26老海賊の死
R15のセルフレイティングなので処刑のところはさらっと書いてます。
イギリスというと紅茶が有名なので普通に飲んでいると考えますが、当時は紅茶の運搬を帆船で行っていたので経費が高く、庶民はコーヒーを飲んでいました。コーヒーハウスという社交場で他業種の人々が情報をやりとりしたり社交していたそうです。
フレッドは母から受け取ったスコーンを入れた包みを持つと船へ戻った。マリサはイライザの元へ行かないときはたいてい船に残っていた。女一人で宿屋に泊まることの怖さを知っていたからである。もっとも、シラミがわいている宿屋のベッドよりはまだ自分の船室のハンモックの方がましだったのでそれも理由の一つだ。
マリサは甲板で街の灯を見ていた。船に揺られながら時に眠気を感じながらも幾度となくこの時間を過ごしていた。
「母が君に食べさせてあげたいといって作っていたスコーンだ。君が来ないって言ったらひどく残念がってこれを渡してくれた」
フレッドはそう言って包みを出す。マリサはそれを受け取ると早速ほおばった。
「うん、おいしいね。船で食べる虫入りビスケットとは全然違う。ただ、これにキャロットジャムがあればよかったけどな」
「ああ、すまない。ジャムのことを忘れていた……。ギャレー(厨房)でコーヒーを作ってくるよ」
そう言ってしばらくして二人分のコーヒーを持ってくる。
「……マリサ、海軍と”青ザメ”の次の航海はスペインとフランスの私掠船と海賊の討伐だ。裏でそれらを操って和平を妨げるものがいる。そして僕の”青ザメ”の監視目的の任務はその航海が終わるとともに終了する。それ以降は海軍士官としてどこかの艦に乗ることになる。君との航海もそれまでだ。そこで聞くが、君の言う『そのとき』はいつなのか……君が『そのとき』がまだというのは”青ザメ”の恩赦があってのことなのか」
「……そうだよ。どうにかして自分だけでなく連中を救う方法を考えているが……方法はみつからない。ウオルター総督はなぜ恩赦でなく、あんたとの結婚であたしだけが助かる道を示したのかわからない。期限があることも和平が進みつつあることも知っている。だけどこのままでは海軍に動向を知られている”青ザメ”は真っ先に討伐されて連中は縛り首だ。そんなことをあたしはさせたくない。連中も大切な仲間だ、あたし一人助かろうなんて思ってもいない」
マリサは熱いコーヒーを飲みながら二つ目のスコーンを食べる。
「結婚することで問題から逃げたなんて言われたくないからな。……最近夢を見るんだ……自分が処刑される夢を。魔女狩りのようにあたしは火あぶりになって」
そう言ったところでフレッドが口をはさむ。
「やめろよ!そうなるって決まったわけじゃない。母も君の母さんも同じ気持ちだ。ひょっとしたらウオルター総督は恩赦をだせない理由があってせめてマリサだけでもということで結婚することを言い渡したのかもしれない。”青ザメ”のだれかが恩赦できない人間だったらどうだろうか。僕はそう考えている」
「それは十分考えられることだと思う。連中の過去なんて問わないからな……だけど犯人捜しはしたくない」
「僕もなんとか方法を探してみるよ。家にはいつ来てくれても喜んで母が迎えてくれるはずだ、気が向いたらでいいから寄ってくれないか」
「そうだな……鱈の料理の話をしたからな」
そう言ってマリサはコーヒーを飲み干した。
翌日マリサは、フレッドの母に会おうと町娘の格好をして船を降りた。すると何やら人の流れがあり、騒がしくなっている。
(海賊処刑場のほうだ……)
処刑を見るのはこれが初めてではないがやはり自分の身に来るものがある。
捕らえられた海賊はいったんはマーシャルシー監獄へ送られ、海事裁判所の審問を待ち、有罪ならロンドン橋を通りロンドン塔を抜けてテムズ川、ワッピング地区にある海賊処刑場まで歩かされる。そして最後にビールを飲むことが許され、悔いるものがあればそこで懺悔する。
(今捕らえられる海賊と言えばpirateだ。”青ザメ”は彼らとあまり共闘することはないがいくつかの海賊とは知り合いだ。まさか”黒ひげ”じゃあなかろうな……)
マリサは人の流れに乗るかのように合流する。そしてそこへ自分を呼ぶ声がした。
「処刑場へ行くのか、マリサ」
それはフレッドだった。海軍が海賊を捕らえたという知らせが入っており、関係者ではないが見に行くようにグリーン副長から言われたのだ。
「知っている連中かもしれない。なら見届けるまでだ」
そう言ってフレッドと連れ立って海賊処刑場まで急ぐ。すでに前方では捕らえられた海賊が海軍の引率で行進している。誰が捕らえられたのか心配でならないマリサ達は市民より速足で到着した。そしてそこでみたものは……
「ジャクソン船長!」
