第1話
「すみませんすみませんすみませんすみません本っ当にすみません──」
今、俺の目の前で美少女がお手本のような土下座をしてひたすらにすみませんと繰り返している。
え、何この状況。
一体なぜこうなってしまったのかと思い俺は顔を手で覆いながら天を仰いだ。
***
日の出が遅くなり少し冷えてきた秋の朝、所々にあるイチョウが色付いた紅葉の中に映えるいつもの並木道を通って俺は大学に向かっていた。
少し寝不足か頭が痛むため側頭部をおさえながら歩いていると、人通りも少なく静かな道に後ろからドタドタと走ってくる音が響いて聞こえて来た。
「はよーっすのりまきぃ! 」と、俺のすぐ後ろに来たソイツは軽いノリの挨拶をして俺の肩にボンと手を置いてくる。
「のりまきじゃねぇよ紀眞だ──ぁ……いってぇ……」いつもの如くあだ名で呼んでくる瑠斗に訂正を入れたところで頭痛が一際酷くなった。
そんな俺を見てか、瑠斗がずいっと身を乗り出して後ろから顔を覗き込んでくる。
「なあ恭司、顔色悪いぞ? 大丈夫か?」そして横に並んで歩き出した瑠斗はそう言ってきた。
「ああ、何とか大丈夫……やっぱ痛い。〇ファリンくれ……」大丈夫、と言ったタイミングでまた痛みが強くなったので、常日頃から数々の薬を持ち歩き『横浜の薬売り』という呼び名までつけられた瑠斗に即効性が強いと評判の頭痛薬を注文する。
「はいよ、一回一錠で、一日三回までだから忘れないようにな」しばらくカバンの中をガサゴソと探していた瑠斗はそう言いながら頭痛薬を渡してきた。
「悪い、助か……ぁ?」
薬を受け取ったその時、視界がぼやける。
なんだこれ……頭痛の副作用か……?
なあ、と呼びかけようとして口を開く。が、パクパクと口を動かせるだけで、うまく声が出せない。
とりあえず早く薬を飲まないと……
薬を飲むためにペットボトルを取ろうとする。
が、ドサッという音が聞こえたと思えば、視界が横転していた。地面に倒れたのだと理解するまでそう時間はかからなかった。
それにもう自分に残された時間は無いのだ、とも理解した。
手は動かない、脚も動かない。耳も耳鳴りが酷くて殆ど何も聞こえない。
「……!! おい恭司、恭司! 恭司!!」
「悪……い……これ……返す……わ……」
何とか最後の力を振り絞り、そう言いながら薬を返すと、俺の意識は闇に消えていった。
***
「──すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません許して下さい本当にすみません私が悪かったんですうっかり間違えたりなどしなければ良かったのに本当にすみませんすみません……」
冒頭に戻る。
とりあえず説明してもらわないとこちらも何が何だか分からないので一旦この謝罪を止めてもらわなければならない。
「えっと……謝るのはもういいんで何があったか説明して貰えませんか?」丁寧な口調を意識して話しかける。
するとぐちゃぐちゃに涙や鼻水で濡らして泣き腫らした顔をした美少女が恐る恐る顔を上げた。
その美少女は、青い衣に所々に白色の幾何学模様のようなものが入ったものを着て、銀髪で儚げな顔の思わず守ってあげたくなるような雰囲気の持ち主だ。そして可愛い。とにかく可愛い。
「うぅ……ぐずっ……ひっぐっ……許してくれます……?」
ウッ……! 顔が残念な事になっているが可愛い……これが美少女の上目遣いの威力……!
「私、一応女神なんですけど、周りから抜けてるー、とかドジだねぇ、とか結婚してくれー! とか言われるんですよ」
うん、最後のは関係ないと思うよ。最後のは。
「で、見返してやろうと思って日本に繁殖し過ぎた危険な微生物が居るって聞いたから生物の……えっと、ひひ、ひ……ひえ……」
「ヒエラルキーでしょ」
「そ、それです! ヒエラルキーを保つためにちょちょっと減らそうと思いまして」
そう言いながら彼女は右手の人差し指を上に向けてクルクル、と動かす。
「で、減らそうと思って、魔法をえいっとしようとしたら……その、バランスを崩してズルっと行ってしまって……座標指定を間違えて貴方の家にしてしまいまして……」
……うん。要するに俺はこの美少女の間違いで死んだって事だよな。ま、まあ間違いで死んだ訳だから戻るくらいどうって事ないだろう。
「で? 元に戻れるんですよね?」
「いや……その、無理……です……」
「……」
「……」
思わず絶句する。俺のその様子を見たのか彼女も気まずそうな顔で沈黙する。
「……なんで?」
「……あの魔法は肉体を完全に再生不可能にするんですよ……」
「……ほう」
つまり俺はもう向こうの世界に戻ることは出来ないのか……母さんに父さん。兄さんに最期に俺があった相手、瑠斗の顔が思い浮かぶ。しかし、彼らにはもう会えないのだ。
「……実は────────────」
女神様が信じられないことを言う。
「は? え、ちょ、ちょっと、どういう事で……え?」
「本当にごめんなさい……お詫びになるかは分かりませんが、転生先を自由に選んで頂くことが出来ます。もちろん、貴方の人格を持ったままになります」
自由に選べるのか。まあ、なら許せないことも無いな。
おお、異世界転生ってやつだな。でも俺はあんな危ない冒険者とかはなりたくないし、一生遊んで暮らせて、なおかつ安全な所に生まれたい。それなら……
「王族の子でお願いします」
王様の所しかないっしょ! 王位継承争いみたいなのには巻き込まれたくないし、第一、第二王子になるのは嫌だ。だから……
「それも第三王子でお願いします」
「第三王子ですね……あ、産まれる先は無いですが、病弱で魂が擦り切れている肉体があります。そこなら行けますよ」
憑依転生ってやつか。本人の魂がどうなったかを気にするのも大切ではあるが、もう魂が存在しない抜け殻に入る事になる、という形か。
なら本人もまだ無理やり肉体から追い出されるよりはいいのでは無いだろうか。
「じゃあそこでお願いします」
「はい、分かりました。この王子は、カルファード・アルカイトス。カイルと呼ばれているそうです。現在十歳で国の第三王子ではあるが非常に病弱で、寝込みっぱなしだそうです。ですが貴方の魂は健康そのものなのでそこは問題ないでしょう。
あと目覚めた際に本人の記憶を受け継ぐと思います。莫大な量が入ってきますがパニックにならないよう気をつけてくださいね」
「この度は本当にすみませんでした。それでは、行ってらっしゃいませ」ぺこりと身体を折り曲げて俺にそう言う彼女。
俺はその様子に少しの違和感を覚えながらも意識を手放した。
そして、
「お目覚めでしょうか、カルファード王子」
俺の新しい人生が、始まった。