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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
94/212

第41話① トンプソン


「トンプソン!お前戦えんのか!?」

「エー ソンナァ トンプソン ツヨイヨー ハハ」


 2メートルを超える大きな図体、バケツ頭、身長の七割の胴体と短い脚、地面スレスレまで伸びる長い腕。土塊つちくれのトンプソン。いつも薬草を器用に摘んだり、畑を耕したりしているイメージしかリッキーになかったのだが―――。

 トンプソンは煉瓦れんが状の自身の体を「えっ」分解させた。


 バラバラに散りばめられ、宙に浮遊する土塊の体、その中心にあったのは、魔法陣が描かれた一枚の板―――そこから滲み出るように、黒い影が露わになった。

 その影は不定形だが、まるで狐のような姿をしていた。その割には細く長い触手のような、9本の尾を持っており、尾にはそれぞれ細い片刃の剣が括られている。

 言葉を失うリッキーに、その怪しげな妖狐は不気味な笑みを浮かべた。


「ワカイ コ シラナイノ チョット サビシイネ」


 獅子の魔物は妖狐となったトンプソンに襲い掛かった。

 空気を切り裂く爪、から、不意を突く裏拳、刺すような蹴り……魔物と思えない、型を持った武術だ。その武術に組み合わせるは青い炎の付呪魔術───紅蓮ぐれんの炎とは違う、肉体よりも魂を焼く炎───妖狐のトンプソンの正体を見抜いているかのような選択肢で、手足を纏った。 

 しかし、魔物の激しい乱舞を、ぬるりぬるり、と、不定形な身体を駆使してすり抜けながら、トンプソンの尾剣が魔物の足をスルリと切りつけた。

 だが、魔物の筋肉の割にはその傷は浅く、血が滲む程度の掠り傷だった。

(この魔物───最上級みてぇなもんだろ 勝てんのか?!)と、不安に駆られるリッキーの目の前で―――トンプソンの真っ赤な口が開く。


「湧ケ 血蚊翔」

 トンプソンの省略詠唱の直後、魔物の掠り傷から吸い出される様に血が噴き出した。そして、飛び散る血が細かな蚊の形になって、魔物の周囲をやかましく飛び交い始める。

 ブーンブブブブーン、耳を掻きむしりたくなる音に囲まれた魔物は、耳障りな血の蚊を叩き潰そうと青の炎で消していくが、その手足が魔物自身の血でみるみる真っ赤に塗られていく。

 その間にも、ぬるりぬるり、と、9本の尾剣が魔物の皮をスルリスルリと裂き、滲み出る血がみるみる耳障りな蚊に変えられ、キリがない。


「グオオオオオオオ!!」

 魔物は無詠唱で土鎧の土魔術で全身を固め、トンプソンに鋭い石片を弾き飛ばす石弾の土魔術を唱えた。

「うおっ!?」リッキーやルター三兄弟を巻き込む広範囲な石弾の土魔術に、トンプソンは即座、宙に浮いている自身の抜け殻で四人を守り、影の本体は石弾をひょいひょい躱しながら魔物の懐へと飛び込む。

 そして―――突如、何もない空間から召喚された、黒いもやを持つ大剣で、魔物の土鎧を貫いた。

「チョット イタイ ガマン ヨロシュウ」

 よろめく魔物に間髪入れず、黒い靄の大剣を異空間から口で抜き取ると、身を回転させながら大剣を構え直し、魔物の横腹を深く切り裂いた。


「ああっ!ヨハネのおじちゃん!」

 ガクッ、致命傷になる深い傷に、魔物が腹を抑えて膝をつくと

 トンプソンは、大剣にこびり付いた血をペロリと舐めた。

「ゲンワクジュツ ジュツシキ シロート ダネ」と、呟いた。


 トンプソンは続けて「ネェ キミ」

「うぇっ えっ 俺!?」

「ウン ヘンセイジュツ ウマイ オレ

 ヨハネ チ ガチガチ カタメテ ウゴケナク シテ」

「う、うお、おう」


 リッキーは、恐る恐る暴れないか不安になりながら魔物に近付くが、魔物は息を荒げて、傷口を抑えているだけだった。よくよく見てみると、その傷口には、真っ黒の大剣から溢れていた黒い靄がこびりついていた。スン、と、鼻につく清涼と、ヂリヂリと粘膜を刺激する臭い。麻痺毒の類だろう。

