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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
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第42話① 逆風


 暫定ざんてい報告を、研究員から急ぎ聞かされたワンダは、頭を抱えた。


「セルジオにこのことを……いや、ダメよ、彼らはこの国では生きてはいけないわ……」

 魔族たちの魔力波長の検査結果は、ある意味では予想通りだった。

 だが、その結果を受け入れるには、時間が足りなさ過ぎた。


 彼女は拳を机の裏で震わせながら、視線を落とした。その視線の先にある西側の地図、故郷の名を目でなぞる。

「ワンダ様……お気を確かに」

「そう冷静でいられないわ、マルクス……私はこの事実を、どう捉えるべきなの?

 わからない……私が下さなければならない決断が……」


 業火隊ザラ・スタークがナラ・ハの森から戦わず逃げた20年前……トンプソンの命令があったとはいえ、隊員たちにも敵前逃亡の汚名を着させてしまった。

 ようやく訪れた汚名返上の機会も、彼らが何百と殺してきた魔物が、実は”エルフ”だったなんて……隊員たちに言えるものか?

「本当に、神が私たちを呪っているかのようだわ……」

 巨大蛇にぎ払われ、瓦礫に叩きつけられた傷の疼痛とうつうに、ワンダは堪らず顔をしかめる。


「ワンダ様、あの勇者と話をなさってみては如何ですか?

 彼は確かに、トンプソン、と、その名を口にしました……同胞が魔族として生き永らえているならば、もしかすると」

「……そう、ね……。」と、人間嫌いを抑えてワンダが言葉を漏らしたとき―――。

「待ってました!」と、マルクスが開けた扉の向こうからラタが会長室へ突入。

 ズルッ、と、ワンダの肘は滑り、気抜けた身体が机の下に転げ落ちた。

「勝手にすみません、待っていて貰いました」

「下の階でお茶会してました」

「なんなのよこの茶番はッ!」


「ワンダちゃんよぅ、なんでお前さんは人間が嫌いなんだい?」


 ワンダは豆鉄砲でもくらったような顔から、眉間に深い溝を作り、そして、大きな溜息を漏らした。

「理由が必要かしら?」

不躾ぶしつけなのはわかってんだけどさ、この前の戦いみたいな過酷な戦いが続く訳じゃんか。

 今は手と手を取り合って助け合う時代ときじゃないの?」と、言うラタを、ワンダは鼻で笑った。

「確かに、部外者のあなたなら知らなくてもおかしくないわね。

 いいわ、飯が不味くなる昔話をしてあげましょう」


 彼女は革の手袋を嵌めた後、鍵の掛かった机の引き出しから「おっ?」ゴトリ、と重い鉄枷を取り出した。

 手や足ではなく、首に嵌めるタイプの枷は赤く錆びきっており、その内側には封印術の術式が刻まれている。だが、既に術式は擦り切れて効果を失っていた。


「20年前、魔王復活の動乱の最中、ナラ・ハの森に災邪竜エバンナが現れた。

 当初、業火隊(私たち)はエバンナと戦うつもりだった。だけど、逃げ惑う民を先導し、外へ逃がす部隊が必要だと黒の賢者トンプソンから命令を下され、私たちは民を連れてシェールに向かった。

 それから二日とせず、灰色の瘴気がナラ・ハを覆い尽くしたわ……森に残った人たちがエバンナに負けたことを、私たちは察した。それでも、生き残った人たちを安全な場所へ連れて行くまでは、引き返す訳にはいかなかった」

 それを聞いていたマルクスの顔にも陰が落ちる。

「大嵐に地震と噴火……吹き付ける灰の嵐の中、食糧物資も行き渡らないまま、7日かけて地竜平原を抜け、シェールへと辿り着いた。

 飢え渇いた私たちがシェールに着いたとき、シェール議会や軍は私たち難民を町の中に招き入れてくれたわ。食料も寝る所も用意してくれた。

 あのときは手放しに、彼らに感謝したわ。人間の思いやりってものを、本気で信じてた。

 だけど、あいつらが親切にしてくれたのは、私たちを奴隷にするためだった」


 襟を下げた左の鎖骨の下、刺青タトゥに隠されて見えにくくなった焼き鏝の痕を見せ、ワンダは苛立たしく唾を吐いた。


「屈辱の日々から3年、神国勢力と距離を置くゾールマン家、セルジオがこの国のトップになったお陰で、私たちは”シェールに仕える”前提で奴隷制度から解放された。ただ、その時点で既に、多くの子どもは神国に連れていかれ、老人は休みのない重労働に耐えられず死んでいったわ。

 大小多くの不遇を許容して、毛むくじゃらな獣と丸顔短耳の中、封印術の拘束なしで生活できるようになれたのは、ここ5年の話よ」


 ラタは黙っていた。ワンダはそれを言葉が出ないほど驚いているのだと考えた。

「もうわかるでしょう?

