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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
97/212

第42話② 逆風

 広場で魔族の処刑が始まる30分ほど前。

 シェール軍の衛生棟の、薄い仕切りで区分けされた一室。


「ランディ……相談があるんだ」


 ワンフロアにたった一人だけの女性、全身打撲と裂傷と肋骨三本ひび割れで、包帯尽くし、しかしながら誰よりも元気ハツラツなランディアに、ジュニアは神妙な面持ちで会いに来た。

 彼には、アスランと言う名のボディガードもついてきていたが、彼は仕切りの外側でしっかりと背中をキープしていた。見知らぬ紅一点に勝手に盛り上がる人間の蛮族と比べると、気品のある虎の獣人だった。

 白と黒の縞模様、短い毛並みで、ジュニアの二回りは大きい図体、左目は銀色の義眼をしている。思い返せば、このアスランはランディアの前でまだ一言も口を開いていなかった。寡黙かもくな男なのだろう。


「ちょっぽまっぺぺ」

 頬をリスの如く膨らませていたランディアは、急いで咀嚼そしゃくし、食べ物を胃に落とし込んだ。

「すまない、食事中なのに……。

 君なら……どうするだろうと思って、相談したくて」

 折れた左腕を吊るす三角巾を自信なさげに見下げ、肩はがっくりと落ちてしまっているジュニア。ただ一人を除いて勝つことの出来なかった巨大蛇相手に、打ちひしがれたのだろうか?

「まあまあ、お前も腹に飯でも入れろって。食べないと心の風邪も治んねぇぞ」

 最後に水を流し込み「グビビィ!?」ポテトスをいったん食糧の山から引き剥がしてジュニアに差し出すが

「すまない……喉を、通りそうにないんだ」と、彼は首を横に振った。

「ジュニア、先に断っておくけどよ……枕を濡らしたり眠れなかったりするタイプの相談なら、私は最高にダメだってことは」

「なんとなくわかる」

「くっそ、わかんのかい。わかっているなら聴こうじゃないの」


 ジュニアは口の代わりに拳を震わせて───声を絞り出した。

「父親が……た、正しいと、思えない事をしようとしているとしたら……。

 君はちゃんと……父親と戦えるか?」



 ランディアの目は揺れていた。瞳が震え、ジュニアから目を離し、だらしなく動揺する目を、包帯の巻かれた手で覆い隠す。

「それを、私に訊くかね……」

 ごめん、と、謝りながらも、ジュニアは小さく呟く。

「他に誰も、打ち明けられる人がいなくて……」ごめん、と、ジュニアはもう一度謝った。

 しばらく沈黙が続いた後……参考にならないかもしんねぇよ、と、ランディアは断ってから、歯切れ悪く答えた。


「なんつーか、その……お互いに父親ってのが国のトップにいるもんだからさ……世間的に、じゃなくて、国単位で正しいことってのが、あんの。あるらしいのよ。

 それが個人の、人としての正しいことと、すげぇ違うんだよ。それは時として、自分で自分の大切なものも傷つけてでも……それが、国の為になるならって……躊躇ためらわずに、やるときもある」


 そう言いつつも、ランディアの脳裏によぎるのは、顔を月のように真っ赤にして癇癪かんしゃくを起こすハサン王だった。

 仲間を失いながらもようやくドップラーの軍勢を抑え込んだ戦いでも、王は王都騎士をねぎらうことなく、無様な戦いであったと酷評した。死んだ者の兄弟がいる前で、無駄な死だと言い切り……自分のランディアが瀕死の重傷を負ったときも、リハビリし、復帰した後でも、王が彼女に掛ける言葉はいつも『マイティアが死んだときは、次はお前だ』という脅し文句ばかり。

 ハサンはそういう人間だった。


 それでも、彼の選択は、常に”正しかった”。

 敵が何処へ攻め込むのかも、引くタイミングも、神のお告げでも聞いて知っているかの様に。

 だから、王都は今の今まで生き延びて来られた……それは確かだ。


「同じ様な悩みを私が持ったとき……当時の私は、自分の保身と、お国の正しい事ってのを優先した。

 その結果、未だに……思い出す度に吐き気がするぐらい後悔するようになったよ。自分にずっと、言い訳をしなくちゃならなくなった」


 ランディアは、刃が折れて、柄だけ残った剣を物憂ものうげに見つめた後

「私とお前の事情ってのは違うし、私のクソ親父と、お前の父親も違うけどよ」と、ジュニアの目を見て、ふっ、と、小さく笑った。


「正義ってのは、心の芯だ。

 正義を曲げちまう度に、そいつはどんどんなまくらになっていく。

 貫くことは出来ず、ただ、暴力的に殴りつけることしか出来なくなる……そうして何かを打ち破ったところでそれは、勝った者が正義だって話だろ?

