止まった時をぶっ動かせ!
1
なんで教室から出られないのか。
私は考えをまとめるために自分の机からノートを取り出した。
まず状況を整理する。
私は御徒町今日子(おかちまち きょうこ)、この高校の一年生。今日は六月三十日、いや日付が変わって七月一日の深夜か。教室の時計はピッタリ十二の数字を指している。
六月三十日の放課後、想いを寄せる東京(あずま けい)くんの机にラブレターを放り込んで帰った私はずっと後悔しっぱなしだった。
振られたら顔を合わせるの辛いな。
そうなったら東くんも辛いはず。
私が告白したせいでギクシャクしちゃったら……。
もんもんとしながらお風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かしていたらお母さんの見てるテレビが言ったのだ。
『お前、重いんだよ』
私の目はテレビに釘付けになった。それはドラマの台詞で、主人公の女の子が雨に打たれて泣きながら街を歩いてた。
(あれは明日の私だ……)
そんな風に思ってしまった私は居ても立ってもいられなくなった。自転車に飛び乗って全速力で自転車道をかっ飛ばし、ドリフト気味に学校の自転車置き場へ突っ込むと鍵の閉まらない裏口から侵入。東くんの机からラブレターを回収して急いで帰ろうと廊下へ飛び出した、のだけど何故か私の体は教室の中にあった。何度試しても同じだった。
関係のありそうな事を書き散らしたノートとにらめっこする。シャーペンで何度も丸を付ける。
このドラマさえやってなければ。
「そのドラマ、誰が出てるの?」
「真田剣闘士(さなだ グラディエーター)」
私は役者名を答えた。
「なにその名前、ウケる」
この能天気な金髪は神田明日香(かんだ あすか)。別に友達じゃない。
「ハーフなんだと思う。笑わないであげて」
ごめん、剣闘士は純日本人。ええと、今しゃべった大人しめな子は秋葉原昨夜(あきばはら さくよ)。この子も友達じゃない。
なんで友達じゃない子と夜の教室で顔突き合わせてるかって? それは私が聞きたい。
この子達は私が教室から出ようと何度も出口から出口へ瞬間移動してる時に現れた。突然に、唐突に。訊くと二人とも私と同じように六月三十日の夜、教室に入って出ようとしたら出られなかったのだという。ちなみにみんなこの学校の生徒で昨夜ちゃんが六十年生まれ、私が八十年生まれ、明日香が何と二千年生まれ。まあタイムスリップまでしてる二人に比べれば、自分の時代にいるだけ私はマシではある。
私達はウンウン唸って考えたけど、なんでこんな事になったのかサッパリ分からなかった。そのうち考えるのに飽きてきたのだろう、明日香はスマホとかいう未来のポケベルを取り出すとシャカシャカと聞いたことのない音楽をかけ始めた。
「ちょっと、真面目にやってよ」
きつくなりすぎないように言う。
「気晴らしじゃん」
「早く出る方法を見つけないと朝になっちゃうでしょ」
私は教室の時計を見た。時計は夜中の十二時ピッタリを指している。もう七月一日になってしまってるじゃないの。急がないと……。
ん?
十二時ピッタリ?
「あの時計、電池切れてる」
私が言うと昨夜ちゃんが「待って」と言って腕時計を確かめてくれた。でも……。
「十二時ピッタリだわ」
偶然?
私と昨夜ちゃんは顔を見合わせた。
「あれ? スマホ、バグった。ほら見て」
明日香の見せてきた未来の機械には六月三十日と七月一日がダブって表示されていた。
ここまできたら偶然はない。私はポケベルをポケットから出す。六月三十日と七月一日が合わさって読めない日にちになっている。
「もしかして」
私は隣の席の男子が机の中に置いて帰ってるポータブルCDプレイヤーから電池を引っこ抜いた。教室の壁掛け時計と交換する。
「全部の時計がおかしくなってるなら電池切れ関係ないんじゃね?」
「いいから」
私は明日香を黙らせると秒針の動き出した時計を壁に戻し、出口に立つ。目を閉じ、祈りを込めて廊下へ向かってジャンプする。
ぴょんっ!
ゆっくり目を開けて振り向くと明日香と昨夜ちゃんが声を出して喜びながら拍手してくれた。
2
私達は教室からは出られたけれど学校からは出られなかった。教室での件から察するに、校内の時計が全て止まっていて、全部を動かさないと学校からは出られないっぽかった。タイムスリップも解消されるかは分からないが、やってみるしかない。
まず職員室でストックしてある乾電池を入手。部屋を一つ一つまわり時計を動かしていく。私が壁から外す、昨夜ちゃんが電池を入れて、私が壁にかけ直す。これを繰り返す。
私が壁から外す、昨夜ちゃんが電池を入れて、私が壁にかけ直す。
シャカシャカ。
私が壁から外す、昨夜ちゃんが電池を入れて、私が壁にかけ直す。
シャカシャカ。
私が……。
シャカシャカ。
…………もう!
