目が覚めた、知らない天井だ。
最後の辺りを内容は変えずに文章に修正をかける可能性があります。
気がつくと俺は金や銀で装飾された豪華なベッドに寝ていた。どうやらメイドさんが起こしてくれたようだが、意識が覚醒する前に俺はあるものを見ていた。
それは決して途切れることなく、一枚のフィルムのように続いていた。そして鮮明に流れてくるものもあれば、所々ボヤけているものもあった。
そう、記憶だ。
多分これまで──正確に言うと昨日の夜までの元の人格、カルファード・アルカイトスのものだと思う。
流れ込んできた中に金髪でよく小学校の音楽室に飾られているバッハのような髪型をした中肉中背の男の人に赤ちゃんの頃の俺があやされているものがあった。
彼が父でありこの国の王、アルカイトス18世こと、レグサード・アルカイトスだ。
ちなみに幼い頃の記憶は誰しもが知らず知らずのうちに忘れて行く。
これを幼児期健忘と言うのだが、どうもカルファードくんにはそれが起こらなかったようで赤ちゃんの頃の記憶、更には胎児の頃の記憶まであった。
お父様の妻、つまり王妃のフランシア・アルカイトスの胎内に居る頃の記憶だ。
どくんどくん、と生命の証が波打つように動く音が聞こえ、まるで宇宙に居るようにふわふわと動き回る。そんな記憶だった。
カルファードくん──いや、カイルは俺が来る前の昨日の夜まで、目で見て、耳で聞いて、鼻で匂いを嗅いで、口を動かして食べて、頭で考えて、四肢を動かして、心で喜怒哀楽を覚えていた。
──彼は、確かに彼として生きていたのだ。
いかに病弱な彼であっても、床に伏せてばかりだった彼でも、生きていたのだ。
俺が、彼に成り代わることなど絶対にできない。いつかはボロが出るだろう。だが、身体をくれた彼に顔向け出来ないようなことは絶対にしない。
いや、してはいけない。
それが、彼に対する俺のせめてもの出来ることなのだから。
俺はそのように流れ来る記憶を見た時に決意したのだ。
そして、現在に戻る。
「おはよう、えーっと……アリーニャさん」恭しく腰を折り曲げて挨拶してきたメイド長のアリーニャさんに挨拶をする。
彼女は透き通るような碧い瞳に金色の髪を持ち、少しツリ目ではあるが優しそうな雰囲気を纏った女性だ。
これが金髪碧眼美女……! 異世界モノで悪徳領主と並ぶほどに良く見る存在……!!
そんな考えが頭の中を高速で走り回っているが、顔に出さないように気をつけて表情筋に全神経を向ける。
──が、アリーニャさんがポカンと口を開けて固まっている。
やべ、もしかして顔に出てた!? うわー、どう謝ろうか……
「……申し訳ありませんが、少し外させて頂きます」アリーニャさんは微妙に表情を強ばらせながらそう言ったと思うと、取ってつけたようなお辞儀をして早足で部屋を出た。
うわー、これは怒ってるだろうな……後でどう謝ろうか……
一人の時間が出来たので自分の容姿を確認する事にした。記憶で一応鏡に写った時の姿を見たが、やはり自分の目で見たいものである。
「よい、しょ……っと」床に伏せていた期間が長かったのが災いしたのか、中々起き上がることは難しかったが、転生の時に言われた通り、特にどこかが痛いということも無く身体は健康そのもののようだ。
「うわー、目線ひっく……」前世では大学生をやっていた俺は、周りよりも身長は高い方だった。確か180はあった気がする。
そんな俺が10歳の子供の目線になってみると、当然の事ながら違和感しか無い。それに違和感のせいで躓きそうで大変だ。
元庶民である俺にはリビングにしか見えないほど広いこの寝室で、大きなベッドが部屋のど真ん中に鎮座していても圧迫感が無いというのは本当に違和感しか無い。
さっきから違和感しか覚えていない俺は何に使うのか分からない棚の横に置かれた大きな鏡台までやっとの思いで辿り着くと、鏡を覗き込む。
これが美男子ってやつですか……
まず抱いた感想はそれだった。寝癖がついたのか少しぼさっとしているがそれでも分かるほどに綺麗なお母様譲りの茶髪に、アリーニャさんと同じく透き通るような碧色の瞳。
手を動かしてみても、顔をむにーっと伸ばしてみても、少し足を上げてみても鏡の中の存在は完璧にトレースした動きをする。それを見て本当に俺なんだとようやく理解出来た。
──と、その時ドタドタと走る音が聞こえたと思えば、勢いよく扉が開かれた。
「良くなったのかカイ……ル……!?」飛び込んできたお父様は俺を見て驚いたようで、目を見開き言葉が尻すぼみになって行った。
「あ、おはようございますお父様」とりあえず挨拶をする。
「どうしたんですかあなた、カイルが驚いてしまいます……よ……!?」お父様を跳ね除けて入って来たお母様も驚いたようだ。
「おはようございますお母様、見てください、元気になったんですよ!」とりあえず病気が治ったという様に伝え、その場で飛び跳ねる。
「良かった……! 本当に良かった……!」お父様がそう言いながら膝から崩れた。声が少し掠れているから、恐らく泣いているのだろう。
「ええ、本当に……!」お母様も崩れたお父様の背中を擦りながら、そう言って少し泣き出した。
そしてその奥には、佇むアリーニャさんを見つけた。どうやら怒って出ていったのではなく、俺が元気になったのを伝えに行っていたのだろう。
良く見てみるとアリーニャさんも少し目が腫れているようにも見える。
「こっちに来なさい」お父様にそう言われ、二人のもとへ向かう。すると──
「本当に、良かった……」
お父様のその言葉を受けながら、お父様とお母様の抱擁を受けた。
おお、喜んでいるみたいで何よりだね。俺もちょっとサービスで腕を二人の背中にまわした。
その時アリーニャさんによって閉められた扉が乱暴に開いた。
「フン、兄様が来てやったぞ、わざわざお前を見舞いに来たんだ。ありがたく思うんだな!」
お父様のような金髪に、金銀が大量にあしらわれた豪華な服ではありながら、今にもボタンがはち切れそうなほど大きく出た腹の持ち主。
確かこいつは──
第二王子、ファーグスト・アルカイトス、これまた厄介そうなのが来たな……