 弱肉強食が世界の真理に違いねぇけど、お前がやりたいことは、そういう血生臭いことなのか?」


 それを聴いたジュニアの目に、少しずつ活気が宿る。力の抜けた肩に息が入り、震えた拳は解け、力強く握り直される。

「……やっぱり、君に相談してよかったよ。

 行こうアスラン!」

 彼もランディアに笑みを返し、すぐさま走り出そうとして

「おいおい待てよ」

 ランディアがジュニアを呼びかけた。


「ちゃんと食っていけよ。

 腹が空いてちゃ戦は出来ねぇぜ、若様」

「グビギィーッ!」「はいはいポテトス様の分もあーりーまーすーぅ」「ギュビ。」






「姿形が違うことがそんなに恐ろしいことか!?

 既に、人間の身近には、エルフたちが! そして、獣人たちがいるではないか! マロ族さえも!他の亜人たちもいる!

 魔物と同じような姿をしている、ただそれだけで殺す理由にしていいのか?! それが君たちの正義か!?」


 広場は、静まり返っていた。

 怒号はなく、かと言って歓声もない。溢れているのは困惑だ。

 ジュニアの言葉に賛同する者も、中にはいるのかもしれない。だが、声も出ない、狼狽うろたえた目線が、自身への賛同なのかどうかさえ、彼にはわからなかった。彼は顔を真っ赤にして声を張り上げた。


 父として見れば───多くの民衆の前に立ち、己の正義を大いに語る息子の姿を、勇ましく、誇らしげに思う事だろう。

 だが、この場にいるセルジオは、ジュニアの父ではなかった。


「もうよい。やめなさい」

「このような時代だからこそ、助け合い、共に世界を取り戻すべきではないか!」

「下がれ、これ以上の恥を晒すな」

「いいえ私は―――」

「黙れ小僧!!」


 セルジオは斬首台の舞台に自ら登り、背筋を強張らせるジュニアを見下ろす。その顔に、容赦などはない。


「お前が思っている程、この世は甘くない。

 上に立つ者は、大義と正義の分別をつけなければならない。お前はまだそれを使いこなせていない」

「では父上の正義は、父上の心は何処にあると言うのですか!?

 明日は我が身! 圧倒的な力量差を見せつけられて尚───」

「お前の言う通り、多くの命が奪われた。美しき街が破壊された。

 やり場のない悲痛と憤怒を皆が抱えている。

 お前は、この感情を持ったまま、再び国の為に剣を握れと武士もののふたちに言うつもりなのか?」


 ジュニアの口が震える。それでも、彼は言葉が浮かぶ限り、父に噛み付いた。



 そもそもの話をすれば、ナラ・ハの奪還作戦で矢面に立つのは、あくまで魔術師協会、ワンダたちのはずだった。

 シェール軍は、魔砲や軍事物資の共有をし、後方から援助をするつもりでいた。それもタダではない。後々、ナラ・ハがシェールの属国になるという“投資”が背景にあった。


 結晶樹や、貴重な錬金素材の優先的流通、魔術師協会が持つ魔法的知識の共有、何より、魔術師たちという一級の戦力という、四大国の一国が持っていたありとあらゆる資源が、シェールに流れるメリットがこの作戦の見返りがあったから、セルジオたちシェール議会はワンダたちの戦いをフォローするつもりでいた。

 それも、エバンナもゲドもいなくなった今だ。残党処理だけと思えば寧ろ、ローリスクハイリターンだった。


 だが……それは、大誤算になった。

 攻め入るどころか攻め込まれ、首都は一夜にして陥落したに等しい。

 この”敗戦”に至った責任を、議会はセルジオに追求し、彼は責任を取ろうとしていた。

 

 自分か、ワンダか、魔族たちか、何者かの首を差し出せ……そう問われた中で、彼は魔族の首を差し出した。


 セルジオの判断を、議会は承認したし、軍の関係者もそれを歓迎した。それだけ、兵士たちの士気は下がり、国民は悲しみと怒りに満たされていたからだ。



 それなのに、ジュニアは全く別の観点を持ってきた。


「互いにこの口から言葉が出るというのに、何故血を流すことしか出来ないのですか?!