「明日香、鳴らすのはいいけどもっとマシな曲ないの?」
視聴覚室の時計を外しながら私は言った。明日香の選曲はのべつ幕無しシャウトしてて耳がおかしくなりそうだった。
「じゃーさ、どんなのがいいの?」
「もう少し落ち着いたの。そうだなぁ」
私は持ってきていたポータブルプレイヤーに電池を入れた。職員室からパクってきた電池もまだまだあるし、時計用が足りなくなることはない。
プレイヤーの中身を確かめる。M・Kのアルバム。私が再生ボタンを押すと情感たっぷりなブルース系の歌が流れてくる。そんなに好きじゃないけど、まあいいかって思っていると……。
「M・K!」
「M・K!」
明日香と昨夜ちゃんが同時に叫んだ。明日香はすっごく嫌そうな顔してる。
でも昨夜ちゃんはもっと凄かった。目をクワッと見開いて半開きのくちびるを震わせてワナワナしてる。
「やめるね」
私はプレイヤーの電源を落とした。昨夜ちゃんは両手を胸に置いて深呼吸して息を整える。
ファンだったのか。そういやM・Kは四十代だし、昨夜ちゃんが知っててもおかしくない。
「良かった……」
呼吸の落ち着いてきた昨夜ちゃんは涙を流しながら言った。
「麻薬で逮捕されて、このまま芸能界を追放されるんじゃないかと心配してたの。さっきの歌、新曲でしょ? いや、この時代じゃ新曲じゃないかも知れないけど。でも、良かった……」
昨夜ちゃんは本当にM・Kが好きっぽい。私がポータブルCDを渡すと抱きしめてしゃがみこんでしまった。
(昨夜ちゃんには、あの事は言わないでおこう)
私がそう思った矢先も矢先。
「M・Kって三回も麻薬で逮捕されたんだよ、ヤバイから。やめときなよ」
明日香がぶっ放した。三回目は私の知らない事だ。きっと未来の話だろう。
昨夜ちゃんはキッと明日香を一瞬だけ睨むと次の部屋に向かってツカツカと歩き出した。
「待って、昨夜ちゃん」
急いで私も追いかける。視聴覚室を出る間際、明日香を振り向いて私は言ってやった。
「最低」
私は悪くない。
明日香はそう言いたげな顔をしてた。
3
私達は順調に電池を交換していった。と言っても順調なのは交換作業だけで、私達は今まであった当たり障りのない会話すらなくなり、明日香と昨夜ちゃんに至っては目も合わせない不仲っぷり。M・Kなんてどうでもいい私は、嘘でいいから仲良くしてよって思ってた。
「ちょっとお手洗い」
それは久しぶりの昨夜ちゃんの声。テテテっと走って行く昨夜ちゃんを見送って、私は明日香に言う。
「あんたさ、言っていい事と悪い事の区別つけなさいよね。昨夜ちゃんがM・K好きなの見て分からなかったの?」
最大限トゲトゲしくならないように気をつけたつもり。明日香は意外に大人しく返してきた。
「M・Kは親友の仇だから」
はぁ? なんじゃそりゃ。
ふざけてるのかと思ったら本気っぽい。明日香は深刻な顔をして話し始めた。
「あたしの友達、実のお父さんの影響でM・Kが大好きなのね。お父さんとは小学校二年生の時から会えてないらしくて、M・Kの事をお父さんと重ねてる感じなの。そのM・Kが二年前に麻薬で逮捕されてさ、友達めっちゃ落ち込んじゃったんだよね」
「だったらさ、昨夜ちゃんの気持ち分かるでしょ。なんでやめとけなんて言ったのよ」
「信じても裏切られるからだよ。そりゃさ、気持ちは分かる。あたしだって友達を励ましたし。「M・Kは必ず立ち直る」「あたしもM・Kを信じる」とか言ってさ。で、友達も一度は元気になったのよ。でも二年経って……M・Kのヤツ、刑務所で首を……」
明日香は壁を背にしてスルスルと座り込む。顔は沈鬱、あめもよう。
「友達は登校拒否になって、電話もメールもS N Sもダメでさ。家に行ってもおばさんが「ごめんなさい」って言うだけで会えなかった。なんとかしなきゃとは思ったんだけど方法を思いつかなくて……。そうこうするうちにその友達、退学するって噂が広まったの。あたし、あたし……」
明日香は派手な封筒を取り出した。キラキラしたモノがいっぱい付いてる。
「それは?」
「手紙。友達、荷物を学校に置いたままだったんだ。だから必ず取りに来る。いつかは分からないけど絶対に来るって思って、机に手紙を入れて帰ったの。だけど……」
「怖くなって取りに来たのね」
明日香は「うん」と言う代わりにうなずいた。はずみで涙が何滴かこぼれ落ちる。
「ごめん。私もアンタの事情を聞きもせず酷いこと言ったね」