 私は人間と、勿論、獣人とも仲良くする気はないの。

 確かにセルジオには恩義を感じているけど、劇場型な奴の掃き溜めにされ続けるのは耳が腐るのよ。

 私たちはこんな忌まわしい国から一刻も早く出ていきたい。それが、犠牲を伴う事だともわかっている。それでもね、私たちの骨を埋める場所は決して、こんな潮臭い土じゃないのよ」


 ラタは、何一つ笑みのない真面目な顔で何度も頷き

「そっか……悪かったな、嫌なこと思い出させちまった。

 だけどやっぱり、俺の最初の見立て通り、ワンダちゃんも、マルクスくんたち業火隊ザラ・スタークもすげぇ人たちだな」

「はあ?」

「だってあんたたちはずっと、握った拳を振るわずに耐えてきたってことだろ?」

 話してくれてありがとな」

「―――、…………。」

 調子が狂うわ……と、ぼやきながらも、うつむく視線に映るまわしき鉄枷が、最早ガラクタであることをワンダもわかってはいた。


 今、風は、北に向かおうとする自分たちの背を押してくれている。

 魔族たちの事は残酷な真実だが、未来は拓けていると言っていいだろう。今、踏み出さなければ、一生、この逆風チャンスは訪れないかもしれない。


「……あなたの質問には答えたわ。

 私の質問に、答えてくれるわよね」

「おうよ。質問尽きるまでドンとこい」




 しかし、その問答が始まってから数分後───。


「ワンダ様! 大変です!」

 駆け込む魔術師が青ざめた顔で叫んだ。


「セ、セルジオが魔族たちを───処刑するって!!」






「この国にあだをなした罪は重い!

 魔物如きに弁解の余地などない!!」


 セルジオは高らかに声を響かせた。広場に集まった隅々の人々まで聞こえるように。

 

 広場には絞首台ではなく、取り急ぎ作られた斬首台が置かれており、軍服を着た恰幅かっぷくのいい覆面が数人、その上背を超える断頭用の斧を肩に掛けていた。

 彼らの後ろには、沈黙の封印術で言葉を封じられ、鎖で繋がれた魔族たちが項垂うなだれた様子でひざまずいていた。暴れる者はシェール軍が刺又さすまたを使って強引に押さえつけている。


「この町を襲撃したこいつらの血で!

 亡くなった者たちへのとむらいとしようではないか!」

「うおおおおおおお!!!」

 その声に、トノットの広場を埋め尽くす人々が地響きのような歓声を上げる。その多くは軍人と、亡くなった者の家族たちだ。処刑見たさに集まっているのは1割程度だろう。


「やめなさいセルジオ! どういうつもりなの!?」

 そこへ、空から猛スピードで飛翔してきたワンダがセルジオの胸ぐらに掴みかかるよう詰め寄るが、ボディガードをするエルフたちに阻まれてしまう。

「おやおや、逃げ腰の会長様が魔物の味方をするおつもりですか?」

「彼らは魔物じゃな───」

「魔物じゃないのなら、何故民を殺したというのだ」

「彼らは幻惑術に惑わされていたのよ! 彼らに罪はないわ!」と、ほざくワンダにセルジオが自らボディガードを退かして

「お前らエルフの国では、幻惑術をかけた奴だけが罪になるのかもしれんがな!

 このシェールでは、幻惑術に扇動された間抜けも同罪なのだ!」

 そして、焦燥を隠せないワンダの襟を掴み上げ、その長い耳を噛み千切らんばかり牙を剥き出しにした。

「郷に入らば郷に従え───これは、エルフの言葉ではないかね……!」

「────っ!」

「ここは、俺の、国だ! 異論は認めんぞワンダ!!」と、ワンダを突き飛ばし、よろめく彼女の体をマルクスが支える。

「この―――畜生共がッ!」

 ワンダの怒りを噛みしめる声に、広場中を敵に回そうと一歩も引かない業火隊ザラ・スタークの袖から杖が覗く。


 シェール軍と魔術師協会、指令を受ければお互いに剣と杖を抜く一触即発───。


(んにゃろう───どうする?! このままじゃ───っ)

 ワンダから少し遅れて広場に追いついたラタも、口を挟めるような状況ではなかった。いや、無理矢理にでも突っ込めば、それは開戦の合図になってしまいかねない。

 どうすべきか―――周囲を急ぎ見渡していく中


「ん?」

 彼の視界の端に、”見慣れた男”が映った―――。





「ハアアアッ!!」


 張り詰めた緊張の中、突如、広場の群衆の中を貫く甲高い雄叫び

 規制線のポールを飛び越え、守衛の間を抜けた若い人間の男は―――ガスッ! 斬首台に一本のレイピアが突き立てた。


「双方! 剣と杖を収めよ!」セルジオJr・ゾールマンだ。


「ジュニア!今はお前の出る幕ではない! 下がれ!」

「いいえ父上! 私は今この瞬間! この舞台に立たねばならぬのです!」

 ジュニアはそう声を荒げながら、折れた左腕を下げる三角巾を外し、セルジオが口を開く前に

「誇り高き軍人たちよ! 今! 君たちの心に問いかける!!」

 動揺する広場の軍人たちに向けて言葉を放った。


「先の戦いで多くの命が不当に奪われた! 家族を失い、仲間を失い、その死体さえ残されなかった!

 美しき町を、国を汚され───残された私たちが、やり場のない感情を抱え、苦しんでいることは私もよくわかっている!

 だが、この感情を、降伏を示したこの魔族たちを殺害したことで完全に晴らすことはできるのか!?

 彼らの血で、肉で、この街は、国は、元に戻るのか!?

 憎悪を晴らせても、あとに残るのは死体と、瓦礫の山だ!

 魔物の襲撃も終わったとも言い切れない中で! 私たちだけでまた、明日を生き残れる自信があるのか!?


 彼ら魔族は言葉を話す事ができる。意志を示すことができる。

 ならば、助け合うこともできるはずだ!」


 ジュニアは一度振り返り、顔を真っ赤に染め上げる父と―――顔を上げる魔族―――困惑している業火隊ワンダたちを見渡した後で、力強く言い切った。


「我らは互いに手を取り、戦うべきと私は考える!

 君たちの心はどうだ!?」


2023/05/14改稿しました

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