのもとへ”青ザメ”の副掌帆長スコットがやってくる。

「ラビットの様子を見てくれないか。あいつはビビっている」

 ラビットも嵐を突っ切る航海は初めてなのだろう。マリサはラビットがこもっているといわれた船倉へ降りていく。そこは固定し損ねた荷物がいくつか転がっており、その片隅で小さくなって震えているラビットがいた。

「……怖いのか……」

 マリサが聞くと静かに頷く。確かに怖いのだろう。嵐を突っ切っているだけで誰もが怖いのだ。人のことを考えている余裕はない。

「わかった。じゃあ今すぐ楽にしてやる」

 おもむろにサーベルを抜くとラビットにその先を向けた。何が起きたのか混乱するラビットが大きく目を見開く。

「同じ怖い思いをするのならここで一思いに殺してやる。そうすればもう怖くなくなるぞ」

 そのマリサの表情に本当に今すべきことを悟ったラビット。ゆっくりと立ち上がり、泣きながら甲板を目指す。

 

 二人が甲板に上がると途端に大きな波が右舷前方から襲ってきた。とっさに横静索につかまり身を縮める。激しい波の圧力と衝撃が二人を包むと『海の怨霊デイヴィージョーンズ』の手が二人の足を引っ張っていく。必死に踏ん張り波をかわす。

 大波が去って立ち上がったとき、ふいに突風が吹いた。いや、風向きが変わったのだ。

「逆帆だ、逆帆だぞ!」

 ハーヴェーが慌てふためいている。見るとフォアスル、メインスルとも裏をうっている。

「一時停船、一時停船だ!」

 フレッドの指示をハーヴェーが水夫たちに伝え、船は嵐の中、停戦の手はずを取る。


 嵐に突入してどれくらいたったのだろうか。暴風雨でしかも夜とあって周りの状況もわからない。誰しも飲まず食わずで長時間嵐に対峙している。

 船は一時停船をした後、転桁し、フォアトップスル、メイントップスルとも縮帆された。嵐の中、横静索を登り、ヤードにもたれるように行う縮帆は命がけである。手早くしかも確実に行うには熟練の技がいる。捕虜であってもこの船の水夫たちはとても慣れていて、誰一人転落することなく、縮帆を終えた。おかげで風の影響は少なくなったが、波の影響による揺れはそのままだ。


 風も雨もは少しずつ弱まったようだ。このまま抜けきることができるのか……誰しも思うことだ。

 ふとマリサは周囲を見回した。そこには存在すべきものが見当たらなかった。

「デイヴィージョーンズ号は……?」

 二隻で嵐と対峙していたはずなのにどこにもデイヴィージョーンズ号の姿がない。

「あの暗闇の嵐と船が逆帆になったごたごたのときにはぐれたようだ」

 フレッドはすでに気づいていたようだ。

「すぐに追いかけよう!向こうも心配している」

 マリサが提案したがフレッドは首を振る。

「いや、デイヴィージョーンズ号もこの船も目的地は同じだ。はぐれても同じ港を目指せばいい。僕たちがやるべきことは、修理と休息だ。今のうちに何か食べておけ。」

 隣にいたハーヴェーは笑みを少し見せると水夫たちに知らせた。



 空はうっすらと明るくなっており、ようやく海と空が少しはわかるぐらいには明るくなったが、まだ空には暗雲が立ち込めている。

「風向きが変わったな……詰め開きか」

 風を受けて進む帆船は効率的に風をとらえることを考えるのだが、嵐とあっては縮帆してやり過ごすことも必要だ。

 風雨は再び強まり、波が荒くなっていく。それはまるでタランチュラに嚙まれて狂気を帯びたようだ。風に合わせるかのように波も上下左右に暴れまくり、生と死の境界を彷徨っていた。風雨は乗員たちの体に激しく当たり目をまともに開けられないほどだ。詰め開き状態で走っている船は両トプスルとラテンセイルを縮帆されて嵐の風の風圧からいくらかは免れている。だがそれでもフォアコーススル、メインコーススルにかかる風圧は大きい。

 船首右舷側に白い歯をむき出した『海の怨霊デイヴィージョーンズ』が両手を広げて抱こうとしている。まるで山のような波の斜面を船は否応がなしに上り、頂点に達すると『海の怨霊の墓場デイヴィージョーンズ・ロッカー』へまっしぐらに落ちていく。そして上下左右の激しい揺れ。その都度、何回も何回も荒波が船を飲みこもうとする。