私が謝ると明日香は小さく「だいじょぶ」と言って膝を抱えて静かに泣き始めた。涙を流すのではなくて、『泣く』だ。
「昨夜ちゃん遅いね。私、迎えに行ってくる」
私が言うと明日香は顔を上げて私を見た。花瓶を落として怒られると思い込んでる幼稚園児みたいな不安な顔。
「今の私に言った事、ちゃんと話せば大丈夫よ」
明日香の肩を軽く触ってやった。
「あたし、刑務所の話は絶対しないから」
「うん。分かってる」
明日香は涙声だったのが恥ずかしかったのか、また膝に顔を埋めた。
明日香、昨夜ちゃんはきっと大丈夫だよ。アンタが心配してる事は酸いも甘いも噛み分けられるようになった後に起こるんだから。
4
「私、このリクエストを出したい」
明日香と仲直りの握手をした昨夜ちゃんは強い決意を込めて言った。手には折り目のついたプリントが一枚。
「M・K?」
私が訊くとコクンとうなずいた。
昨夜ちゃんの時代、ウチの学校の放送部はかなり頑張ってたらしい。昼休みに曜日ごとの番組があって、生徒達から流す曲のリクエストも募集していたそうだ。
「私、逮捕のニュースを聞いてショックだったけど、こんな時こそM・Kを応援しなきゃって思ったの。それでリクエストを出したんだけど……、クラスのみんな、M・Kの事をまるで極悪人みたいに言ってて……。私……、放送室に忍び込んでリクエストの紙、取り返しちゃった……」
「分かる」
明日香が軽く憤慨する。まあ、アンタも半分経験者だもんね。
「でも私、もう逃げない。これが私の聞きたい曲なんだもの。何があってもM・Kを最後まで応援する。だからこのリクエスト、出さなきゃいけないの」
「アンタすごいね。そんけーする」
明日香はもうやめろとは言わなかった。
私? 私は違う事で頭がいっぱいだった。
三人とも出した手紙を取り戻しに学校に来て出られなくなった。不思議な現象の原因はおそらくこれだ。
私は二人にラブレターの事を言い出せなかった。だって単なるラブレターだ。親友との今生の別れでもない、後ろ指差されても好きな歌手を応援したいわけでもない。振られたら恥ずかしいってだけ。
話の弾み始めた明日香と昨夜ちゃんの後ろ姿を見ながら、私はトボトボと放送室へついて行った。
放送室は当然だけど私の時代のものだ、昨夜ちゃんのとは違う。この時代でリクエストしたところで彼女の時代で曲がかかる事はないだろう。でも昨夜ちゃんは「気持ちの問題なの」と言ってマイクの前にリクエストのプリントを置いた。
「よぉし! あたしも」
明日香は昨夜ちゃんの姿に触発されたのだろう、自分も手紙を出すと言い出した。と言っても、やっぱりここは彼女の時代じゃないので未来で友達の使ってる下駄箱に入れることにするらしい。校内の時計すべての電池交換を済ませ、私達は最終目的地の玄関にやってきた。
明日香は友達が未来で使う事になる場所に手紙を置く。
「やったねイェーイ!」
「やったぜウェーイ!」
昨夜ちゃんと明日香はM・K事件で意気投合。私は一人手紙を隠し持ったままなのが負い目で二人のテンションについて行けなかった。
「いいの? 友達に渡さなくて」
我ながらつまんない事言う。
「何べんでも書くし」
「そうよ、その意気」
楽しそうに笑う二人。だけど……。
手紙が原因なら私の手元にラブレターがある限り、学校から出られないのかも知れない。
私一人のせいで明日香と昨夜ちゃんを永遠に閉じ込めてしまうことになったら……。
そんなの耐えられなかった。
「ちょっとトイレ」
私は駆け出した。自分の教室へ戻るとラブレターを修正液で修正する。
『恋人になってください』
これさえ無ければなんとか……。
『友達になってください』
ザッと読み直す。うん。友達とか小学生みたいで笑われるかもだけど、本音を笑われるダメージに比べればなんてことない。
私は修正したラブレター(すでにラブレターではない)をもう一度彼の机に忍ばせる。
これでいい。
「お待たせ」
「遅いし。先に帰っちゃうとこだったよ」
「嘘ばっかり。明日香ちゃん絶対一緒に帰るって言ったじゃない」
「待たせてごめんね」
胸がチクッとした。本当にごめん。
そして、ついに、その時が来た。
「せーので行くよ」
「うん」
玄関から校庭へ出る。出られるはず、出られるはずだ。原因は取り除いたんだから、きっと……。
「今日子」
「今日子ちゃん」
「あっ、ごめん。せーのね」
ええい、女は度胸!