 そう分かると少しだけ安心したリッキーは、硬化の変性術で、血を固め、応急処置と拘束を同時に行った。


 その横で、トンプソンは9本の尾を巧みに操り、何やら高速で計算式を地面に書き出しており……十秒たらずで「ウン コレデヨシ」と、答えらしい数字を丸で囲った。


「ネェネェ キミ」

「こ、今度は何だよ……」

「マリョク カシテクレナイ?

 トンプソン マリョク ツクレナイ ノ」




 エバンナによる死体回収から数分後のこと


「こ、今度はなんだ?!」

 街に入り込む魔物たちの対処に追われていた者たちの真上。

 シェールの上空に突然、魔法陣が映し出され、パァ……。静かに発動して、すぐに掻き消えた。

「また何か来るのか!?」と、シェール軍の人間たちは慌てふためいていたが

「いいえ、あれは解呪よ。幻惑術解呪の術式。

 だけど、広範囲に、錯乱と激昂の解呪って……誰に対して?」

 ワンダは冷静に術式を読みとった。

 その直後だ。


「う、ううぅ……」

 今まさに戦っていた魔物たちが突然膝をつき、次々に頭を抱えて唸り始めた。

 つまり、先程の魔法陣は、魔物たちの幻惑術を解いたもの、ということだろうが───。


「こ、ここは……ここは、どこだ」

「しゃ、喋ったぞ!」「魔族だ!」

「あ、あ……っ」

 魔族たちは周囲をキョロキョロと見渡し……自分の手足にこびりついた血と、血だまりに倒れる人を見ると

「うわ、あ、あ、あ……ち、ちが、う違う!」

 魔族は魔物と思えない程におどおどと怯えた様子で後退りし始めた。だが、前も後ろもシェール軍に囲まれていて、彼に逃げ場所などなく―――。

「よくも俺たちの仲間を―――ッ!」

 弱腰になった魔族に対して、魔物への恐怖から弱者への憎悪に変わっていく軍人たち。その刃が「や、やめ、やめっ―――ぎゃあああああ!!!」無抵抗の魔族をなぶり殺した。


「ワンダ様、これは一体」

「…………。」


「ワンダ―――ワンダなの?!」

 シェール軍に囲まれている魔族の一体が、ワンダの名を聴いて声を荒げた。

「私よ!イェリネ!覚えてる!?」

 突然耳に入った故人の名に、ワンダはいぶかしい表情を浮かべた。


「ええ、覚えているわ。森が奪われたとき、イェリネも死んだ。

 死人の名を語るとは、狡猾こうかつな魔物ね」

 声に怒気を込め、ワンダは灼熱の炎を球状にまで圧縮した砲弾を片手に構えてイェリネと名乗る魔族に詰め寄るが───。

「ゴュ・ファ、21月の9日……」

「!?」

「私もそこにいた……そうでしょ? ワンダ……」

 魔物が知る筈のない一日の事を話しだした。その日はそう……”ともに”成人した日だ。

 それから間もなく、彼女は戦って死んだ。そう思っていたのに。


「……マルクス、以下、業火隊ザラ・スタークよ。

 話の通じる、投降の意志を持つ魔族は殺さずに捕縛せよ。攻撃意志が残る者は殺せ。

 繰り返す―――」

「……ありがとう」


 ワンダが震え出す手を隠すように炎を収め、シェール軍の武器も退かすよう指示を出すと、イェリネの横にいた魔族たちも何処か安堵あんどの表情を浮かべ、揃って膝をつき始めた。