 話し合えば、必ず妥協点があるはずです! 協力し合い、共に生きる術がある筈です!」


 それは、彼が責任を果たすべき立場にいないからこその発言で、セルジオからすれば、無責任極まりないものだった。


「お前は今! 鬼将バーブラと同じ道理を持ち出しているのだぞ!?

 そんなもの認められるものか!」


 どうして魔族が自分たちの味方をしてくれると妄信しているのか?

 幻惑術に惑わされていただけで、本当は、魔物の姿をした善い人たちだと?

 いいや、例え善い人であったとしても、心(正義)があるのならば、怒りで拳を握るものだ。


 ジュニアは、清く、綺麗に育ち過ぎた。


 魔族がエルフであったというイーゴの情報が正しければ、尚のこと───ワンダたちが不当に奴隷扱いを受けてきた過去を知れば―――魔族はシェールにとって”危険”になりうる。

 神国の女神派が遺した怨嗟えんさを、ジュニアは軽視し過ぎている。


「恐れずに踏み出さねば未来は生まれないでしょう!?」

「過去の積み重ねである現実を先ずは直視しろ! 今この瞬間から踏み出す原動力がなければ未来は手に入らない!」

「現実が見えていないのは父上の方です!」



 激しい親子喧嘩に民衆が戸惑う中───ッスト。


「?」

 魔族たちを囲いこむように、小さな黒い短剣が、静かに……地面に突き立てられていく。

 黒い短剣には術式が刻まれており、何処からともなく投げられているというよりも、魔族たちの影からぬるりと手が伸びて、影の中から引っ張り出した短剣を刺しているようだ……その術式を読んだイェリネたちは、視線でバレないよう、顔を背けた。

 

「このわからず屋め!

 お前の言葉は!この私が積み上げてきたキャリアがあってこその発言だ! 何もなし得ていない若造の絵空事などに誰が乗るものか!」

「───っ!

 ならば父上は、そのキャリアとやらのために―――」

「!?!」


 セルジオの目が見開かれる。

「な、何だ、何を言っている?」


 ジュニアの奥歯が震える。これを言ったら、もう、今迄の日々には戻れない。

 それでも、言わなかった後悔を抱えたまま、一生───悔いて生きたくなかった。


「父上は―――この国を、ゲルニカに……売ったではありませんかっ!」


 ―――ジュニアは、聞いてしまったのだ。

 息子を見舞いに来た父セルジオと、魔術師たちと一悶着を起こしたというイーゴとの秘密の会話を。


 地底国に大帝ゲルニカが現れ、彼がシェールを支配し、他三大国に宣戦布告することになる、女神の選定直前の時代───その当時の事情を知るエルフが、魔族として生き残っている可能性が高いから……彼らから、セルジオの、最も、知られてはならないことがバレる危険がある───“黙らせないとまずい”、と言うイーゴの言葉を。


 大義名分掲げたところで、父の本音は、口封じだ。


 ジュニアは、それが我慢ならなかった―――。



「ばっ、馬鹿な事を言うな!

 一体っ、何の根拠があってそんなことを―――」

 セルジオは狼狽ろうばいしつつも知らぬ存ぜぬと首を横に振る。広場に集まった者たちも何のことかと首を傾げる。


 そのときだった。


「こ、これは―――」

「な、なんだ? 頭の中に、幻聴が……」

「お、俺も聴こえる……」「私にも……なにこれ」


 広場中の人々の耳に、もやもや……くぐもった話し声が伝わり始める。それは徐々に鮮明になっていき……ハッキリとした、言葉となった。


『栄誉は買えるぞ、少佐』


 男の声だ。少しなまっている。語尾が上がったり、下がったり、まるで営業口調だ。だが、物を買わせる口調ではない。どちらかと言えば……ならず者が、弱者を強請ゆするような声色だ。