 

 風向きがまた変わるたびに転桁し、帆にかかる風圧を調整しながら水夫たちは嵐を抜けることを願っている。そしてその風は明らかに少しずつ弱くなっており、雨もやみつつあった。

「スプリットスルを降ろせ」

 フレッドが指示を出す。フォアマストのヤードから張られたスプリットスルをおろして針路を保てば、あとは疾風に代わるのを待つばかりだ。

 マリサ達の頭上に一つの稲光が走り、空が割れるような大音響がした。そしていくらか余韻を残して去っていった。

 時間をかけて風が弱まっていき、雲は暗雲から灰色の雲へ変わっていく。そして雲の切れ間から太陽の光が差し込み、一筋の光の帯となって海を照らした。

 誰もが知った。嵐から無事に脱出できたことをその目で確かめた。

 風も疾風となり、波もうねりがおさまっていく。

「トップスル、ラテンセイル満帆!船の修理を急げ、浸水の水をくみだせ!」

 フレッドの命令に捕虜である水夫たちも笑顔だ。”青ザメ”の応援部隊もともに作業を進める。あのラビットも怖がっている様子はない。


 船はすべての帆に風を存分にはらませて悠々として順送していく。

「どうやら天国に行き損ねたな」

 フレッドの冗談にマリサがフフッと笑う。

「左舷前方に船が見えます!デイヴィージョーンズ号です」

 水夫の一人が望遠鏡を手に叫ぶ。”青ザメ”の連中は喜んだが、捕虜である水夫たちは自分たちの立場を思い出し、がっかりした様子もあった。

 フレッドはそんな水夫たちを慰めるように言った。

「どうか皆さん失望しないでください。私は今までのあなたたちの活躍と協力の事実を報告書に書きます。なるべく早く本国へ帰ることができるように働きかけていきます。皆さんの協力がなければ嵐を乗り越えることはできなかったでしょう。ここに謝意を表します」

 フレッドは彼らによくわかるようにスペイン語で話した。水夫たちは救われた思いで安堵の色を出している。


 やがてデイヴィージョーンズ号はマリサ達が乗っている商船に接舷した。この時点で再び水夫たちは捕虜扱いとなったが、誰一人文句を言うものはいなかった。

「ようっ!勇者のご帰還だ」

 デイヴィージョーンズ号の連中はマリサの元気な姿を見ると割れんばかりの声援を上げて迎える。

「こーの死にぞこないめ!海の怨霊に見捨てられおったわ!」

 大耳ニコラスがマリサに向かって叫ぶ。マリサは笑みをうかべると商船で指示を続けるフレッドに駆け寄る。

「見事な航海だったぜ、フレッド。さすがはあたしの……」

 そう言ったところで連中が何やらはやし立てている声が聞こえ、すかさず応えた。

「うるせー!見捨てられずにちゃんとここにいるだろうが!船の『デイヴィージョーンズ』にな!」

 相変わらずうるさい連中だ。マリサは役目を果たし、デイヴィージョーンズ号に乗り込んだ。


 フレッドはマリサが何を言いたかったのかわかる気がした。総督の娘であるという事実を利用し、出世に役立たせようという気持ちはもう失せていた。今はただ、軍としての役目を果たしながら、海賊の中にあって”青ザメ”を守りたいと思った。


 この年、アン女王はスペイン継承戦争において指揮を執っていたマールバラ公チャーチルと衝突をし、主戦派のホイッグ党の閣僚を罷免した。イギリス国内では平和を望む声が高まりつつあったが、この願いが実現するのは数年後のことである。

 戦争が終われば”青ザメ”の連中はどうなるのか。総督がなぜフレッドとの結婚を言ったのかはいまだにわからない。そもそも父親だというが、マリサ自身はそんな思いは全くない。そんなことをふと考えたが、やがていつもの連中への統率へ集中していった。

帆船は好きですが、模型は作ったことはありません。20歳の時に京都の丸善で買った帆船模型の特集本、店で一時間悩んで結局清水の舞台から飛び降りる覚悟で買いました。(それだけ貧乏学生の私には高価な本でした)やはり…模型ほしいな。完成品を買おうかな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今宵はここまで…… 史実準拠の海賊史、ワクワクしますよ! 個人的には少佐視点での物語が気になります。 いい男だと思うんだけどなあ……
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