「信じた訳じゃない。あなたが本当にイェリネかどうか、それは、魔力波長から客観的に証明させて貰うわ」

「……ええ、それでいいわ。それしか証明しようがないもの」

 魔族たちは両手を口に当て、投降を示した。





 魔族を収監する、だから、殺すな―――その指示に、当然、シェール軍は煮え切らなかった。


「魔物どもを収監する場所など何処にあるというのだ!?」


 町はどこもかしこも更地さらちだ。避難場所でもあった地下もぐちゃぐちゃで、ほとんど死体が残っていないせいで被害の把握も出来ていない。そんなときに、いつ暴れるかもわからない魔物たちを檻に入れておくなど考えられないし、そもそも、その檻すら何処にあるのかも知らない。

 寧ろ、そんな空間があるのなら、どうして避難場所として使えなかったのか―――と、ジュニアの看病に向かったセルジオの代わり、イーゴがワンダに噛みついた。


「魔力が回復したら作ってあげるわよ。

 だから、わめかないでくれる? 頭に響くの」

 それをぞんざいに受け流しながら、ワンダはそそくさ足早にトノット大書館へと向かった。


「ウロ、申し訳ないけど、至急で波長照合をお願いしたいの」

 入って早々、ワンダは各位に指示を飛ばす。

 動ける魔術師たちにはシェール軍に加わって街の復興へ。

 高等魔術師には、魔族たちを収監する地下牢の創設に。

 研究者たちには、魔族たちから採取した血の魔力波長が、魔術師協会に保管されている波長データに照合するかどうか、研究者総員に依頼した。早ければ一日、遅くとも二日あれば捕縛した全員分の照合は出せるだろう。


「だいたい、この書館は何故無傷なのだ!

 町を守るべき戦闘員をこの建物を守る為に使っていたと言うのか?!」

「当然じゃない。此処に保管されている書物は人類の英知よ。

 その知識を得るために犠牲になった人も数えきれないほどいる……かけがえのない財産を守る事の何が気に食わないの?」

「大切なのは目の前の命だろう!

 それを放って―――」

「本当に、あなたたちとは価値観が合わないわね―――」



喧嘩けんかの最中に悪いんだがぁ」


 ワンダとイーゴの言い争いが激化する中で現れたのは、祝杯で頬を赤らめている、ほぼ無傷の救世主ラタだった。

「ワンダちゃん、一先ず無事で何よりだぜ」と、差し出す握手の手を

「助けていただいて感謝申し上げます」

 ワンダは握らなかった。


「うーん、無理しちゃってない?

 いやまあ、その、魔族っての、殺さないでくれてサンキューな」

「あなたに感謝を言われるいわれはないのですが」

「あいつら、なんつーか元々―――」と、言葉の途中でラタの口に、ワンダは指を立てた。


「それは、誰から聴いた話ですか?」

「トンプソンだよ」

 ピクッ、頬が引き攣り、溜息を隠せる体力もなく、苛立たしく声が漏れる。

「……どうもあなたの情報源は信用できそうにないですね」

「そんなぁ……と、取り敢えず、ゆっくり酒でも飲みながら話でも」

「答えは一日も経てば出ます。

 その答えでのみ、私は判断します」と言い、ワンダは会長室へとこもってしまった。


 まるで真実から目を背けるように部屋に入っていったワンダに鼻を鳴らしたイーゴは、去り様に肩を落としているラタへ言葉を掛けた。


「あの女の人間嫌いは有名でな。

 そう易々とディナーに誘えると思わん方がいいぞ」

「居酒屋でもダメかな」

「どうでもいいが、無理だろ」


 ワンダに伝えるつもりだったメモに目を落とし、ラタは頭を掻いた。

「出直すか……。

 強がるしかねぇ女のつらさは、男には分からねぇもんな」


2023/05/07改稿しました

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