思わず声を上げる。捕らえられていたのは海賊”ミカエル”の老海賊、ジャクソンだった。そして一緒に捕らえられた仲間5人。恐らくどこぞの店で捕まったのだろう。
ジャクソンは群衆の中からマリサを見つけると笑みを浮かべた。それは笑いたかったのではなく海賊として余裕のあるところを群衆にみせたかったのだ。
マリサは体の震えが止まらない。
「海賊”ミカエル”のヘンリー・ジャクソン、海賊行為と殺人罪で有罪、同じく仲間の……」
”ミカエル”の仲間の名前や罪名が読み上げられる。いずれも罪状は同じく有罪だ。その場にいる海軍の副官は銀のオールを持っており、それは海賊の処分については海軍の管轄であるという意味だった。処刑場も海に面したテムズ川河口であり、そこは海軍の管轄域にあった。処刑にはロンドン市の官吏も来ている。
「何かいいのこすことはないか」
官吏がジャクソンに話しかける。
「そうさな……、ウオーリアス提督閣下に伝えてくれ。反乱者をまだ許せないのかってね。反乱者を許さないことで苦しんでいるものもいるわけだ。わしからはそれだけだ、世話になったな」
そう言って同じく処刑される仲間の方を見てこう言った。
「こんな老いぼれについてきてくれてありがとうな」
それが最後の言葉だった。
目の前で吊るされたのはマリサにとって命の恩人である人たちだった。彼らが動いてくれなければマリサはあのままスペインの捕虜施設ですごしていたか、ガルシア総督に買われたのかもしれない。親交があり自分を救ってくれた人が罪人として処刑されたことに衝撃が走る。そしてそれは”青ザメ”の連中が同じく処刑されることを思い起こされ、自分も火あぶりになる夢を思い出させた。
マリサの全身から力が抜ける。そして立つこともままならないまま、フレッドの脇で倒れこんだ。
「マリサ!」
慌ててフレッドが抱える。マリサの顔は青白く、唇から血の気が引いていた。
「……ごめん、立てない……」
この言葉にただならぬことを感じたフレッドは通りすがりの馬車に頼み込み、母親のいる自宅へ向かった。
マリサは馬車の中ではずっと目をつむり、ずっとフレッドの肩にもたれかかったままだ。やがてフレッドは自宅へ到着すると御者に手間賃を払い、マリサを馬車から降ろす。家からは母であるスチーブンソン夫人が出迎えた。
「海賊の処刑があった……しかもマリサにとって親交がある人たちだった。そのことに衝撃を受けたようだ」
フレッドから事情を聴くと夫人は自分の寝室へ連れていくように言う。フレッドは脱力したままのマリサを抱きかかえ、母親のベッドに寝かせた。
「落ち着くまでここで休みなさい。今は寝た方がいいわ」
夫人はマリサにそう話しかけるとフレッドと寝室を出る。
二人がでたあと、マリサの脳裏に何度も処刑の場面が思い出され、涙があふれ出た。
(どんな海賊であっても捕らえられたら皆こうなんだ……わかっているのに……そしてこのままじゃ”青ザメ”の連中もこうなるんだ……連中を、仲間を死なせたくない……でも方法がみつからない)
焦る気持ちと処刑の衝撃がマリサの心を捉えている。それ以上考えることを拒否するかのように思考は止まり、やがて眠りに入った。
「マリサは”青ザメ”の連中が助かる道を模索している。だけど方法が見つからないことに焦っているようだ。余計に今日の処刑が身近な人であったために”青ザメ”が処刑されるかもしれないという恐れがだぶったのだろう。どちらにしろ、このまま船に返すことはできなかった」
「それは賢明な選択だったわよ、フレッド。ほとんどの市民は娯楽代わりに処刑を見るのだろうけど、マリサには酷だったと思うわ。とにかく今は休養させなさい。大丈夫、私はどこでも寝られるから」
これはマリサ一人の問題ではない、そう思いスチーブンソン夫人は問題の根幹になっている『なぜ”青ザメ”にたいして総督は恩赦をだせないのか』このことについてウオルター総督に手紙を書くことにした。これがわからない限り問題の解決は進まないからだった。そしてそれは緊急を要したのでその日出帆する船でグリンクロス島に寄港する船を探し、手紙を託した。そしてそれだけではなく、グリンクロス島でマリサとパイを作ったときにマリサから育ての親について聞いていたので、ぜひともイライザに会ってみたいと思ったのだった。
海賊ミカエル……ミカエルはマイケルのラテン語読みです。つまりジャクソン船長はマイケル・ジャクソン船長でした。40年前の設定での名前なので、あの有名なマイケル・ジャクソンを真似たのではなく
単なる偶然です。ミカエルは悪魔と戦う大天使。ちなみに”青ザメ”の船の名デイヴィージョーンズ号の意味は「海の怨霊」という意味です。
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