人魔共和国(ニムさんち)の結婚?事情 長女の場合
「お母様って、なにを考えて生きてらっしゃるの?」
「ん?なにも考えてないよー」
キース兄様とハウライト卿の結婚を、本人たちに一言の相談もせず決めたお母様は、にーっこり笑って、招待状を積み上げた。
「まあ、どうやったら『私が』楽しめるかは考えてるけど、基本的にあの子らが不幸になることはしてないでしょ?」
お母様ったら、なんて素敵なお考えなのかしら。これはわたくしも見習わなくては。
……なーんて、言うわけないでしょう!
なんなんですの、そのはた迷惑な思考回路!さすが脱走が日常茶飯事なだけありますね!
「……これは?」
「見たままだよ。ガーネット王女殿下宛の各国の王公貴族殿からのパーティーの招待状」
なぜわたくしに?
自慢じゃないが、わたくしはこれっぽっちも美人じゃございません。せいぜい、十人並みの容姿を化粧でごまかしているだけ。
各国が欲しがる美姫に程遠いことは自明の理。なのに、山ができるほどの招待状があるということは。
「それだけ人魔共和国の姫と言う立場は魅力的と言うことですか」
個人が軍隊に匹敵する戦力が集団でいる我が国に取り入りたい国は多い。
その取っ掛かりとして王族の結婚を利用するのは定石だけれど、お兄様たちは相手を決めてしまった。
仕方なく残り物に飛び付いて来たんでしょうね。
わたくしはお兄様たちほどの美貌も、殿方を楽しませる話術も持ち合わせておりませんのに、困ったこと。
まあ、我が国を相手に皆様がどう出るのか、お手並み拝見と参りましょうか?
「いいでしょう、受けて立ちますわ。日程を調整するので失礼いたします!」
「うーん、そういうことじゃないんだけど……ま、いいか」
お母様がひらりと手を振ったのを合図に、わたくしは執務室を飛び出しました。
予定を確認して、ドレスを選んで、それから各国の情報も更新しなくては!忙しくなりそうです。
「ガーニャ?そんなに急いで……」
「うるさいですわよ、筋肉ダルマ」
途中ですれ違った父についでに暴言を吐いて、意気揚々と部屋に向かう。
無視しないだけいいと思ってくださいませ。思春期ナメんな。
「クリスタ、予定の調整をしてくださいな。国外のパーティーに出席しますの!」
補佐官のクリスタと相談して、参加できそうなものをピックアップ。いくつか参加の返事を送った中で、一番日付が近いのは王配様の母国で行われるものでした。
王族の親戚ということもあって、国内は歓迎ムード。国王夫妻は優しく、国交のない国もいくつか紹介してくださいました。
それが気に入らない方もいらっしゃるようで、化粧直しに立った時、何人かのご令嬢に囲まれてしまいましたけれど。
「ドレス、と仰いますと?」
「その、真っ赤なドレス。リリーフ様に似せてくるなんて、みっともないと思いませんの?」
「そうですわよ。お優しいから口に出さないだけで、リリーフ様だってきっと迷惑に思ってらっしゃるわ!」
なんて素敵な言いがかり。
たしかに似たような色と形をしておりますし、リリーフ様も気まずい顔をなさっておいででしたけれど。
そもそもご本人がそう思っていらっしゃるならどうしてこの場にいらっしゃらないのかしら?
「まあ。では皆様はお優しいリリーフ様の代わりにわざわざご意見くださったのですね。人魔共和国の代表として、国王陛下の客人として参加しているわたくしに。自国の一令嬢に配慮してドレスを変えろ……と」
「え、あの……ええと……」
ご令嬢方は分が悪いと悟ると、そそくさと逃げていった。
国王の客に絡むとか、あいつら馬っ鹿じゃなかろうか。わたくしは短期で愚かな女でしたら、戦争を仕掛けられても文句は言えなくてよ?
化粧直しを終えて会場に戻ると、リリーフ様が近づいてきた。一見して似たように見えた赤いドレスは繊細な刺繍で彩られていて、それは美しいもの。わたくしのレースで飾ったものとは随分と赴きが違うようですわね。
「……あの、ガーネット殿下」
「リリーフ様ったら、遅いですわよ。せっかく勝負をするのですから、もっと早く隣に立っていただかなくては!」
「しょ、勝負?」
わたくしにすり寄るために、リリーフ様を貶していた貴族の男(名前、なんと言ったかしら?)がすっとんきょうな声をあげて、うまく注目を集めてくださいました。
わたくしはビックリしているリリーフ様と腕を組み、会場中に聞こえるように声を張り上げます。
「ええ、勝負ですわ!刺繍とレースではどちらが素敵なドレスになるか。そのためにわざわざ似たものを用意していただきましたのに。リリーフ様ったら恥ずかしがって傍に来てくださらないんですもの。……悲しかったわ」
必殺、拗ねる。お兄様たちと侍女はこれで落とせますけれど、外国で通じるかは怪しいところですわね。……あら?