「「「せーのっ!」」」
ぴょんっ!
私は目を閉じてジャンプ。どうか、元に戻っていますように!
「あれぇ? 出れないんだけど」
怖くて目を開けられなかった私の耳に明日香の声が聞こえる。私達は玄関から飛び出したはずなのに、玄関に飛び込んだカタチになっていた。もしかしてラブレターを書き直したから?
「あっ、校舎に付いてる大時計を忘れてる!」
頭の上に電球が光ってるみたいな顔で昨夜ちゃんが言った。でもすぐに困り顔になる。
「あれって単三電池で動くのかしら……」
5
私達は大時計に一番近い三年B組の教室にやって来た。窓を開けて壁面の時計を確かめる。間近に見るのは初めてで、大きさは私の背丈と同じくらい。ただ、一番近い教室と言っても手が届くような近くではなかった。
「見て、そのコード。この時計、電池じゃないわ」
昨夜ちゃんが言う通り、コードが壁にプラスチックか何かで保護された状態で這わせてある。たどり着く先は風雨から守るためにか箱型になったコンセント差し込み口で、窓の桟に立てばギリギリ届きそう。
「私が行くわ」
言いました。ええ、言いましたとも。
「気をつけて今日子ちゃん」
「骨は拾うし」
勝手に殺すな!
と、突っ込めるほど今の私の心は強くない。名乗りを上げたのはラブレターの事を言い出せなかった罪悪感からなのだ。
二人が固唾を飲んで見つめる中、私は窓枠に立つ。電源の箱を見るとプラグは抜けてプラプラ風に揺れ、フタも開きっぱなしだった。手を伸ばしてみる。箱には手が届くものの、コードはねじれて明後日の方向を向いているので届かない。
(マジックハンドでもあればなぁ……)
私が無い物ねだりをした瞬間、ビューっと強い風が吹いた。あおられたプラグが顔をかすめる。
「きゃ!」
「今日子!」
「今日子ちゃん!」
二人が私の足をグッと掴む。
「大丈夫、ビックリしただけ」
明日香も昨夜ちゃんも安堵の息を漏らす。でも、今のは大きなヒントだわ。
私は次の風を待った。
ひゅう、ひゅう、ヒュー。
惜しい、足りない。
ひゅう、ひゅう、ビュー。
あ、そっちじゃない。こっちにきてよ。
ひゅう、ひゅう、ビュー。
来た!
私は電源コードをグッと掴んだ。後はコンセントに差すだけ。
箱に手を伸ばす。明日香は私の足を押さえてくれていて、昨夜ちゃんは祈るように両手を組んでいて、私はゴクリと唾を飲む。
あとちょっと。あとちょっとで学校から、止まった時の中から出られる。もうちょい。
ザスッ。
「差さった?」
明日香が待ちきれない様子で訊いてくる。
「うん。これで……きゃ!」
私が振り向いた瞬間、電源の箱を掴んでいた私の手を何かが引っ張った。私の足は窓枠から滑り落ちる。
「今日子!」
明日香が私の手を掴む。昨夜ちゃんも加勢して私を引き上げようとするけど、女の子二人じゃ私の体重を持ち上げるなんて無理。そう、ただでさえ無理なのに私は今ただ事じゃない。
「今日子ちゃん! 今日子ちゃん!」
昨夜ちゃんが悲鳴をあげる。
「二人とも、手を離して。私の足を何かが引っ張ってるの。このままじゃ二人とも巻き添えになる」
私は言った。
「は? 離さないし」
「そうよ、諦めないで」
「私のせいなの! これは罰なのよ」
二人は「何言ってんだ」みたいな顔してる。でも、きっとそうなんだ。
「私も二人と同じように手紙を取り戻しに学校へ来たの。きっとそれがここに迷い込んだ原因。だから手紙を出し直した二人だけなら元の世界へ帰れるはずなの。私の事は見捨ててあなた達だけでも……」
私が言うと明日香は余計に手に力を込めた。
「そんなんできないっしょ」
「今日子ちゃんも今からその手紙を出せば……」
昨夜ちゃんが必死に引っ張ってくれる。うれしい。だけど、だけど……。
「……ごめん、もう出した。でも書き直しちゃったの……。きっとルール違反なんだ」
私はもうチェックメイト。助からないんだ……。
「もっかい元通り書き直せばいいじゃん」
え? 明日香さん今なんて?