 人の神経を逆撫でるようなその声は、人に言葉を挟ませる隙を与えず、何者かをまくし立てた。


『過去の栄光だけで食っていけるほど世の中は甘くないよなあ、ゾールマン。今じゃあ貴族扱いもされねぇカビ臭い、獣臭ぁい一族だ。誰もそんな奴にびねぇ、へつらわねぇ、尾も振らんと来た。嗚呼、残念極まりない。可哀想に。忘れ去られた一族とは……キキ島に引き篭もったフォールガスみてぇな奴だぁ……まあ、奴らは例外なんだがな。

 ともかく。しかし、だ。

 これは幸運だとも、少佐。運だよ。巡り合わせよ。女神とやらのお導きだ……お前は選ぶ資格を得たんだ。ガハハ、やったな。千載一遇だよ。

 その意味が解るクールな男なら……この、夢の詰まった宝箱はお前のものになるだろう。好きなことができるぞ? 何でも買える。何でも。女も男も家も宝石も、上手いことやれば国だって買えるぞ! まあ、中古の国、ならな。俺の国はやらんぞ。国の運営は……難しいが何とかなるさ!ガハハハ!

 ただ……解らないのなら……あー、この話があったことを、お前は、誰かに話すことが出来ないなあ……わかるよな? うん? なあおい、耳にどんぐりでも詰まってんのか?若いの』


「なんだこの声」「ゲルニカの声だ」「どうしてゲルニカの声が?」

「ゾールマンって……」「待てよ、これ……いつの話だ?」


「誰だ!? 誰だ誰だ!?やめろ!何だ!? 何をしている!? 何処にいる!?」


 慌てふためき、セルジオ・ゾールマンが周囲を急ぎ探し回ると……屋根の上に、黒いもやが見えた。


「イジワル ゴメンネ」


 黒い靄は妖狐の姿をなして、真っ赤な口を開け……怪しげな笑みを浮かべている。


「ダケド ホント ナンダモノ

 ネェ バイコクド」

「───お前はッ」


「オマエ───自分が可愛いだけだもんなァ」


 妖狐の笑み、その直後───パァ! セルジオの背後で魔術が発動し

「なっ!」

 魔族たちと近くにいた警備のシェール軍ごとごっそりと転移魔術で移動させられてしまったのだ! 彼らがいた周囲には、術式の込められた黒い短剣が刺さっていた。


「悪いな―――あんたにはご都合主義に思えるかもしれねぇが

 救える命は一人だって救ってやりてぇんだよ」


 その後ろには、シェールの救世主、ラタの姿がいた。

 彼の手には地面に刺さった黒い短剣と同じ術式の巻物が握られていて、すぐさま発動できる状態になっていた。


「ふざけるな! いくら救世主といえどこんなことをして―――タダで済むと思うなよ!」

「ああ、怒りは俺にぶつけてくれていいぜ。

 ほれ、おいでよ。俺に向かってグーパンチだ。よくも俺たちの仇を盗んでくれたな!ってよ」と、ラタは胸を広げて殴っていらっしゃいと手招いたが、誰も困惑するばかり―――いや、寧ろ、広場中の視線は、真っ青な顔をしたセルジオに向けられていた。


「魔族は俺たちがいったん預かるぜ」と、振り返るラタの目に、ワンダたちの頷きが映り―――ラタは巻物を発動し、転移した。



「何をしているお前たち! 仇を奪われたのだぞ!?」

 セルジオは斬首台から降りる事も出来ないまま、四面楚歌しめんそかの状況に震える。藁をも掴もうとして―――自分のポケットの中に入れた”最後の宝石”に触れようとしたが

「あっ」

 震える手が、脂ぎった宝石を取り溢し……音もなく、人々の足下に転がって消えた。


「セルジオ様……いや、セルジオ、先程の、幻聴について、聞かねばならない事がある」

 シェール議会の古株が、セルジオに詰め寄り、彼は後退る。

 だが、四方八方、彼を守っていた筈のシェール軍が、彼に向かってゆっくりと動き出す。

「ジュニア……お前はっ お前はァアアアア!!!」

「父上……私も、父上と共に務めを果たします」

 

 セルジオの宝箱(運)は遂に、底尽きた。

2023/05/16改稿しました

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