「遅くなって申し訳ございません、ガーネット殿下。でも、殿下があんまり見事に着こなしていらっしゃるから、わたくし、自分がドレスに着られていないか心配になってしまいましたの」
がっしと両手を握られて、今にも泣きそうな涙目で見つめられてしまいました。
リリーフ様、そのくらいで涙を引っ込めないと化粧が剥げますわよ?
「そうだったのか。とてもよく似ているから、評判になっていたんだよ。どちらも甲乙つけがたい見事なドレスだね。ところでガーネット殿下、ダンスを申し込んでも?」
国王陛下グッジョブ。
どちらも落とさずうまく話をまとめた上で話題を変える。お見事な手腕ですこと。
リリーフ様は……あちらも王太子殿下がダンスに誘われたようですわね。とっても優雅に踊っていらっしゃいます。
「ありがとう。ガーネット殿下が聡明な人で助かったよ。人魔共和国の女性は我が国を何度助けてくださることか」
「いさかいは本意ではございませんの」
不意に国王陛下がおっしゃったことに、わたくしは微笑みます。
おい、なんで一瞬顔がひきつった?
その後何人かの殿方と踊り、パーティーはお開きになりました。いくつかのお茶会も無難にこなし、さて、あとは国王陛下にご挨拶申し上げて帰国するばかりとなった日。
わたくしの部屋に飛び込んでいらっしゃったのは、リリーフ様でした。
「お願いします、ガーネット殿下。わたくしも人魔共和国に連れていってくださいませ!」
はい?今、なんと?
これは一体何事ですの?
「わたくし、ガーネット殿下のお人柄に惹かれたのです!女官……いいえ、侍女でも構いません。殿下にお仕えする栄誉を与えてくださいませ!」
……と、言いますが、あなたはこの国の侯爵令嬢で、王太子殿下の婚約者では?
「そんなもの、他に欲しがる者がいくらでもおります。それこそわたくしでなくともいいのです。というか、あんな男、熨斗つけて他のご令嬢に差し上げますわ!だからどうか、わたくしを連れていって!」
いえ、あの……ドレスを握りしめてすがりつかれても、わたくしの一存では無理です。
助けを求めて周囲を見渡すと、王太子殿下がドアのところで困ったお顔をしていらっしゃいます。ノックをしかけた状態で固まっていらっしゃるところをみると、わたくしにご用があって来たら、とんでもない場面に出くわしたというところでしょうか。
「世界広しと言えど、婚約者にこんなフラれ方をする王子は私くらいだろうね。ガーネット殿下が良ければ、彼女を連れていってあげてくれないか?父上の紹介状はここに」
王太子殿下がおっしゃることには、リリーフ様はご実家でそうとう暴れて勘当されたらしい。
国王陛下が紹介状まで書いてくださったのは、彼女がわたくしについていけなければ死ぬと騒いだからだとか。
結果、わたくしはだっこちゃん状態のリリーフ様を抱えて帰国する羽目になりました。
「どうして、こうなったのかしら……?」
呆然とするわたくしが「建国したときの女王陛下と一緒!」と腹を抱えて笑う宰相様と、憮然とするお母様に帰国の報告をするまで、あと一日。
そして、翌年には他国の優秀な人材がこぞって我が国への移住を希望するようになり。
彼らがわたくしの結婚をことごとく邪魔するために行き遅れて城の奥に引っ込んでお母様のごとく大勢の夫と妻とに可愛がられる生活を余儀なくされるまで、十年とかかりませんでした。
ほんとにどうしてこうなった!?わたくしの幸せな結婚はどこへいきましたの!?
「無理だと思ってた」ってなんですの、エメ兄様?
「一番母親似だかななぁ……」って、ライト兄様もクー兄様も諦めないでくださいませ!
「流されると楽だよぉ」だなんて、キース兄様、それはアドバイスでもなんでもありませんわよ!
わたくしは普通の幸せを所望いたしますわ!
お読みいただきありがとうございます。
連れてってと懇願したご令嬢は、後々ガーネットさんの妻になりましたとさ。人たらしは遺伝ですかね…?
お子様たちの話しはこれにておしまいです(*´ω`*)
もういくつか出せたらいいなー…