「いや、でもこんな状態で」
「私が書くわ」
昨夜ちゃんは私を掴んでいた手を放すと教室に引っ込んでガサゴソする。
「さあ、手紙の内容を言って」
ええっ!
「いや、待って。ラブレターなのよ、ムリムリ!」
「いいから早くして、あたし一人じゃキツイんだってば!」
ひょえー。
「うわっ!」
私の体がガクンと下がる。明日香も一緒に体半分が窓の外に出てしまう。
恥ずかしがってる場合じゃない。私は覚悟を決めた。
「昨夜ちゃん、言うわ」
「いいわよ」
ゴクリ……。
「『東くんへ
突然のお手紙、驚かせてしまってごめんなさい。どうしても伝えたい事があってお手紙しました。下手な字だけど、できたら最後まで読んでくれると嬉しいです。
あれは桜舞い散る四月の事。入学式で初めてあなたを見た時、私は季節外れの……」
「ちょっと長いんだけどっ。てか覚えてんの?」
「一生懸命考えたのよ、覚えてて悪い?」
「字が下手とか、昨夜に失礼でしょ」
「他人が書くなんて想定してないわよ」
「いいから続きを言って!」
ごめん、昨夜ちゃん。
「……東くんが私の事をどう思っているか分かりません。でも、もし嫌いでなかったら、お試しでいいので恋人になってください。子ウサギのように震える心の御徒町今日子より。P.S.ダメでもお返事ください。無視はイヤです。乙女の心は傷つきやすいから」
「終わり?」
「終わり……です」
「行ってくる!」
ダダダッと昨夜ちゃんが走って行く音がする。
「子ウサギ……。乙女の心……」
明日香がボソッと呟く。
「いいでしょ、別に」
「アンタ、徹夜で書いたりした?」
「したわよ! 笑いたかったら笑いなさいよ」
もうやけくそ。
「笑わない」
明日香は言った。
「友達のこと笑わないし。カワイイって思っただけ。もうちょっとだけ踏ん張ってよ、今日子」
明日香の顔は嘘じゃないと告げていた。そうか、カワイイって思う人もいるんだ。もし、東くんがダメでも……。
「お待たせ。入れ替えてきたわ」
帰ってきた昨夜ちゃんも私の腕を掴む。
「いくよ。今日子も足使って」
「早く学校を元に戻して東くんの返事をもらわないとね」
私は二人に何とか引き上げてもらう事ができた。足を掴んでいた何者かは、いつの間にか消えていた。
6
私達は危機一髪の落下を間一髪で乗り越え、玄関に戻ってきた。三人で校舎内と校庭のギリギリに立つ。
「ここ出たら三人で遊ばない?」
明日香はこんな時でも変わらない。
「二十年後に暇だったらね」
私も素っ気なくしてみる。でも二人は騙されない。またまたぁ、と笑顔。
「四十年後かぁ。私、何してるんだろう」
昨夜ちゃんがキラキラした目で言った。
「七月一日だかんね。忘れないでよ」
明日香が私の手をグッと掴む。
「当然」
私が昨夜ちゃんの手をギュッと握る。
「あっ、でもそのとき私って五十代なのよね……。ちょっと憂鬱」
昨夜ちゃんの冗談(本気?)に私と明日香は大笑いした。昨夜ちゃんは最初「そんなに面白かった?」という顔をしていたけど、そのうち一緒になって笑い出した。
夜の学校に響く私達の声。
この笑いが終わればサヨナラが来る。そう思うと寂しくて、胸がキュッとなった。できる事なら二人と別れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。でも……、それでも私達は止まった時の中にいる訳にはいかない。動き出さなきゃ。明日香だけじゃない、未来で待ってる人達に会いに行くんだ!
次第に笑い声は収まった。誰からともなく、自然に。みんな校庭を見据える。
「行くか」
「行きますか」
「うん。行こう」
私達は声を合わせる。辛い事が待っていても負けない。弱気な心はぶっ壊す。
「「「せーのっ!」」」
ぴょんっ!
私達はそれぞれの未来へジャンプした。